A は、B との間で、B の製造する物質分析器に組み込むプログラムの開発に関し、A が開発するプログラムについてのすべての著作権を B が有し、当該プログラムにその著作者名として B を表示することを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結した。そして、A は、その従業員である C に物質分析器に組み込むプログラム(以下「αプログラム」という。)を作成させ、これを B に納入した。αプログラムには、本件契約に従い、B がその著作者として表示されていた。B...
2010 年度司法試験知的財産法(著作xx)
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問 題
A は、B との間で、B の製造する物質分析器に組み込むプログラムの開発に関し、A が開発するプログラムについてのすべての著作権を B が有し、当該プログラムにその著作者名として B を表示することを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結した。そして、A は、その従業員である C に物質分析器に組み込むプログラム(以下「αプログラム」という。)を作成させ、これを B に納入した。αプログラムには、本件契約に従い、B がその著作者として表示されていた。B は、αプログラムを組み込んだ物質分析器(以下「α製品」という。)を製造し販売した。D は、α製品を購入し、これを物質分析器を使用することを欲する者に賃貸する営業を行っている。
その後、B は、α製品の機能向上のために、A に無断で、B の従業員である E にαプログラムを改変したプログラム(以下「βプログラム」という。)を作成させて、βプログラムを組み込んだ物質分析器(以下「β製品」という。)を製造し販売している。B の子会社である F は、B からβ製品を購入し、新製品の開発のためにこれを使用している。
以上の事実関係を前提として、以下の設問に答えよ。
[設 問]
1. A は B に対して、著作xxに基づき、どのような請求をすることができるか。
2. A は、著作xxに基づき、F に対して差止請求をするために、どのような主張をすべきか。
3. B は D に対して、著作xxに基づき、どのような請求をすることができるか。
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参 考 概 念 図
A
プログラム開発委託(請負)契約
開発
(著作)
( 本 件 契 約 )
B
従業員C作成
αプログラム
著作権取得
B 著作者表示の合意
物質分析器
組み込み 譲渡
「著作者B」
従業員 E
αプログラムの機能向上改変
組み込み
βプログラム
β製品
譲渡
α製品
D 賃貸
B の子会社
F 使用
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解 答 例
1 設問1
(1)Aの権利
A 従業員 C のαプログラムの作成は,プログラムの著作物に関する職務著作(15 条)に該当し,その著作者は A であって著作権と著作者人格権を取得する(17 条).
プログラムの著作物の職務著作については,法人等(A)の著作の名義の下に公表することを要件としていないから,αプログラムに著作者名として B が表示される場合であっても,A は,職務上作成する著作物の著作者たりうる(15 条 2 項).
A の著作権は,本件契約によって B に譲渡(61 条 1 項)されているから,A は著作権を有しないのであるが,題意から本件契約の著作権譲渡につき翻案xxの特掲を有するか否か定かでない.A がいぜん翻案権を留保している場合(設例は,「A に無断で」とあることから,留保されていることが考えられる)について考察する(61 条 2 項, 27 条,28 条).
A の権利としては,著作者人格権と翻案権を考察することになる.
(2)同一性保持権
A は,同一性保持権(20 条 1 項)を有し,改変をする者に対し,改変禁止請求権(112条 1 項)を行使しうるところであるが,B のαプログラムからβプログラムへの改変は,物質分析器組み込み用プログラム(同一機能)の機能向上の目的による改変であって 20 条 2 項 3 号の「効果的に利用し得るようにするために必要な改変」に該当する.よって本設問において,A は,B に対し,同一性保持権に基づく妨害排除請求権としての差止,同権利の侵害による損害賠償請求はできないということになる.
(3)氏名表示権
α製品に組み込まれたαプログラムの著作者 B の表示(題意からどのように表示されているか不明)は,A の氏名表示権の行使ということができるのでそれ自体問題がない(19 条 1 項 1 文).本設例のように他人名によって表示することを変名による表示の場合と解することができるからである.
しかし,この氏名表示の合意について効力を認められるところは,限定された利用の範囲内で承認されるべきであって,後日の拡大した利用についてまで(この利用が著作権上の処理がなされた場合であっても)本来の著作者の氏名を表示しないでよいというわけには行かない.著作者名の表示は,著作物と著作者の臍帯であるから,他者名義表示の合意は,著作者の明確な意思の範囲で承認されるというべきである.A・ B間の本件契約による「著作者名としてBを表示する」合意を無効とまで言う必要はないが(いわゆるゴーストライタ契約が限定的に有効であるという説が通説である),当該プログラムについてのみ効力を有し,Bは氏名表示権を失わず,Aに無断で行われた βプログラムについては,Aはいぜん氏名表示権を行使しうるということになる(ゴーストライタ契約の合意を超える媒体における刊行について真正な著作者が氏名表示権
を行使できるということと同様である)[1].
プログラムの著作物についてその実用的機能の故に著作者人格権を狭く解するという見解は,氏名表示権に妥当しない.なぜならば氏名表示権には 20 条 2 項 3 号に対応するような規定がなく,実用的機能は改変の必要性を肯定するものの著作者たる名誉の保護を欠くべきではないからである.むしろ,実用的機能を有するが故に氏名の表示が産業界に伝播される機能は大きいと言うべきで,非実用的著作物以上に氏名表示権の保護が求められるところである.
よって,A は,B に対し,βプログラムを組み込んだβ製品の公衆への提供に際して A が原著作物であるαプログラムの著作者であることを表示する権利を有することになる.表示の例としては,「β製品のβプログラムは A が開発・著作したαプログラムの機能アップをしたものです」,「βプログラムの原著作物(αプログラム)の著作者 A」などである.
A は,B に対し,氏名表示権に基づく妨害排除請求権としてのβ製品販売(譲渡)禁止請求権(19 条 1 項 2 文,112 条 1 項),β製品廃棄請求権(112 条 2 項)を有する(2項請求については必要性の問題がある).
(4)翻案権
ア 著作xx61条2項
61 条 2 項は規範的拘束力については疑問を呈する者が多く,特掲がない場合であっても著作物の性質,対価の額その他諸事情を勘案して譲受人の利益を害すると認められる場合には 27 条,28 条の権利についても譲渡がなされているという契約解釈をとるべきであるという見解がある.プログラムの著作物にあっては翻案を実用的通常の利用と見るべきで(参考 47 条の 2 第 1 項,20 条 2 項 3 号),譲渡契約に翻案権が譲渡の目的として特掲されていなかった場合にも,61 条 2 項の推定にかかわらず,この権利が譲渡される旨の合意を認めることができると解する.同趣旨の裁判例もある[2].
本件がかかる事案であるか定かではない.設問第 2 文によれば「B は,α製品の機能向上のために,A に無断で……改変した」とある.これが改変の点についてのみの記載か翻案についても無断というのかは判らない.翻案について無断ということは,特掲がなくかつ上の解釈をしても A に翻案権が留保されている事案と見なければならない.
イ Aの翻案権の行使
A に翻案権が留保されているアの事案とみて,A は,B に対し,翻案権侵害による損害賠償請求権を有することになる.
Bの翻案は完了してしまっているので,翻案の差止めを求めえず(翻案は一回完了型の行為),翻案されたβプログラムが頒布されないようにするためには,譲渡権(28条,26 条の 2)によって侵害行為としての差止めを求めるという考えと,翻案物が頒布される点を捉えて 27 条を直接適用するという考えがある[3].いずれにしても,
Aは,Bに対し,β製品の販売(譲渡)を差し止めることができるということになる
(その余は,(3)の末尾,債務名義と同様).
ウ Bの抗弁
A が翻案権によって権利行使する場合に,B はプログラムの著作物の複製物の所有者による翻案の抗弁(47 条の 3)を提出しうるかを考える.この翻案は,「電子計算機において利用するために必要と認められる限度において」許容されるのであって,この解釈は,効果的利用の機能向上の翻案を含むと考えられる(この点前述 1,(2)の改変の範囲と同じと考えられる).しかし,本条は,複製物の所有者がその限りにおいて,すなわち B がαプログラムの複製物の所有者として電子計算機(本問では物質分析器)で使用する場合にだけ許容されるのである.本設問のように第三者(D)に提供する製品に組み入れられているαプログラムについて許容される抗弁ではないということになる.よって,イ末尾記載の請求が認容されることになる.
2 設問2
(1)Aの権利
A・B 間の本件契約において,61 条 2 項の特掲がなく(無断で)αプログラムが翻案されたことを前提にして論ずることになる.B のβプログラムの作成は,A の翻案権を侵害している.F に対する何らかの差止請求をするときも,A はこの翻案権を考察することになる.
(2)Fの使用
F は,B からβ製品を譲り受け,これを使用している.この譲受けと使用それ自体に支分権で定める行為(利用)に該当するところはない.しかし,プログラムの著作物の著作権を侵害する行為によって作成された複製物を業務上電子計算機において使用する行為は,別の考察を要する.プログラムについてはその電子計算機における使用自体に大きな経済的価値が認められることから,違法プログラムの使用をみなし侵害としたのである.前述のとおり(1)の前提において,B は,A の翻案権を侵害してβプログラムを作成したのであるから,F は,これを新製品開発のため業務上電子計算機(本設問においてβ製品)において使用していることになる.113 条 2 項は,このプログラムを使用する者が使用権原を取得した時(本設問では F がβ製品を購入した時)に情を知っていた場合(B が A の翻案権を侵害してβプログラムを作成した事実を知っていた場合)には,F は当該著作権(A の翻案権)を侵害する者とみなすこととしている.
(3)Fの知情
A の F に対する上記みなし翻案権侵害を主張しうるかは,F がβ製品を購入した時に B の翻案権侵害という情を知っていたか否かにかからしめられることになる.F が一般の購入者である場合にはこの情を知ることは稀であるけれども,F は,B の子会社であるからこれを知っていた者であると主張することが考えられる.
さらに,本条の情を知ることの時点の趣旨は,当該プログラムの取引の動的安定性を確保するものである(プログラムの一般的取引の譲受人は,当該プログラムが著作権を侵害するものであるか否かを調査せずに取引に入り,後日情を知らされても適法使用の状況を維持しうる.動産の善意取得と同旨である).B と子会社 F との関係において,一般的取引の安定を考慮する要はないから,F につき,この知情の要件を要しないという主張が考えられる.
3 設問3
(1)Bの権利
B は,αプログラムの著作権を有するから,この視点からすれば D に対し貸与権(26条の 3)を行使することができることになる.当然のことながら複製物の公衆への譲渡によって譲渡権は消尽するけれども貸与権は消尽しない(参 26 条の 2).
(2)動産取引秩序とプログラムの著作権
しかし,D の立場で考察するならば,D はαプログラムをパッケージプロダクトとして購入したのではなく,α製品を動産として購入したのであるから,通常いかなるプログラムが組み込まれているかについて承知しないのではなかろうか(いわゆるプレインストールプログラムとともにパソコンを購入する場合と同様にプログラムが特定されていてこのライセンス契約等がユーザに明確に意識されるときは,プログラムの取引として考察することが許される).現代の電子応用機器のすべては,何らかの CPUとプログラムが組み込まれているのであるから,このプログラムに関する著作権を後日行使されて,動産としての使用が著作権侵害として差止められることになれば,動産取引における取引の安全(参考民法 192 条)が確保されないことになる.電子機器,通信機器,自動車等々の貸与が業として現に成立している動産取引の秩序に大きな影響を与えることになる.
そこで,かかる動産取引にあっては,当該取引の時点までにプログラムの著作物を含む取引であって,かつこの権利の行使(貸与禁止)がありうべきことを明示している場合を除いて,著作権(貸与権)の権利行使は許容されるべきでないと考える.この法理をいかなる根拠規定によるかは,かかる貸与権の消尽理論が法定されていないことから,民法 192 条,著作xx 113 条 2 項の趣旨を参酌して権利濫用(民法 1 条 3項)による他はないものと考える.
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補 追 解 説
(はじめに)
本問は,コンピュータプログラムの著作権法上の保護,関連規定を考察させる問題であって,著作権法上の関係条文の相互関連的な理解を問うもので,なかなか良い問題である.応試者にとっては難しい問題であったと推測される.
設問 1 は,著作xx 61 条 2 項の翻案権の特掲に関する問いを含むところは明らかであろうが,題意として A に翻案権が留保されている事案と見るべきか否かについて事例の設定に甘さがあるように思われる.応試者にかかる点の判断をさせることは問題としてぶれが生じているように思われる.
留保があったのではないかと考える者は,おそらく「A が無断」でβプログラムを作成したという点を捉えたのであろう.また A に留保がない場合には,ほとんど氏名表示権の問題として答えざるを得なくなるのであるが,これが本筋かは疑問を呈するところである(氏名表示権についてかなり高度な論点である).
特掲がなかったとしても,特にプログラムの著作物については,A に翻案権を留保させるべきではないとする見解(後掲判例)を承知している応試者にとっては,題意が絞り込めず消化不良の感を持ったのではなかろうか.
A の氏名表示権による B の販売差止等請求権(解答例 1,(3))は,ほとんどの応試者が 答えられなかった論点ではなかろうか(出題者の意図はここにないということもできよう).しかし,ゴーストライタ契約の論点を知っていてこれとの関係で考察し得た者は,高い評 価を受けるべきであろう(設問 1 を A の翻案権の留保がない事案として答える者は,この 論点に触れなければならないということになるのであろうか).
[1] ゴーストライタ契約と氏名表示権について
xxxx『著作権プラクティス』(勁草書房,2009 年)213 頁以下の第 6 講創作者であることを主張する権利に解説されている.本問の著作権を B とする表示をゴーストライタ契約と言うまでのことはないが(プログラムの場合は常態であることから,ゴーストライタ契約という意識はない),法的状況は全く同様というべきである.
[2] 翻案xxの特掲(61 条 2 項)について
61 条 2 項は,著作権譲渡契約において,単に,「著作権を譲渡する」,「著作権の全部を譲渡する」と記載したものでは,27 条の権利(翻案xx),28 条の権利(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)が,譲渡人に留保されたものと推定,すなわち譲渡対象ではないとの推定が働くこととされている.実務上も,本項を受けて,(一種の決まり文句として)「著作権(著作xx 27 条及び 28 条の権利を含む)を譲渡する」といった文言を契約書において多用している.本項の意義,妥当性については,従前より議論がなされているところである(文化審議会著作権分科会報告書(平成 18年 1 月)126 頁~130 頁においても検討されている.また,近時の文献として,xxxx「著作権に関する契約」法学教室(有斐閣,2009 年)350 号 118~119 頁等がある).
もともと本項は,懸賞募集のようなケースを念頭に創設されたものであることに照らすと(xx・逐条講義 373 頁),著作権譲渡契約全般にまで本項の推定を厳格に及ぼすことは,結論の妥当性という意味でも疑問であり,柔軟な運用が望まれる.「具体的には,実際の規定振りとは逆の取扱いとなるが,著作権を全部譲渡する場合は,原則として 27 条,28 条の権利も含め譲受人に移転するが,譲渡対象とされた著作物の性質,対価の額,支払方法その他諸般の事情に照らし譲渡人の利益を害すると解される場合に限り,留保の推定が働くという方向での解釈が妥当ではなかろうか」という(xxx『著作権契約法現行コード』(社団法人著作権情報センター,2010 年 3 月) 53 頁,同コード 37 条の解説).
なお,近時の裁判例で本項の推定を及ぼしたものとして,東京地判平成 18 年 12 月
27 日判時 2034 号 101 頁〔大ヤマト事件〕,逆に推定を覆したものとして知財高判平成
18 年 8 月 31 日判時 2022 号 144 頁〔システム K2 事件〕がある.もっとも,大ヤマト事件は,問題となった譲渡契約書に特掲がなく,これと同時期に,同一の弁護士が作成した同一当事者間の別の譲渡契約書には特掲があったことから,問題となった譲渡契約書につき 61 条 2 項の推定を及ぼしたという特殊な事案であった.従って,この判例は,上述の見解に影響しないものと考えられる.
[3] 一回完了型行為に対する差止請求権の構成について
翻案が完了している場合に,この複製物の譲渡を差止め,複製物の廃棄を求める構
・ ・
成には,2 つの考え方がある.1 つは侵害状態を排除するという考えで,現に翻案が
完了していても翻案された複製物がある以上,27 条によって差止請求を認容し(112条 1 項),この廃棄(112 条 2 項)を求めることができるというものである.これに対
・ ・
し,侵害行為を排除するという考えがある.これによれば,翻案の差止めを求めるこ
とはできず(求める必要がない),翻案から生じた複製物は,二次的著作物の利用に関する原権利者の権利(28 条)で処理するということになる.112 条 1 項の請求は, 28 条と 26 条の 2 によって譲渡を禁止して,この譲渡対象物としての複製物の廃棄を
112 条 2 項によって求めるということになる(前掲[1]xx・プラクティス 88 頁).一回完了型行為に関する支分権(翻案権,送信可能化権)の差止と廃止請求をどのように構成するかは,立法技術上の問題というべきで,司法試験に求められる考察ではないように思う.応試者は,いずれの構成であっても単純に適用を記載すれば回答として充分であると考える.
送信可能化の差止めについては,侵害行為排除説によると完了した送信可能化行為
(たとえばサーバにアップロード,サーバを公衆送信回線に接続)を差し止めるということができない.自動公衆送信権によらないとその後の送信を差し止められないということになる.侵害状態排除説によると差し止めができるという結論になる.後者の結論に妥当性があるように見えるのであるが,自動公衆送信権(著作権)と送信可能化権(著作隣接権)を峻別した立法趣旨(自動公衆送信について著作権者からの許諾がある場合には,著作隣接権者によって自動公衆送信を止められないものとした)との関係でこれでよいという結論に疑問なしとしない.なかなか興味深い問題がある
ことを示しておくに留める(参考,前掲プラクティス).