Contract
主 文
1 原告両名が,被告霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務のないことを確認する。
2 被告は,原告aに対し,平成15年9月から本判決確定に至るまで毎月25日限り金38万0592円を支払え。
3 被告は,原告bに対し,平成15年9月から本判決確定に至るまで毎月25日限り金42万0770円を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨。
2 被告は,原告aに対し,平成15年8月から本判決確定に至るまで,毎月25日限り金40万0392円を支払え。
3 被告は,原告bに対し,平成15年8月から本判決確定に至るまで,毎月25日限り金42万1207円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の姫路工場に勤務していた原告らが,平成15年5月9日に被告がなした霞ヶ浦工場への配転命令(以下「本件配転命令」という。)が無効であると主張して,同工場に勤務する雇用契約上の義務がないことの確認及び配転命令後である平成15年8月分以降の賃金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1ないし4,A1ないしA3, A9ないしA12,B1,B2,B9ないしB12,乙4,5,7,13,証人c及び証人dの証言,原告a及び原告bの各尋問結果)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。
(1) 当事者等
ア 被告は,スイスに本拠を置く食品メーカーであるネスレS.A.の日本法人であり,平成13年1月の組織再編により,社名を「ネスレ日本株式会社」から「ネスレジャパンホールディング株式会社」へ変更し,ネスレジャパングループの統括を行っている会社(以下,社名変更の前後を通じ「被告」という。)である。本件配転命令時,事業所は,神戸本社を始めとして,東京,札幌,仙台等にお かれ,工場は,霞ヶ浦工場(茨城県稲敷郡<以下略>所在),島田工場(静岡県xx市所在),姫路工場(兵庫県xx郡<以下略>所在)の3か所を有していた。姫路工場には,本件配転命令時において,工務課,人事総務課,製造課,生産企画課,品質保証課の5つの課があり,公務課の中に保全課及び動力課が,製造課の中に充填包装課,凍結乾燥課及びコーヒープロセス課が,生産企画課の中に生産企画課及び倉庫係があった。また,充填包装課の中に包装充填係,カップセット係及びギフトボックス係があった。被告の従業員の中には,これらの工場で試
験を受けて採用され,そのまま工場勤務となる者がおり,これらの従業員は現地採用者と呼ばれていた。
また,平成15年5月ころ,被告の労働組合には,ネスレ日本労働組合とネッスル日本労働組合があり,原告らは,ネッスル日本労働組合に加入していた。
なお,被告の平成11年の連結総売上高は2604億円で,前年比にすると4.
8%増であり,税引き後の連結純利益は177億円と前年比37%増であった。平成12年には,連結総売上高2936億円で前年比12%増,平成13年は連結総売上高3025億円で前年比3%増,税引き後連結純利益は174億円で前年比1.8%増である。
イ 原告aは,昭和○年○月○日生まれの男性で,高校卒業後,自動車販売業を経て,昭和46年8月,被告の姫路工場で採用となって勤務し始め,姫路工場に継続して勤務してきた現地採用者で,平成11年9月ころから,同工場製造課充填包装課ギフトボックス係(以下「ギフトボックス係」という。)に配属されていた者である。
本件配転命令時,兵庫県姫路市内に,妻e(昭和○年○月○日生。以下「e」という。),長男x(昭和○年○月○日生),長女g(昭和○年○月○日生)及び次女x(昭和○年○月○日生)と同居して生活していたが,平成15年5月10日,長男は死亡した。実母i(大正○年○月○日生)は,同じ敷地内の別棟に住んでいた。
ウ 原告bは,昭和○年○月○日生まれの男性で,昭和49年4月,被告の姫路工場で採用となって勤務し始め,姫路工場に継続して勤務してきた現地採用者で,平成11年5月ころから,ギフトボックス係に配属されていた者である。
原告bは,本件配転命令時,兵庫県xx郡<以下略>に,実母x(大正○年○月○日生。以下「j」という。),妻k(昭和○年○月○日生),長男l(平成○年○月○日生)及びxxm(平成○年○月○日生)と同居して生活していた。
(2) 本件配転命令とその後の経緯
ア 被告は,平成15年5月9日,ギフトボックス係を廃止することを決定し,当時同係で勤務していた従業員61名のうち,定年退職予定の1名を除く60名に対し,同係を廃止する方針であること,それに伴い同年6月23日までに霞ヶ浦工場に転勤するか,又は,転勤せずに退職金と特別退職金を受領して同月30日付けで退職するかを選択すべきことを書面で通知した。
これを受けて,原告らを除く58名の従業員のうち,9名が霞ヶ浦工場へ転勤し,49名が退職した。
イ 原告らは,家族の生活上の都合等により,本件配転命令に応じることはできないとして,原告aは,同年5月22日に姫路工場の人事総務課長に,原告bは,同月23日に姫路工場の充填包装課長に対し,姫路工場にとどまらせて欲しい旨記載した書面を提出した。これに対し,被告は,霞ヶ浦工場への異動を促す旨記載した回答書を送付した。
そこで,原告らは,再度,姫路工場内における転勤を希望する要望書を同課長に対して提出したところ,被告からは前述同様の内容の回答書が送付された。
(3) その後の原告らの勤務状況
原告らは,霞ヶ浦工場への転勤の期限とされていた同年6月23日以降も姫路工場へ赴いたが,工場内に入ることはなかった。同月から,原告らの給与支給明細書は霞ヶ浦工場から郵送されてくるようになり,同年7月分の給与支給額は,欠勤控除として,原告aは8万5172円,原告bは9万1062円が減額された。
(4) 被告における勤務体制及び便宜措置等
被告の勤務体制は,通常勤務であるレギュラー勤務のほかに,繁忙期にはモーニング勤務及びイブニング勤務という勤務体制がある。レギュラー勤務は午前8時3
0分から午後5時15分まで,モーニング勤務は,午前6時30分から午後3時1
5分まで,イブニング勤務は,午後3時5分から午後11時50分の勤務である。いかなる勤務に就くかは,前の月に翌月の勤務計画表が掲示されることで従業員に知らされる。勤務変更は,従業員から具体的な理由を伴う勤務変更の申出があった場合に,業務に支障がなく要員の差し替えが可能な場合には認められている。
また,被告は,育児・介護休業及び時間短縮等の便宜措置として,平成11年1月に「育児並びに介護休業等に関する取扱い」として規則を定め,社内のイントラネットに掲載し,事務室内に従業員が随時閲覧できる就業規則ファイルを備え付けるなどした(乙5)。また,制度導入や改定の際,朝礼等で職員が説明するなどしたこともある。この便宜措置は,1人1回しか使えず,その期間は3か月間とされていた。利用期間に応じて賃金は減給された。姫路工場においては,育児休業を利用した例はあったが,介護休業を利用した例はない。
更に,積立年休制度(執行した未消化年休を傷病や看護の目的で積立使用を認める制度)を設けており,平成5年2月から,介護のための積立も認めている。従来は連続して1週間以上利用することとしていたが,平成14年4月に1日の利用でも可能となった(乙13)。
(5) 被告による転勤に対する援助
被告は,転勤に関して,転勤規定及び借上社宅ガイドライン(乙4,7)を設けており,これに従って経済的援助等を行っている。
具体的には,借上社宅への入居を可能とし,家探しのための交通費,宿泊料及び食事補助,引越費用として荷物運送費,交通費,宿泊料及び食事補助等を支給するほか,転勤休暇を与え,赴任支度料を支給する。また,単身赴任の場合には,別居手当,帰省旅費及び持家に対する住宅手当等が支給されるなどの援助措置がある。
2 争点
(1) 被告の配転命令権の有無
(2) 本件配転命令の有効性
(3) 原告らに支払われるべき賃金額
3 当事者の主張
(1) 被告の配転命令権の有無
(原告らの主張)
被告には,原告らの個別的同意なしに転勤を命じる権限はない。
すなわち,原告らは,姫路工場において,一般工員として現地採用された者であ
るところ,姫路工場では,昭和41年の工場設立以来,従業員の意思に反して工場間転勤が実施された例はないこと,現地採用者は意に反する転勤がないとの企業慣行が確立していたこと,原告らが被告に雇用された当時,霞ヶ浦工場は設立されておらず遠隔地への転勤は雇用契約の前提とされていなかったことなどに照らせば,原告らと被告との雇用契約は,勤務場所を姫路工場に限定したものである。よって,本件配転命令は,原告らと被告との間の雇用契約の範囲外である。
雇用契約書に転勤させられることがある旨明記されていたとしても,被告内にネッスル日本労働組合しか存しなかった昭和48年9月20日の団体交渉において,被告は,「本人が嫌がっているのに異動させることはない」旨明言し,これを踏まえて同年12月に同労働組合との間に「転勤及び出向は従業員の希望及び個人的事情をxxに考慮して決定する。」「当該組合員及び組合に対して同時に事前通告し,もし転勤及び出向に関し,正当な理由で異議の申し立てがある時は,会社と組合とで協議する。」との内容の労働協約を締結した。
よって,雇用契約に記載されていることを根拠としても,当該労働者の意向を無視した配転命令権を発することはできない。
そうすると,本件配転命令は雇用契約変更の申し入れに過ぎないから,原告らの同意なくして法的拘束力を生じることはない。
従って,本件配転命令は無効である。
(被告の主張)
ア 原告らと被告との間で交わされた雇用契約書には「雇傭中に,あなたは,他の勤務地へ転勤される事があり」と明記されており,就業規則第15条第1項には
「被告は,業務上の必要に応じ,従業員に異動を命ずる。異動とは,身分の変更,役職および資格の変更,配置転換,職種の変更,転勤,長期出張,駐在もしくは出向,派遣をいう。」,同条第4項には「転勤ならびに出向等に関しては,別に定める。」とそれぞれ定められ,同条項に基づき転勤規定が定められている。
よって,被告には,配転命令権があるから,従業員の個別的同意を要することなく転勤させることが可能である。
なお,原告らが主張する昭和48年12月に締結された労働協約は,その後改訂を繰り返して,本件配転命令時には効力を失っているし,本件配転命令時,原告らが加入しているネッスル日本労働組合と被告の間では,なんら転勤に関する労働協約を締結していない。
イ 実際,姫路工場における現地採用者で,期間を限定せずに他の勤務地へ転勤した者も多数いるし,原告らが雇用された昭和46年及び昭和49年には,姫路工場の他に,本社(兵庫県神戸市所在),xx工場(兵庫県xx郡所在),島田工場などがあり,遠隔地への転勤も当然観念されていた。
(2) 本件配転命令の有効性
(原告らの主張)
ア 仮に,本件配転命令が雇用契約の範囲内であったとしても,被告には,経営危機はなく,本件配転命令は雇用調整的なものであり,配転命令を行わなければならない業務上の必要性はない。それにもかかわらず,原告ら及びその家族に著し
い生活上の不利益を与える配転命令を行ったのであるから,本件配転命令は,権利の濫用となる。
イ 業務上の必要性がないこと
(ア) 被告の所属するネスレジャパングループは,平成11年から平成13年にかけて連結売上高及び税引き後の連結純利益のいずれも増加しており,極めて順調な経営で高収益を維持している。2003年度上半期の「全国高額所得法人動向調査」においても被告は第4位に入っている。このような経営状況に照らせば,被告には,差し迫った経営危機はなく,経営改善をしなければならない合理的な根拠がないから,ギフトボックス係を廃止して人員配置の変更を行う必要性がない。むしろ,同係を廃止して,労働者に重大な犠牲を払わせてまで,更なる利潤追求を行うことが目的であると考えられる。
被告は,販売予測が困難であるとして外注の必要性があると主張するが,それはギフトボックス係の事業の性質上当然のことであり,同係設置当時からそのようなリスクがあることは前提となっていたはずである。また,十分な賞味期限を確保する必要があるというのも,食品等の事業を有する全企業が抱える問題であり,特殊被告に限ったことではない。被告としては,経営判断において適切な生産計画を立てるべきである。よって,ギフトボックス係を廃止する業務上の必要性はない。
(イ) 仮にギフトボックス係の廃止自体は不合理ではないとしても,被告には,人員配置の変更方法として,他の従業員の退職や異動状況に照らして可能な限り工場内転勤を実施すべき義務があったのに,被告は最大限の努力をしていない。すなわち,本件配転命令は,利潤追求のための事業部門廃止によるもので,退職を強要する実質的な解雇である。これは,配転命令が権利濫用となる場合の1つである「当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき」に該当すると推認できる。そして,実質的に解雇であると捉えれば,これは整理解雇にほかならないから,整理解雇4要件を満たさなければ権利濫用となる。従って,被告は遠隔地転勤を回避するための最大限の努力をする義務があり,その努力をして初めて業務上の必要性があると認められるべきである。
具体的には,被告は,まず全工場的に霞ヶ浦工場への転勤を希望する者や退職を希望する者を募集し,募集に応じた者を霞ヶ浦工場へ転勤させるか,あるいは退職してもらうことにより,残りの者について工場内転勤が可能かどうかを検討すべきであったのであり,このような手順を踏んでいれば原告らを工場内転勤とすることに格別の困難は生じなかったと考えられる。
原告aは姫路工場内の工務課保全課における勤務を希望しており,原告bは同工場内の生産企画課倉庫係への転勤を希望しているところ,これらの職場は,定年退職者が出たり人員不足であったりしており,原告らを転勤させることは可能であった。このように工場内転勤が可能であったのにかかわらず,被告は,それを検討せず,霞ヶ浦工場への転勤か退職かの二者択一を迫ったものである。
従って,被告は遠隔地転勤を避けるべくして最大限の努力をしていないから,
本件配転命令には業務上の必要性は認められない。
(ウ) 以上から,被告には業務上の必要性が認められない。ウ 原告aの被る著しい不利益
(ア) 原告aは,妻e,長女,次女,実母の5人暮らしであり,eは,平成10年4月7日に初診として心因反応(うつ状態)と診断され,現在は非定型精神病と診断されている。同月11日から同年6月20日まで,及び,平成14年
5月31日から同年7月20日まで入院しており,入院していない時は頻繁に通院して治療を受けている。長男の養育や不登校のことで悩んでいたことがeの疾病に影響を与えていたと考えられ,長男の死がeに与えた衝撃は大きく,平成15年5月24日ころ,病状の上から転居は困難であり,生活に援助を要し,単身での生活は困難であると判断された。転居により,不安感・焦燥感が強まり,抑うつ的となる恐れがあり,また,信頼関係が形成できている現在の主治医を変わらざるを得なくなることからも不安感が増すと考えられる。
eの生活の援助は,原告aが行っていたもので,原告aは,毎日子供達の弁当を作り,夕食も頻繁に作っていたし,洗濯も行うなどしてeの家事の負担を軽減していた。実母とeとの関係は良好なものとはいえず,むしろ実母からの非難により病状が悪化していたことも窺われるから,実母からの援助は期待できないし,長女及び次女は,それぞれ大学受験及び高校受験を迎えており,xとの同居を希望していなかったこともあって,eの援助をできる状況ではなかった。eの主治医は,原告aが最もふさわしい援助者であると述べている。
このようにeの援助は原告aが行っていたもので,同人以外の援助は期待できず,かつ,援助者としては原告aが最適任者である。そして,eが転居することは好ましくなく,実母,長女及び次女も転居は希望していないから,仮に原告aが霞ヶ浦工場に転勤となれば,原告aが単身赴任することは避けられない。そうすると,本件配転命令は,原告aに単身赴任を余儀なくして,取り返しのつかないeの病状の悪化を招く可能性があり,実母や長女及び次女にも何らの援助を与えられなくさせるものであり,原告aにとって甘受できない著しい不利益を及ぼすものである。
(イ) なお,eへの援助は,一日中付きっきりの介護ではないので,原告aが旅行に行くなどのことがeを援助していることと矛盾することにはならず,また,原告aとeは,一時期夫婦関係が悪化していた時期もあり,そのような時には, eの実家の援助を受けていたこともあるが,その後夫婦関係は改善しているし,実家の援助が今後もずっと得られる訳ではないから,原告aが最適な援助者であることに変わりはない。
エ 原告bの被る著しい不利益
(ア) 原告bは,妻,長男,xx,実母jの5人暮らしである。
長男及びxxはいずれも現在通学している学校に継続して通いたいという希望を持っており,長男は地元の高校への進学も希望している。また,原告b自身長男であり,住所地周辺のxxや山林の管理を行わなければならず,地域の共同の農作業等も行わねばならない。
(イ) jは,骨粗しょう症,脳梗塞後遺症,パーキンソン症候群等に罹患しており,本件配転命令時,αから要介護2の認定を受けていたため,デイサービスを週2回利用するほか,原告bとその妻が在宅介護に当たっていた。その後,平成16年1月13日には,要介護3の認定を受け,現在は週3回デイサービスを利用している。
その介護の程度は,浴槽の出入り,洗顔,整髪等は一部介助を要し,洗身,靴下の着脱,居室の清掃,金銭の管理は全介助を要するものであり,難聴で痴呆も進んでおり,徘徊癖があって目が離せない状況である。原告bとその妻が協力して介護を行っているが,それを他人に任せることには相当の困難を伴い, xも原告bを頼っており,原告bが介護の中心となっているのであるから,原告bは不可欠の存在である。
また,主治医によれば,jに転勤などによる環境変化が生じた場合に,症状が悪化する可能性は否定できないとのことである。
(ウ) このような状況の下,原告bが本件配転命令により単身赴任をした場合には,妻に過大な負担がかかることが明らかであるし,頼りにしている原告bがそばにいなくなれば,jの精神状態が不安定になる。
他方,家族帯同で霞ヶ浦工場に赴任した場合には,これまで培ってきた地域のつながりを失い,長男及びxxも転校を余儀なくされ,jの症状が悪化する可能性もある。
いずれにしても原告bが本件配転命令によって被る不利益は著しい。
(エ) 以上から,原告bの関係でも,本件配転命令は著しい不利益を与えるものであり,権利濫用にあたる。
オ 改正育児介護休業法26条違反に当たること
(ア) 我が国は,ILO第156号条約及び同第165号勧告を受けて,平成1
3年,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律を改正した(以下,改正後の同法を「改正育児介護休業法」という。)。同法26条は,事業主は,その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において,その就業の場所の変更により就業しつつxxxの養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは,当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならないと定める。
(イ) jは本件配転命令時,要介護2の認定を受けており,平成16年1月13日に要介護3の認定を受けたもので,要介護状態にあるから,原告bについて同法同条の適用があることは明らかである。
原告aについては,eは要介護2であり,常時介護を要するとまでもいえないことに照らせば,同法同条の適用がないとも考え得るが,同法では「介護」と「要介護状態」とを明確に区別して言葉を使用しており,「介護」とは歩行,排泄,食事等の日常生活に必要な便宜を供与するという意味であるところ,同法同条は単に「家族の介護」とされているのであるから,eの状態はこれに当たり,原告aについても同法同条の配慮がなされなければならない。
(ウ) 同法同条は,子の養育や家族の介護の必要がある労働者について,配置転換を行わないことまでは求めないにしても,配置転換をする際にそのことに配慮を要求することによって,配転命令について使用者の裁量を制約しているもので,配慮の有無は,権利濫用の判断に影響する。配転命令に何ら配慮した形跡が認められない場合には,その配転命令は裁量権の濫用であって違法となる。
配慮の内容は,①当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること,②労働者本人の意向を斟酌すること,③配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うことなどである。
(エ) 被告が,このような配慮を全くしていないことは以下のとおりである。 そもそも人事総務課長自身が同法同条の具体的内容を知らないのであるか
ら,配転命令を発する際に労働者側の事情にも一定の配慮をしなければならないという認識を持つはずがない。
被告は,業務上の必要性があれば労働者側の事情には構わずに配転命令を発することができ,労働者はこれに従う義務があると考えていたと思われる。このことは,被告が配転命令に先んじて労働者の事情聴取を行っていないことにも現れている。配転命令後には,一応の個人面談が行われているけれども,個人面談において労働者の事情を詳しく聞こうという姿勢はみられず,転勤に応じるか退職するのかを確認したに過ぎない。個人面談では,転勤するように勧めたのみである。
原告らは,家族に介護を要する者がいるという事情について申告する書面を被告に提出して,姫路工場で働きたいという意向を明らかにしているところ,被告は,原告らに書類の提出を求めるなどして調査をする努力をするなど真摯な対応をせず,原告らの家庭の事情を全く斟酌しないで,霞ヶ浦工場への転勤を所与のものとして押しつけている。
なお,被告は,やむを得ない理由により異動できない場合には平成15年5月23日までに申し出るよう指示しているところ,原告aは同月21日付けの文書で,原告bは同月23日付けの文書で,同日までに事情を申し出ているのであるから,原告らの対応は適切である。
このような被告の対応は,前述の①ないし③の配慮のいずれもを欠くものである。なお,経済的配慮は,同法同条の求める配慮ではない。
以上から,被告の対応は同法同条に違反するし,同法同条違反であることを配転命令の権利濫用判断の際にも考慮されるべきであり,配転命令は違法になる。
カ なお,原告らは,被告において設けている育児介護休業,時間短縮措置及び積立年休制度を利用していなかったが,これらの制度は従業員に周知徹底されていなかったし,実際に利用不可能な制度であったから,これらの制度があることや原告らがこれらの制度を利用しなかったことは,原告らの被る不利益の甚大性に何らの影響を及ぼさない。
すなわち,原告らは育児介護休業及び時間短縮措置の制度を知らなかったので
利用しようがなかったし,これらの制度は利用した場合に利用相当分の賃金が減額されるから,生活の糧として賃金を得ている従業員は結局は利用することが不可能である。更に,育児介護休業は,最長3か月間1回限りの利用が可能とされており,利用し難い制度となっているし,時間短縮措置は,そもそも勤務時間外の介護を行っている者には役に立たない。積立年休制度は,年次有給休暇を積み立てることが前提であるから,実際には利用不可能である。
(被告の主張)
ア 業務上の必要性について
ギフトボックス係は,ギフトボックスにインスタントコーヒー等の商品を箱詰めする作業を行っていたものである。これらの商品の販売は,お中元お歳暮等の時期に販売のピークを迎えるので,その数か月前から大量に生産し,在庫を保管する方式をとっていたものであるが,このような生産体制では販売予測を誤ると欠品により販売機会を失ったり,生産過剰により在庫が大量に滞留する危険がある。また,数か月前から在庫をため始めるため,商品の賞味期限が短くなる。
このようなことから,姫路工場における内作では,賞味期限を十分に確保しながら低コストで製作することは困難であり,これらの難点を回避するために,外注とする業務上の必要性が存在した。
なお,企業においては,仮に高収益を得ていたとしても,不断にコスト削減を求めることは当然である。
イ 異動方法の正当性について
また,ギフトボックス係の廃止に伴う人員異動の方法としては,姫路工場内の他の部署への配置転換はなしえなかったし,霞ヶ浦工場では人員が不足していたためである。
すなわち,姫路工場では,平成13年にカリナリー製造課(業務内容は調理用食品等の製造)を廃止したことに伴って,同課の従業員30名を同工場内の他部署に転勤させており,人員不足は生じていなかった。実際,平成12年以降,退職者に対応した補充はしておらず,新規採用も行っていない。このような状況においてギフトボックス係の従業員を姫路工場内の他部署へ配転すれば,姫路工場内において余剰労働時間が発生することは明らかであった。
他方,霞ヶ浦工場では人員不足が生じており,臨時社員約80名を雇用して対処しており,更に,平成16xxには,ベバレジ製造課(業務内容は自動販売機用飲料等の製造)において新ラインを稼働することから,更に約20名の人員が不足する予定であった。
このような状況を踏まえて,被告は,ギフトボックス係に配属されていた61名のうち定年退職予定の者を除く60名について,霞ヶ浦工場に転勤させることとした。
なお,原告aは工務課保全課への転勤を主張しているが,同課は,保全の専門知識を有する従業員を工場内転勤により補充しており,人員不足は生じていない。原告aには保全・補修業務に関する技術がないから,同課に配属する適正も欠いている。また,原告bは生産企画課倉庫係への転勤を主張しているが,同係では,
出荷量が集中したときのみ残業等が行われるのみであり,人員不足の状況にはなく,コンピューター化を導入する予定があったことから定年退職者の補充も予定していなかった。従って,姫路工場内には,原告らが主張するように他部署へ転勤させる余裕はなかった。
ウ 従って,本件配転命令は,業務上の必要性に基づくものであるし,当時の工場の現状に照らして相当な方法で人員異動を行ったものである。
エ なお,原告は,本件配転命令が雇用調整目的であるとか,大規模なリストラを企図していたなどと主張するようであるが,そのような不当な動機や目的はない。
すなわち,本件配転命令はリストラ目的ではなく,姫路工場における余剰人員の雇用維持・確保を図るものであり,受け入れ場所として準備した霞ヶ浦工場には前述のとおり臨時社員まで雇用していたものであるから,受け入れ先として十分な余裕があった。また,姫路工場内における転勤の可能性についても真摯に検討したが,前述のとおりの状況であるから,その余地はないと判断したものである。
原告らは,xx工場における配転命令の事案を引き合いに出すが,同事案は,xx工場を廃止して霞ヶ浦工場に移管・統合したというものであり,本件とは事情が異なるし,そもそも同事案はリストラ目的ではないし,配転命令に際して従業員とトラブルが生じたこともない。
オ 原告らの被る不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものではないことについて
(ア) 被告は,平成15年5月12日,ギフトボックス係の従業員に対し,グループ単位で転勤の説明や質疑応答を実施し(なお,原告aは欠勤のため参加していない。),更に,原告aについては平成15年5月20日,原告bについては同月13日及び同月21日に個人面談を行っている。しかし,これらの機会に原告らから転勤に応じられない私生活上の具体的な不利益が申述されたことはなく,その後,転勤を拒否する書面を被告に送付し,本件訴訟において転勤拒否の理由を主張するに至ったのである。
被告は,個人面談の結果に基づいて原告らが負う不利益の程度を判断して,配転命令を変更する事情がないと判断した。配転命令の有効性を検討するにあたっては,配転命令時の事情をもとにすべきであるから,事情聴取において原告らが申述した内容を基本とすべきであり,その後に主張された新たな事柄は考慮すべきではない。
(イ) 次に,配転命令により被る労働者の不利益は,転勤対象従業員全員に共通するものであることや人事のxxの観点から,原告らの不利益を検討する際は,本件配転命令に従った労働者の事情を参考にすべきである。
本件配転命令に従った労働者は9名であるところ,そのうち8名は単身赴任であり,1名は長男のみを同伴して赴任した。その中には,親の介護を要する事情がある者や,受験を間近に控えた子を養育する者,xxの維持管理を要する者なども多数含まれている。単身赴任後に,個々の事情が解消した後に家族と同居した者もいる。
また,不利益の検討に際しては,被告において,転勤に伴う負担軽減のために相当な経済的配慮をしていることも考慮すべきである。
配転命令に従った者には,転勤規定及び借上社宅ガイドライン等に基づき,借上社宅への入居を可能にし,家探しや引越の旅費支給や有給の転勤休暇の付与を行い,単身赴任の場合には別居手当や帰省旅費を支給している。また,やむを得ない理由により異動できずに退職する従業員に対しても,会社都合による退職金を支給し,その他にも年齢に応じた特別退職金を支給している。
(ウ) 原告aについて
被告は,本件配転命令以前に,原告aの家族構成,子供が改正育児介護休業法26条が対象とする小学校就学前の年齢を超えていること,原告aが妻の障害について障害年金(126万7000円)を受給していること,年末調整の減税対象となる障害等級が2級16号であることなどの家庭環境や生活状況は把握していたが,介護を要するとの報告はされていなかったし,介護休業及び時間短縮等の便宜措置の利用もなく,イブニング勤務に就いていたが,その理由は朝食の準備や子供の弁当を作らなければならないとのことであったので,原告a自身が妻の介護を必要とする事情はないと考え,転勤による生活上の支障は他の転勤対象従業員と同程度であると判断した。
eの介護は,日中は現在も1人で生活しているのであろうから,原告aによる介護の必要性がなく,その他の時間帯については原告aの実母や長女及び次女が行うことが可能である。eの実家による介護も可能である。受験を抱えた子供がいることは,他の従業員も同じことであり,原告aのみに特に生じている事情ではない。
被告では,介護休業や時間短縮等の便宜措置を設けており,そのことを社内のイントラネットへの掲載やファイルの備え付けにより周知していたのに,原告aはこれらを利用していない。むしろ,泊まりがけのスキーに参加したり,繁忙期のシフト勤務であるモーニング勤務やイブニング勤務に就いているのであるから,eは常時介護を要する状態ではなく,原告aの家庭状況は勤務に支障あるものではなかった。
なお,原告aがeを伴って霞ヶ浦工場へ転勤した場合には,近隣に筑波大学付属病院や東京医科大学霞ヶ浦病院等があり,今後の診療にも問題はない。
そもそも,eの介護の必要性は,転勤拒否の名目に過ぎない。平成15年7月ころから原告aとeは別居していたこと,原告aはeの病気について理解がなかったことなどの事実が認められるから,原告aが介護をしていたとも,介護をする者として最適であるともいえない。この点に関する原告aや証人nの供述は信用できない。
(エ) 原告bについて
原告bについても,家族構成を把握し,子供が同法同条が対象とする小学校就学前の年齢を超えていること,実母jが同居しているが,介護が必要であるとの届け出はないことなどの家庭環境や生活状況を把握しており,介護休業及び時間短縮等の便宜措置の利用はなく,イブニング勤務に就いていたことなど
から,介護を必要とする事情はないと考え,転勤による生活上の支障は他の転勤対象従業員と同程度であると判断した。
原告bの主張する子の教育やxxの維持管理は,本件配転命令を受けた他の従業員についても同様の問題であるから,甘受すべき程度のものである。
xの介護については,要介護2の女性高齢者に関する一般的統計によれば,原告bによる介護が不可欠であるとは考えがたい。また,jの主治医の意見書には,徘徊行動があることが記載されておらず,原告bの主張するjの症状は事実と異なる。また,要介護2の認定があれば,在宅介護サービスや施設介護サービスを受けることが可能で,それに対して行政から補助金を受けることもできるのであるから,原告bでなくとも介護は可能である。霞ヶ浦工場に転勤したとしても同様のサービスを受けられる。あくまで原告bの介護を必要であるとする原告bの供述や,jのケアマネージャーの意見等は信用できない。
被告が介護休業及び時間短縮等の便宜措置を設けていたことは前述のとおりであるところ,原告bもこれらを利用していない。
以上から,本件配転命令は,原告bに対して,甘受し得ない著しい不利益を与えるものではない。
(オ) 改正育児介護休業法26条違反の事実がないこと
本件配転命令時,原告らの家族に介護を要する者がいたという客観的な証拠はないから,原告らは,同法同条にいう配慮義務対象者には該当しない。
まず,同法同条は,配置転換を行わない義務まで課したものではなく,配置転換を行う際に配慮を行うべき義務を課したものである。そして,被告は,前述のとおり原告らに対して個人面談を実施して,子の養育や家族介護を含めた家庭生活や個人的事情について聴取する機会を設けており,これにより転勤する上での支障の有無を検討して,転勤を実施するかどうかの最終判断を行っている。これは,まさに,同法同条の配慮義務の履行である。
よって,被告は同法同条に違反していない。
x xx,原告らは,被告に対して,本件配転命令を拒否した後,グループ説明会や個人面談という被告にその家族の育児介護状況を報告できる機会があったにもかかわらず,速やかに報告しなかった。それにもかかわらず,後に介護の必要性等を主張するのはxxxに反するものであり,また,原告らから何ら報告がなかったのであるから,本件配転命令後に被告が原告らに書類の提出を求めたり生活状況について調査したりしなかったことはやむを得ない。
(3) 原告らに支払われるべき賃金額
(原告らの主張)
原告らは,平成15年6月までは本件配転命令以前と同様に被告から賃金の支払を受けているところ,その額は,原告aについては,平成15年4月は40万
0606円,同年5月は39万9706円,同年6月は40万0866円であり,平均月額は40万0392円を下らず,原告bについては,同年4月は41万9
597円,同年6月は42万2817円であり,平均月額は42万1207円を下らない。
同年7月には,欠勤控除がなされた額が支給され,同年8月以降は,霞ヶ浦工場へ出勤していないことからノーワークノーペイの原則により不支給となった。しかしながら,本件配転命令は無効であり,被告は,原告らの労務の提供を正 当な理由なく受領を拒否していることになるから,原告らは,被告に対し,賃金
全額の請求権を有する。
(被告の主張)
原告aに支払った賃金は,同年4月は38万0806円,同年5月は37万9
906円,同年6月は38万1066円であり,平均月額は38万0592円である。
原告bに対し,同年4月及び6月に支払った賃金額は認める。同人に同年5月に支払った賃金は41万9897円であるから,同年4月から6月までの3か月間の平均月額は42万0770円である。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(配転命令権の有無)について
(1) 証拠(甲27,乙1ないし3,6,10)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
ア 原告aは,昭和46年8月,原告bは,昭和49年4月,いずれも現地採用者として被告の姫路工場において雇用された者であるが,雇用契約において,特に,勤務場所を姫路工場に限る旨の明示の合意をしたことはなく,むしろ,その各契約書には,「雇傭中に,あなたは,他の勤務地へ転勤される事があり」と記載されており,就業規則第15条には,「会社は,業務上の必要に応じ,従業員に異動を命ずる。異動とは,身分の変更,役職および資格の変更,配置転換,職種の変更,転勤,長期出張,駐在もしくは出向,派遣をいう」と定められている。
イ 原告らは,特殊な技能によって雇用された労働者ではなく,その職種に限定はない。そして,原告aが入社した昭和46年当時は,xx工場及び姫路工場があり,原告bが入社した昭和49年当時は,前記2工場に加えて,xx工場があり,工場間の異動が具体的に予測しうる状況にあった。
ウ 被告とネッスル日本労働組合との間で昭和46年に交わされた労働協約には,第20条において「会社は業務上の必要に応じ,組合員の職務を変更し,或は他の事業所,工場又は販売部門へ転勤させることがある。転勤は従業員の希望及び個人的事情をxxに考慮して,決定する。当該組合員及び組合に対して,同時に事前通知し,若し正当な理由で異議の申し立てがある時は,会社と組合で協議する」と記載されている。
エ 姫路工場では,平成5年から平成14年までの間に114名の従業員が他の勤務地へ転勤しており,その中には工場での現地採用者が49名含まれており,そのうち霞ヶ浦工場へ転勤となった者は27名である。この27名のうち23名は単身で赴任した。これらの転勤は,期間を限定して行ったものではなく,従業員から個別の同意をとることもしていない。
(2) 以上に鑑みるに,原告らと被告との雇用契約には,職種や勤務場所を姫路工場に限る旨の明示の合意はなく,むしろ雇用契約書及び就業規則には,転勤があり得
る旨明記されており,原告らが雇用された当時,被告には複数の工場が存在し,工場間の異動が具体的に予測しうる状況にあったことからすれば,原告らと被告との間の雇用契約は,勤務場所を限定する雇用契約ではなく,被告は,配転命令権を有したものと認めることができる。
被告と原告らが所属するネッスル日本労働組合との間の労働協約は,むしろ転勤があることを前提とするもので,転勤に際して組合員の同意等を要することまで規定したものではないから,前記認定を覆すものではない。原告らが,現地採用者であって,入社以降継続して姫路工場において勤務してきたことから,勤務地を姫路工場に限定する合意が原告らと被告との間で成立していたと推認することはできない。実際,姫路工場で現地採用となった者も転勤している例が多数あり,現地採用者の転勤は行わないとの慣行があったという事実はなく,転勤の際に,従業員の個別の同意は取られていない。
従って,この点について,原告らの主張は採用できない。被告には,配転命令権があり,本件配転命令もこれに基づいてなされたものと認められる。
2 争点2(本件配転命令の有効性)について
(1) 使用者に配転命令権が認められる場合であっても,転勤は,特に転居を伴うものにあっては,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないものであるから,使用者の配転命令権は,無制約に行使できるものではなく,これを濫用することは許されるものでない。その配転命令について,業務上の必要性がない場合,又は,業務上の必要性がある場合であっても,その配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき,若しくは,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情のある場合には権利の濫用となり,当該配転命令は無効となるというべきである。
(2) そこで,以下に検討するに,証拠(甲1,4,6,A1,A4ないしA7,A
9ないしA12,A13,A17,A19,A23,B1,B3ないしB7,B9ないしB12,B13,B19,B20,乙9,10,20,22,31,32,証人c,証人d及び証人nの各証言,原告a及び原告bの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり,認めることができる。
ア 姫路工場の状況
姫路工場には,本件配転命令時において,工務課,人事総務課,製造課,生産企画課,品質保証課の5つの課があり,製造課の中の充填包装課に包装充填係,カップセット係及びギフトボックス係があった。姫路工場の従業員数は,平成2年ころは510名であったが,年々減少を続けており,平成14年には387名となっている。平成13年にカリナリー製造課を廃止したことに伴い,30名の従業員を姫路工場内で配置転換したため,その後,人員余剰の状態にあった。平成12年以降,年間平均約15名の定年退職者が出ており,平成15年1月から
5月までに姫路工場内で定年退職した者は,早期退職優遇制度による者も含めて
8名,同年6月から同年度末までに退職する予定とされていた者は,早期退職優遇制度による者を含めて7名,平成16年の定年退職予定者は16名であったが,工場内の機械化,効率化が進んでいることもあって,平成12年以降,退職によ
る欠員の補充は行われていない。
姫路工場では,平成5年から平成14年までの間に114名の従業員が他の勤務地へ転勤しており,その中には工場での現地採用者が49名含まれている。転勤先は,本社,xx工場,霞ヶ浦工場,出向等様々であり,上記現地採用者のうち霞ヶ浦工場へ転勤となった者は27名である。この27名のうち23名は単身で赴任し,4名は家族を同伴して赴任した。これらの転勤は,期間を限定して行ったものではなく,従業員から個別の同意をとることもしていない。ただし,上記4名の者はその後の転勤により姫路工場に戻っている。
イ ギフトボックス係廃止及び本件配転命令に至る経緯
ギフトボックス係では,インスタントコーヒー等の商品を箱詰めする作業を行っていた。その商品は殆どが御中元又は御歳暮用のものであるため,生産の季節変動が大きく,販売のピーク時の数か月前から生産して在庫を確保していたが,毎期の販売予測が困難であり,販売予測が外れた場合には,欠品による販売機会ロス,又は,在庫滞留の危険性があった。また,数か月前から生産するため,賞味期限が短くならざるを得なかった。
そこで,被告は,これらの不都合を回避すべく,内作を廃止して外注とすることとし,ギフトボックス係を廃止することを決定した。
その上で,被告は,ギフトボックス係の従業員61名中,定年退職を迎える1名を除く60名を人員の不足している霞ヶ浦工場へ転勤させることを決定した。その理由は,霞ヶ浦工場には,チョコレートと飲料の製造ラインがあり,平成1
5年の夏にコンフェクショナリー製造課の生産ラインを新たに稼働するため約2
0名の人員が必要であり,平成16xxには,ベバレジ製造課の生産ラインも新たに稼働する予定で,更に人員が必要となる予定であったからである。本件配転命令に従って霞ヶ浦工場へ異動した者が,いかなる業務に就くかは,配転命令時には具体的に決まってはいなかった。姫路工場内の他の部署は,人員余剰であったため,これらへの配転はされなかった。
ウ 本件配転命令の告知と労働組合及び原告らの対応
被告は,平成15年5月9日,ギフトボックス箱詰め作業の廃止を決定したことを通知する書面を従業員に交付した。同文書には,フレッシュネスを満足し,かつ低コストで製作するためには,現在の作業方式では限界であるという内作廃止の理由が記載されていた。被告は,ギフトボックス係の従業員の雇用を確保するために,同年6月23日までに霞ヶ浦工場に異動してもらうことに決定し,やむを得ない理由で異動ができない者は同年5月23日までに上司にそのことを申し出るように通知した(甲1)。その際の通知では,異動できない場合には,同年6月30日付けで退職とすることとし,退職する場合には,会社都合による退職と扱って退職金を支給し,それと別に同日現在の満年齢に応じた特別退職金を支給することとされていた。
これを受けて,ネスレ日本労働組合では,同月12日,霞ヶ浦工場への異動という形で雇用確保をしたことは,被告としては最大限の配慮をしたといえるので,会社の決定に対して前向きに協力してほしいと記載した書面を組合員に交付した
(甲4)。他方,原告らの加入するネッスル日本労働組合は,同月26日,本件配転命令は,利益の拡大を狙う人減らしであり,従業員の家族的責任,家庭的事情等を無視した人権侵害であるなどの理由から違法・脱法なものであるとして,原告らに遠隔地転勤を強要せず,姫路工場内転勤で職場を確保することを要求する文書を被告に提出した。また,同文書において,本件配転命令の全対象者について姫路工場で働き続けることができるよう取りはからうことを要求し,同月2
9日に団体交渉を行うことを申し入れている(甲6)。
被告は,本件配転命令後,同月12日に転勤対象者に対する説明会として,1
0人程度のグループ単位で転勤の説明や質疑応答を行った。原告bはこれに参加したが,原告aは,同日は勤務を休んだため参加しなかった。その後,被告は,同年6月中旬ころまでかけて,対象者に対する個人面談を行っており,原告aは,同月20日,原告bは,同月13日及び21日に個人面談を受けた。また,同月
19日,弁護士による相談会が行われ,原告らもそれに参加した。
原告aの個人面談は,同月20日午前10時35分ころから同日午前11時1
0分ころに行われ,面談者は,d人事総務課長及びo充填包装課長であった。この個人面談で,原告aは,妻が病気であることを告げているが,病気の内容や介護の必要性について申し出ることはなかった。原告bの個人面談は,同月13日午後2時50分ころから同日午後3時50分ころ,及び,同月21日午前9時5
3分ころから同日午前10時6分ころにかけて行われ,面談者は,d人事総務課長であった。その中で,原告bは,転勤先の住宅状況,霞ヶ浦工場での業務内容等について質問し,母親が年配で子供が小さいため単身赴任となることや,xxがあることを告げているが,自分が母親の介護を行う必要があることを申し出ることはなかった(乙10)。
原告aは,同月21日付けで,姫路工場に留まりたい旨を申し入れる書面を作成し,同月22日,被告に提出した。同書面のなかで,原告aは,妻が非定型精神病であること,母が高齢であること,長男の死去に伴って家族が動揺していること,長女及び次女が受験期であることを理由として姫路工場に留まりたいと申し入れており,主として,妻と母のことが重要であるとしていた(甲A9)。被告が,このような原告aの家庭環境について知ったのはこの時が初めてであるところ,被告は,これに対して,同月23日,人にはそれぞれ事情があるだろうが,霞ヶ浦工場へ異動して新しい任務に就くようにという回答をした(甲A10)。原告aは同月29日,被告に対して再度姫路工場内転勤とするよう申し入れたが,同年6月2日,被告は,同様の趣旨の回答をした(甲A11,A12)。原告aの提出した書面を受けて,被告が,原告aから更に事情を聴取したことはない。
原告bは,本件配転命令を受けて同年5月23日,姫路工場に留まりたい旨を申し入れる書面を作成し,被告に提出した。原告bは,母が要介護2と認定されており,妻による介護が必要であること,見知らぬ土地へ行けば病状が悪化すること,xxや持ち家があること,子供が翌年受験期になることを理由として,姫路工場に留まりたいと申し入れている(甲B9)。これに対する被告の回答,その後の原告bと被告との書面のやり取りは原告aの場合と同様であり,両名にな
された回答文書の記載内容も同一のものである(甲B10ないしB12)。エ 本件配転命令の結果
配転命令を受けた60名のうち,霞ヶ浦工場へ転勤したものは9名で,妻帯者が8名,独身者が1名である。妻帯者8名のうち7名が単身で赴任し,1名は1
1歳の長男のみを伴って転勤した。妻帯者8名のうち,5名は年老いた父母がおり,妻が残って面倒を見るなどしており,受験期の子供がいる者もいる。3名は,一旦は単身で赴任した後に,家族も引っ越して同居する予定であった。
オ 原告aが受ける不利益について
原告aの妻eは,平成10年3月ころ,心因反応(うつ状態)が発症し,同年
4月11日から同年6月20日まで,また,平成14年5月31日から同年7月
20日まで,β病院精神科に入院し,退院後,同病院へ通院しており,平成15年ころには,非定型精神病と診断されていた。発症の原因は,長男の病気や近所付き合いに悩んだという心因である。うつ状態の時には意欲低下が強くなるため,家事を代わって行ったり,日常生活の動作にも援助が必要となる場合もある。eの場合には,焦燥感が強くなり,おろおろしてじっとしておれない状態になるため,家族が側にいることが必要である。平成15年6月ころは,単身で生活することが困難な状態にあった。
eは,症状が重い時期には,朝早く起きることができず,原告aにおいて,朝食と子供の弁当を作って,送り出していた。原告aの実母は,本件配転命令時7
8歳で,サナトリウムで看護師として勤務しており,夜勤が入ることもあり,eに代わって家事を行えるという状態にない上,eの病気を十分に理解していたとは言い難く,なまけていると責めたりしたこともあった。長女と次女も,eの家事などに協力するという状況になかった。
原告aも,eの病気についての理解が不足しており,十分に家事をすることができないeに不満を持ち,十分にeを援助するという姿勢を持っていないばかりか,暴言を吐いたり,ときに暴力を振るうなど,同女につらくあたることもしばしばあった。平成14年4月ころには,xは,原告a及びその母から責められ,症状が悪化し,医師は,治療のため,原告aをeから引き離す必要があるとして, eに実家に帰るように勧めたこともある。原告aには,医師からeを支える必要がある旨,しばしば説明されたが,原告aの理解するところとならず,原告aと eの間のトラブルのためにeの病状が悪化し,同年5月から2度目の入院となった。原告aは,eの病気への理解は十分でなかったが,eが家事を行えないときには,eに代わって家事を行っている。しかし,平成15年5月10日,長男が死亡し,また,そのころ原告aの霞ヶ浦工場への転勤が問題となり,eの心労も増加し,原告aが,自分自身の転勤問題もあっていらだち,eにつらくあたり,同年7月,医師の指示で,xは実家に戻り,原告aと別居状態になった。しかし, xは,原告aとの離婚を望んでいたのではないし,eの介護を実家においてその後長期間行うことができる状況にもなかった。eの主治医は,eの治療を家庭において支えるのは夫である原告aしかいないとして,原告aに,eを精神面を含めて家庭生活において援助する必要がある旨を根気強く説明してきたし,平成1
5年5月ころにおいても,十分とはいえないまでも,徐々に理解するようになっており,不満を抱きつつも,家事については協力するようになっていた。原告aは,本件配転命令後は,eの病状を,転勤拒否のために利用しようとした面はないではないが,eの病状や治療について理解を深め,夫としてeを支える必要があることを自覚するようになった。そして,原告aとeの別居は,平成16年3月ころ,解消し,eの症状も,相当程度軽快に向かっているが,今後の環境の変化などによっては,再度悪化する可能性はないではない。
なお,被告は,育児・介護休業及び時間短縮等の便宜措置や積立年休制度を設けており,これらを介護のために利用することは可能であったけれども,原告aがこれらの制度を利用したことはない。また,原告aは,勤務計画表どおりにイブニング勤務に就くこともあったが,平成14年4月及び同年9月にイブニング勤務の勤務計画表が掲示された際,イブニング勤務を変更して欲しい旨上司に申し入れている。その理由は,妻が病気のため朝起きられないことから,朝食の準備や子供の弁当を作らなければならないというものであった。
原告aは,平成14年3月ころ,1泊の泊まりがけでスキーにいったことがあり,平成10年ころから平成12年ころにかけて,毎年12月に1泊旅行の忘年会に参加したこともある。
カ 原告bが受ける不利益について
原告bは,本件配転命令時,実母j,妻,13歳の長男及び8歳のxxの4人暮らしであった。xは,平成4年ころから脳梗塞後遺症,平成7年ころからパーキンソン症候群に罹患しており,これが原因で,浴槽の出入り,洗顔,散髪等は一部介助を,洗身,靴下の脱着,居室の清掃,金銭の管理等には全部介助を要している。平成15年2月5日,αから要介護2の認定を受け,痴呆が進んでおり,昼夜逆転の症状があるため,夜中に徘徊することがあり,電気をつけたり水道の蛇口をひねったりすることがある。また,腰が弱く体が動かなくなることがある。 jの介護は,週2回デイサービスを利用しながら,原告b及び妻が行っており, 主として,昼間の介護を原告bの妻が,夜間の介護を原告bが行っている。また,
原告bの姉が週2日くらい,介護に協力している。以前,ショートステイサービスを利用したこともあるが,なじめずに3日間程度で帰宅した。
なお,jは,転居などの環境の変化があれば,症状が悪化する可能性がある。原告bの行っている夜間の介護をヘルパーの夜間派遣又は福祉施設の利用等で 代替するとしても,特別養護老人ホームへの入所は,jの要介護度では困難である。介護老人保健施設又は介護療養型医療施設を利用することは,定員に空きがあるかがまず問題となり,せいぜい数か月程度しか継続利用ができない。また,これらの施設は月約10万円程度の費用負担が必要となる。ショートステイは継
続利用が1か月しかできないし,月約10万円程度の費用負担が必要となる。キ 本件配転命令時の原告らの家庭環境等に関する被告の認識
被告は,配転命令を出す際,事前に従業員の家庭の諸事情を調査することはなく,配転命令後赴任前までに,個人面談等を通じて従業員の家庭環境及び生活状況等を把握し,これらの諸事情を考慮して転勤の適否を検討するという方法を採
用していた。
そして,被告は,配転命令前,原告aの家庭環境について,妻(44歳,専業主婦),長男(19歳,無職),長女(18歳,高校3年生),次女(14歳,中学3年生)の扶養家族がいること,同一敷地内に居住する実母(78歳)がいること,妻に障害があり,障害年金を受給していることなどの事実を把握していた。そして,原告aが,介護休業及び時間短縮等の便宜措置を利用していないこと,イブニング勤務に就いていたこと,イブニング勤務変更を申し出たのは朝食の用意や弁当を作るためであったこと,スキーなどの一泊旅行に出かけたこと等を考慮し,原告aが介護を行う必要はないと判断し,転勤による生活上の支障が他の転勤対象者と同程度の範囲内にあると判断した。
原告bの家庭環境については,妻(40歳,専業主婦),長男(13歳,中学
2年生),xx(8歳,小学2年生),実母(79歳,無職)の扶養家族がいることを把握していた。また,原告bの姉が近くに居住しており,同人には,2人くらい子供がいること,その子供はある程度大きくなっていることなどの事実も把握していた。そして,原告bが,介護休業及び時間短縮等の便宜措置を利用していないこと,イブニング勤務に就いていたことから,原告bが介護を行う必要はなく,原告bの姉が介護に協力することも可能であると判断し,転勤による生活上の支障が他の転勤対象者と同程度の範囲内であると判断した。
(3) 以上の事実に基づき検討する。
ア 被告においては,ギフトボックス係の従来の生産方法は,販売機会のロスが生じたり,在庫が余ったり,賞味期限が短くなるなどの不都合があったことから,従来の内作方式を止め,外注とするため,姫路工場内のギフトボックス係を廃止することを決定したというものであるところ,企業が,その生産,販売体制をより効率的なものに変更するということは,経営権の範囲に属する事柄であって,その変更が,そのような経営上の観点から効率的なものを目指して行われる以上,許されないものではない。そして,企業内の一部署を廃止した場合には,当然に,その部署に所属する労働者の配置転換が必要となるのであって,そのような場合の配転には,業務上の必要性が認められる。企業の業績が良好であるとしても,経営上の生産や販売体制の変更が許されないということはなく,したがって,配転の必要性がないということはできない。そこで,被告における姫路工場内のギフトボックス係を廃止することによって生じる同係に属した労働者の配転については,これに業務上の必要性がなかったということはできない。原告らは,同係に属していたから,本件配転命令には業務上の必要性を肯定することができる。
また,原告らは,本件配転命令は,利潤追求のみを理由とするもので,退職を
強要する実質的な解雇にあたり,配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものに該当すると主張する。しかしながら,私企業が利潤追求の観点から労働者の配置転換をしたからといって,それだけでその配置転換が実質解雇ということはできないし,確かに,配転命令を受けた60名中の49名が退職しているものの,本件配転命令には業務上の必要性を肯定でき,配転先の霞ヶ浦工場では,現に労働者を受け入れる体制にあったのであるから,本件配転命令を実質的な解
雇ということはできない。そして,他に,本件配転命令が不当な動機・目的をもってなされたものであると認めるに足りる証拠はない。
イ そこで,原告らの不利益についてみるに,まず,原告aについては,次のようにいいうる。
原告aの妻eは,本件配転命令時,精神病に罹患していたのであるが,このような場合,その妻を肉体的,精神的に支え,病状の改善のために務めるのは,配偶者として,当然の義務というべきである。原告aの家族の年齢や状況,eと家族との人間関係に照らせば,実母はeの援助を行う者として適任であるとはいえず,長女及び次女に,原告aの代わりを務めさせることは,若年で中学・高校の生徒という点を考えれば困難なことである。ただ,本件配転命令時,原告a自身に,eの病状への理解が不足しており,その義務というべき,eへの援助を十分になしていたとは言い難いが,家事を分担する程度では,協力をしていたのであり,客観的に,eは,単身で生活できる状態になく,原告aの援助を必要としたのであり,主治医は,eの治療の上で,原告aの協力が必要であることを,原告 aにしばしば説明していた。そのような状況下で,原告aが霞ヶ浦工場へ転勤となれば,原告aが単身で赴任するか,eら家族を伴って転居するかいずれかの方法を採らざるを得ないが,原告aが単身で赴任した場合には,xに対する援助を担当する者を失うことになり,また,原告aが行っていた長女や次女に関する家事をeが行わなければならないこととなり,その結果は,eの精神的安定に影響を及ぼし,eの治療にも影響を及ぼすことは必至であった。そして,単身赴任した場合,原告aが近い将来再度姫路に配転される保障もない。そうすると,この場合,家庭崩壊の危惧さえある。他方,原告aがe及びその他の家族を伴って転居した場合には,原告aが援助を継続することは可能であるけれども,eの病気に,環境の変化は決して好ましくはなく,転居して全く知らない土地に住むこととなれば,不安感が増し,病気が悪化することも予想されないではない。霞ヶ浦工場付近には,筑波大学付属病院及び東京医科大学霞ヶ浦病院等の大病院があるけれども,これらがあるとしても,病気の性質上,完全に治療できるとか,環境変化の影響を完全に除去できるという保障はないから,病状悪化の不安は払拭できるものではない。
そうすると,本件配転命令が原告aに与える不利益は相当程度大きいと認められる。
被告は,原告aが被告の設けている介護休業や時間短縮等の便宜措置を利用していなかったことや,泊まりがけのスキーに参加していたことをもって,原告aが,自らeの介護を行う必要性はなく,原告aの主張は,単に,転勤を拒否するための名目に過ぎないと主張する。確かに,当時,原告aには,eの病状に対する理解を欠き,十分な援助をしていないという点はあるが,その当時,これを十分していなかったからといって,全くしていなかったわけではなく,かつ,将来もしなくていいというものではないし,被告が指摘する点は,eは常時介護を要するというものではなかったから,1日や2日,旅行に行ったとしても,それで援助が必要ないという根拠にはならない。便宜措置等についても,eの病状が,
便宜措置等を必ず利用しなければ,援助できないというものではないから,これを利用しなかったことから,原告aが自らeの援助を行う必要性がないとは認められない。
ウ 次に原告bについてみるに,原告bが行っているjの介護を,ヘルパーや福祉施設を利用して代替することは,第三者がそのように強いることができる問題ではないし,施設の利用形態及び経済的負担からも困難であるというべきである。また,長男及びxxの年齢からすれば,同人らに介護への協力を求めることは現実的ではない。そうすると,xの介護を行いうるのは,原告b及びその妻しかいないと認められるところ,jの症状に照らせば,原告bの妻1人で介護を行うことははなはだ困難である。また,たとえ妻1人でできたとしても,妻にすべて任せていいという問題でもない。従って,原告bは,jの介護を行う必要がある。そこで,原告bが霞ヶ浦工場に転勤となれば,原告bが単身で赴任するか,x ら家族を伴って赴任するかのいずれかの方法を採らざるを得ない。単身赴任する場合には,xを妻1人に任せることができない以上,原告bの行っていた介護を福祉サービスを利用するなどで代替しなければならないが,それは多大な経済的負担を伴う。jら家族を伴って赴任するのも,jの病状に悪影響を及ぼす可能性もあるから,原告b並びにj及び他の家族らに対して多大な負担を与えることに
なる。
従って,本件配転命令が,原告bに与える不利益も,また,相当程度大きいと認められる。
なお,被告は,原告bが,被告の設けている便宜措置を利用していなかったこと,jは在宅介護サービスや施設介護サービスを受けることが可能であり,これは転居先でも利用可能であること等を主張して,著しい不利益を与えるものではないと主張する。
しかし,福祉施設等の利用が困難であると認められることは前述のとおりであり,また,原告bが,便宜措置等を利用していなかったとしても,利用する制度によっては利用期間中減給となることや,原告bが主として夜間におけるjの介護を行っていたことからすれば,便宜措置等を利用することによる利点は少ないことに照らせば,利用しなかったことによって介護の必要性が否定されるものではない。従って,被告の主張する各事情は,前記認定を覆すものではない。
エ 改正育児介護休業法26条は,事業主は,その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において,その就業の場所の変更により就業しつつxxxの養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは,当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならないと定める。同条にいう介護は,歩行,排泄,食事等の日常生活に必要な便宜を供与するという意味に解されるところ,先に認定したjの病状に照らせば,jは同条の適用を受ける場合に該当するというべきである。しかし, eについては,本件配転命令時,家事をすることが困難で,単身で生活することが困難な状態にあったものの,常時介護を要する状態ではなく,朝早く起きることができなかったり,子どもらの朝食や弁当の準備ができなかったというもので,
身の回りのことは自分でできていたものであるから,要介護状態にあったともいえず,同条の適用はない。
ところで,同条によって事業主に求められる配慮とは,必ずしも配置の変更をしないことまで求めるものではないし,介護等の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものでもない。しかし,法が,事業主に対し,配慮をしなければならないと規定する以上,事業主が全くなにもしないことは許されることではない。具体的な内容は,事業主に委ねられるが,その就業の場所の変更により就業しつつxxxの養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者に対しては,これを避けることができるのであれば避け,避けられない場合には,より負担が軽減される措置をするように求めるものである。そのような配慮をしなかったからといって,それだけで配転命令が直ちに違法となるというものではないが,その配慮の有無程度は,配転命令を受けた労働者の不利益が,通常甘受すべき程度を著しく超えるか否か,配転命令権の行使が権利の濫用となるかどうかの判断に影響を与えるということはできる。
そこで,被告が,原告bに対する本件配転命令において,どの程度の配慮をしたかについてみるに,被告は,本件配転命令を出す際,事前に個別に労働者から家庭環境等に関する事情聴取を行わず,配転命令後に個人面談を行い,その際に申述された事情について考慮して転勤の可否を検討するという方式を採ったが,原告bが,平成15年5月23日に,母が要介護2の認定を受けているので介護の必要性があることを申述したにもかかわらず,被告は,その事情を聴取することなく,配転命令に従うことを求めた。
被告は,原告bが,同日までに行われた事情聴取の際には,母親について介護の必要があることを告げなかったこと,従前の就業状態等を勘案して,原告b自身に介護の必要がないと判断したのであるが,要介護者の存在が明らかになった時点でもその実情を調査もしないまま,配転命令を維持したのは,改正育児介護休業法26条の求める配慮としては,十分なものであったとは言い難い。
オ 本件配転命令が権利濫用となるかどうか
労働者が配転によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を超えるか否かについては,その配転の必要性の程度,配転を避ける可能性の程度,労働者が受ける不利益の程度,使用者がなした配慮及びその程度等の諸事情を総合的に検討して判断することになる。
配転の必要性があったことは前述のとおりであるところ,その具体的な配転については,これを全く避けることができないものであるならば,労働者の不利益が大きくても,その配転はやむを得ない。しかしながら,本件配転,特に転居を伴う遠隔地への配転は,労働者に多大な負担を与えるものであるから,その不利益について十分考慮して行うとともに,適正な手続を経て,xxに行わなければならないし,改正育児介護休業法26条の適用がある場合には,その配慮も必要である。
被告は,姫路工場のギフトボックス係の定年となる1人を除く60人について霞ヶ浦工場へ異動させることを決めたのであるが,たまたま廃止時に同係に所属
した者だけが不利益を受けなければならないというのは疑問がある。もちろん,人員を動かすだけで効率を損なう面もあり,他の部署には,それぞれの人員配置上の事情もあるから,他の部署の全労働者を異動の候補者とする必要はないが,姫路工場内には,多様な業務が存在し,原告らが就労することのできる業務もあり,霞ヶ浦工場における業務内容も姫路工場のギフトボックス係の者だけがなし得るというような特殊なものでないことからすれば,姫路工場全体から,霞ヶ浦工場へ配転する人材を選定することもできたはずであり,加えて,姫路工場のギフトボックス係の者に提示したような退職優遇制度の提案を行えば,遠隔地へ転勤が困難な者若干名を姫路工場内の他の部署へ配転することができる余地も生じたはずであるということができる。
そこで,原告らが本件配転命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を超えるかどうかを検討すると,原告aについては,その妻が非定型精神病に罹患しており,介護を必要とするまでには至っていないものの,家事を行うことが困難で,単身で生活することが困難な状態であり,その治療や生活のために肉体的精神的な援助が必要であり,原告aが本件配転命令に従うことによって,妻のための治療の援助が困難となったり,その症状が悪化する可能性があったのであるから,原告aが本件配転命令によって受ける不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものといわなければならない。
次に,原告bについてみるに,原告bの母jが要介護状態にあり,原告bは,その妻と共に,介護を担当しなければならず,原告bが本件配転命令に従うことによって,介護が困難になったり,jの症状が悪化する可能性があった。そして,その就業の場所の変更により就業しつつxxxの養育又は家族の介護を行うことが困難となるのに,被告がその点の配慮を十分に行ったとは言い難い。そうすると,原告bについても,本件配転命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるものといわなければならない。
なお,被告は,本件配転命令の有効性を検討するには,被告が配転命令時に把握していた事情をもとにすべきであるから,遅くとも個人面談において原告らが申述した内容を基本とし,個人面談後に原告らが申述した事情については考慮すべきでないと主張する。しかしながら,被告は,事前に従業員の家庭環境等に関する個別調査を行った上で配転命令を発したものではなく,一律に配転命令を発して,その後に個人面談等を行うという方式を採用した。このような方式を採る以上,一旦配転命令を出した後,配転命令後の個人面談等において被告が新たに認識した事情を踏まえて,その従業員を転勤させることが同人にとって著しい不利益を与えるものではないかを検討し,配転命令を維持するか否かを検討するという方式をとったものというべきである。従って,被告としては,人事異動の事務処理等に支障を与えない合理的な期間内に,従業員から,転勤に関する事情の申告があれば,これを考慮の上で,配転命令を維持すべきか否か検討しなければならない。
本件において,被告は,本件配転命令を出した後,異動できない場合には平成
15年5月23日までに,その旨を上司に申し出るよう通知しているのであるか
ら,少なくとも,従業員に対して同日までは個人的事情を申述する期間として猶予を与えたものというべきである。それ以前に行われた個人面談において,必ずしも全ての事情を申述しなければならないとは認められない。被告は,同面談において申述せず,その後に主張するのはxxに反すると主張するが,申述すべき内容が,個人的なことで,他言しにくい内容であることからすれば,同面談において申述しなかったからといって,これをxxに反するとまではいえない。原告 aは,同月22日に,妻が非定型精神病であること,母が高齢であること等を理由に転勤が困難であるとの趣旨で姫路工場に留まりたいと申し入れており,また,原告bは,同月23日に,母親が要介護2と認定されており,妻による介護が必要であること,見知らぬ土地へ行けば病状が悪化すること等を告げているのであるから,それらの事情は,本件配転命令の効力を判断する上で考慮の対象となる。よって,被告の主張は採用できない。
ところで,被告は,転勤規定及び借上社宅ガイドラインに基づいて,交通費,
宿泊費,引越費用,転勤休暇及び赴任支度料等を支給するとしており,これは,主として経済的側面からは相当程度の援助を尽くしているということができる。しかし,原告らの受ける不利益は,金銭的なもののみではなく,家族を伴っての転居,又は,原告らの単身赴任によって妻や母親に対する援助や介護が困難となるという肉体的又は精神的な不利益も含み,むしろ,後者が多大であるというべきである。これらは,金銭的な援助では填補し得ない。そうであれば,被告による転勤に対する上記援助があるとしても,原告らが本件配転命令によって受ける不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるとの判断を覆すに足りるものとは言い難い。
被告は,人事のxxの観点からすれば,原告らの被る不利益の程度を検討するにあたっては,本件配転命令に従って転勤した従業員の事情と照らし合わせて検討するべきであると主張し,本件配転命令に従った従業員は,9名中8名が単身で赴任しており,その中には,親の介護を要する者や,受験を間近に控えた子がいる者,xxの維持管理を要する者などがいるから,原告らの不利益が通常甘受し得ないものとまでは認められないと主張する。
確かに本件配転命令に従って転勤した従業員は9名中8名が単身で赴任しており,年老いた父母がおり,その介護の必要がある者等も存在する。
しかし,先に認定したように,原告らは,単身で赴任するにしても,家族を伴って転居するにしても,いずれにしても経済的,肉体的及び精神的な不利益が相当程度大きく,この不利益は被告の援助によって填補される性質のものではなく,その不利益の程度は,本件配転命令に従って転勤した者に比べても,それを上回るものというべきである。
以上によれば,本件配転命令は業務上の必要性に基づいてなされたものであるけれども,原告らに対し,通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるという特段の事情が認められるから,本件配転命令によって原告らを霞ヶ浦工場へ転勤させることは,被告の配転命令権の濫用にあたる。
3 争点3(原告らに支払われるべき賃金額)について
証拠(甲A15の1ないし15の3,B15の1,B15の2,乙22ないし24,
26)によれば,原告aに支給された賃金は,平成15年4月分が38万0806円,同年5月分が37万9906円,同年6月分が38万1066円であると認められるから,その平均月額は,38万0592円(円未満切り捨て)であり,原告bに支給された賃金は,平成15年4月分が41万9597円,同年5月分が41万9897円,同年6月分が42万2817円であると認められるから,その平均月額は,42万0770円(円未満切り捨て)である。
また,原告らは,同年8月から不支給となったと主張するけれども,証拠によれば,同年8月分は支払われていることが認められる(乙23,24)。よって,この点については原告らの主張は採用できず,同年9月以降の支払についてのみ認めるのが相当である。
なお,賃金が毎月25日に支払われていたことは当事者間に争いがない。
第4 以上のとおりであるから,原告らの本件請求は,原告らが,霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求め,被告に対し,原告aが平成15年9月以降毎月25日限り38万0592円の支払を求め,原告bが同月以降毎月25日限り
42万0770円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条ただし書,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所姫路支部
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裁判官xxxxは転補につき署名捺印することができない。
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