Contract
平成24年12月25日判決言渡
平成22年(ワ)第46135号 地位確認等請求事件
主 文
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,291万8859円及びこれに対する平成2
3年1月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成23年1月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り月額26万8760円の割合による金員及びこれに 対するそれぞれの支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合に よる金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを50分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
6 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 主文第1項と同旨
2 被告は,原告に対し,2012万6121円及びこれに対する平成23年1月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成23年1月1日から本判決確定の日まで,毎月2
5日限り月額45万0700円の割合による金員及びこれに対するそれぞれの支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,4300万4380円及びこれに対する本訴状到達の日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
5 被告は,原告に対し,2831万3050円及びこれに対する本訴状到達の
日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。第2 事案の概要
原告は,被告の正社員として勤務していたところ,上司等から仕事を与えられず,嫌がらせを受けたり暴言を浴びせられるなどした上,精神的に追い込まれて視覚障害を発症し,休職に追い込まれた結果,休職期間満了により自動退職という扱いになった。本件は,原告が,① 同視覚障害は,業務上の傷病に当たり,その療養期間中に原告を自動退職とすることは労基法19条1項により無効であるとか,② 原告は休職期間満了時点で復職可能な状況にあったなどと主張して,被告に対し,雇用契約上の地位確認並びに不当に低い評価を受けていた期間中の差額賃金及び上記自動退職後の賃金の支払を求めるとともに,被告にはその従業員らによる不法行為を漫然と放置したなどの安全配慮義務違反,不法行為があると主張して,被告に対し,損害賠償を請求した事案である。なお,請求の趣旨第2項は,平成22年12月31日までに支払期が到来している賃金請求権に基づく請求であり,同第3項は,平成23年1月以降に発生する賃金請求権に基づく請求である。また,同第4項及び第5項は,いずれも安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償請求(前者は逸失利益,医療費,交通費にかかるもの,後者は慰謝料,弁護士費用にかかるもの)である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠等により容易に認めることができる事実。証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者及び雇用契約の成立
ア 被告は,音響,映像機器の製造,販売,賃貸及びリース,音楽,映像ソフトウェアの制作,販売,賃貸及びリース,カラオケルーム及び飲食店の経営等を目的とする株式会社であり,業務用カラオケ機器賃貸・販売業並びに「P1」というカラオケルームを運営している。
イ 原告は,昭和▲年生の男性であるところ,被告との間で,平成11年4月1日,総合職従業員として期間の定めのない雇用契約を締結した(以下
「本件雇用契約」という。)。被告における賃金の支払時期は,毎月末日締め,翌月25日払いである。
(2) 原告の所属,勤務状況等
ア 原告は,被告入社後,管理本部商品購買部,同部財務部債権管理課で勤務し,平成14年5月1日,被告本社管理部内の総務部法務室(平成17年5月までは「法務課」と呼称されていた。以下,改称の前後を問わず単に「法務室」という。)に配属され,同課にて契約書作成・チェック,営業担当へ契約締結の助言,法令確認,コンプライアンス体制の企画・構築等の法務事務全般,そして株主総会関連業務等を担当した。原告の法務室における上司は,法務室長であるP2(以下「P2室長」という。)であった。
イ 原告は,平成17年10月から,特販営業部営業二課に異動した。同課における原告の上司は,P3課長であった。
ウ 原告は,平成19年4月1日,DSサービス部管理課に異動した。DSサービス部管理課は,P4(カラオケのリモコン機器を使ってユーザーに有償・無償でゲームなどのコンテンツを提供するサービスの名称)の運用,具体的には契約書の管理,売上の集計・分析,商品の出荷指示などの業務を行う部署であった。同課における原告の上司は,P5課長であった。
(3) 被告の就業規則の規定(甲16)
被告の就業規則には,以下の規定がある。
(休職)
第16条 従業員が各号の1つに該当するときは休職とする。
(1) 業務外の疾病により引続き6か月欠勤したとき
(2) 刑事事件に関し,起訴されたとき
(3) 公の職務に就任した場合で会社が認めたとき
(4) 前各号の他,会社が必要と認めたとき
2 休職期間は次のとおりとする。
(1) 前項1号の場合 勤続2年以上の者 12か月(私傷病の場合)
(中略)
(4) 前項4号の場合,会社が必要と認めた期間とする。
(復職)
第18条 第16条による休職において,休職事由が消滅し通常の勤務に従事できるようになったときは,所定の復職願に必要事項を記入の上,会社に提出し承認を得ること。また,傷病による休職であった場合は医師の診断書を添付するものとする。
2 前項の場合,会社は原則として休職前の職務に復帰させる。ただし,身体の条件及びその他を考慮し,別の職務に就けることがある。
(休職期間満了による自動退職等)
第19条 休職期間が満了しても休職事由が消滅しないときは,休職期間の満了日をもって自動退職とする。
(4) 原告の視覚障害発症
原告は,平成20年5月中旬ころ,1週間ほどの間,視界のピントが合わなくなり,見るものが二重に映り,眼に見えるものの奥行きがつかめなくなるという症状を発症した。そのときは,数日後には原告の視力は回復したものの,その後,同年8月中旬には,視界の中心が発光して見えなくなり,テレビやパソコンといった発光体が全て白色になり見えなくなるという視覚 障害を生じた(以下「本件視覚障害」という。)。
P6クリニックのP7医師は,本件視覚障害の原因に関する意見書(甲5
1。以下「P7医師意見書」という。)を作成したところ,同意見書には,
「P8氏の両視覚障害(両眼の中心視野障害)は視神経症によるものである
が,その原因としてはミトコンドリア点変異である。」との記載がある。
(5) 原告の休職
原告は,上記視覚障害により,平成21年1月7日から1年間の休職を命じられた(以下,原告に対して出されたこの休職命令を「本件休職命令」という。)。原告に対する休職命令書には,「貴殿から視力障害により業務遂行が困難であるとの報告を受けて,当社としては,就業規則第16条1項4号に基づき,貴職に休職を命ずる」との記載がある(甲15)。
(6) 原告の休職期間満了による自動退職等
ア 被告は,平成21年12月7日,原告に対し,休職期間満了日である平成22年1月6日までに休職事由が消滅しない場合には,就業規則19条
1項に基づき休職期間満了により退職となる旨通知し,平成22年1月8日,原告に対し,同月6日付けで上記就業規則の規定に基づき退職となった旨通知した(以下「本件自動退職」という。甲32,35)。
イ これに対し,原告は,平成22年2月1日付けの「退職通知撤回及び復職の要請並びに退職金返還の通知書」と題する書面で,被告に対し,上記退職については到底受け入れることができず,復職を要請する旨通知し,原告に対し支給された退職金についてもその全額を供託した(甲36,3
7)。
(7) 原告の昇進・昇格がないこと
原告は,被告入社以後本件自動退職に至るまでの10年9か月間,一度も昇進・昇格をしていない。
2 争 点
(1) 被告従業員(上司ら)による原告に対する嫌がらせ,暴言等の不法行為の有無(争点1)
(2) 本件休職命令が違法ないし無効か(争点2)。
(3) 原告の本件視覚障害が業務上の傷病に当たるか(争点3)。
(4) 本件休職期間満了時において,原告の休職事由が消滅していたか(復職可能な状態にあったか。争点4)。
(5) 原告の賃金額(争点5)
(6) 被告の安全配慮義務違反の有無(争点6)
(7) 原告の損害及びその額(争点7)
(8) 消滅時効の成否(争点8)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告従業員(上司ら)による原告に対する嫌がらせ,暴言等の不法行為の有無(争点1)
(原告の主張)
以下のとおり,原告は,平成17年2月以降,約3年半の間にわたり,原告の上司らから,仕事を与えられなかったり,数々の嫌がらせや暴言といったパワーハラスメントを受け続け,長時間残業を強いられ,孤立無援の村八分状態に追いやられた。被告従業員らの原告に対する不法行為の具体的内容は,以下のとおりである。
ア 法務室在籍期間中
(ア) 原告は,法務室所属となって3年ほど経過した後の平成17年2月ころから,それまで担当してきた業務から次々と外され,原告が担当していた業務のほぼ全てをもう1名の従業員に割り当てられて,完全に干された扱いとなった。その結果,原告が担当する業務としては契約書面のファイリング等の雑務のみとなり,それ以外はまったく仕事を与えられず,毎日自分の席にただ座っているだけとなった。
当然,原告は,このような状況に対し,P2室長に抗議したが,明確な説明は一切なされず,そればかりか,同室長からは,「上司の決定に質問や抗議する態度は反抗的である。」と理不尽な叱責まで受けた。
このようなP2室長からの理不尽な仕打ちからすれば,当時から,被
告は,原告をリストラにより退職させるべくそのような不当な扱いをしていたと考えるほかはない(被告は,平成15年ころから,P91部上場を目指してP10証券の指導のもと「上場プロジェクト」を進め,上場後の業容拡大に向けて全社的に人員を増やしたが,同プロジェクトが廃止となった。これにより増加した分の余剰人員が生じてしまい,今度は逆に人員の削減をする必要が生じていた。)。
上記の被告による理不尽な仕打ちにより,原告は,精神的に過度のストレスが蓄積される日々を余儀なくされた。
(イ) 平成17年3月ころ,P2室長は,正当な理由もなく,原告だけに突如「現場研修」として,被告が経営するカラオケ店舗(P1)に2週間,カラオケ機器販売営業所に2週間の業務を命じた。カラオケ店舗では店員の仕事を担当し,販売営業所では他の営業従業員について外回りの営業活動を担当した。当時総務部には20数名の従業員がいたが,原告が知る限り総務部の従業員で,「現場研修」を命じられた者は後にも先にも原告1人だけであった。また,原告が,各現場での勤務時間や出退勤そして残業代はどうなるのか尋ねたところ,P2室長は,残業代はつかない,勤務時間等については現場の指示に従うようにと言ってき た。実際の現場では,皆通常の午前10時から午後6時の勤務時間に関係なく仕事を行っており,結果として,原告も各現場において1週間に
30時間以上のサービス残業を余儀なくされた。
このような「現場研修」命令は,前記(ア)の理不尽な仕打ちと相俟って,リストラ対象となった原告に精神的,肉体的苦痛を与えるために行われたもので,これにより,原告はますます精神的に追い詰められていき,過度のストレスを蓄積していった。
イ 特販営業部営業二課在籍期間中
(ア) 前提となる事実(2)イのとおり,原告は,平成17年10月,特販
営業部営業二課へ異動した。特販営業部は営業統括本部に属しており,それまでは数十社の大手カラオケボックス業者を対象とした業務用カ ラオケ機器の得意先営業を専門としてきた部署であったが,業務用カラオケ機器の新規販売先開拓部門として同部署を再編成する方針の下,もともとは6,7名の従業員で1課しかなかった同部署が,再編成後は約
40名(5課)にまで拡大されることとなった。同部の拡大に伴い,新規採用をせずに人員を賄うこととなったため,各部署では,それぞれ気に入らない従業員等を異動させており,管理本部においては,総務室から,原告と経理部から男性職員1名の計2名が選ばれた。
しかし,既存のカラオケ機器販売市場が既に頭打ちとなっている現状で,かつ,被告の各地の支店や営業所が有する商圏について何ら整理,調整することなく新規開拓を行うことなど到底実現不可能なことは従 業員の皆が認識しており,同課に異動した従業員は,新規開拓など到底不可能な状況下でノルマを課せられることになるので,被告社内では,同部は結果的に人員削減のためのリストラ部署であることが全社的な 共通認識となっていた(事実,当時の常務取締役は,被告社内で公然と
「新生特販営業部はうば捨て山である」と公言していた。)。原告の営業経験は,入社後の3か月間と前記「現場研修」の2週間だけであり,入社以来6年間にわたり管理本部での事務職としての業務経験しかな かった。原告は,P2室長に対し,自分が特販営業部への配転対象者に選ばれた理由を尋ねたが,同室長から「もし拒否するのであれば命令違反として退職してもらうしかない。」と言われ,不当な配転命令だと思ったものの異動を了解するしかなかった。
平成17年10月1日再編成された特販営業部の従業員42,43名のうち3割ほどが原告と同様に営業未経験者であり,原告と一緒に管理本部から特販営業部に異動した男性職員は,異動後3か月ほどして過酷
な業務に耐えきれずに被告を辞めていった。その他にも,元々音楽ソフト関係の制作管理業務を専門としていた部署からの配転となりストレ ス性の喘息を悪化させた者や,異動前は監査部で監査業務を担当としていた従業員は,原告と同じく営業未経験者であり過酷な日々が続いたため日に日に眼がうつろになり挨拶もろくにできない無気力状態となっ てしまった。(なお,この従業員は,監査部内で1名亡くなったため運良く元に戻れることになり同部へ異動していった。)
(イ) 原告が配属された特販営業部営業二課には,P3課長を含め計8名所属していたが,そのうち営業未経験者は原告を含めて3名であった。営業経験のない原告に対し,P3課長の態度はひどく冷たいものであったことから,原告は,自分から進んでP3課長に営業実務経験が乏しいことを説明した上で,指導を受けようとした。しかし,P3課長は「営業方法は自分で考えろ!」というだけでろくに指導することもなく,一方的に部下に対し「とにかく売ってこい!」,「1か月に3台以上売ってくればいいんだ!」などと怒鳴りつけ,(業務用カラオケ機器を)「ラブホテルに売りに行け!」と命じたかと思うと,数時間後には今度は「結婚式場に売りに行け!」と命じ,その数時間後には今度は「葬儀場に売りに行け!」といった具合に,朝令暮改の場当たり的命令を出して売上ノルマ達成をただ命じるだけであった。あるときには,原告が取引先と販売交渉をするにあたり,P3課長も同席してきて同取引先に販売するカラオケ機器5,6台のうちの一部につき勝手に値引き販売することを先方に約束してしまった。担当者である原告は,P3課長が勝手に約束した一部値引き販売につき被告社内に持ち帰って調整を試みたが,当然そのような二重価格の設定は認められず,一部値引きできないことを同ホテルに報告すると約束と違うと言われトラブルになってしまったこ ともあった。原告は,事の発端を作ったP3課長にその報告し解決の指
示を仰ぐと,P3課長から,(自分の安易な発言が原因であるにもかかわらず)あろうことか「トラブルはテメェで解決しろ!トラブルが起こるのはおまえの営業能力が低いからだ!」と完全に責任転嫁され理不尽極まりない叱責を受けた。
原告が所属していた営業二課全体に課されていた売上ノルマは,1年間で計3億数千万円であり,P3課長は,所属課員各人に対しそれぞれの年間4000万円以上という明らかに無理な売上ノルマを課した(カラオケ機器は1台100万円ほどであり,ノルマ達成には1年間に40台〔1か月に3,4台〕も売らなければならなかった。)。原告は,営業方法を学ぶために最大限努力をしたが,どだい無理なノルマであり全く達成できる見込みがなかった。毎週,P3課長が中心となり営業会議が開かれ,各従業員がそれまでの実績について報告させられたが,皆思うように売り上げることができず,P3課長から「なぜ売れないんだ!いつまでに売るんだ!」などと一方的に叱咤されるばかりであった。P
3課長からは,被告で取り扱っているカラオケルーム用薄型テレビやカラオケルーム用什器備品,そして厨房設備まで売れるのであれば何でも売ってこいなどと無茶苦茶な指示が出されていた。
(ウ) 慣れない営業業務と,到底達成不可能な売上ノルマを課されたことにより,特販営業部営業二課に異動後の原告の残業時間は日を追うごとに増えていった。平成17年度から平成18年度にかけての原告の残業時間は,別紙1のとおりである。異動後2,3か月後には1か月の残業時間は50時間を超え,半年後以降は1か月に80時間を超える残業を余儀なくされるようになった。ときには,営業で午前10時ころ会社を出て翌日未明の午前4時ころ会社に帰ってくるという日もあった。
(エ) 原告は,前記のようなP3課長からの毎日の理不尽極まりないパワーハラスメントにより,法務室での辛かった毎日にも増して日々精神的
圧迫を受けストレスを蓄積していった。
(オ) 平成18年4月に特販営業部は再度再編されることとなり,従業員をそれまでの半分の20数名に減らされた。原告を含めた半数はそのまま在籍し,残りの半数は他部署へ配転されるか自ら退職していった。そ れ以降,P3課長の原告に対する「追い込み」は以前にも増して厳しくなっていった。あるときは,間仕切りされたブースに呼び出され,「いつまでに(ノルマを)達成できるんだ!俺の営業方法が気に入らなければ(被告を)辞めるしかねぇぞ!」と激しく罵倒されたり,「上司が気に入らなければ被告を辞めるしかねぇぞ!」などと恫喝や暴言を浴びせられ,原告は,慢性的にストレス性の胃痛を起こすようになっていった。
平成18年3月以降,原告の時間外労働時間は4か月連続で80時間を超え,厚生労働省の通達で過労死ラインと言われる基準を超えるな ど,量的にも過重な労働を強いられていた。
(カ) P3課長の罵倒や恫喝はどんどんエスカレートしていき,同年12月ころにそれは最高潮に達した。当時,原告は,P3課長の指示で,営業活動の一環として財務部の取引先である銀行経由で紹介を受けて営 業活動をしていたが,銀行経由での営業活動が成功すると銀行からマージンを求められることが分かり,P3課長の判断でそのような営業活動を行わないことになった。そのような中で,原告は,同僚に対し,上司
(P3課長)の判断で銀行ルートは使わないことになったことを伝えたところ,そのことがP3課長の耳に入ったのか,あるときP3課長が特販営業部の部屋に入ってくるなり,突然,机や椅子を蹴り飛ばしながら,外回りに出掛けようといていた原告を呼び止め,他の大勢の従業員が いる前で,原告に対して「俺の言うことを聞けと言ってんだよ!分かってるのか!ぶっこんで潰すぞテメェ!なめんじゃねえぞ!返事しろオ イ!」と大声を張り上げて罵倒し恫喝してきた。原告は,何が何だか訳
が分からず,P3課長の鬼のような形相に恐れながらも,営業活動に行くべく「約束している時間に間に合わなくなってしまうのですが,お客さんのところへ行かないといけないのですが」と言うと,P3課長は,鬼のような形相のまま,「行くなと言っているだろうが!」と怒鳴ってきた。原告は,やむなく営業のための外出を断念した。約束したお客さんにお詫びの連絡を入れ,理不尽なP3課長の指示に従うしかなかっ た。
なお,この事件の後くらいに,原告は,P3課長が「P8が会社批判をしている」とか「他人のパソコンを壊して回っている」などとまったくの事実無根のことを触れ回っているということを聞かされた。このように,原告は,自らがいないところでもP3課長から誹謗中傷を受けていることを知り,より一層精神的に追い込まれていった。このころから,原告は,精神的に非常に不安定な状態に陥り,極度の不安感に襲われて眠れない日があった。
(キ) P3課長からの罵倒や恫喝のパワーハラスメントが続く中,平成1
9年1月ころ,突然,原告はP3課長から一切の外出を禁じられ,手持ちの業務を他の者に引き継ぎ,指示があるまで待機するようにと命じられ,原告は,再び干された扱いになった。以後,原告は営業担当でありながら,業務をさせてもらえないまま何も成果が得られない状況を毎回報告し続けるなど,針のむしろ状態になり,ストレスを蓄積させていった。原告の仕事を他の同僚に引継ぐためにはお客の元へ行かなければならなかったが,原告がそのための外出をP3課長に申し出ても却下された。このような状況は,同年4月1日付けで,原告が営業統括本部DSサービス部に配置転換されるまで続いた。
ウ DSサービス部管理課在籍期間中
(ア) 原告は,特販営業部営業二課から異動したい旨の希望を出し,平成
19年4月1日付けでDSサービス部管理課の所属となったところ,同課において,またも,業務を与えられず,干された状態になった。配属後,原告に対する業務の指示が何もなされないため,原告は不審に思い, P5課長に「(私は)どのような仕事をすればよいのですか?」と尋ねるも,具体的な指示は一切なされなかった。原告は,仕方なく,法務室での経験を生かして,日々被告の支店や営業所から送られてくる契約書面のチェックをする仕事を見つけて行っていたが,この仕事も短時間で処理できてしまうため,各種書類の郵送用の宛名書き等の雑用をして一日を過ごすしかなかった。
(イ) 仕事のないDSサービス部に配属となった当初から,管理課だけでなくDSサービス部全体として,原告に対する対応が冷たく,原告にはとても辛い毎日であった。配属直後,原告のための歓迎会の会場に向かう道すがら,原告は,DSサービス部の部長であるP11部長と一緒に店に向かうことになり,そのときP11部長から,突如として「ウチ(D Sサービス部)では落ちこぼれ従業員はいらない!」と言われショックを受けた。
(ウ) 原告は,DSサービス部では週1回開かれる全体会議にも出席させてもらえなかった。配属直後の全体会議の際,原告も参加しようと会議室に入ったが,唐突に,P5課長から,出席しなくてよいと言われた。しかし,原告と同じ管理係所属のもう1名の従業員は会議室に残っていた。原告には,全体会議での会議の内容やその会議で決定された事項等の情報さえも一切伝えられず,会議の内容を教えてもらおうとしても, P5課長からは「おまえに教えられるような情報はない!」と言われるだけであった。他の同僚従業員からも,原告に一切情報が入ってこなかった。管理課に来客があるときなど,P5課長は,他の従業員は全員紹介するのに原告1人だけあえて紹介しなかった。当然,他の従業員には
そのことが分かるので,他の従業員は,皆自分に火の粉が及ぶのを恐れて原告に近づこうとすらしなかった。原告から積極的に話しかけても,皆一様によそよそしい態度をとるだけで,原告を助けてくれる従業員など1人もいなかった。
こうして,原告は,仕事を一切与えられないだけでなく,部の従業員全員のいる前で理不尽な扱いを受けた。DSサービス部では,それまでの法務xxxや特販営業部営業二課時代とは異なり,同僚らも完全に原告を避けてしまい,完全な村八分状態となり,日々精神的に追い込まれていった。
(エ) こうして,原告の精神状態は最悪の状態に陥ってしまった。原告は,毎日やることがなく日々倦怠感を覚え,1人でいることの孤独感や疎外感,惨めな気持ちに苛まれ続け,朝,出社する前になると,激しい吐き気を催したり,夜中に突然目が覚めてしまい,不安感に襲われ眠れない日々が続き,遂には自殺まで考えるようになった。
ある日,原告が,屋上でぼんやりと佇んでいる様子を偶然,他部署の係長に目撃され,この係長から心療内科への受診を強く勧められた。原告は,平成19年6月18日,P12病院の心療内科を受診し,そこで同病院の精神神経科の受診を勧められ,同月25日以降,精神神経科を受診し,医師により,強度の精神的ストレスによる「抑うつ状態」であり,1か月間ほどの安静加療が必要であるとの診断を受けた。そして,原告は,同年8月1日から31日まで1か月間の有給休暇を何とか取得した。
(オ) 原告は,平成19年9月に職場に復帰するにあたり,P5課長とP
11部長に,自分の抑うつ状態,過度の精神的ストレス蓄積の原因は現在の職場環境にあることを説明し,改善してもらうよう懇願した。しかし,P5課長もP11部長も,原告からの懇願にも全く返答することな
く完全に無視した。同月以降の復職後も,原告を取り巻く職場環境は休職前と全く変わらず何らの改善もなく,原告に与えられる仕事はないことは変わりなく,以前にも増して原告に対する村八分状態が続いた。
職場復帰後,原告は,積極的に企画書や提案書を作成し,P5課長や P11部長にそれらを具申したり,社内の関連部門にも自ら独自に提案するなどして仕事を作るよう努力した。しかし,復職後の原告の積極的な行動とは裏腹に,P5課長もP11部長も,(他の同僚従業員の場合と異なり)原告からの提案に対してまったく取り合うこともせず完全に無視し続けたばかりか,「おまえは社内での評判が悪いので改善し
ろ!」「顔つきや目つきが悪いと(社内で)言われているから改善し ろ!」「コミュニケーションが低いおまえへの現状(村八分状態)は当然だ!」などと企画や提案とまったく無関係に原告の人格否定に等しい誹謗中傷をするようになった。
(カ) 平成19年12月の冬季賞与(評価対象期間は同年4月~同年9 月)の額は全社的に基本給の2.8か月分であったにもかかわらず原告だけ2.46か月分と0.34か月分不当に減らされた。
このような低い評価に対して,原告はP5課長とP11部長に対し説明を求めるとともに,(一方的に)低い評価にされた原告に対する今後の改善点の指導をも求めた。これに対してP5課長は,「おまえはKY,空気が読めない,なんだよ!」などと理不尽な発言をしてきた。
(キ) 復職後,原告は自ら積極的に,P5課長やP11部長に対して,会議への出席や情報の共有化についてお願いし続けた。しかし,P5課長やP11部長からの回答は,「おまえは社内での評判が悪い!」「責任は自分(原告)にある」などと一方的で理不尽なものばかりであった。原告は,職場で正に幽霊のように扱われ,1人だけ忘年会にも呼んで もらえなかった。原告は,毎日時間を持て余しており,何もせずにただ
自分の席に座り続けていることに耐えかねて,被告内の地下倉庫やトイレの個室の便座に座って時間を潰していたこともあった。
(ク) また,P5課長からは,ことあるごとに「おまえがいると職場の士気が下がる!」「おまえはとにかく評判が悪い!」「俺がおまえの立場だったら会社を退職する!」などと原告の人格否定ともいうべき誹謗中傷を受け続けた。このころになると,原告は,もはや何を言われても諦めており黙っていることが多かったが,この,「自分だったら退職する」というP5課長の言葉には原告もさすがに反応し,P5課長に対し「今の発言は退職勧奨と受け取ってよろしいですね。」とその場で詰め寄った。すると,P5課長は「だから,おまえと話をしたくないんだ!」と理不尽に激高して怒鳴り返してきた。それをきっかけに,原告は,これ以上P5課長と会話する気力が失せてしまい以後同課長と会話をする ことがなくなった。
(ケ) こうした異常な状況下で,原告の精神状態は以前にも増して悪化し日々過度の精神的ストレスが蓄積していった。過度の精神的ストレスが蓄積した結果,原告は,慢性的に激しい胃痛や頭痛に襲われる日々を過ごしていた。精神的に不安定な状態から不安感が高まり,夜眠れない日々を過ごしていた。原告は,無気力状態に陥り,すべての事柄に対し無関心な状態で毎日被告に出社していた。同年6月ころからは,悪夢を思い出したかのように,再び夜なかなか眠れないことが頻発するようになった。このような原告に対する完全な村八分状態は,原告が正式に休職を命ぜられた平成21年1月7日まで続いた。
(被告の主張)
以下のとおり,原告主張にかかる被告従業員の不法行為の事実はいずれも存在しない。
ア 法務室在籍期間中
(ア) 原告が法務室に配属された当時は,原告とP2室長の2名体制であったが,業務量の増加に伴い,平成16年11月新たにP13が配属された。原告は,契約書の重大な問題点を見落としたり,各部署からの問い合わせに対する説明に当たっても難解な法律用語を使って分かりづ らいなどの問題があり,P2室長の指導にもかかわらずなかなか改善が見られないなど,その業務上の知識や能力はP13に劣っていた。そのため,他部署からはP13を選んで仕事を依頼されることが多くなっていったもので,原告に対し,意図的に仕事を与えなかったという事実は
ない。むしろ,周囲から評価されないことが面白くないのか,原告自身,仕事に対し消極的で,卑屈な態度を見せるようになっていった。
また,P2室長が原告を理不尽に叱責したという事実はない。むしろ, P2室長は原告に企画的な業務を行わせるなどして自信をつけさせな がら,性格の改善を図ろうとしていた。もっとも,原告は,P2室長が挨拶をしないことについて注意すると,翌日にはフロア中に響くような大声で挨拶をし,やり過ぎを注意されるとその翌日からまた挨拶をしなくなるという具合に,あえて上司を挑発するような言動を行い,口癖のように「退職勧奨ですか。」などと反発していた。
(イ) 原告は,現場研修を命じられたのが不当な取扱いであったかのように主張するが,当時総務部の14名中で原告と同じ研修の経験を有する者は少なくとも12名はおり,総務部の中で原告のみが現場研修を命じられたということはない。
もとより,原告は総合職として採用された者でありカラオケ店舗における店員としての勤務や営業所における営業職としての勤務も当然の こととして想定されており,現に,入社直後の原告の配属が横浜支店の営業職であったことからしても,この研修が不当であるということはあり得ない。
イ 特販営業部営業二課在籍期間中
(ア) 特販営業部が人員削減のためのリストラ部署であるという事実は 否認する。また,特販営業部営業二課への異動は,もとより被告の業務命令であって,異動に当たって原告の了承を必要とするものではない。それでもP2室長は異動に不満を述べる原告に対し,異動は業務命令であることを説いたうえ可能な支援を行う旨の配慮を示していたのであ る。
(イ) 管理職としては,課員に対し戦力となるよう望むのは当然であっ て,P3課長も,原告を戦力とすべく必要な指導を行っている。具体的には毎週営業会議を開き,原告を含む課員に対して全社的な営業戦略,方針を伝え,課としての営業数値目標に対する進捗状況の確認を行い,販売商材のラインナップ等の詳細説明をしていた。また,原告に対して営業先情報入手の方法を示すなどの指導を行っていた。また,比較的営業経験豊富な同僚が,営業に原告を同行させ,原告に経験を積ませるべく,客先で原告に商品説明をさせるなどの教育も行われていた。
原告は,特販営業部営業二課において,P3課長から無理なノルマを強いられた旨主張するが,そもそも,課全体の営業目標(予算)は設定されていたもののいわゆるノルマではなく,営業目標の不達成により特段不利益を課されるわけでもなかった。また,P3課長が,課員に対し,よりよい営業成績を挙げるべく叱咤激励することはあったが,原告が主張するような朝令暮改の場当たり的な指導を行った事実はない(ラブホテルや結婚式場あるいは葬儀場への営業を命じたとしても,それらの施設は既にカラオケの市場として広く認められており,何ら不当な指導ではない。)。
むしろ,原告は,営業活動に消極的であり,P3課長の指示を受けても,指示に沿った営業活動を行わず,自席で,必要性が疑わしい企画書,
提案書の作成に長時間を費やす傾向があった。原告自身が認めるとお り,年間の原告の売上は400万円から500万円でありこれは他の営業社員の成績よりも劣るものであったが,この数字でさえも,他の担当の売上を原告に付け替えたものが多く含まれており,長らく売上があった既存顧客(P14)も原告が担当するようになってから売上がゼロになった。
(ウ) 原告は,月80時間を超える残業を行っており,時には明け方まで勤務することがあったと主張するが,営業職の業務はその質に力点が置かれ,いたずらに残業を行ったからといって結果が得られるわけではないし,明け方まで仕事をするように指示したことがないのはもちろんのこと,原告からの残業申請もなされていない。
(エ) 原告は,平成18年4月に特販営業部が再度編成された後,P3課長の恫喝や暴言は前にも増して激しくなったと主張するが,否認する。 P3課長は,原告が営業職として基本的なマナーである挨拶ができて いないことや,自ら定めた期限を守らなかった場合などに原告に必要な注意,指導を行っているが,それは何ら違法な目的,態様によるものではない(原告自身が作成した甲7の1でも「社内にて,日常の挨拶,会話が不安定(失念するようになる。)」と報告されている。)。また,原告は,常々,P3課長に対し,営業職からの異動を要望しており,「会社は,私の使い方を誤っている。」「会社は私の能力を引き出していない。」などと発言することがあった。これに対し,P3課長は,「会社では自由にならないことがほとんどである。」とか「本当に自由に会社批判ができるのは,退職して外からする場合だ。」などの助言を当時の上司から受けたという自身の経験を伝え,自分勝手な原告の考えを戒め
たことがあった。
(オ) 原告は,P3課長の罵倒や恫喝が平成18年12月ころ最高潮に達
した旨主張するが,同課長がそのような罵倒,恫喝を行ったことはない。そもそも,銀行経由で営業先の紹介を受けた場合に,銀行からマージンを要求されるということはないし,銀行経由で紹介された取引先であるという理由で営業活動を行わないということはあり得ない。なお,原告が上司からの注意,指導に対し聞く耳を持たず,かえって上司を挑発するかのような態度に出る傾向は変わらなかった。
また,P3課長が,原告が他人のパソコンを壊して回っているなどと触れ回っていたというのは,原告の憶測に基づくものである。確かに, P3課長のパソコンが起動しないことがあり,システム担当の部署に確認してもらったところ,パソコン内部のハードディスクに強い衝撃が加えられ,破損していることが判明した。パソコンの外観上何ら異変がなかったことから,何者かがハードディスクを取り出して壊したとしか思われない状態であったが,犯人は分からなかった。営業社員の中には,前日原告が遅くまで残っていたことから原告を疑う声はあったが,P3課長が原告に疑いをかけたことはなく,ましてや原告を誹謗中傷する噂を流したことなどない。
(カ) P3課長が,平成19年1月ころ,原告に対し,新規に営業活動を行う必要はなく,外出の必要もないと伝えたことはあるが,これは,原告については,顧客訪問をしても何ら成果が上がらず,外出時間が不必要に長いといった問題があり,かつ,P3課長に対し営業職に不向きであるなどの不合理な理由で,異動を何度も申し出るなど,極めて業務に消極的な態度を示していたことから,原告を外回り営業に出すことは適切ではないと判断したのである。ただし,原告が外出を申し出てもそれを認めなかったという事実はなく,実際上必要と判断される場合には外出を禁じておらず,現に原告は外出していた。また,このころには原告の異動も決まってその旨を原告にも伝えており,引継業務を中心に行う
状況にあったもので,干されたという評価は当たらない。ウ DSサービス部管理課在籍期間中
(ア) 原告が所属していたDSサービス部管理課はP15チーフ,原告及び派遣社員で構成されていたところ,同課の業務としてはルーティンな業務がほとんどで,業務量としてもさほど多くなかったが,P5課長や P15チーフが原告に仕事を与えなかったということはなく,P15チーフが管理課の業務を適宜割り振っていた。また,原告から,「仕事がない。」とか「担当業務を増やしてほしい。」などの申出もなかった。
(イ) 原告は,DSサービス部全体が原告に対する対応が冷たかったというが,自らの主観を述べるだけで,具体的な事実を指摘するものではない。もっとも,原告が上司からの善意の指導,助言を「退職勧奨」などと歪んだ受け止め方をしていたことからも,原告の性格が周囲とのコミュニケーションを難しくしていたと考えられる。また,原告は,突然大きな物音を出して周囲を威嚇したり,自宅マンションには被告の本社が覗けるよう望遠鏡を設置したり,同僚に対し上司数名の氏名を挙げて
「殺したい」などと不穏当な発言をすることもあった。原告が自ら作成して被告に提出した甲7の1では,「自分を「営業職」に異動させた勤務先の者(法事〔註:原文のまま〕室や管理本部在籍中の者や特販営業部在籍中の者)や,現部門“閑職”で私を認めない上司や同僚への「憎しみ」「怒り」が強くなり,“殺したい”という欲求(憎むことに没頭)が強くなる」「社内にて,些細なことで感情の抑制が利かず,「トイレ,壁,机」を“叩く,蹴る”等の暴力的な行動をしてしまう(但し,極力他人がいる前では実施せず)」と記載されており,この点は,上記事実を裏付けている。
P11部長が,原告を「落ちこぼれ」などと評したことはない。突如,そのような発言をするのは通常の会話としてあり得ない。
(ウ) 原告が「全体会議」と称するのは,社内で「課会」と呼ばれる課長主催の課ごとに行われる会議であると思われるが,その会議では冒頭に管理課に対する情報伝達を行い,その後は企画課の話題に時間を割くことになるため,役職者であるP15チーフを除く管理課の社員は情報伝達の後,席を外すこととなっていた。このように,原告は,他の管理課の社員と同様に課会に出席していたものである。原告は,役職者である P15チーフと同等に扱われなかったことに対する不満を述べている にすぎない。
さらに,来客訪問の際に原告だけ紹介しなかったということもあり得ないことである。
(エ) 当時の原告の精神状態については正確には不知であるが,原告は,当時,病気のため著しく悲観的となっていたことが窺われ,被告における業務や上司の指導・助言等についても,過度に悲観的,絶望的に受け止めており,誤った解釈をすることもあったものと考えられる。
(オ) 平成19年9月の原告の職場復帰に当たり,そもそも,原告から職場環境が病気の原因であるかのような主張はされていなかった。また,原告が,P5課長に対し,職場環境の改善などを求めたことはなく,それを復帰の条件として提示したこともなかった。
また,被告が原告に何も仕事を与えず村八分状態にしたということはない。また,原告からも仕事がないとか担当業務を増やしてほしいなどとの要望もなかった。
原告は積極的に企画書や提案書を作成したというが,それは本来DSサービス課で行うべき業務ではない。原告は,自身の本来的な業務については消極的である一方で,担当業務とは関係がなく,必要性の疑わしい筋違いの企画書,提案書(新規事業や大規模な投資を伴う企画など)の作成に時間を費やし,その評価をP5課長に求めてくることが多かっ
た。そのため,P5課長らは,原告に対し,企画書,提案書の作成は原告の業務範囲に属しない旨を説明しなければならなかった。
(カ) 平成19年12月の原告の冬季賞与が2.46か月分であったことは事実であるが,2.8か月分というのもあくまで全社的な平均的基準額であって,具体的な支給額は従業員ごとの人事考課によって異なっている。原告の評価が低かったのは事実であるが,同様の者も複数おり,原告だけ減額されたというのは誤りである。
また,P5課長が原告に対し,「おまえはKY,空気が読めない,なんだよ」などと発言をした事実はない。P5課長は,賞与の評価に関してフィードバックのための面談を実施し,原告に対して,社内外におけるコミュニケーション能力を身につけてほしい旨を指導したものであ る。
(キ) 原告は,P5課長が「おまえがいると職場の士気が下がる!」「おまえはとにかく評判が悪い!」「俺がおまえの立場だったら会社を退職する!」などと誹謗中傷をしたと主張するが,同課長らが,原告に対し,そのような人格を否定するような粗暴な言葉遣いをしたことはない。P
5課長らは,原告に対する周囲の評価が思わしくない状況を踏まえて,そうした状況を変えるためには原告自身の態度や考え方を変えなけれ ばならないと諭したことはあるが,原告は,「じゃあ何をすればいいんですか。」「言ったとおりにしますから,どうすればいいのかを具体的に言って下さい。」などと述べ,話が進展しなかったものである。
また,原告は忘年会にも呼んでもらえなかった旨主張するが,そもそもDSサービス部では,当時,忘年会は行われていなかった。なお,新年会は開催されたが,部員全員を誘っており,原告だけを誘わなかったということはない。
(ク) さらに,原告は,P5課長から「俺がおまえの立場だったら会社を
退職する!」などと言われたなどと主張するところ,同課長は,原告が自身の能力を高いと考えて管理課の業務を馬鹿にし「能力の高い自分がやるべきものではない。」「自分の能力を無駄にされている。」というような考えでいたことから,面談の際,個人的な考えであると断った上で,「そんなに自信があるなら自分だったら退職する。」と発言したことがある。これは,管理課の業務を見下している原告を,皮肉を交えて戒めた発言であって,もとより退職を勧奨したものではない。
(2) 本件休職命令が違法ないし無効か(争点2)。
(原告の主張)
被告は,原告が上司らによるパワーハラスメントの事実に関する調査を求めたのに対し,被告は,平成21年1月7日,その事実を否定した上で,原告に対し,突然休職命令書を手渡した。原告が,1年間も休職することなど求めておらず,被告が原告の業務内容を再考してくれれば業務遂行が可能であると述べたのに対しても,被告は聞く耳を持たず,目が見えない者は労務提供できないので休職である旨言い放った。
原告が上記パワーハラスメントの事実調査を求めた時点から実質1か月 も調査期間を経ていないもので,被告がまともな調査など行っていないことは明らかであった。
このように,被告は,当初から原告を退職させることを前提として,業務遂行が可能であるにもかかわらず休職命令を発したもので,これが違法ないし無効であることは明らかである。
(被告の主張)
原告は,本件休職命令までに,自ら視覚障害により業務遂行が困難であると申告しており,平成20年12月4日付の診断書(甲11)においても,
「網膜症又は視神経症」による著しい視覚障害が認められ,精査を要するとの診断がなされていた。本件休職命令時,原告は約1か月間にわたり安静に
していたにもかかわらず,一層視力が低下し,治療方法も確立されていないと述べており,回復の目途が立たないばかりか,業務をさせれば病状を悪化させるおそれもあった。
したがって,原告は本件視覚障害により本来なすべき労務の提供を行うことが客観的に困難となり,一定期間療養が必要とされる状況にあった。
このような状況において,被告は必要かつやむを得ない措置として,本件休職命令を発令したものである。被告は,原告の求めに応じて療養のため休むよう命じる形をとったのであり,事実上休職の扱いをすることについて原告・被告間で合意がなされていたに等しい。かかる状況でなされた本件休職命令には,就業規則16条4号に定める休職事由があるから,同命令は有効である。
(3) 原告の本件視覚障害が業務上の傷病に当たるか(争点3)。
(原告の主張)
前記のとおり,原告の本件視覚障害の原因はミトコンドリア点変異による視神経症であるが,P7医師意見書(甲51)のとおり,ミトコンドリア点変異による視神経症の誘因として,過度の飲酒,喫煙,他の視神経の病気等のほかに,身体のミトコンドリア機能を抑制するような事態,例えば全身病,栄養障害,激務による疲労等過度のストレスが指摘されている。原告の場合,本件視覚障害発症前に過度に飲酒,喫煙もなく,他に誘因として考えられるものは全くない。このような点からすれば,本件視覚障害については,原告が,被告及びその従業員らによる約3年半にわたって嫌がらせ等を受け,過度の精神的ストレスを蓄積し続けたことが原因であると考えるほかはない。
以上のように,本件視覚障害が業務上の傷病であることは明らかである。
(被告の主張)
前記(1)のとおり,被告の従業員(上司ら)が原告に嫌がらせ,暴言等の不法行為を行った事実はないから,原告の本件視覚障害が同不法行為に基づ
くものであるという原告の主張については,その前提を欠くものである。 また,本件視覚障害の原因は視神経症によるものであるとされているが,
視神経症の発症原因は医学的に明らかにされていないところ,喫煙,糖尿病,アルコール,頭部外傷の他に,突発性(原因不明という意味)視神経炎も発症のきっかけになるとされている。また,P7医師意見書(甲51)及び補充意見書(甲77)は,単に,原告の主治医が意見を述べたものにすぎず,学術論文としての形式や医学的な証明文書としての形式を有しないもので あって,かかる見解に重きを置くことはできない。
以上のとおり,本件視覚障害が業務上の傷病であるということはできない。
(4) 本件休職期間満了時において,原告の休職事由が消滅していたか(争点
4)。
(原告の主張)
以下のとおり,本件休職期間満了時点において,原告は復職可能な状態にあったというべきであり,休職事由は消滅していたというべきである。
ア 原告は,自らP16センターに通学し,視覚障害者ビジネスパソコン技能習得と就職応援コースの訓練を受けて同訓練を修了した。このような原告自身による努力の結果,①原告は,平成21年7月21日,主治医であるP7医師により「視覚障害補助具の活用により業務遂行は可能であると考えられる」との復職可能診断を受けた(甲24)。また,ロービジョンケア(視覚障害者に対し,残った視機能を最大限有効活用して自立生活を送れるよう支援する眼科医療や福祉のこと)の専門医であるP17病院眼科のP18医師も,同年12月4日,「両視神経症,右視力0.1(矯正不能),左視力0.08(矯正不能),両中心暗点を認めるが,就業により疾患の悪化する可能性はなく,視覚障害者用補助具の活用により,業務遂行は可能であると考えられる。」との復職可能診断をしている(甲33)。
イ 一方で,原告の被告におけるキャリアは入社後10年と長く,前提となる事実(2)のとおり,多種多様な部署で様々な業務内容を経験してきているもので,被告における原告の経験は十分である。また,原告は,パソコン技能に長けており,さまざまなタイプの社内資料やプレゼン資料を作成できる能力がある(甲38ないし41)。このように,原告には,文書作成能力や企画書作成能力が備わっているのであって,相応のパソコン操作が可能であればそれら能力を生かした事務系部門の業務遂行は十分可能 であった。
ウ 加えて,被告は,資本金123億円超,発行済株式総数6667万株超,平成21年3月31日現在の従業員数は1580名であり,同月期の売上高は828億円超(連結では1250億円超),当期純利益は69億円超
(連結では108億円超)のP19上場の大企業であり(甲1,2の2),被告における組織は,営業統括本部,メディア事業本部,店舗事業本部,開発本部,製作本部,管理本部等で構成されており多種多様な業務が行われていることからも,原告を配置する部署がないということは考えられない。
(被告の主張)
以下のとおり,本件休職期間満了時点で,原告は復職可能であるとはいえず,休職事由は消滅していないというべきである。
ア 復職が認められるためには,休職期間中に休職事由が消滅すること,すなわち休職原因となった傷病が治癒したことが必要となるところ,いかなる程度まで健康状態が回復していれば,治癒,すなわち債務の本旨に従った労務の提供があったと認められるかについては,従前の職務を通常の程度に行える健康状態に服したことが必要というべきである。そして,復職の可否は,当該労働契約で定める債務の本旨に従った労務の提供の内容を明らかにした上で,かかる労務の提供が可能であるか否かという観点か
ら,客観的に判断されなければならない。
イ しかるに,原告は,総合職の正社員として採用されたところ,正社員は,基幹的な労働力として位置付けられ,アルバイトやパートなどの非xx雇用者と比較して高い水準の業務遂行が求められるものであるし,総合職
は,社内キャリアを重ねることにより職務遂行能力を高め,経営幹部となる人材として育成していくことが想定されており,その意味で職種変更や転勤を含む勤務地の変更に応じられることが前提とされている(職能資格制度規程,乙2)。そして,総合職については,上記のような高い職責が課され,広汎な人事権に服する義務を負うことに伴い,総合職については待遇面で一般職よりも厚遇されている。
ウ 本件休職期間満了時,被告内において原告を配置しうる現実的可能性のある業務はなかった。
まず,原告は身体障害等級2級という重度の視覚障害を有する障害者であって,休職期間中,復職の申出を受けて行われた2回の面談において,原告は,短い距離での異動や鞄からの書類の取り出しも覚束ない様子であったし,P16センターにおいて実演された原告のパソコン操作はゆっくりしたもので,実務に堪えうる速度ではなかった。原告において,視覚障害補助具を用いるなどして一定程度パソコンの操作や文書の読解が可能 であるとしても,会議,打合せ,折衝などをはじめ迅速で複雑な対応が求められる業務を円滑に行うことは困難であると考えられる。このように,原告に任せられる作業は,内容的にも,量的にも極めて限定したものにならざるを得ず,そのような業務は被告に見当たらなかった。営業,店舗以外のあらゆる業務について検討してみても,原告の業務遂行能力に照らすと,原告を配置できる業務は存在しない。
被告の主な事業はカラオケ機器の販売・リースであり,全国に営業所,店舗を置いている。資本金,売上,従業員数などを基準とした被告の企業
規模は小さくないが,従業員のほとんどは「営業職」,「店舗職」である。間接業務を行う「事務職」はわずかに限られており,各自が高い職責を果たすことが求められるものであるし,資本金,売上,従業員数などの企業規模から,被告内に単純な事務作業があり,原告1人程度の受け容れが可能であるなどの安易な発想は許されない。
(5) 原告の賃金額(争点5)
(原告の主張)
ア 原告と同期入社した他の総合職従業員は皆,少なくとも一度は昇進・昇格しており,入社以後一度も昇進・昇格していないのは原告だけである。被告入社時における原告の等級は総合職の中で最低の3等級であったが,最後まで最低の3等級のままであった(甲45)。
前記(1)のとおり,原告は,平成17年以降,本件退職に至るまでの間,仕事から完全に干され,明らかに達成不可能なノルマを課されるなどし
て,会社から不当な評価を受け続けたものである。
イ このように,原告の被告に対する就労債務は被告の責めに帰すべき事由により一部履行不能となったというべきであり,平成17年から視覚障害に陥る平成20年8月までは,仕事を干されなかったり達成不可能な営業売上ノルマを課されなければ本来得られたであろう給料及び賞与と実際 に被告から支払われた金額(甲46)との差額につき,原告は被告に対し支払請求権を有している。また,平成20年8月から同年12月までは,視覚障害に陥らなければ本来得られたであろう給料及び賞与と実際に被 告から支払われた金額(甲46)との差額につき,原告は被告に対し支払請求権を有している。
原告が被告から不当な評価を受けた平成17年以降,原告が本来得られたはずの賃金としては,職種別・年齢別の賃金に関する統計である賃金構造基本統計調査(賃金センサス。甲47の1ないし7)を基準とすべきで
あって,被告(大学卒の男)と同業(卸売業),同規模(1000人以上)の企業における平均賃金と原告に実際に支給された賃金との差額は別紙
2のとおりであり,平成17年から平成22年までの未払賃金額としては合計2012万6121円となる。そして,原告が,被告から支払われるべき正当な給与額は1か月額45万0700円である(甲47の5)。
(被告の主張)
原告の主張についてはいずれも否認ないし争う。
(6) 被告の安全配慮義務違反の有無(争点6)
(原告の主張)
被告は,被告の従業員らによる原告に対する前記(1)の不法行為について,何ら管理・監督義務を果たすことなく完全に放置し続け,その結果,原告は,甚大な精神的苦痛を受け,過度のストレスが蓄積し続けたことにより,障害程度等級2級の視力障害を負うに至ったものであり,被告には,安全配慮義務違反がある。
(被告の主張)
被告に安全配慮義務違反があるとする点については,否認ないし争う。前記のとおり,被告従業員は,原告に対し,暴言,嫌がらせ等の不法行為を行っていない。
(7) 原告の損害及びその額(争点7)
(原告の主張)
原告は,以上の被告の安全配慮義務違反により,以下のとおり財産上の損害及び精神的損害を被った。
ア 逸失利益
原告は,被告の安全配慮義務違反により,本件視覚障害の後遺障害を残した。原告の視力は,平成21年12月4日,右0.1,左0.08(いずれも矯正不能)であり(甲33),後遺障害別等級表によると9級1号
(両眼の視力が0.6以下になったもの)に該当するもので,その労働能力喪失率は35%である。
逸失利益算定の基礎となる収入は原告が本来得られたはずの収入額で あり,平成21年度賃金センサスにより768万7300円となる(甲4
7の5)。原告は本件訴訟提起当時36歳であったから,労働能力喪失期間は,67歳から36歳を控除した31年間であり,中間利息控除のためのライプニッツ係数は15.5928となる。これらの金額及び数値を前提に,平成23年以降の原告の逸失利益を算出すると,以下のとおり41
95万3286円となる。
7,687,300 円×0.35×15.5928=41,953,286 円
イ 医療費,交通費
原告は,本件視覚障害を負ったことにより,平成20年以降,医療費や通院に伴う交通費等を負担してきた。本件訴訟提起時までに要した医療 費,交通費等の総額は105万1094円である(甲48)。
ウ 慰謝料
原告は,平成17年2月以降約3年半にわたり,被告において数々の嫌がらせやいじめ,暴言といったパワーハラスメントを受け続け,長時間残業を強いられ,そして孤立無援の村八分状態に追いやられたことより過度の精神的苦痛を受け続け,過度のストレスが蓄積し続けた。その結果,原告は本件視覚障害を負うに至った。
これまで原告が受けてきた精神的苦痛は正に筆舌に尽くしがたく,その被害は極めて甚大なものであるが,これをあえて金銭に評価するとした場合,その額は合計2000万円を下らない。
エ 弁護士費用
被告の違法行為により,原告は本来支出する必要のない弁護士費用の支出を余儀なくされた。被告の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用と
しては,831万3050円が相当である。
(被告の主張)
損害の発生及び額については否認ないし争う。
(8) 消滅時効の成否(争点8)
(被告の主張)
仮に,被告が原告に対し不法行為責任を負うとしても,少なくとも本件訴訟提起時から3年を遡った時点以前に発生したものについては,いずれも民法724条所定の消滅時効期間が経過している。被告は,同消滅時効を援用する。
また,原告請求のうち未払賃金請求権の実質を有するものについて,本件訴訟提起時から2年遡った時点以前に発生したものは,いずれも労基法11
5条所定の消滅時効期間が経過している。被告は,同消滅時効についても援用する。
(原告の主張)
消滅時効の成立については争う。第3 争点に対する判断
1 争点1(被告従業員らによる原告に対する嫌がらせ,暴言等の不法行為の有無)について
(1) 認定事実
前記前提となる事実,証拠(原告,P2,P3,P20,P5並びにP2
1の各陳述書〔甲90,乙106,108ないし111,134〕,証人P
2,同P5,同P3及び同P21の各証言並びに原告本人尋問の結果のほか,後掲のもの。但し,上記各証拠も必要に応じ掲記することがある。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 法務室在籍期間について
(ア) 原告は,法務室在籍期間中の平成16年3月ころ,社内向けに契約
書作成手引書を作成した。同手引書は社内で好評を博し,同年12月2
7日には第2版を発行した(甲38,69)。P2室長は,後記(イ)の P13の入社,法務室配属までは,原告の勤務ぶりに大きな問題はない旨感じており,原告も,法務室での勤務に関し,特に不満を感じてはいなかった。
(イ) 平成16年11月,P13が被告に入社し法務室に配属され,P2室長,原告,P13の3名体制となった。P2室長は,P13について,入社して間もないものの,事務処理能力,コミュニケーション能力等の面で優れたものを持っていると感じていた。
(ウ) P2室長は,当初,原告に対し株主総会関係の業務(想定問答等)を割り振っていたが,うまく捗らず,他部署からのクレームを受けることもあった。そこで,同室長は,徐々に株主総会関係業務についてもP
13に任せるようになっていき,これに伴い,原告が担当する業務は減少していった。
もっとも,同室長は,契約書の精査業務等については,適宜原告に割り振って行わせていた(乙28ないし32,71,72)。
(エ) 原告は,平成17年ころ,被告が経営するカラオケ店舗「P1」やカラオケ機器販売営業所での現場研修を命じられ,これを受けたが,自らが研修を命じられたことについて強く不満に思った。
もっとも,同研修は,平成17年度だけで全社で延べ300名以上の従業員が命じられるものであって,室長や次課長クラスの管理職であっても命じられる者もいた。また,原告が属していた総務部からも,原告を含めて15名の従業員が研修を命じられていた。ただし,平成17年度の現場研修については,年度途中で中止になり,一部の者に対してしか実施されていない。(以上,乙8,9,証人P2の証言)
なお,原告は,被告に提出した研修レポートの中で,本社に対する不
信感,研修の形骸化に対する不満や,自らの所属する法務室には,目的意識を共有するという意識が欠如しているなどと批判するコメントを 書いている(乙38,39)。
(オ) 原告は,平成17年7月ころまで月30時間程度の時間外労働を行っており,同年8月,9月は若干少ないものの,月10時間程度は時間外労働を行っていた(乙6の1ないし6の6)。
イ 特販営業部営業二課在籍期間について
(ア) 前提となる事実(2)イのとおり,原告は,平成17年10月1日に特販営業部営業二課に配属された。
(イ) 原告の特販営業部営業二課における営業成績は,同課在籍期間中を通じて非常に悪かった。他の営業二課の課員については売上目標値(被告では「予算」といっていた。)で年間4000万円ないし6000万円もの数値を掲げ,これをクリアーあるいはそれに近い数値まで達成する者も少なくなかったのに対し,原告については,平成18年4月から平成19年3月までの売上目標値が3300万円と他の従業員よりも 低く設定されていたにもかかわらず,その20%程度(685万円)しか達成することができなかった(乙82の2,121の1ないし3)。
原告は,P2室長やP13に対し営業をかける業者の紹介を求めることもあり,両名から実際に紹介を受けていた(乙33ないし36)。
(ウ) 上記(イ)のとおり,原告の営業成績が悪く,新規の取引先を開拓するのは困難であったため,P3課長は,既存の顧客である株式会社P1
4(以下「P14」という。)を原告の担当とした。原告は,同社との間で,数件のカラオケ機器設置に関する契約を成約させた(乙119の
1ないし3)。
このP14との間で成約した契約のうち,P22とP23に納入したカラオケ機器については,その締結交渉の段階で「二重価格」の問題が
生じた。これは,P14の施設においては,他社のカラオケ機器が入っている施設と被告の機器が入っている施設とがあったところ,もともと被告の機器が入っている施設における被告の新機器への入れ替え案件 と,他社の機器が入っている施設における被告機器への入れ替え案件とでその契約価格が異なっていたことについて,P14側がクレームを述べたというものであった。
これについては,P3課長,原告らとP14側とで協議した結果,被告グループ内での社内調整の約定と,定期的な見積価格の見直しとを条件として,P14本社側が上記「二重価格」設定を承諾したことにより決着した(乙120)。
(エ) 原告の特販営業部営業二課在籍中の時間外労働時間数は,所定労働時間7時間を基準にすれば,月によってばらつきはあるものの,平均すると月60時間程度である。もっとも,平成18年3月から同年6月までの4か月間の時間外労働時間数は,上記所定労働時間を基準にする と,いずれも月80時間を超えている(甲70の1ないし18。訴状別紙1参照)。
(オ) 原告は,平成18年秋ころ,「アキバ系カラオケプロジェクト企画書 (アフレコシミュレーション)」と題する企画書を作成し,P24等の業者に売り込みを図ったことがあった。しかし,P3課長は,同年
12月15日,原告の同企画の中止を命じた。原告は,同日,同企画に協力していた業者に対し,面会の約束をキャンセルせざるを得なかったことを謝罪し,企画が中止になった理由について,P3課長がとにかく企画を気に入らないなどであると述べ,先刻も同課長が激怒していた
(「いい大人がキレていました。」と記載している)旨のメールを送信した(甲41,乙45)。
(カ) 原告は,平成18年12月15日,被告の内部統制推進室P20係
長宛てに,P3課長からパワーハラスメントを受けている旨訴える内容のメールを送信した。同メールには,P3課長の言動として,「会社員は,辞めるか,従うか二社(註:原文のまま)選択なんだぞ!」「昼食 後に他部門に打ち合わせに行く事を事前報告しなかったので,報告書を提出しろ!」「おまえ,どういうつもりだ,潰すぞ!」「会社が気に入らなければ,辞めるしかないぞ!」「おれの言う事を聞けと言ってんだよ,分かってるのか,なめんじゃねえぞ,返事しろ,オイ!」というものが 記載されている。また,同メールには,これらのP3課長の発言の一部は,レコーダーに録音しているものがあり,また,当部門の社員(主に女子社員)も聞いている旨の記載がある(甲56,57)。
もっとも,原告は,これらの録音に関する録音媒体を,被告側に提出していない。また,データをパソコンからコピーするなどして控えを手元に保持することもしていない(原告本人尋問の結果)。
(キ) P20係長は,原告からの上記申告を受けて,原告から事情を聞いた上で,P3課長に対しても,原告に対する言葉遣いに注意した方がいいと忠告した。P3課長は,P20係長に対し,原告の勤務態度,身だしなみ等が悪く,xx困っている旨述べたものの,P20係長の忠告を受け入れる態度を示した。また,P20係長は,このとき,被告におけるコンプラ・ホットライン制度(内部通報制度)の内容,利用手続についても説明したが,結局,原告は同制度を利用することはしなかった。
(ク) 原告は,P20係長に対し,P3課長からのパワーハラスメント被害を申告した直後である同月19日には,特販営業部のP25部長に対し,特販営業部営業二課から他部署への異動を求める内容の要望書を提出した。
同要望書には,原告のこれまでの経歴を記載した上で,同経歴等を酌量した上で,これに合致した部門への人事異動を働きかけてほしい旨を
述べ,「当社への貢献並びに私個人としてのキャリアアップの上でも,現状部門では,全くの不適材不適所の人員配置であり,これによる当社並びに私個人にとっても不利益,且つ,不幸と考えます。」と記載している。
また,原告は,同要望書で「現状問題点の解決」として,「現状,日常業務を遂行するにあたり,以下の問題を抱えており業務遂行支障もとより,社会生活を営む上でも支障(“鬱”“ノイローゼ”の発症)が生じ始めており,早々の解決を要望します。」と述べ,P3課長の発言について前記(カ)とほぼ同旨の記載をしている。(以上,甲58)。
(ケ) 原告は,同年12月21日にP20係長と再度面談を持ったとこ ろ,このとき,同係長に対し,P3課長の言葉遣いが改善された旨報告した。P20係長は,原告に対し,P3課長から指摘された原告の身だ
しなみのこと等についても原告を諭した。また,同係長は,原告に対し,挨拶などをしていないのではないかと指摘,助言したところ,原告は,同日,同係長にメールを送信して,面談に応じてくれたことに対する感謝の意を述べている。また,同メールで,原告は,ややもすると社内の人間については,皆「敵」という考えに凝り固まってしまい,被害意識に押しつぶされそうになる,自らの態度を今日明日にすぐに変えられるとは思えないが,挨拶や会釈の類についても前向きに取り組む努力をしていきたい旨述べている(乙46,109)。
(コ) 特販営業部営業二課に在籍していた期間中の原告の人事考課表に は,概ね標準的な成績として記載されている。また,個人貢献度評価としての特記事項にも「提案資料の作成力にすぐれている。」,「P26
・P27に対し積極的に営業を行い,結果を出すに至った。」「部内の雑用をイヤがらずに実行 なくてはならない人材」などとの記載がある
(乙11の1ないし3)。
ウ DSサービス部管理課在籍期間について
(ア) 前記前提となる事実(2)ウのとおり,原告は,平成19年4月1日にDSサービス部管理課に配転された。DSサービス部管理課は,P4
(カラオケのリモコン機器を使ってユーザーに有償・無償でゲームなどのコンテンツを提供するサービス)に関する契約書の管理,売上の集計
・分析,商品の出荷指示などの業務を行う部署である。同課の業務は,管理業務と経理業務とに区分され,経理業務は女性社員2名が担当し,管理業務はP15チーフ,原告と派遣社員1名という構成であった。
(イ) 同課における原告の業務は,DS端末の出荷数及び開局数,DSコンテンツの利用状況の日次,月次データの作成や,開局に伴うパスワード発行等に関する業務,DS契約書関連業務等であったが,事務室内で行うルーティンワークが多く,さほど多忙な状況ではなかった(乙1
3)。
(ウ) 原告は,平成19年6月18日,P12病院の心療内科を受診したところ,同病院の精神神経科の受診を勧められ,同月25日,同科のP
28医師により,抑うつ状態であり1か月の安静加療を要する旨の診断を受けた(甲5)。
(エ) また,原告は,このとき,P28医師宛てに自らの症状,職場環境及び経緯を説明する内容の書面を作成して提出した。同書面には,原告の症状として,倦怠感,無気力(2年以上前から,仕事のこと,人生のことでネガティブに考えてしまい,時折死ねば楽になれると思ってしまう。)不安感,絶望感,体調不安などについて記載され,経緯説明についての項目では,「3年前より,リストラ対象として,全く適正(註:原文のまま)の無い職場に転籍させられ,恣意的に他の社員の希望を優先して配置を実施される。この頃より,体調不良が発病する。」「2年前:業務も,計画性もない上司のパワーハラスメントに悩まされ,人間
関係も悪化。この頃より不安感,絶望感から無気力になる。」「6か月前:会社側から,閑職に回される。仕事も日常生活もうまくいかず,不安蓄積。些細なことに大きく不安を感じる」との記載がある(甲6)。
(オ) 原告は,平成19年8月1日から同月31日まで1か月間の年次有給休暇を取得しているところ,継続して年次有給休暇を取得するため に,被告に対し,同年7月27日付けで報告書を作成し提出している。同報告書には,原告の症状,治療経緯のほかに「治療開始要因と経緯」として,「勤務先での異動(05/10・法務職→営業職)を切欠に“倦怠 感”・“無気力”に陥る」「社内にて,日常の挨拶,会話が不安定(失念する様になる)」「社内にて,些細なことで感情の抑制が効かず,『トイレ,壁,机』を“叩く,蹴る”等の暴力的な行動をしてしまう(但し,極力他人がいる前では実施せず」などとの記載がある。また,同報告書では生い立ちや両親の属性についても述べられているところ,原告は,父親の性格について「厳格(頑固)」「わがまま(自分勝手)」「短気
(内弁慶・家族には“暴力”“怒声”をすること過去にはあり)」などと記載し,「親子関係」の欄において,父親に対しては,嫌悪,畏怖,母親に対しては何の関心もなしなどと記載し,実家と自宅は徒歩10分程度の距離にあるにもかかわらず,現在も特に必要なとき以外は実家に帰宅しない旨記載している。さらに,追加報告事項として,同月19日のP28医師の診察結果の記載として,抑うつ症状の原因は,法務部門から追放されたという仕事上の要因だけではなく,生い立ちや両親との関係も影響しているとか,法務部門を追放されたという考えは,両親との関係に類似しているので,この点をカウンセリングの対象としたい,
「被害者妄想」「追放という過剰反応」は,両親との関係による防衛反応,怒り,攻撃から来ているなどとされている(乙18)。
(カ) 原告は,平成19年10月ころには,他部門の従業員複数に対し,
過去の上司,DSサービス部の従業員やその業務内容を辛辣に批判する内容や,自らの境遇に対する愚痴をメールで送信している。また,このころ,原告は,複数回にわたり,手配の失念,発注ミス等の業務上のミスを犯している(乙57,58,60,62,64,65)。
(キ) 原告は,DSサービス部管理課在籍中にも,特販営業部営業二課在籍中と同様にいくつかの企画を立ち上げようと企画書を作成した。P5課長は,このような原告の行動に対し,DSサービス部門の範疇に属さないものであり,原告の業務の範囲に属しないなどと原告に注意を与えていた。しかし,同課長は,平成20年8月に原告が作成した「DSコンテンツ“パチカラ(パチンコwith カラオケ)”企画案」については,射倖性を抑えてゲームなどの娯楽として楽しんでもらうのであれば検
討の余地があるとして,これを却下するのではなく,原告に再検討するよう伝えた。しかし,原告はこれについて修正,再検討をしてP5課長に示すことはなかった(乙21)。
(ク) 原告が特販営業部営業二課時代に作成した企画書のうち,車載型カラオケ企画(カーナビカラオケ)の企画書(甲40)が被告のP29専務取締役(以下「P29専務」という。)の目に止まり,原告は,平成
20年1月ころ,同専務に上記企画の説明を行った。以後,原告は,P
29専務から特命を受けて,車載型カラオケ企画のビジネスモデルの立案や自動車に関連する業界(ガソリンスタンド,カー用品業界)等の市場調査等を行うようになり,事業計画案や各種調査結果をプレゼンテーション資料の形でいくつも作成していった。また,原告は,定期的にP
29専務等と上記企画に関する打ち合わせをもっていた。もっとも,同企画については,秘密裡に行うよう同専務側から指示があったため,原告は早出勤務の形でDSサービス部門の他職員に分からないように企 画書の作成等を行っていた。(以上,甲40,80の1ないし86,乙
129の19ないし24)
もっとも,原告が上記企画書において車載型カラオケ企画の組織編制案まで記載したのに対し,P29専務は,既存の他の事業(オーダー事業)が撤退することとの関係上,新規事業については組織編制を打ち出すことが困難であると述べ,同年2月末ころには,当面,同企画は,事実上延期扱いとなった(甲80の4)。
(ケ) 原告は,DSサービス部管理課において,半期ごとに目標設定表,自己評価表をP5課長宛てに提出していたところ,同課に異動してきた当初の平成19年10月ころに作成されたものは,比較的正常な記載内容であるが,平成20年4月,5月ころに作成されたものについては,明らかに挑発的で尋常ではない内容となっている(乙83の1ないし8
5の2)。すなわち,平成20年度上期の原告自身の目標設定表においては,「『勤続10年・3等級・役職なし』の現状を受け入れつつ,現在の諸行を苦行(孤独な修験)と位置付け,部内業務,会社方針に疑念や疑問を持たずにルール・マナーを遵守するためにも,感情の一部を自ら押し殺し,基本的に思考せず,業務命令に従順に従う様に努力する。」
「過去,上司より指導賜る『空気を読む』を意識し,これら“同調圧力
(社会学用語)”を熟慮し,推敲して現状,職場内での“異質排除理論 ”から自己(私)の存在自体が部門長を初めとする“異分子”であること認識し,不本意ながら,職場の協調(当方を除く社員の団結)に大いに貢献しており,今後も同様とする。」などと明らかに挑発的な内容を記載している(乙84の1,2)。また,原告は,平成19年度下期の自己評価表にも,同様の挑発的な内容の記載をしている(乙85の1,
2)。なお,原告は,いずれの書面においても,「『勤続10年・3等級・役職なし』の現状」と記載しており,勤続年数が長いにもかかわらず役職に就けていないことに対する強い拘りを示している。
(コ) 原告は,同年8月29日,以前被告総務部の総務課長であり,当時関連会社に在籍していたP30課長に対しメールを送信し,現在完全に
「座敷牢」状態におかれ,ストレスから体調を崩したことや,新たな事業計画もなく社内失業状態であることを伝えるとともに,何でも構わないので資料作成や各種書面作成を手伝いたい旨訴えている(甲59)。また,同年9月中旬ころには,執行役員であるP31副部長に対し, 仕事の手伝いをさせてほしい,現状,P32も原告も徹底した排除・排撃の環境下におり,仕事らしい仕事がないこと,ここ1年以上耐えてきたが,いよいよ限界に近づきつつあることを訴えるとともに,一度これらの件についても相談したい旨申し出ている(甲60)。また,同じころ,原告は,知的財産課のP33課長にも同様にストレスから目も見えず気力が減退しており,限界を感じる旨のメールを送信している(甲6
1)。
(サ) 原告は,このころからP2部長との面談を求めるようになり,平成
20年10月31日,同部長との面談が実施された。その席上には,D Sサービス部からのP11部長,P5課長のほか,法務室からはP13も同席した。
同面談において,まず,原告は,P2室長に対し,自分がなぜ法務室から異動になったのか,同室長の不興を買うようなことをしたのであれば教えてほしいと問うた。これに対し,P2室長は,自分の指示を原告がなかなかxxに聞いてくれなかったことや,新たに配属されたP13に対して指導しなければならないことから,その分原告に対する関わりが少なくなったことに対し,原告が「自分の方を見てくれていない」というような気持ちを態度で示したりしたことについて述べた。また,同室長は,原告に対し,身の回りをちゃんとした方がいいと何度も言ってきたが,原告は,これに対しても答えようとしなかったことについても
触れ,このようなことが重なったことから,原告には社会人としてもう一度一からやり直してもらった方が良いと感じ,上司にも相談した上 で,一度営業部門に行ってもらうのがよいという判断をした旨回答し た。これに対し,原告は,幾分理解したが全部理解できたとはいえないと答えたのみで,P2室長が納得いかないならどんどん質問してほしい旨促しているにもかかわらず,具体的な質問をせず,格別の異論も述べなかった。
原告は,3年間営業をやってきて,今は法務に戻りたいという気持ちが強いと述べ,P2室長に,現時点ではその可能性はない,期待を与えるようなことは言いたくない旨言われ,お願いだから法務に戻してほしいと懇願する一幕もあった。
また,この面談の中で,原告は,法務室を離れた後,P2室長を避けていたと告白し,顔を合わせても故意に挨拶を返さなかったことを認めている。
この面談の最後に,原告は,P2室長に対して,感謝している旨述べ,エレベーター前で同室長と握手をするなどし,同室長から,今後も何か相談があったらいつでも来るようにとの言葉をかけられた。(以上,乙
68,証人P2の証言)。
なお,原告は,後の休職期間中にもP2室長との面談を求め,実際に面談をしている。
(シ) 平成20年11月26日にP34病院の精神神経科P35医師が作成した診療情報提供書の「症状経過及び検査結果 治療経過」欄には
「主訴」として,「視力障害 視界の中心が発光して全くみえない。明 xxところでは,白い紙や信号の点滅やPCの光が見えない。」とされ,
「現病歴」の項目に,「2005年4月本社法務室に勤務となりこの頃は一番よかった。」「2005年10月正当な理由なく閑職に異動→リ
ストラの対照(註:原文のまま)になってしまった。人事に相談したが改善はされず。」「2006年10月に衝動性がたかxx器物破損→会社内の物を蹴飛ばした。」「2007年4月また異動→絶望感,自殺願望(+)」(中略)「2007年12月まで週に1回精神科通院。」「2
008年1月から村八分状態で誹謗中傷を受けている。」などとの記載がある(甲10)。
(ス) 原告は,平成20年12月8日,DSサービス部に異動した平成1
8年4月1日以降,P11部長,P5課長から非人間的な扱い(パワーハラスメント)を受け,抑うつ状態に陥り,療養を必要とする状態に至ったこと,職場復帰後も,そのような状態が是正されないのみならず悪化の一途を辿った結果,平成20年9月からは心因性の視力障害を発症したことなどを述べ,被告において,原告に対するパワーハラスメント行為を是正してほしい旨請願するという内容の「請願書」と題する書面を被告代表取締役,P11部長及びP5課長に送付した(甲13の1ないし3)。
(セ) 原告は,平成20年6月から同年12月にかけても,月に20時間台ないし30時間台の時間外労働を行っている(乙7)。
(ソ) また,DSサービス部における宴会等の行事に関し,原告のみが誘いを受けないなど,意図的に原告を排除するような行動がとられたことはない(乙14,15,66)。
(タ) 明確な時期は定かではないものの,原告は,DSサービス部管理課在籍中にも何度かP20係長に相談をしている。同係長は,P5課長から聞いた原告の話を元に,原告に対し,どうして挨拶をしないのか,社内で周囲を睨んだりするのかと聞いたことがあったが,これに対し,原告は,幼少時からの父親との関係がある旨答えている。また,別の機会には,P20係長は,原告から,DSサービス部での業務の内容に不満
があり,別の仕事をやりたいことや,役職に就けないことへの不満を聞かされたのに対し,原告はわがままではないか,業務の内容は原告自身ではなく組織の長が決めるのであるなどと答えた。それ以降,同係長が,原告からの相談を受けることはなくなった(乙109)。
(2) 認定事実に基づく判断
ア 以上の認定事実に基づいて判断するに,原告は,前記第2.3(1)(原告の主張)のとおり主張し,陳述書(甲90)及び本人尋問においても,概ね同主張に沿う供述をする。そこで,このような原告の供述内容が信用できるものであるかについて,以下,検討する。
(ア) 原告の供述内容は,法務xxx,特販営業部営業二課時代,DSサービス部管理課時代を通じて極めて詳細で微細にわたるものである。また,原告は,特販営業部営業二課在籍中の平成18年12月に,内部統制推進室のP20係長に,P3課長からパワーハラスメントを受けた旨申告し,特販営業部の長であるP25部長にも同様の申告をしている。また,DSサービス部管理課在籍中においても,原告は,P5課長の暴言等について社外の者等にまで申告しているものであって,それらの各申告書面の中でP3課長やP5課長らの言動が詳細に記載されている ことなどは,軽視できない事情であるということはできる。
(イ) しかしながら,原告の供述内容には,以下にみるとおり,多くの疑問がある。以下,時期を区別して説示する。
a 法務室在籍期間に関する事情
(a) 原告は,法務室在籍中に現場研修を命じられたことについて,原告1人だけに命じられたもので,原告に精神的,肉体的苦痛を与える目的でなされた嫌がらせである旨供述しているが,前記(1)ア (エ)認定のとおり,研修を命じられる者のうちには管理職も多く含まれ,原告の属する総務部からはP13を含めて15名の従業員が
現場研修を命じられていたものであって,原告の上記供述内容は明らかに客観的事実に反する。そもそも,総合職として採用された従業員であっても,店舗等現場の状況を認識することに意味があるのは当然であるから,このような現場研修を命じること自体に問題があるとは思われず,これを嫌がらせ目的であると断定する原告の供述は根拠に乏しいといわざるを得ない(なお,平成17年度の現場研修については途中で中止になり,一部の者に対してしか実施されていないが〔前記(1)ア(エ)〕,この点は何ら上記説示に影響を及ぼさない。)。
このように,原告が明らかに事実に反する供述をするのは,意図的に虚偽を述べているのか,記憶が減退しているのか定かではないが,いずれにしても,このような現場研修自体を嫌がらせであると主張すること自体が,原告の考え方,物の見方に偏りがあることを如実に示しているというべきである。
(b) また,原告は,法務xxxに,P2室長から仕事を与えられないなどの嫌がらせを受けた旨供述するが,前記(1)ア(ウ)で認定したとおり,原告がそのような嫌がらせがあったと主張するのは,新たにP13が法務室に配属されてからのことであって,その経緯からすると,P2室長としては,その証言内容のとおり,原告に業務を割り振るよりも,P13に業務を割り振った方が効率が良いと考えて同人に業務を割り振り,その結果,原告の業務量が減少したにすぎないと推認されるのであって,そのようなP2室長の行為が,原告に対する嫌がらせに当たるとは到底認めることができない(なお,原告は,P2室長が,証人尋問において,社会人として一からやり直してほしいという考えの下に原告を異動対象とした旨証言 していることを捉えて,営業経験のほとんどない原告が異動後大変
な思いをすることを知って特販営業部に異動させたと主張して,P
2室長の証言内容の信用性を争う。しかしながら,営業部門で鍛えられてくることを期待して原告を特販営業部への異動対象とした としても,そのこと自体に問題があるということはできず,P2室長の上記証言内容をもって,原告に苦痛を味わわせたり退職させたりする目的で特販営業部に送り込んだと推認するのは,論理に飛躍があるというべきである。したがって,この点をもって,何らP2室長の証言内容の信用性が揺らぐものではない。)。
(c) また,この法務室在籍中の原告に対する処遇については,前記 (1)ウ(サ)の平成20年10月31日の原告とP2室長らとの面談の際に話し合われている。同面談は,原告からの求めにより実施されたものであるにもかかわらず,P2室長からの当時の経緯に関する説明に対し,原告は何ら反論せず,疑問を提起することすらできなかったもので,法務室在籍中の原告のありようについては,このときのP2室長が説明した内容に尽くされているということがで きる。
そもそも,原告が実際にP2室長から嫌がらせを受けたというのであれば,このように同室長との面談を求めたりするはずもない し,ましてや法務室に戻してほしいなどと懇願するはずもない。また,この面談の最後に,原告は,P2室長に対し面談してもらったことへの礼を述べ,握手を交わすなどしており,P2室長としては誠意を尽くした説明をし,原告にもそのような同室長の態度が伝わったものと推認されるし,さらに,原告は,休職期間中にもP2室長と面談を求め,実際に面談を行っている。
このような事情に照らすと,むしろ,原告は,当初はP2室長を慕っていたが,それがP13の法務室配属に伴い業務が減少したこ
とで,同室長に冷遇されるようになったものと感じて,これを不満に思い,ひねくれた態度や卑屈な態度をとるようになったものと推認される。この点に照らしても,法務室在籍中にP2室長から嫌がらせを受けたとする,原告供述の信用性が乏しいことは明らかである。
(d) 原告は,法務室在籍中に業務を与えられず,いわゆる干された扱いを受けていた旨主張するが,既に認定したとおり(前記(1)ア (オ)),上記各期間中もある程度の時間の時間外労働を行っているもので,この点は原告の供述内容と整合しない。
これに対し,原告は,P13が株主総会関連業務に忙殺されていた時期があり,時間外労働を行っていたのは,この間,契約書のチェック業務等を命じられていたためであると供述するが(原告本人尋問の結果),嫌がらせで干された扱いを受けていたというのであれば,契約書のチェックであっても業務を行わせるとは考えにくい上に,少なくとも時間外労働まで行わせることはおよそ考えにくいというべきであるから,原告の上記供述を採用することはできな い。
b 特販営業部営業二課在籍期間に関する事情
(a) 原告が特販営業部営業二課在籍期間中にP3課長から受けた と供述する暴言,嫌がらせ行為等については,いずれもこれを裏付ける客観的証拠が存在しない(原告は,P20係長にP3課長の言動について申告していること〔前記(1)イ(カ)のメール〕をもって原告主張事実の裏付けであると主張するが,自らが作成した書面にすぎず,客観的な裏付け証拠とはいい難い。)。原告が供述するところは,長期間にわたり継続的に,P3課長から罵詈雑言ともいうべき暴言等を浴びせられてきたというのであり,しかも,原告は法
務室在籍中に「契約書作成の手引き」を作成するなどして(前記(1)ア(ア)),証拠を保存,保全することの大切さを十二分に理解していたはずであるのに,録音媒体等が全く残されていないのは不自然というべきである(後記(b)で説示するように,現に,原告はP2
0係長へのメールにおいて録音媒体について言及しているし,その後のP21課長らとの復職交渉の状況を逐一ICレコーダーで録 音していたこと〔原告本人尋問の結果〕からすると,特販営業部営業二課在籍中においても,発言を録音して証拠化することの重要性を十分認識していたはずである。)。
(b) 原告は,平成18年12月15日,内部統制推進室のP20係長に対しメールを送信して,P3課長からパワーハラスメントを受けている旨訴え,同メール中では同課長の発言の一部をレコーダーに録音している旨述べているが,そのデータについてはP20係長を初め,内部統制推進室側に示しておらず,録音データをコピーして所持すらしていないというのであって(前記(1)イ(オ)),この点は明らかに不自然,不合理といわざるを得ない。この点からすれば,実際にはP3課長の上記発言が原告が主張,供述するほどに過激なものでなかったと考えられるのであって,原告の供述には,全般に誇張された傾向があるのではないかと疑われるところである。
(c) 前記のとおり,原告は,平成18年12月以降,内部統制推進室のP20係長や特販営業部のP25部長にメールを送信して,P
3課長からパワーハラスメントを受けている旨申告しているが,結局のところ,P20係長に対する相談に止め,正式にコンプラ・ホットラインに通報するまでには至っていない(前記(1)イ(カ))。この点に照らしても,P3課長の原告に対する発言が,原告が供述するほどに激烈,理不尽なものであったかについて,疑問を容れる
余地があるというべきである。
また,P3課長は,営業成績の上がらない原告の売上目標を低く抑え,かつ,P14などの取引先を担当させるなどしていたものであって,営業経験のない原告の立場に相応の配慮を払っていた面があったことも否定できない(前記(1)イ(イ),(ウ))。さらに,x xが,P3課長の対応が理不尽であったことを示すエピソードとして指摘するP14との「二重価格」の問題についても,その経過は前記(1)イ(ウ)認定のとおりであって,P3課長が供述するように,他社の機器が入っている施設に被告の機器を新たに納入する場合
と,もともと被告の機器が納入されている施設における機器の入れ替えの場合で,契約価格が異なっていることに問題があるとはいえないのであるから,この点が,同課長の理不尽な対応を示すものということはできない。
なお,P3課長の供述内容については,前記のとおり,被告においては営業職に対してもいわゆるノルマが存在せず,待遇にも反映されないなどと,やや非現実的と思われる供述内容もあって,その全てを信用することができるわけではない。しかしながら,前記のとおり,原告の供述内容にも客観的事実と異なる点があったり,少なからず誇張されている点も認められることからすれば,P3課長の供述内容に対する若干の疑問があったとしても,上記認定に影響を及ぼさないというべきである。
(d) そもそも,原告の特販営業部営業二課における営業成績は非常に悪かったもので,上司であるP3課長が厳しい言辞をもって原告を注意,叱責したとしても,ある程度やむを得ない面があるというべきである。原告は,営業職の経験がある者と経験の乏しい自分との差異を言うが,同課に1年以上在籍しても,原告の業績が上がっ
てこなかったことからすれば,その点だけでかかる営業成績の差異を説明できるものではないというべきである。
(e) また,前記のとおり,原告は,法務室から特販営業部営業二課への異動を命じられた後,P2室長と社内で顔を合わせても意図的に避ける素振りを示すなどしていたもので,同異動に対し強い不満を抱いており,かつ,そのような態度を露骨に周囲に示していたものと推認できる(このころの原告の心情については,前記P20係長に対する平成18年12月21日付けメールにおける,ややもすると社内の人間については,皆「敵」という考えに凝り固まってしまい,被害意識に押しつぶされそうになる旨の言辞〔前記(1)イ
(ク)〕に象徴されているということができる。)。このような点に照らすと,原告が,どの程度熱心に営業職としての業務に従事できていたか,疑わしいというべきであって,P3課長が,そのような原告の態度に対し厳しく叱責することがあったとしても,理不尽,不合理とは言い切れない(また,原告は,社外の者に対してまでP
3課長に対する不満を述べ募っており,その言動はかなり抑制が利かない状況であったことが窺われるし,特販営業部営業二課からの異動を強く求める原告の心情や,法務室在籍中から積もり積もってきた原告の被害感からすれば,P20係長へのメール(前記(1)イ (カ))やP25部長への要望書(前記(1)イ(ク))中におけるP3課長の言辞が,必要以上に過剰な表現となっている可能性も否定することができない。)。
この点,原告は,特販営業部営業二課在籍中の人事考課表の記載
(前記(1)イ(コ))からしても,原告が営業職としての業務に真摯に取り組んでいたことは明らかである旨主張する。しかしながら,原告が営業職として十分な成約実績を残すことができなかったの
は前記(d)で説示したとおりであり,原告もこれを自認している。このような点に照らすと,上記人事考課表の記載については,P3課長が証言するとおり,かなり原告に甘めに記載されていることは明らかであり(その記載内容に照らすと,原告の評価できる点をあえて拾い上げて記載している印象が強い。),当時の原告の営業実績を率直に反映していないものと認められる。したがって,人事考課表の記載を根拠に原告の真摯に勤務に取り組んでいた旨を言う 上記原告主張についても,採用することができない。
(f) なお,特販営業部営業二課在籍中の原告の時間外労働時間数 は,前記(1)イ(ウ)認定のとおり少なくない時間数であって,この点を根拠に,原告は,特販営業部営業二課において過重な業務を強いられていた旨主張する。しかしながら,この長時間労働という事実が,直ちにP3課長による暴言等の事実の証明に結び付くものでないことはいうまでもない。その点を措くとしても,上記時間外労働時間数は,所定労働時間である7時間労働を前提とした数値であって,法定労働時間である8時間労働を前提とすれば更に少ない数値となる(月20時間程度減少する。)。したがって,これらの時間外労働の時間数をもって,直ちに原告が過重な勤務に服していたと推認することも相当ではないというべきである。
c DSサービス部管理課在籍期間に関する事情
(a) DSサービス部管理課在籍期間中に原告がP5課長らから受 けたと供述する暴言,嫌がらせ行為等についても,これを裏付ける客観的証拠が存在しないことは,前記b(a)と同様である。
また,原告だけが忘年会や新年会の誘いを受けないなどの仕打ちを受けたと供述する点などは,前記(1)ウ(ソ)のとおり客観的事実に反するものであって,この点も,原告供述の信用性を減殺する一
事情というべきである。
(b) 原告はDSサービス部管理課において,業務を与えられずに干された扱いを受けていた旨供述するが,前記(1)ウ(セ)のとおり,原告は,同課在籍中にもある程度の時間数の時間外労働を行っているものであって,この点も,上記原告の供述内容と符合しない。この点,原告は,特販営業部営業二課での業務の引き継ぎの必要性があったとか,所定の勤務時間中は業務がなく,トイレや屋上で時間を過ごすことが多く,離席していてもP5課長から注意等されることがなかった旨供述するが(原告本人尋問の結果),いずれも時間外労働を行うべき理由にはなっていないというべきである。むし ろ,原告が供述するような,原告にとって居心地の悪い職場であったとするならば,所定時間内に必要な業務を終えて速やかに退社するのが自然であろう。
このように,法務室及びDSサービス部管理課在籍中に業務を与えられなかったという原告の供述についても,直ちに信用できるものではない。
(c) また,原告は,DSサービス部管理課において,完全に無視され,村八分というべき扱いを受けたと供述するところ,仮に,原告において周囲の態度を冷たいと感じる面があったとしても,それ は,原告の勤務態度に要因があったと窺わせる事情もある。
すなわち,原告は,同課在籍中,P28医師の診断を受け,平成
19年8月に1か月間の有給休暇を取得しているところ,その休暇を取得するために被告に提出した書面中において,「社内にて日常の挨拶,会話が不安定(失念する様になる)」とか,「社内にて,些細なことで感情の抑制が効かず,『トイレ,壁,机』を“叩く,蹴る”等の暴力的な行動をしてしまう」などと記載しており(前記
(1)ウ(オ)),当時,職場において原告がこのような行動をとっていたことは明らかである(原告は,本人尋問において,同書面は, P28医師に決めつけられて言われるがままに記載したものであ り,上記のような暴力的な態度に出たことはない旨供述するが,ありもしないこと,それも自らにとって不利な事情をあえて書面に記載するはずがないというべきであるから,上記原告の供述内容は,およそ信用し難い。)。また,原告が同課在籍中にしばしば自席を離席していたことは,原告が自認しており,P5課長も認めるところである上,原告は,当時信頼を措いていた内部統制推進室のP2
0係長に対しても,社内で挨拶をせず周囲を睨んだりするのかと聞かれて,その原因として幼少時からの父親との関係がある旨答えている(前記(1)ウ(タ)。なお,前記(1)ウ(サ)のとおり,原告は,法務室を離れた後,P2室長と顔を合わせても意図的に無視する態度を示していた。)。このような状況からすれば,周囲にいる者も,原告に対し,多かれ少なかれ冷淡な態度(少なくともよそよそしい態度)にならざるを得ない状況であったことは容易に推察できる。 P5課長を初めとして,DSサービス部の従業員らが原告に対し て厳しく当たることがあったとしても,原告の上記のような態度に触発されてのものとも考えることもできるのであって,それらを,
一概に違法行為と断ずることはできないというべきである。
原告は,DSサービス部管理課在籍中に不安定な精神状態に陥ったのは,同課において,原告供述にかかるような嫌がらせを受けた結果であって,自らの勤務態度に要因があるわけではないという趣旨の供述をする。しかしながら,原告に,業務を選り好みする傾向があったのは,P5課長の証言内容や,P20係長にもDSサービス部での業務内容に不満を訴え,同係長にたしなめられていること
からも(前記(1)ウ(タ)),十分に窺うことができる。したがって,原告の上記供述についても容易に信用することはできないという
べきである。
(d) もとより,DSサービス部管理課において,原告が完全に無視されていたのであれば,原告がP2室長と面談したい旨申し入れたとしても,P5課長があえてそのような場を設けるとは思われず,この事実は,P5課長が,それなりに原告の不安定な精神状態に配慮していたことの表れということができる。
d その他の要素
(a) 原告は,本件訴訟において,父親との関係が悪かったことについても否定する旨の供述をするが,前記のとおり,父親との関係が悪かったことについては,前記(1)ウ(タ)のとおりP20係長に対しても述べているし,前記(1)ウ(オ)の被告に提出する書面にも記載され,P28医師にも同旨を述べていたもので,原告は,至る所でこのことについて告白していたことが推認される。このような点についても,原告は明らかに事実と反する供述をしている。
(b) また,そもそも,何故に原告が法務室,特販営業部営業二課, DSサービス部管理課を通じて,長期間の嫌がらせやパワーハラスメント等を受け続けなければならないのか,その動機や合理的な理由が不明というべきである。原告が供述するように,リストラの対象となったということだけでは,これだけの長期間の嫌がらせ等の動機としては不十分であるし,被告が原告を退職させたいという目的を有していたのであれば,(原告が強く異動,転出を希望していた)特販営業部営業二課からの異動希望を容れることはないと考えられるのであって,既に説示した原告供述の種々の疑問点とも相俟って考えるならば,この点も,原告供述の信用性を減殺する事情と
なるというべきである。
(ウ) 以上のとおり,原告の供述内容には,全般的に疑問な点が多い。原告が,P3課長やP5課長らの暴言等を他部署の者,時には社外の者に訴え,その中で詳細にその言動の内容が記載されていることを考慮しても,前記(イ)で説示したとおり,原告供述が客観的な裏付けを欠いていること,供述内容自体に合理性が欠けていること,他の証拠との整合性がないことなどに照らすと,原告の供述についてはにわかにこれを信用することができないというべきである。
ウ 小 括
このように,被告従業員(上司等)から継続的に暴言を浴びせられたり,嫌がらせを受けた旨の原告の供述については信用することができず,他
に,原告の主張を認めるに足りる的確な証拠は存しないというべきである。
したがって,原告主張にかかる被告従業員(上司ら)による不法行為の事実については,これを認めることができない。
2 争点2(本件休職命令が違法ないし無効か。)について
(1) 証拠(原告,P5及びP21の各陳述書〔甲90,乙110,111〕,証人P5及び証人P21の各証言並びに原告本人尋問の結果のほか,後掲のもの)によれば,本件休職命令発令に至る経緯等として,以下の事実を認めることができる。
ア 前提となる事実(4)のとおり,平成20年8月中旬ころから,原告は,本件視覚障害を発症した。同症状により,テレビやパソコン等の発光体が全て白色になってしまい,原告は,画面上の文字が読めないという事態に陥った。その症状は改善する兆しもなく,交通標識も認識することができなくなり,同年9月ころからは自動車の運転も不可能となった。
イ 原告の症状はさらに悪化し,同年10月ころには,パソコン上の数字の
判別(5と6,7と9)の区別がつかないようになり,表計算ソフトやデータベースソフト等の操作に困難を来すようになった。また,ワープロソフトの操作においても,誤字,脱字,漢字変換のミスが増え,データ入力業務にも通常よりxxxに長い時間を要するようになった。
原告は,P5課長らに対し,データ入力作業は困難なので他の業務に替えてほしい,もしくは他の業務に異動させてほしい旨願い出たところ,P
5課長は,それであれば,その旨の記載がされた医師の診断書を提出するようにと原告に告げた。
ウ 原告は,同年11月下旬ころまでの間に,P34病院など複数の眼科医を受診して診断書の作成を依頼したが,いずれの眼科医においても,視力低下は確認できるものの,眼球機能に異常がみられないため,診断書の作成はできないなどとして断られた。
エ 原告は,同年11月12日の終業直後,本件視覚障害の状況を説明するため,P5課長に時間をとってもらいたいと申し出た。P5課長は,原告とコミュニケーションをとる目的で,同日,共に居酒屋に行って飲酒した。居酒屋で飲酒しながらの話の中で,本件視覚障害の話題になり,原告が診断書をなかなか取得できない旨述べたのに対し,P5課長は,翌日は休暇を取って終日自宅で安静にするよう勧めた。
オ 原告は,上記P5課長の勧めに従い,翌13日有給休暇を取得した。原告は,同日の状況を「報告書(療養結果)」と題する書面にまとめ,P5課長に提出したが,同書面には,テレビ,パソコンを視聴したり読書,外出することなく安静にしていても,視力障害状況は全く回復,改善せず,不安感,絶望感,激しい動悸に苛まれる状況にあり,左眼,右眼共にほぼ失明状態にある旨の記載がある(甲8)。
カ 原告は,同年12月4日,P6クリニックのP7医師を受診し,ようやく本件視覚障害に基づく診断書の作成を受けた。同診断書には,病名とし
て,「網膜症又は視神経症」との記載があり,附記事項として「視野にて中心暗点を認め,視力は右(0.1)左(0.02)でした。(中略)今後も通院を必要とし,精査を予定します。」などとの記載がある(甲11)。
x 原告が上記P7医師の診断書をP5課長に提出したところ,同課長は,原告から次回通院の予定日が平成21年1月6日であると聞き,次回通院日までの間,年次有給休暇を取得して療養するよう勧めた。原告がそれは業務命令であるのかと述べて反発したのに対し,P5課長は,命令と考えるならばそれでも構わない,とにかく休んだ方が良いと述べた。原告は,不満を示しながらもこれに従い,同月8日以降,翌年1月6日までの間,年次有給休暇を取得した。
ク 原告は,平成20年12月8日,東京労働局長に対し,被告のパワーハラスメント行為による理不尽な処遇の是正や適切な措置が講じられるよ う助言・指導を行うよう申し出た。また,このとき相談した同労働局の相談員から,これまで被告で受けてきたというパワーハラスメント行為や,それにより精神的苦痛を被ってきたことについて内容証明郵便を送付す ることで形に残しておいた方が良いと指導され,同日付けで,被告,P1
1部長及びP5課長に対し,請願書と題する内容証明郵便を送付した(甲
12,13の1ないし3)。
ケ 上記クの東京労働局長からの指導・助言に対し,被告は,社内において適切に解決する旨回答した。また,被告総務部のP21課長らは同年12月22日,原告と面談し,年次有給休暇の取得を強制しているものではないので誤解しないようにと伝えた。
ク 平成21年1月7日,P21課長らと原告は面談を行った。同課長は,原告に対し,被告社内で調査した結果,パワーハラスメントの事実が認められなかったことを報告し,原告に本件休職命令書を交付し,休職期間中の処遇や休職期間等について説明した(甲15)。その後,原告は,被告
に対し,前日,P7医師により診断を受け,同医師から交付を受けた診断書を被告に提出した。同診断書には,両眼の著しい視力低下で,薬物治療を行う予定であることから,少なくとも3か月の自宅療養を要する旨の記載がある(甲14)。
(2) 以上のとおり,原告の本件視覚障害の状態は,平成20年8月中旬ころ の発症以降次第に悪化しており,パソコン等の操作にも支障を来す状態に至ったこと,原告自身がP5課長に対し「失明状態」である旨訴えていたこと,
1か月間の有給休暇を経た平成21年1月6日のP7医師の診断書にも3 か月の自宅療養を要する旨記載されている。このような点に照らすと,被告が,同年1月7日の時点において,原告につき業務の遂行が困難であると判断し,治療等に専念させる目的で,就業規則16条4号に基づき本件休職命令を発令したことが違法であるとはいえない。また,同命令が無効であるということもできない。
原告は,上記休職命令書を交付されたとき,P21課長に対し,1年間も休職することなど求めておらず,被告が原告の業務内容を再考してくれれば業務遂行が可能であると述べたのに対して,被告側は聞く耳を持たなかった旨主張するが,仮に,そのようなやりとりがあったとしても,上記のとおり,原告が同日持参したP7医師の診断書にも,3か月間自宅療養を要する旨の記載があったのであるから,客観的にみて,少なくとも向こう3か月間は,当時の状況に照らし,原告が業務の遂行に堪えない状況にあったことは明らかである。したがって,上記の原告主張については採用することができない。
3 争点3(原告の本件視覚障害が業務上の傷病に当たるか。)について
(1) 原告は,本件視覚障害が労基法19条1項の「業務上の傷病」に当たるものであるから,その療養期間中において自動退職とすることは,同項に違反するもので効力を生じない旨主張する。
(2) 労基法19条1項において,業務上の傷病により療養している者の解雇
を制限している趣旨は,労働者が業務上の傷病の場合の療養を安心して行うことができるようにすることにある点からすれば,同項にいう「業務上の傷病」とは,労働災害補償制度における「業務上の傷病」,すなわち同法75条にいう業務上の傷病及び労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)にいうそれと同義に解するのが相当である(東京高等裁判所平成23年2月23日判決・労働判例1022号5頁)。
そして,労災保険法にいう業務上の傷病とは,業務と相当因果関係のある疾病であると解されるところ(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照),同制度が危険責任の法理を基礎とするものであることからすれば,当該傷病の発症が当該業務に内在する危険の現実化と認められることを要するというべきであるところ,上記危険性については,その性質上,個々の労働者を基準として個別に判断すべきではなく,一般労働者を基準として客観的に判断されるべきものと解される。
(3) そこで,これについて本件をみるに,原告は,P7医師の意見書(甲5
1)を援用して,原告に発症した本件視覚障害はミトコンドリア点の変異であるところ,同ミトコンドリア点の変異については,過度のストレスが同変異の要因(トリガー)になり得るものであり,原告の法務室,特販営業部営業二課,DSサービス部管理課における業務による過度のストレスが本件視覚障害の発症に影響を及ぼした旨主張する。しかしながら,上記意見書のみでは,どの程度のストレスがあれば,どの程度本件視覚障害の原因力となりうるのか全く明らかではないし,仮に,原告が上記各期間における業務の過程によりストレスを蓄積させたものであるとしても,前記1で認定したとおり,上記各期間において,原告に対する被告従業員らの暴言,嫌がらせ等の事実を認めることができない以上,本件視覚障害の発症が,上記各期間の業務に内在する危険性の現実化と認めることはできないというべきである。
(4) したがって,原告の本件視覚障害が,原告の従事した業務と相当因果関
係のある傷病と認めることはできないというべきであるから,これを労基法
19条1項所定の業務上の傷病と認めることはできないというべきである。したがって,原告が,労基法19条1項を理由として本件自動退職が無効であるとする主張については,理由がない。
4 争点4(本件休職期間満了時において,原告の休職事由が消滅していたか〔復職可能な状態にあったか。〕。)について
(1) 認定事実ア 事実経過
(ア) 原告は,本件休職命令を受けた後,主治医であるP7医師の診断を受け,平成21年2月17日付けでxxxから視力障害2級の診断を受け,身体障害者手帳の交付を受けた(甲3,4)。また,原告は,同年
4月23日からxxx世田谷区にあるP16センターに通学し,「視覚障害者ビジネスパソコン技能習得と就職応援コース」(以下「本件コース」という。)を受講した同コースにおいては,視覚障害補助ソフトの操作,データ処理,ホームページ作成等幅広い内容を履修した(甲20,
21)。
(イ) 原告は,P36指導官から,ロービジョンケア(その意義については,前記「第2 事案の概要」「3 争点に関する当事者の主張」(4)(原告の主張)ア参照)を勧められ,ロービジョンケアで著名な医師である P37センター眼科のP18医師が月1度P17病院で診療をしてい ることを聞き,同医師の紹介を受けた。原告は,同年7月3日以降,月
1回の割合で,P17病院においてP18医師による診察を受け,ロービジョンケアを受けている。
(ウ) 原告は,同年7月17日,本件コースについて3か月間,合計24
4時間にわたる講義を受講し終え,修了証書の交付を受けた(甲18)。原告からこのことについての報告を受けたP7医師は,同月21日付け
で「両視神経症」「上記により視覚障害2級ですが,就業により悪化する可能性はなく,視覚障害補助具の活用により業務遂行が可能であると考えられる。」と記載した診断書を作成し,原告に交付した(甲24)。
(エ) 原告は,平成21年7月30日,被告総務部のP38部長及びP2
1次長兼人事課課長(以下「P21課長」という。)と面談し,上記修了証書及び「視覚障害補助具 御説明書」と題する書面(甲25の2)を被告に示し原告が上記コースを修了したことを報告して,復職を求めた。これに対し,P38部長は,視覚障害が治癒しない限り復職は認められないという態度を示し,障害がxxしないことを前提に復職を認められるべきであるとする原告との間で,議論は平行線に終わった(甲2
5の1)。
(オ) 同年8月27日,xxx世田谷区のP16センターにおいて,原告の受講内容についての説明と原告のパソコン操作の実演が行われた。同センター代表のP36指導官,原告及びP21課長が出席した。この会合においては,予定どおり,P36指導官から原告の受講内容についての説明がなされた後,原告が,P21課長の面前で,音声読上げソフトを用いてパワーポイントやワードソフトの操作を実演してみせ,その上で,改めてP21課長に対し復職を求め,もし,なおも復職を拒むのであればその理由を説明してほしいと述べた。これに対し,P21課長は,被告において検討しないと回答はできないが,従前の職務に戻ることはできないと思うなどと述べた(甲26)。
(カ) 被告は,復職の可否を検討するに当たり,P18医師の意見も聞きたいと申し出,同年9月4日,原告及びP21課長立ち会いの下,P1
8医師と面談した。P18医師は,原告の視覚障害の症状(中心暗点)について説明した上で,原告の見え方について,中心を外すように工夫して目を使うことによって文字を読んだり書くことができる旨説明し
た上で,原告は復職が可能であり,それを認めてあげてほしい旨意見ないし要望を述べた。また,同医師は,被告も原告の復職の可否について,産業医に対する確認の必要があると指摘した上で,P18医師自身も,被告の産業医と面談したい旨申し入れたが,P21課長はこれを肯定する返事をしなかった(甲27)。なお,その後も,P18医師と被告の産業医との面談が実現していないことはもとより,被告が,原告の復職の可否に関し検討する上で,原告に産業医の診断を受けさせたり,産業医の意見を聞いた形跡もない(証人P21の証言)。
(キ) その後,原告と被告側は,同年9月15日にも復職交渉のための面談を持ったものの,このときも議論は平行線に終わった。その後,原告は,視覚障害者のための補助器具を導入するなどした上で,復職を求める内容の要望書を提出したが,被告は,原告に対する同年10月15日付け回答書により,休職期間満了時までに休職事由が消滅しない場合には,自動退職とせざるを得ないので,了承されたいという内容を通告した(甲28ないし30)。
(ク) 原告の視力については,前記身体障害者認定(平成21年2月)時点では右が0.03,左が指数弁(いずれも矯正不能)という状態であったが(甲3),平成21年12月4日のP18医師による診断結果では,右が0.1,左が0.08(いずれも矯正不能)にまで回復している。同医師は,同日付けの診断書において,「両中心暗点を認めるが,就業により疾患の悪化する可能性なく,視覚障害者用補助具の活用により,業務遂行は可能であると考えられる。」と記載している(甲33)。
(ケ) 原告は,交通機関を利用して,P16センターや各種病院へほぼ1人で通っている(原告本人尋問の結果)。
イ 被告の属性,規模等
(ア) 被告は,資本金約123億円,発行済株式総数6667万株以上,
従業員約1580名(平成21年3月31日現在),平成20年度単体の売上高828億円超(グループ企業との連結では1250億円超),純利益69億円超(いずれも2008年4月から2009年3月期)の大企業であり,平成7年にP19に上場している(甲1ないし2の2)。
(イ) 被告の組織は,営業統括本部,メディア事業本部,店舗事業本部,開発本部,制作本部,管理本部等により構成され,上記各本部はそれぞれ多くの部を抱えている(甲2の1,2)。
(2) 認定事実に基づく判断
ア 以上の認定事実に基づき,本件休職期間満了時点(平成22年1月6日時点)において,原告の休職事由が消滅していたか,すなわち,就業規則第16条,第18条に即していえば,休職の理由となった疾病が治癒し,通常の勤務に従事できるようになったかについて,以下,検討する。
まず,前提となる事実(1)イのとおり,原被告間の本件雇用契約が,総合職従業員としての雇用契約であって職務ないし業務内容の特定がある とはいえず,原告が休職期間中から被告に対し復職の意思を示していたことは,前記(1)の認定事実に照らし明らかであるところ,このように,労働者が,職種や業務内容を特定することなく雇用契約を締結している場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模・業種,当該企業における労働者の配置,異動の実情及び難易等に照らし,当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労 務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているのであれば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である(最高裁判所平成10年4月9日第xx法廷判決・裁判集民事188号1頁x x)。
また,休職事由が消滅したことについての主張立証責任は,その消滅を
主張する労働者側にあると解するのが相当であるが,使用者側である企業の規模・業種はともかくとしても,当該企業における労働者の配置,異動の実情及び難易といった内部の事情についてまで,労働者が立証し尽くすのは現実問題として困難であるのが多いことからすれば,当該労働者において,配置される可能性がある業務について労務の提供をすることができることの立証がなされれば,休職事由が消滅したことについて事実上の推定が働くというべきであり,これに対し,使用者が,当該労働者を配置できる現実的可能性がある業務が存在しないことについて反証を挙げない 限り,休職事由の消滅が推認されると解するのが相当である。
イ これを本件についてみるに,前記アのとおり,原告は,本件休職命令後, P16センターに通学して本件コースを修了し,かつ,P18医師によるロービジョンケアも受けて,その視力は,依然として矯正不能ではあるものの幾分かの回復をみせており,主治医であるP7医師やP18医師は,いずれも視覚障害者補助具の活用により業務遂行が可能である旨の意見
を述べているところ,上記各医師の意見を排斥するに足りる証拠を被告は提出していない。また,原告は,現に交通機関を用いて1人でP16センターや病院まで通っていたのであって,この点からも,被告が主張するように,本件休職期間満了当時,原告が日常生活を営むことすら困難な状態にあったなどということはできない。以上に加えて,被告において勤務していた当時の原告がパワーポイント等による企画書等の資料作成に長け ていたことは,前記1で認定した事実からも明らかである上,本件休職期間満了時点での事情ではないものの,原告が視覚障害を負った状況下でもパワーポイント等のソフトを用いて企画書を作成できていたこと(甲87ないし89)なども併せ考慮するならば,原告は,本件休職期間満了時点にあっても,事務職としての通常の業務を遂行することが可能であったと推認するのが相当である。
これに対し,被告は,P7医師及びP18医師の診断は客観性を欠くとか,個々の部門の業務内容を列挙して原告を配属できる業務は存在しない旨主張するが,被告は,原告に産業医の診察を受けさせたり,原告の復職の可否について産業医の意見を求めた形跡すらないものであって,復職不可とした被告の判断こそ客観性を欠くというべきであるし,前記認定のとおり,被告は,多様な部門を擁する大企業であることからすれば,高々月額26万円程度(後記4参照)の給与水準の事務職が,被告の内部に存在しないとは考えにくいというべきである。被告が主張するところの真意 は,前記1で認定・説示したような従前の原告の言動,態度やその配属部門に与えた影響等に照らすと,特に人間関係等の情意面において原告が円滑に業務を遂行できるとは思われないという点にもあるものと思われ,その点は理解できないわけではない。しかしながら,復職の可否の判断は,基本的に労働者の心身の健康状態を初めとした客観的事情に基づいて決 せられるべきものであって,そのような原告の従前の言動,態度等を過度に強調することは相当でないといわざるを得ない。
ウ 以上のとおり,原告については,遅くとも,平成22年1月6日の本件休職期間満了時点において,休職の理由となった疾病が治癒し通常の勤務に従事できる状態となっていたと認めるのが相当であって,休職事由は消滅していたというべきである。このように,原告は,上記時点において,雇用契約上の債務の本旨に従った履行を行うことができたというべきで あるから,被告主張にかかる原告の退職(本件自動退職)は効力を生じていないということができる。したがって,原告は,被告に対し,雇用契約上の地位を有する。
5 争点5(原告の賃金額)について
証拠(甲45)によれば,本件休職期間満了時点における原告の給与額は2
6万8760円(内訳:基本給24万8760円,勤務地手当2万円)である
ことが認められる。
原告は,平成17年以降,本件自動退職に至るまでの間,仕事から完全に干され,明らかに達成不可能なノルマを課されるなどして,会社から不当な評価を受け続けたもので,原告の被告に対する就労債務は被告の責めに帰すべき事由により一部履行不能となったもので,適正な賃金額は月額45万0700円であるなどと主張する。この原告主張が(不法行為に基づく損害賠償請求権の主張としてであればともかく,)賃金請求権の主張として法律上成り立ちうるか否かは措くとしても,前記1で認定,説示した内容に照らすと,そもそも,原告が不当に業務を与えられなかったとか,不当な評価を受けたなどとは認めるに足りないのであるから,原告の上記主張はその前提を欠くものであって,採用することができない。
したがって,原告は,被告に対し,本件休職期間満了時である平成21年1月時点以降,本判決確定時まで,毎月25日限り26万8760円の割合による賃金請求権を有する。ただし,平成22年1月は同月4日から6日までの3日間が休職期間に当たり無給となるから〔乙1,賃金規程10条〕,賃金規程
11条(1)所定の計算式に基づいて同月分の賃金額を計算すると,23万125
9円となる。また,同年2月から同年12月までに支払期が到来している賃金の額は,合計268万7600円となるから,平成22年12月31日までの賃金額は合計291万8859円となる。
6 争点6(被告の安全配慮義務違反の有無)について
前記1のとおり,被告従業員ら(上司等)による原告に対する暴言,嫌がらせといった不法行為の事実を認めることはできないのであるから,同不法行為の存在を前提とした被告の安全配慮義務違反の事実もまたこれを認めることができない。したがって,原告の被告に対する,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求については,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
第4 結 論
以上のとおり,原告の請求については,主文第1項ないし第3項掲記の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁 判 官 x x x x x