Contract
平成26年11月21日判決言渡
平成24年(ワ)第23646号 地位確認等請求事件(本訴) 平成25年(ワ)第32538号 損害賠償請求反訴事件(反訴)
1 本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という。)が,本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という。)に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成24年10月25日限り21万2700円及び同年1
1月25日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額25万円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,本訴及び反訴を通してこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
(本訴)
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成24年10月25日限り21万2700円及び同年
11月25日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額25万円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成24年6月30日から本判決確定の日まで,毎年6月30日及び12月31日限り,それぞれ50万円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(反訴)
原告は,被告に対し,550万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成25年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の職員であった原告が,平成23年6月16日に被告を解雇された上,本件訴訟に係る平成25年8月27日の第9回弁論準備手続期日において,上記解雇についての解雇事由の追加及び当該解雇事由を理由とする新たな解雇の意思表示を受けたことにつき,これらの解雇の無効等を主張して,被告に対し,前記第1の本訴に係る,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに雇用契約に基づく解雇時以降の給与及び賞与の各支払を請求し,他方,被告は,原告による職務専念義務,秘密保持義務,競業避止義務等に違反する行為により被告が損害を被った旨主張し,原告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,前記第1の反訴に係る損害賠償請求をした事案である。
1 前提事実(争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨による認定事実)
(1) 当事者等ア 被告
被告は,日本のプロボクシングを管理・運営する機関であり,主にプロボクシングに関する規則の制定,プロボクシングの試合の管理,プロボクシング選手の健康管理等の業務を行っている。被告には,xxx文京区所在の本部事務所,大阪市所在のP1事務所,福岡市所在のP2事務所及び札幌市所在のP3事務所の4つの事務所があり,本部事務局又は地区事務局が設けられ,平成23年6月当時,これらの事務局に合計14名の職員が在籍していた。なお,本部事務局には,原告のほか,同月28日にその職を解かれるまで本部事務局長であったP4並びに職員であるX0,P6(戸籍上の姓はP
7)(以下「P6」という。),P8,P9,P10及びP11の合計8名が在籍していた。(弁論の全趣旨)
イ 原告
原告は,平成20年4月1日,期間の定めのないxx職員として被告に雇用され,以後,被告本部事務局に勤務し,その間,主に経理の業務を担当し
ていた。原告は,平成24年6月16日当時,被告から,月額基本給25万円の給与の支払を受けていた。なお,給与の支払は,毎月15日締め,当月
25日支払である。(争いなし)
(2) 平成23年6月28日の被告の理事会における決定
平成23年6月28日の被告の理事会において,P4の本部事務局長の職を解くことが決定し,後任の本部事務局長にはP12が就任することとなった。また,上記理事会において,それまで被告の専務理事を務めていたP13が同職を辞任し,後任の専務理事にP14が就任した。なお,P14は,従前から被告代表理事であったP15(以下「P15代表」という。)とともに,平成
25年7月1日付で代表理事に就任している。(争いなし)
(3) 解雇の意思表示
被告は,平成24年6月16日,原告に対し,同日付けで原告を解雇する旨の解雇通知書(甲2)を郵送し,同日付けで原告を解雇した(以下「本件解雇」という。)。なお,原告は,上記解雇通知書を平成24年6月17日に受領した。(争いなし)
(4) 原告の提訴及び被告による第二次解雇等
平成24年8月17日,原告は,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める本件本訴を提起した。
被告は,平成25年8月27日の本件訴訟に係る第9回弁論準備手続期日において,被告準備書面(6)を陳述する方法により,原告に対し,本件解雇の解雇事由を追加するとともに,追加して主張した解雇事由を理由とする新たな解雇の意思表示(以下「第二次解雇」という。)を予備的に行った。
平成25年12月10日,被告は,原告に対し,本件反訴を提起した。
(5) 解雇に関する就業規則の定め
被告の就業規則(甲3)には,解雇の基準につき,次の定めがある。
第38条 職員は,次の各号の一に該当するときは,解雇されるものとする。
① 勤怠及び業務成績,能力,業務態度が著しく不良,P16職員として不都合な行為があったとき,あるいは,改善警告をしたにもかかわらず,職場において改善が認められないと事務局長が判断したとき
② P16職員として適格性を欠くと認められたとき
③以下 (略)
2 争点
(1) 本件解雇の有効性(争点1)
(2) 第二次解雇の有効性(争点2)
(3) 賞与請求の可否(争点3)
(4) 賃金請求の範囲(争点4)
(5) 原告の債務不履行又は不法行為の成否及び被告の損害の有無(争点5)
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(本件解雇の有効性)についてア 被告の主張
原告は,P4らとの意思の連絡のもとに,次の各行為に関わっており,かかる原告の行為はいずれも,被告の就業規則38条1号の「P16職員として不都合な行為があったとき」及び同条2号の「P16職員として適格性を欠くと認められたとき」に該当するから,被告は,こららの各行為を解雇事由として本件解雇を行った。
(ア) 別組織の立ち上げ
原告は,被告本部事務局職員であるにもかかわらず,元マネージャーであったP17,ボクサーであるP18,元マッチメーカーであったP19, P4,P5及び被告P1事務局職員のP20と共謀し,平成23年9月3
0日から平成24年2月にかけて,職務上の地位を利用して,被告とは別のボクシングタイトル付与の組織(「P21」なる名称を予定。)を設立し,共謀者のそれぞれがP21の活動を利用して利益を図ることを目的と
して,将来P21が設立された上は事業において被告と競合し,被告の利益を損なうことを知りながら,①IBF(国際ボクシング連盟。ボクシングの世界王座認定団体の一つ)の協力,支援を得ようとしてIBFと接触を保ち,②P21に関係する会社としてプロボクシングその他競技格闘技等のマネジメント等を営むことを目的とする合同会社(P22)設立のための定款案を作成し,③P21の平成24年1月1日から同年12月31日までの会計年度の収支予算を試算するなどして,被告とは別組織の設立を具体化しようとした。
これらの行為は,原告が職務上の地位を利用して被告と競合する別組織を設立し,もって第三者の利益を図ろうとするものであり,原告はこれに加担しているのであるから,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
(イ) 情報の漏洩
原告は,P4,P5及びP20と共謀し,平成23年9月26日にP1
9に対して被告が管理しているボクサーの個人情報を開示するなど,被告の内部情報を第三者に開示した。この行為は,被告が保管する情報を他に漏洩したものであり,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
(ウ) 独断の行為
原告は,平成23年11月29日から平成24年2月にかけて,P19, P4,P5及びP20と共謀し,平成23年11月29日に独立行政法人国際観光振興機構(以下「日本政府観光局」という。)から,IBFが被告と接触したいと希望している旨の連絡があり,これを受けた原告は,P
4及びP5にその旨を報告したものの,このことを被告本部事務局長のP
12に伝達せず,P5をしてあたかも被告の窓口であるかのように装わせ,爾来,同人をしてP21が設立された後はIBFと協調して事業を展開するための準備行為としてIBFと通信及び接触をせしめた。
これらは,前記(ア)の別組織の立ち上げを準備するために本部事務局に無
断で他団体との接触を図ったもので,原告はこれに加担しているのであるから,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
(エ) 組織,秩序の壊乱
上記各行為は,別組織又は会社を設立することによって被告の組織を弱体化させるとともに被告内部の秩序を壊乱し,ガバナンスを崩壊せしめ,その事業において被告と競合することを意図して行われた一連の行為であり,原告は,これらに加担しているのであるから,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
(オ) 解雇事由の追加
本件解雇は普通解雇であるから,解雇時に客観的に存在した事実であれば,解雇時に原告(労働者)が告知を受けなかった事実であっても解雇事由として主張することができる。次の各事実は,本件解雇時には既に存在していた事実であるから,原告に対する解雇通知において告知していなくても本件解雇の解雇事由として当然に主張することができる。
a 文部科学省への告発等
原告は,P4,P5,P19及びP20と共謀の上,被告の主務官庁である文部科学省(以下「文科省」という。)に対し,虚偽の事実を含む第9号公益通報と同内容の事実を外部通報し,文科省が有する指導権限を不当に発動させ,もって被告の信用を毀損せしめ,被告の組織を動揺,壊乱せしめ,あわよくば,被告の経営に携わる者を離職に追い込もうと企図して,①平成23年8月23日,文科省に対し,P5が,被告のコーポレートガバナンスが有効に機能していないとする外部通報を行って競技スポーツ課担当官と協議し,②同年9月28日,P20が,あたかも被告の組織が解体しかかっているかのような内容のスレッドを立て,③同月30日,虚偽の内容を記載した第9号公益通報の書面をP5が文科省に送付し,④平成23年10月23日ころ,文科省の調査,指
導を求める旨の虚偽の内容を記載した陳述書を提出した。
上記各行為は,xx不良によって被告事務所内の風紀秩序を乱し,かつ,文科省を誤導し,被告に対し,調査,指導権限を発動させようとし,また,被告を貶めるなど故意に被告に損害を与え,少なくともこれに準ずる行為であり,原告はこれに加担したものであるから,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
b 就業時間中の職務外行為
原告は,平成23年8月17日から平成24年3月18日までの間,就業時間中に別表の「発信者」及び「受信者」の各欄に「P23」と記載したとおりの交信を行い,これに要する時間(通信のための考案ないし起案を含む。)に相当する執務を懈怠した。就業時間中に行われた上記の原告の行為は,職務上必要な行為とは認められず,職務専念義務に違反し,行為全体が包括的に勤務怠慢かつxx不良によって事務所内の風紀秩序を乱したものであるから,前記就業規則上の解雇事由に該当する。
(カ) 被告が主張する「共謀」等と原告の解雇事由該当性
被告が原告の解雇事由において主張する「共謀」,「加担」等は,原告が仮に解雇事由該当行為全般を実行していなくとも,実行行為者(P4, P5,P20,P19及びP17など)とメールその他の方法で情報を共有し,客観的に共同する形で,又は実行行為者と同じグループに属することで少なくとも実行行為を容易にするという形で関与したことを意味している。原告は,上記の方法で解雇事由該当行為の一部を分担し,又はその実行を容易にせしめるという形で関与していたのであるから,他の関係者と一体となって解雇事由該当行為を行っていたと評価することができる。原告やP4らの行為を全体としてみると,原告は,P4などの関係者らとともに被告の組織を壊乱しようという共同の意思を抱いていたと考
えるほかなく,かかる共同意思の下に行われた関係者による解雇事由該当行為の責任は原告も負担すべきである。
(キ) 手続の適法性について
被告においては,平成24年4月下旬又は5月上旬ころ,P5のノートパソコンから判明したメールのやり取りを検討したところ,原告らが重大な就業規則違反行為を繰り返していることが判明したため,原告及びP4を自宅待機とし,弁解をそれぞれ聴取したが,いずれの弁解も肯けいに当たらず,P17及びP18に対する聴き取り調査を実施するまでもなく原告の行為が解雇事由に該当することは明らかであったことから,原告を普通解雇としたのであり,本件解雇の手続になんら瑕疵はない。
(ク) 違法収集証拠について
P5のメールは,①就業時間中に,②被告に直接的又は間接的に関係す る事実に関して,③被告のパソコンを使って作成され,④被告職員である 原告,P4,P20その他ボクシング関係者との間で被告のパソコンを使 って送受信されたものであり,個人情報として保護を受ける情報ではない。しかも,P5は,メールボックスにパスワードを設定しておらず,自らの 意思で被告の職員であれば誰でもメールボックス内のデータを取り出す ことができる状態にしていたから,被告が当該メールを利用しても不正ア クセス行為の禁止等に関する法律3条1項に違反しない。
イ 原告の主張
被告が主張する解雇事由は,いずれも事実無根であり,解雇事由に該当するものではない。また,本件解雇は手続的にも違法なものである。
(ア) 総論
解雇通知書(甲2)に記載された解雇事由における原告の行為は,IB Fの会議に関する日本政府観光局からの問い合わせに対して「よくわからなかったので,明日またP5さんにご連絡するようにお願いしました」と
メールをしたこと(乙4)のみであり,本件解雇の不当性は明らかである。また,本件における被告の主張並びにP12及びP14の陳述からして も,本件解雇に具体的な根拠はなく,極めて不明瞭な事実認定だけで,恣
意的に本件解雇を決定したことは明らかである。 (イ) 別組織の立ち上げについて
原告がP4又はP17らと共謀してP21なる団体の設立を具体化しようとしたとの事実は一切ない。
被告は,杜撰な事実認定により「別組織の立ち上げ」という全く事実に反する解雇事由を作り上げ,さらに,原告の求めにもかかわらず,被告が共謀者としたP17,P18及びP19からの事情聴取という最低限の事実調査すら行わず,何らの裏付けもなく本件解雇を決定した。
(ウ) 情報の漏洩について
被告は,解雇通知書に解雇事由として記載していない,P17に対する 情報提供の件についてもあたかも解雇事由であるかのように追加的に主 張しており,杜撰な事実認定によって本件解雇がされたかが明らかである。
被告にはボクサーの戦績等の情報管理又は情報開示に関する手続規程は存在しない。被告は,情報開示に関する内規の有無すら認識しないまま,無理矢理に解雇理由を作り上げた。
(エ) 独断の行為について
そもそも解雇事由の明確性に欠けるから,このような解雇事由による本件解雇は無効である。前述のとおり,本解雇事由において指摘される原告の行為は乙4のメールを送信したことのみであり,P21なる団体とは全く関係しないものであるから,原告がP4又はP17らとP21の設立を共謀したことを裏付ける事実となり得ない。
また,X0は日本政府観光局からの問い合わせに対してP12の指示どおりに対応しており,被告の主張する解雇事由は客観的事実に反する。
(オ) 組織,秩序の壊乱について
そもそも解雇事由が曖昧かつ不明確である。
被告が指摘するメール(乙19ないし26)のやり取りがいかなる意味で解雇事由となる情報収集及び伝達行為になるのか,被告は全く説明できていない。
(カ) 解雇事由の追加
被告が解雇事由の追加として主張する各解雇事由は,従前,単なる事情 か,又はせいぜい間接事実として部分的又は断片的な形でのみ主張されて いたものであるところ,被告は,本件解雇の解雇理由が到底正当な解雇事 由とはなり得ないことが明らかになったため,本件解雇から1年以上も経 過してから不当に蒸し返し,追加の解雇事由として主張しているに過ぎず,その主張態度の不当性は明らかである。
また,これらの解雇事由に関して,適正手続の観点から最低限必要とされる,各解雇事由についての弁明の機会が与えられておらず,手続的にも違法なものである。
(キ) 違法収集証拠の排除
被告が証拠として提出するメールは,被告においてP5のメールアドレスのメールボックスに不正にアクセスして入手したものであって,違法収集証拠として排除されるべきである。
(ク) 手続的違法
本件解雇は,①不適切な方法による聞き取り調査の実施により,原告の弁明及び釈明を一切聞き入れず,かつ,②共謀者とする者からの事情聴取という最低限の事実調査すら行わず,しかも,③P18との共謀については原告に弁明の機会を一切与えないままされたものであるから,手続に違法があり,当然に無効である。
(ケ) 解雇の客観的合理性又は相当性を欠くこと
仮に原告の行為に何らかの問題があったとしても,被告は,原告に対し何らの注意や勤務態度の改善を求めることも,解雇以外の処分について検討することも一切なく,本件解雇を決定していることから,本件解雇は,客観的合理性又は相当性を欠き,解雇権の濫用に当たる。
(2) 争点2(第二次解雇の有効性)ア 被告の主張
被告は,平成25年8月27日の本件訴訟に係る第9回弁論準備手続期日において,被告の準備書面(6)を陳述することにより,前記(1)ア(オ)a及びbを解雇事由とする第二次解雇を行った。
イ 原告の主張
(ア) 手続の違法性について
被告は,第二次解雇を行う時点に至っても,適正手続の観点から必要とされる弁明の機会を与えておらず,かつ,被解雇者が要求した最低限の事実調査すら行っていないから,第二次解雇は手続的に違法なものである。
(イ) 解雇事由の不当性について
a 文科省への相談・申入れについて
原告のどの行為がどのような意味で解雇事由に該当するか不明である。また,P5が行った文科省への相談及び申入れは,客観的資料に基づ
いた正当なものであり,被告事務所内の風紀秩序を乱すものではないから,原告に対する解雇事由とはなり得ない。
P20のスレッドに関するメール(乙42)は,原告はそもそもこれをCCでも受信しておらず,P20及びP5間のスレッドに関するやり取りには一切関与していない。さらに,陳述書(乙38のメール添付のもの)は,当時被告内で放置されていた諸問題について裏付け資料を添えて文科省に相談・申入れをしたものであり,何ら虚偽の陳述をしたものではない。よって,これらは,原告との関係で解雇事由となり得ない。
b 就業中の職務外行為等について
原告が被告指摘に係るメールを送受信したことにより,被告事務所内の風紀秩序を乱したという事実は一切なく,加えて,原告はほとんどのメールを単に受信したのみであり,これにより原告の職務への専念が阻害されるものでないから,原告によるメールの送受信行為は,原告に対する解雇事由になり得ない。
(ウ) 解雇の客観的合理性又は相当性を欠くこと
仮に原告の行為に何らかの問題があったとしても,被告は,原告に対し,注意や勤務態度の改善を求めることも解雇以外の処分について検討することも一切なく,第二次解雇を決定していることから,第二次解雇は,客観的合理性又は相当性を欠き,解雇権の濫用に当たる。
(3) 争点3(賞与請求の可否)ア 原告の主張
原告は,被告に入所以来,毎年6月と12月に必ず基本給の2か月分相当額の賞与の支給を受けていた。
被告は,財団法人であり,収支相償の非営利団体であって,営利企業のように収益性を追求する必要はないため,平成21年6月にP4,P5,P6及びP8に対して賞与が支給されなかったことを除き,従前より毎年,年2回(6月及び12月),各基本給2か月分の賞与が支給されており,実際,原告の解雇後も被告では全社員に対し,6月と12月の年2回,基本給2か月分の賞与が支給されている。加えて,被告において賞与に関する査定基準は存在せず,実際にも賞与のための査定は行われていなかったことからすれば,仮に原告が解雇されなかったならば,毎年6月と12月の年2回,各基本給2か月分の賞与が支給されることになるのは確実であったといえる。
したがって,原告は,被告に対し,毎年6月末日及び12月末日にそれぞれ基本給(25万円)の2か月分に相当する金額(50万円)の支払を請求
する権利を有する。イ 被告の主張
被告において賞与は支給されないこともあり,必ずしも生活給というべき性格ではない。賃金規定には「賞与は,毎年6月及び12月の賞与支給日に在籍している職員に対し,P16の業績,職員の勤務成績等を勘案して支給する。」と定められているから,必ず基本給4か月分の賞与が年間において支給されるものでも,6月末日及び12月末日に支払われるものでもなく,また,原告は,平成24年6月17日以降被告に在籍していないから,賞与受給資格はない。
(4) 争点4(賃金請求の範囲)ア 原告の主張
原告は,平成24年6月16日に解雇されたものの,平成24年6月分の給与の全額の支給を受けたほか,同年7月25日に6月16日の1日分の勤務手当1万2500円の支給を,平成24年6月19日には解雇予告手当2
5万4000円の支給を,さらに,原告は,退職金相当額として52万08
00円の支給をそれぞれ受けたが,上記勤務手当,解雇予告手当及び退職金相当額を給与に充当する意思表示をしている。
したがって,上記の勤務手当,解雇予告手当及び退職金相当額の合計金額
78万7300円は,平成24年7月分以降の給与(1か月分25万円)に充当されるから,原告は,被告に対し,同年10月25日支給分から本判決確定まで,月額25万円(ただし,平成24年10月25日支給分については21万2700円)の給与の支払請求権を有する。
イ 被告の主張
平成24年6月分の給与全額,平成24年6月16日分の勤務手当1万2
500円,1か月分の給与に相当する解雇予告手当25万4000円及び退職金相当額52万8000円が被告から原告に対し支払われたことは認め,
その余の原告の主張は,否認し,又は争う。
(5) 争点5(原告の債務不履行又は不法行為の成否及び被告の損害の有無)ア 被告の主張
原告は,原告の被告に対する競業避止義務,秘密保持義務,職務専念義務,被告の名誉・信用を毀損してはならない義務に次のとおり違反し,被告に損害を被らせた。
(ア) 原告の債務不履行と被告の損害 a 競業避止義務違反
原告は,被告とは別の組織(P21)の設立を具体化しようとして,前記(1)ア(ア)及び同(ウ)に記載のとおりの行為を行った。これら原告の各行為は,競業避止義務違反であり,労働義務違反行為でもある。
b 秘密保持義務違反
原告が前記(1)ア(イ)のとおり情報を漏洩し,また,P4,P5及びP
20とともに被告の職員でないP19及びP17に対して文科省への告発に関する情報を漏洩した各行為は,秘密保持義務に違反する行為である。
c 職務専念義務違反
原告は,別表のとおり,平成23年8月17日から平成25年4月2
3日までの間,P4,P5,P20,P19その他関係者との間で,就業時間中に,職務とは関係のないメールのやり取りをおびただしく繰り返しているが,これらの行為は,明らかに職務専念義務に違反し,また,労働義務違反行為でもある。
d 被告の損害
被告は,債務不履行を繰り返していた原告に対し労働の対価として賃金を支払う必要はなかったにもかかわらず,原告に対し,平成23年8月から平成24年3月までの賃金並びに賞与の合計250万円を支払っ
たから,かかる金員が原告の債務不履行に基づく被告の損害である。 (イ) 原告による被告内部秩序壊乱行為と損害
原告は,前記(ア)の債務不履行行為以外に,次のとおり同様の労働義務違反行為を繰り返しており,これらは労働契約の債務不履行に該当するとともに,故意に基づく不法行為にも該当する。
a 公益通報制度を利用した内部秩序壊乱行為と損害
原告は,X0らと共謀の上,内容が虚偽であることを知りながら故意に第9号公益通報及び第10号公益通報を行った。被告は,これらへの対応を余儀なくされたことにより,人件費,交通費,委託費等の諸費用及び本件訴訟への対応費用並びに上記公益通報に関する調査費用等の損害を被った。被告の収支計算書によれば,平成23年及び平成24年の各事業活動支出の合計が予算と比較してそれぞれ621万6569円及び900万5814円の合計1522万2383円の支出増となっているが,両年度とも上記の対応費用等のほか支出増の要因となる事実はないから,被告の損害は1500万円を下らない。上記内部秩序壊乱行為について原告にも少なくとも1割に相当する寄与度が認められるから,原告が被告に被らせた損害は150万円を下回ることはない。
b 文科省への不当な告発を利用した内部秩序壊乱行為と損害
原告は,P4,P5及びP20と共同して,平成23年10月23日ころ,被告の社会的評価を低下させることを認識しながら,文科省の担当者に対し,第9号公益通報書とともに別紙1記載の事実及び意見を記載した書面を送付し,文科省から被告に対する指導を求めることにより,被告の社会的評価を低下せしめた。このように被告の名誉を毀損することは,被告の活動の基盤にも影響するから,その損害額は500万円を下らない。そして,文科省への不当告発において原告にも少なくとも1割に相当する寄与度が認められるから,原告が被告に被らせた損害は,
50万円を下回ることはない。
c P24長あての書面による名誉毀損行為と被告の損害
原告は,P4,P5及びP20と共同して,平成23年10月11日ころ,被告の社会的評価を低下させることを認識しながら,P24会長
(当時)に対し別紙2記載の事実及び意見を記載した書面を送付し,被告の社会的評価を低下せしめた。被告の名誉を毀損することは,被告の活動の基盤にも影響するから,その損害額は500万円を下らない。そして,上記書面の送付において原告にも少なくとも1割に相当する寄与度が認められるから,原告が被告に被らせた損害は,50万円を下回ることはない。
d 報道を契機とする組織壊乱行為と被告の損害
原告は,被告がxx家xxxxらから寄せられた義捐物資を未処分のままとしている旨の報道を利用して被告の社会的評価を低下させることをP5及びP19と共謀して,虚偽の事実の摘示を含むメールを被告の職員,P25事務局長及びP26氏という不特定又は多数人に送信し,被告の社会的評価を低下せしめた。これは,被告の基盤に影響する名誉毀損行為であるから,その損害額は500万円を下回ることはない。そして,この行為において原告にも少なくとも1割に相当する寄与度が認められるから,原告が被告に被らせた損害は,50万円を下回ることはない。
(ウ) 小括
以上によれば,被告は,原告の債務不履行及び不法行為により,合計5
50万円の損害を被っているから,被告は,原告に対し,債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償として550万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成25年12月14日から年5分の割合による金員の支払を求める。
イ 原告の主張
(ア) 原告の債務不履行及び被告の損害について
被告主張に係る競業避止義務違反,秘密保持義務違反及び職務専念義務違反等の事実は存在せず,債務不履行に該当し得る行為も存在しない。
損害に関する被告の主張は,実質的に労働法上の「賃金全額払いの原則」を否定する独自の見解であり,その不合理性は明らかである。実際に原告は,平成23年8月から平成24年3月までの間,被告との雇用契約の下,被告から命じられた勤務場所において所定の時間,被告の業務指示に従って業務遂行していたのであるから,このような労働提供の対価として被告が原告に対して賃金及び賞与を支払うのは当然であり,これが損害に該当することはあり得ない。
(イ) 原告による被告内部秩序壊乱行為と損害について
被告主張に係る内部秩序壊乱行為は,すべて否認し,又は争う。
a P5が行った第9号公益通報及び第10号公益通報は,いずれも客観的資料に裏付けられた正当なものであり,まして原告は通報者ではないから,これが原告との関係で債務不履行又は不法行為に該当するはずがない。被告が原告とP5らとの共謀の根拠とするメールのうち半数以上は原告が送信先に含まれていないのであるから,被告の主張が根拠のないものであることは明らかである。
損害に関する被告の主張は,すべて否認し,又は争う。具体的な根拠のない強引なこじつけというほかなく,不合理である。
b 被告主張に係る,文科省への告発行為やP24長あての書面は,多数又は不特定に対するものでも被告の社会的評価を低下させるものでもなく,実際にもこれらにより現実に被告の社会的評価が低下するような事実は生じておらず,損害は生じていない。
c xx家ボクサーから被告へ寄せられた義捐物資が未処分のままとして
いる旨の報道に関連する被告指摘のメールは,P19が自らの判断により作成し,送信したものであるから,原告との関係で上記メールの送信が被告に対する名誉毀損行為になることはあり得ず,また,現実に被告の社会的評価が低下した事実は発生しておらず,被告に損害は生じていない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実及び当事者間に争いのない事実に加え,後掲各証拠(ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告の組織概要及び関係者等ア 被告の組織概要
被告は,日本のプロボクシングを統括する機関であり,プロボクシングに 関する規則の制定,プロボクシングの試合管理,プロボクシング選手の健康 管理,国際ボクシング団体への加盟及び国際交流の推進等を主な業務とする。被告には,本部事務局及び4つの地区事務局があり,本部事務局長及び地区 事務局長は会長が任命することとされているが,実務上は本部事務局長が地 区事務局長及び本部事務局職員の採用(解雇も含む。)を行うことになって おり,地区事務局長は地区事務局職員の採用(解雇も含む。)を行う扱いに なっている。(弁論の全趣旨)
イ 関係者
ボクシングの試合を企画し,管理・運営するためには,ボクサー,トレーナー,セコンド(ボクシングジムにおいてトレーナーを補佐し,試合においてはボクサーを補助し,助言を与える。),マネージャー(マネジメント契約をしているボクサーの利益を守るため,契約ボクサーの健康を管理し,その収入確保のために相当数の試合に出場させる等の事務を行う。),プロモ
ーター(プロボクシングの試合興行に関する責任者),クラブオーナー(ボクシングジムの経営者),マッチメーカー(プロボクシング試合の対戦者を選定し,試合を組み立てる役割を担う。),インスペクター(試合がxxに行われるよう管理,監督する役割を担う。),レフェリー(ジャッジを含む。),アナウンサー,ドクター(ボクサー,レフェリー及び試合役員の健康を管理する職責を担う者),タイムキーパー及び進行(インスペクターを補佐し,試合の進行を担当する。)の各関係者が必要であり,被告は,これらの各関係者にライセンスを要するものとし,適した者に限ってライセンスを付与することとしている。そして,これらのライセンス保持者のうち,インスペクター,レフェリー,アナウンサー,ドクター,タイムキーパー及び進行は,
「試合役員」と位置づけられ,東京本部及び各地区において,それぞれ「試合役員会」が組織され,所属試合役員の互選によって会長が選任される。また,クラブオーナーが所属する団体としてP25があり,その傘下に各地区に応じてP27,P28,P24,P29及びP30がある。(弁論の全趣旨)
(2) 原告の経歴等
原告は,大学卒業後は,管理栄養士として企業の社員食堂に勤務し,その後,損害保険会社の事務職を経て,平成20年4月1日に被告に入所した。被告においては,主として経理を担当し,その他総務など雑多な業務一般も行っていた。(甲17・3頁)
(3) P4の降格処分に至る経緯及び本部事務局の状況ア 怪文書の送付
平成23年4月18日,P4を誹謗中傷する内容の匿名の怪文書(乙27
(xxを含む。)。以下「乙27の怪文書」という。)が全国のボクシングジムあてに送付された。乙27の怪文書の1枚目には,原告がボクシング関係者すべてに対して背信行為を行っているとして,愛人を被告のP1事務所
に入社させた,本部事務所にも愛人がいる,経費を不正に流用しているなどと記載され,P1事務所への愛人の入社の証拠として写真が4枚添付されていた。被告の本部事務所の各職員あてにも乙27の怪文書が届いたが,原告及びP5あての各封筒にだけそれぞれ個別に脅迫的又は低俗な文言が記載された文書が同封されていた(甲17・4頁,甲19・2頁,乙27(xxを含む。))。
原告及びP5は,被告において反社会的勢力の根絶を目指した活動を行っ ていた原告に対し同様の怪文書が送付されてきたことが以前にもあったため,冷静に過ごしていたが,本部事務局の他の職員は,乙27の怪文書が送付さ れて以降,毎日この件で騒いでおり,職場と応接室とを行き来しながら応接 室で相談するなどしていた(甲17・4頁,原告本人・4,44,45頁)。
イ P15代表の示達並びに通告書及び連判状の提出
乙27の怪文書に記載された経理関係等についてP13が調査を行った結果,不正な経理が確認されなかったことから,平成23年4月26日,P1
5代表は,原告に対して5%の減給処分とすることとし,P13を介してP
6及びP9ら職員にその旨伝えたところ,大方が上記処分に納得できないとの意向であったため,上記処分は事実上撤回された(甲17・5頁,甲21・
3,38頁,乙224・9頁)。
平成23年5月9日,「P16東京試合役員・事務局員合同調査委員会(幹事 P9・P6)」の名義でP15代表あてに「調査報告書」と題する書面
(乙28。以下「通告書」という。)が提出された。通告書には,原告とP
1事務局の女性職員や本部事務局の女性職員との関係のほか,事務局長として不適切な原告の言動の事例,海外関係者に対するボクシング用品売買への関与等が挙げられ,被告に対し厳正なる調査を求めるとされていた。また,平成23年5月10日,「P16 東京試合役員会・事務局員一同」を差出人とする「真相究明とP4事務局長の解任を求める連判状」(乙29。以下
「連判状」という。)がP15代表あてに提出された。連判状には,乙27の怪文書で指摘された疑惑について徹底した真相解明を行うこと,すべての疑いが晴らされない限り原告を解任することを求めるとされていた。(甲1
7・5頁,乙28,29)
ウ 平成23年5月12日の被告協議会
平成23年5月10日ころ,P15代表は,原告に1か月の休職を命じた
(甲17・6頁)。平成23年5月12日,P13は,各地区事務局長,職員及び東京試合役員会の会長であるP31を本部事務局に集め,通告書の内容について改めて調査をするための調査委員会を設置することなどを説明したが,P31は,「ここで原告が辞任すると言えば別の問題になりますね。」と発言した上で,原告に対し,「はっきりしてくれ。これ以上男の出処進退をおまえここまで,どうすんだよ。おまえ。二度と言わないぞ。今ならおまえまだ立ち直れるよ。これが出たら分かんないよ。(中略)お前が決めろ。」などと大声で言い募り,原告に対し,自主退職を暗に迫った。(乙220)
エ 被告による調査委員会の設置及び調査の実施
平成23年5月16日,被告は,理事会を開き,通告書の記載内容について調査を行うために調査委員会(以下「本件調査委員会」という。)を設置し,被告の組織内弁護士であるxxxx弁護士を本件調査委員会の事務局長として調査を実施すること及び同調査を円滑に行うために原告に1か月の休職を命ずることが決定された。以後,本件調査委員会では,証拠収集のため,本部事務所から会計伝票等を持ち出して調査する一方で,本部事務局職員の全員の聞き取り調査が行われた。8名及びP1事務局職員2名の合計1
0名から事情聴取を行い,合計5回の委員会を開催した。(甲17・7頁,原告本人・4ないし6頁)
オ P31,P6らによる外部告発
平成23年5月31日,P6らは,被告の許可を得ることなく,マスコミ
向けの記者会見を開き,P4に関する不正経理疑惑について公益通報と称する外部告発を行った。当日は,いつにも増して,P6らは,本来の業務もなおざりに,職場で席を離れては戻りと慌ただしく過ごしていた。また,上記同日,P31が会長を務める東京試合役員会も記者会見を開き,上記公益通報を行ったP6らを支持する旨を表明した。なお,原告は,P6らが上記記者会見を行うことは知らなかった。(甲17・7,8頁,甲19・4頁,原告本人・7頁)
カ P12,P31らによる新団体設立の公表
平成23年6月23日,P12は,P31及びP6とともに,被告の許可 を得ることなくマスコミ向けの記者会見を開き,被告に代わって国内試合を 統括する新団体を設立する意向を表明し,職員の辞表も預かっている旨発表 する一方で,P4を被告から排除する内容の処分が被告の理事会で出ること を条件に新団体設立を回避する可能性も示唆した。上記記者会見での発表前, P12は,本部事務局の応接室でP6らとともに数時間にわたり記者会見の 準備をしていたが,原告及びP5は,何も聞かされていなかった(甲17・
10頁,原告本人・7,8頁)。
なお,上記記者会見と同日の平成23年6月23日,P32新聞に,厚生労働省東京労働局の職員が14年にわたりボクシングのレフェリーやジャッジを務めて報酬を受け取っていた疑いがあるとの問題で,被告が保管する当該職員の登録データが改ざんされていたことが判明し,被告内部で隠蔽工作を行った可能性がある旨の報道がされ,その後,被告の関係者が「隠蔽が目的ではなく,情報漏えいを防ぐためだった。P12事務局長代行の許可を得て登録データを書き換えた。」との説明をした旨の報道がされた。(甲17・
8ないし10頁,原告本人・11頁)キ P4に対する降格処分
平成23年6月28日,被告の理事会が開催され,P4の本部事務局長の
職を解くことが決定した。なお,同理事会では,P13の専務理事からの辞任,P14の専務理事就任,P12の本部事務局長就任も併せて決定された。また,被告は,P4に対し,上記降格処分に加え,P33株式会社の事務 所(新宿区α-×-11β)への配転及び大幅な減給を命じ,また,今後の担当業務として,一般財団法人又は公益財団法人への移行手続に係る業務を
命じた。(甲17・11頁,甲21・15,17頁)
(4) P4の降格処分後の本部事務局内の状況
P12は,本部事務局長に就任したが,本部事務所への出勤は週に2,3回程度,滞在時間は午後の数時間程度であり,出勤しても事務局内の席につかず,応接室に滞在していた。本部事務局長が常駐しないことにより,日々の業務に支障を来し,原告も経理上の処理の決裁をもらうのに時間を要するため,他の職員から苦情を言われることもあった。(甲6の1ないし6の3,甲17・1
2,13頁)
P4の降格処分によりP12が本部事務局長に就任して以降,本部事務局内での職員会議やミーティングが行われなくなり,原告及びP5は日常業務においても他の職員から孤立した状態となり,原告及びP5を外して,他の職員同士で業務内容について連絡し合ったり,試合の出番表などの配布物が配られたりしていた。また,P4が事務局長であったときは,メーリングリストを利用して職員全員に対し必要な連絡を一斉に行っていたが,P12が事務局長になってからは,原告,P4及びP5を送信先から除くためにメーリングリストは使わずに,原告ら3名を除いたあて先を選んでメールが送信されていた。さらに,平成24年1月25日に行われた年間優秀選手表彰式に,原告,P4及び P5は,例年,本部事務局の全職員で従事していた行事であるにもかかわらず当然のように外された。このような状況の下,原告及びP5は,P12に対して改善を求めたが,何も改善されなかった。原告は,職場内で話をするのはほとんどP5だけであり,他の職員から話しかけられることもほとんどなかった。
(甲9,甲17・14ないし16頁,甲18・6ないし8頁,乙221・15,
33,34,42頁,原告本人・12,13頁)
(5) P20に対する解雇通知
平成23年7月14日,P12及びP6は,P1事務局長のP34に対しP
20の解雇を指示したところ,P34は,P20を解雇する理由がないとしてこれを拒否した。そこで,P6は,P12の了解の下,「本部事務局長 P1
2」名義で,P20に対し,解雇通知書を送付した。なお,P20に対する上記解雇は,後日,P14の指示により撤回された。(甲17・13頁,乙22
3・33頁)
原告は,P4の降格処分後,P6がP20に対して理由のない解雇通知をしたことで,P6らが,いわば「P4派」である職員を一掃しようとしており,次に解雇されるのは自分かもしれないと不安を募らせた(甲17・14頁)。
(6) 第9号公益通報及び第10号公益通報
平成23年9月29日,P5は,P13を被通報者とし,平成21年2月2
4日の被告理事会において処理した損金処理の不当性を指摘する,P15代表あての第9号公益通報を行った。P5は,第9号公益通報に先立ち,P4との間で書面の案文をやり取りし,書面が完成した段階では原告及びP20にもメールに添付して書面を送付した(乙37,116,117)。
平成23年11月7日,P5は,P14及びP12を被通報者とし,同年1
0月14日にP12がP5に対して関西地区試合役員のP36に対して月額1
0万円を給与として振り込むよう指示した業務命令が背任罪に当たるとする第
10号公益通報を,意見具申書を添付してP15代表あてに行った。P5は,第10号公益通報に先立ち,P4との間で公益通報の書面や意見具申書の案文をやり取りしていたが,意見具申書については原告やP20にもメールに添付して送信することがあり,また,第10号公益通報の書面等が完成した段階では,P4だけでなく原告及びP20にもその旨連絡した。(乙112,114,
115,122,123,126,132,135,139)
なお,第9号公益通報及び第10号公益通報のいずれについても,原告は, P5から送信されたメールに返信していない。
(7) 日本政府観光局からの問い合わせに対する対応
平成23年11月29日,原告は,P5及びP12の不在時に,日本政府観光局から「IBFの会議を日本で開催したいという話があった場合は被告に連絡した方がよいか。」と尋ねる電話を受け,どのように対応してよいかわからなかったため,日本政府観光局の担当者には,翌日改めてP5あてに連絡をしてもらいたい旨を伝えた上で,上記のような問い合わせがあったことをメールでP5及びCCでP4に連絡した(乙4,16,原告本人・16,17頁)。その後,X0は,日本政府観光局の担当者から一,二度電話を受け,平成2
3年12月20日ころ同担当者の訪問を受け,日本政府観光局のパンフレット及び担当者の名刺を受け取った上で,同月28日,P12に対し,日本政府観光局から上記申入れがあったことを伝え,「被告がIBFに加盟していない以上,対応できない。」と回答することでよい旨の確認をとった。そして,P5は,日本政府観光局の担当者に対し,「本案件につき,当財団の本部事務局長と相談したところ,やはり,日本は加盟国ではないため,P16としては対応できない,との判断でした。」,「今後も諸外国からのアプローチがございましたらご連絡いただきたく,心よりお願い申し上げます。」などと記載したメールを送信して回答した。(甲7,甲22・21,22頁,乙17)
(8) 原告及びP5の労働組合への加入
原告及びP5は,P4に報告又は相談をしながら,P5については平成24年2月18日に,原告については同年3月1日に,それぞれ労働組合に加入し,労働組合を通じて被告に対し団体交渉の開催を要求するなどした。
原告は,労働組合に提出するために,被告の問題点を書面にまとめ,平成2
4年3月18日にP4及びP5にメールで送信して指導を依頼した。原告が作
成した上記書面には,被告の問題点として,①P4が事務局長のときは毎日のようにミーティングが行われていたが,P12が事務局長に就任した平成23年6月末に一度だけミーティングが行われて以来ミーティングが行われていないこと,そのために,被告内で何が起きて何が問題なのか,誰が何をしているのか全くわからない状況が続いていること,P12に何度懇願しても口ではやると言いつつ未だに行われていないこと,②事務局長が常駐しないことにより業務への支障が生じていること,③P10から嫌がらせや脅迫的なメールを送信されているとP12に相談しても,P12が原因を突き詰めたりP10に注意したりすることはなかったことなどが記載されていた。
(甲17・17,18頁,甲19・8頁,乙170ないし208)
(9) 本部事務局の人事異動及び配置転換
平成24年3月13日,被告の本部事務局の職員の人事異動及び配置転換が実施された。これにより,被告における実務経験を全く有しないP31が本部事務局次長に採用され,P6が無役の職員からxxに昇格した。他方,P4は,本部事務局のいずれの部にも属さない「特命事項」担当とされ,また,P5は,これまで一貫して担当してきた経理業務から外され,主としてライセンス管理業務を担当することとされた。そして,P5に代わり,経理の実務経験が全くないP6が経理担当とされた。なお,P11やP10は,P31が事務局次長として採用され,P6がxxに昇格した上記の人事異動に不満を持っており,いずれも平成24年6月15日付けで被告を退職した。(甲17・18,19頁,甲19・8,9頁,乙212)
(10) P5に対する懲戒解雇処分
平成24年3月23日,P5は,被告から,就業規則違反の疑いがあるとされ,調査委員会による調査を実施するための調査期間として同年4月12日までの自宅待機を命じられた。そして,平成24年4月12日,P5は,懲戒解雇処分とされた。(甲17・19,20頁)
(11) 新たな経理担当者の採用及び原告に対する自宅待機命令
平成24年6月1日,原告は,P6から,突然,新たな経理担当者を採用したので本部事務局での経理業務を一通り説明するよう指示されたことから,同指示に従い説明を行った。すると,上記同日の午後4時ころ,原告は,P6に呼ばれ,就業規則違反の疑いがあるとして平成24年6月15日までの自宅待機を命じられた。(甲17・24頁,原告本人・15頁)
なお,P4及びP20も,原告と同じ頃に自宅待機を命じられた(甲17・
25頁)。
(12) 事情聴取及び本件解雇
平成24年6月6日,原告は,被告から聞き取り調査を受けた。この聞き取 り調査において,原告は,自分も受信者になっているメールを示され,「あな たは,被告で管理している個人情報を第三者であるP19氏に開示しましたね。」などと,初めから決めつけるような方法で質問されたり,面識のない関係者と の共謀等を指摘されたことから,同月14日,被告に対し,意見具申書を提出 し,質問方法が適切でないことを指摘し,関係者への事情聴取を行い原告との 関係を明確にするよう求めた。しかし,被告は,関係者への事情聴取を実施し なかった。(甲4,甲17・25,26頁,原告本人・16,46,47頁)
平成24年6月15日,X0が懲戒解雇されたのに続き,同月17日,原告の自宅に同月16日付の解雇通知書が届き,原告は,解雇された(本件解雇)。なお,原告と同様にP20も解雇された。(甲2,甲17・26頁)
(13) 本件提訴及び第二次解雇等
平成24年8月17日,原告は,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起した(本訴)。
被告は,平成25年8月27日の本件訴訟に係る第9回弁論準備手続期日において,被告準備書面(6)を陳述する方法により,原告に対し,同書面で解雇事由を追加するとともに,追加した解雇事由を理由とする解雇の意思表示(第
二次解雇)を予備的に行った。
(14) 被告による反訴提起
平成25年12月10日,被告は,前記第2の3(5)アのとおり主張し,原告に対し,本件反訴を提起した。
2 争点1(本件解雇の有効性)について
(1) 解雇事由の存否
被告は,原告がP4らとの意思の連絡のもとに次の各行為に関わっておりこれらが解雇事由に該当する旨主張するので,被告主張に係る各行為について検討する。
ア 別組織の立ち上げについて
被告は,主として別表の備考欄に「別組織立ち上げ」と記載のあるメールのやり取りを根拠に,原告が,P4,P5,P20,P17,P18及びP
19と共謀して被告と競合する別組織の設立を具体化しようとした旨主張する(前記第2の3(1)ア(ア)及び(エ))。
しかし,別表によれば,被告が別組織の立ち上げの根拠とするメール58件のうち,原告が発信者であるのは1件のみ(乙4),受信者(CCのあて先となっているものを含む。以下(1)において同じ。)となっているものも
7件にすぎない。原告が発信しているメール1件については,後記ウで述べるとおり,P5に対して業務上の連絡をしたにすぎないものと認められるのであり,また,原告が受信したメール7件については,いずれもP4又はP
5からのメールであり,P20,P17,P18及びP19が受信者に原告を含めてメールを送信したことは一度もない。原告は,P17及びP18とは面識がなく,話したこともメールをしたこともない旨述べているところ
(原告本人・16頁),前記1(12)の認定事実のとおり,原告が平成24年
6月6日の聞き取り調査後に被告に対し関係者への事情聴取を求めたにもかかわらず,被告はこれらの事情聴取を実施していないのであるから,少な
くともP20,P17,P18及びP19と原告との間において,被告主張に係る共謀の存在を認めるに足りる証拠は存しないというほかない。他方, P4又はP5が受信者に原告を入れて送信した上記7件のメール(乙4,6,
7,8,10,16)について,原告は「お互い事務局やP36で孤立しているという仲間意識で送ってきてくれているメールがあると思ったので,全部は読んでいない。」旨述べている(原告本人・18頁)ところ,上記メールが送信された当時,原告,P4及びP5が本部事務局内で孤立した状況に置かれていたこと(前記1(4)),原告が上記7件のメールに対して一切返信していないこと及び原告らの陳述(甲17・16頁,甲18・8頁,甲1
9・7頁)を総合すれば,上記7件のメールのうち原告が送信したメールへの返信である2件(乙4,16)以外は,原告が述べるとおり,P4やP5が職場で孤立している原告を気遣い,主として仲間意識から送信されたものと認めるのが相当である。したがって,上記7件のメールを受信した事実から直ちに原告とP4及びP5との間に被告主張に係る共謀が存したと認めることはできない。
被告主張に係るP4やP5らによる別組織の立ち上げについては,別表記載の各メールの内容並びにP14,P12及びP31らの陳述(乙222・
36,40頁,乙223・36頁,乙225・41,42頁)等によっても P4らがいかなる組織をどのように設立しようとしていたか明らかでないから,そもそも,被告主張に係る「別組織の立ち上げ」の事実自体,認め難いといわざるを得ないところ,上記のとおり,原告は,P20,P17,P
18及びP19との間はいうまでもなく,P4及びP5との間においても,被告主張に係る「意思の連絡」又は「共謀」があったと認めることはできないから,いずれにしても,原告が被告主張に係る「別組織の立ち上げ」に加担したとの事実を認めることはできない。
イ 情報の漏洩について
原告が被告の内部情報を第三者に開示した旨の被告の主張は,主として別表の備考欄に「情報漏洩」と記載のあるメールを根拠にするものと思われるが,これらのメール15件のうち,原告が受信者になっているのはわずか1件のみ(乙11)であり,原告が発信者になっているメールはない。
そして,原告が受信した乙11のメールは,P5がP19に対しP37選手に関する経緯を報告したものであるが,甲21・58,59頁及び原告本人尋問の結果(原告本人・30頁)によれば,上記メールはP37選手が所属するジムの東京の代理人であるP19に対してP37選手の過去の経緯に関する情報を提供したものと認められるから,被告の内部情報を関係のない第三者に開示したものとはいえず,また,そもそも原告が上記メールを送信してP19に情報を開示したものではない。その他に被告が「情報漏洩」とするメールについても,被告における情報管理の基準等が明らかでないから
(前記1(3)カの「なお」以下参照),当該メールによる情報の開示が「情報漏洩」に当たるとは直ちに認められず,また,そもそも,原告は当該メールの受信者でもなく,被告主張に係る「P4,P5及びP20との共謀」の事実を認めるに足りる証拠もないから,当該メールによる情報開示に原告が関与したとの事実も認められない。
以上のとおり,原告がX0らと共謀して被告の内部情報を第三者に開示したとは認められないから,被告の主張は理由がないというほかない。
ウ 独断の行為について
被告は,原告が日本政府観光局からの問い合わせについてP12に伝達せずにP5及びP4に連絡した行為が,P4らと共謀して被告に無断で他団体との接触を図った行為に当たる旨主張するようであるが,原告が乙4のメールをP5及びP4に送信した際の状況が前記1(7)のとおりであったことからすれば,原告がP12でなくP5に連絡していることは極めて合理的な対応であって,むしろ,この段階で,本部事務局に常駐しないP12にあえて
伝達する必要性は認められないというべきである。そして,前記1(7)のと おり,P5は,原告から上記メールで連絡を受けた後,日本政府観光局の担 当者と数回,電話又は面談の方法で問い合わせの趣旨を整理,確認した上で,対応についてP12に確認をとり,P12の意向に沿った回答をしているも のと認められるから,これらのP5の対応についてみても,被告に無断で他 団体との接触を図ったとは認め難いというべきであり,また,そもそも,x xは,乙4のメールに対する返信(乙4,16)を受けて以降,この件に関 するメールを一切受信していない。なお,原告は,乙4のメールを,業務上 の担当者であるP5だけでなくCCでP4にも送信しているが,当時の原告 らの本部事務局における状況が前記1(4)のとおりであったことに照らせば,原告が述べるように,P4への上記メールの送信は,P33株式会社の事務所に配転され被告の業務に関する情報から遮断された状態にあるP4に対 し,情報提供の趣旨でされたものとみるのが相当である。
以上によれば,原告には,被告が主張する「共謀」の事実も,無断で他団
体との接触を図った事実も認められないから,被告の上記主張は理由がない。
(2) 追加して主張された解雇事由について
前記第2の3(1)ア(オ)のとおり,被告は,本件解雇の解雇事由を追加して主張しているところ,本件解雇は普通解雇であるから,解雇時に客観的に存在した事実であれば,被告による解雇権の行使の有効性を根拠づける事由として主張することはできるというべきであり,また,普通解雇の本件においては,原告が指摘する「弁明の機会の付与」は必ずしも解雇の手続的要件にはならないものと解される。そこで,まず,追加された解雇事由について検討する。
ア 文科省への告発等について
被告は,原告がP4,P5,P20及びP19と共謀して,文科省に対する外部通報により文科省の指導権限を不当に発動させ被告の信用を毀損せしめること等を企図して前記第2の3(1)ア(オ)a記載の行為をした旨主張
する。
甲21・83頁及び乙39によれば,P5が文科省の担当者あてに通報等をするようになったのは,P20が平成23年7月に正当な理由なく解雇された際に(前記1(5))文科省に相談したところ,文科省から客観的な資料を提出するよう指示があったため,その後の対応をP5が引き継ぎ,同年8月23日に文科省の担当者あてに外部通報資料を送付したことが始まりとなっており,P4も,P5に対し,文科省を相手に対応するのであれば資料をしっかり揃えて対応するよう提言していたことが認められる。
被告は別表の備考欄に「文科省への告発」と記載のある21件のメールを根拠とするものと解されるが,これらのメールのうち,原告が受信者に含まれているメールは9件,原告が送信者になっているメールは,原告が自宅のパソコンに転送したものを除き1件であるところ,原告が受信者又は送信者となっている各メールの内容及び原告本人尋問の結果(原告本人・35頁)からすれば,P5と文科省とのやり取りの主要な部分については原告にも情報が提供されており,文科省へ提出する陳述書(乙38添付のもの)については,原告は,記載内容を見た上で作成者に名を連ねることを了解していたものと認められるから,文科省への通報に関しては,少なくとも上記陳述書を提出する限度では,原告もP5らと共同してこれを行っていたものと認めることができる。
しかし,乙27の怪文書が被告の本部事務所に送付されて以降の,P4,
原告及びP5らに対する被告の対応等が前記1(3)ないし(5)のとおりであることに照らせば,原告が,被告の組織としてのあり方に疑問を持つのも,被告内部で問題点を指摘し改善を求めても効果がないと思うのも,いずれも無理からぬことと考えられるのであり,上記陳述書で指摘されている事項
(指定暴力団員の世界タイトルマッチ観戦,ボクシング関係者による犯罪行為の多発,ライセンス審査,女子世界戦での暴力団入場黙認,裁定機関とし
ての機能喪失,公益通報に対する対応。乙38)も事実であれば被告における試合管理等のあり方として問題があると評価し得るものであり,原告としても証拠に基づいて記載されたものと信頼して作成者に名を連ねていることからすれば,原告がP5らとともに文科省に上記陳述書を提出した行為をもって,直ちに原告が文科省の指導権限を不当に発動させて被告の信用を毀損せしめること等を企図していたものと認めることはできないというべきである。
その他被告が指摘するP20のスレッドについては,原告は,これに関連するメール(乙42,49)を受信しておらず,また,そもそも被告主張に係るスレッドをP20やP5が実際にインターネットに立てた事実も認められないから,原告につき解雇事由に相当する行為の存在を認める余地はない。さらに,被告が指摘する第9号公益通報の書面の文科省への送付については,200万円を受け取っていないのに同額を受け取った旨の仮受証をP
13が作成した事実はP13自身も認めていること(乙224・41頁)などに照らせば,第9号公益通報が虚偽の内容を記載したものであるとは直ちに断じられず,そもそも,第9号公益通報の書面の作成や文科省への送付に原告が具体的に関与していたことをうかがわせる事情は認められないから,第9号公益通報の書面の送付に関しても,原告につき解雇事由に相当する行為が存したと認めることはできない。
以上のとおりであるから,文科省への告発等に関する被告の主張は,理由がない。
イ 就業時間中の職務外行為
被告は,原告が平成23年8月17日から平成24年3月18日までの間,就業時間中に別表のとおりメールの交信を行い,これに要する時間に相当す る執務を懈怠した旨主張する。
別表によれば,上記期間に原告がメールを送信した頻度は,平成23年1
0月に2日,同年11月に3日(うち1日は送信回数2回),同年12月から平成24年2月まで各月に1日,同年3月に3日であり,1か月当たりのメールの送信回数は平均1.7回となる。また,原告がメールを受信した頻度は,平成23年9月に7日(うち2日は受信回数各2回),同年10月に
8日(うち2日は受信回数各2回),同年11月に6日(うち3日は受信回数各3回),同年12月に2日,平成24年1月に1日(受信回数2回),同年2月に3日(うち1日は受信回数2回),同年3月に4日(うち1日は受信回数3回)であり,1か月当たりのメールの受信回数は平均6.4回となる。これらの原告による送信又は受信メールには,賛助の更新の可否についてP4に相談したもの(平成23年11月8日に送信2回及び受信2回。乙141),日本政府観光局からの問い合わせについての連絡(同月29日に送信1回及び受信2回)など,被告の業務に関係する内容のものも含まれているから,上記送受信のすべてが職務外行為であるとは認められない。また,原告は,送信されてくるメールには見ているもの,見ていないものがある旨述べているから(原告本人・18頁),上記頻度でのメールの受信により直ちに原告の職務遂行が妨げられたとはいえないというべきである。
以上のとおり,被告が指摘する原告によるメールの送受信は,送信につき
1か月当たり平均1.7回,受信につき1か月当たり平均6.4回にとどまるところ,これらの中には業務に関連したメールの送受信も含まれ,また,受信したメールのうち中身を見ないものも少なからず存したことからすれば,上記メールの送受信により原告の職務遂行が現実に妨げられていたとまでは評価できないというべきである。
仮に原告が就業時間中に職務に関係ないメールを送受信したことによって原告の職務遂行が一時妨げられたことがあったとしても,これらのメールの送受信につき原告が被告から注意又は指導を受けていたとの事情はうかがわれないこと,これらのメールの送受信により現実に被告の事務所内の風
紀秩序を乱したとの事情も認められないことに加え,乙27の怪文書の送付後や平成23年5月31日及び同年6月23日の記者会見前にP6ら職員が本来の業務をなおざりにして記者会見の準備等を行っていた(前記1(3)ア,オ,カ)にもかかわらずP6らにつき職務懈怠等が問題にされた事実は認められないことなどの事情に照らせば,上記の事実をもって直ちに解雇事由に相当する職務懈怠が存したと評価するのは相当でないというべきである。
(3) 小括
以上によれば,本件解雇につき解雇事由として被告が主張する事実はいずれも認めることができないから,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は,客観的に合理的な理由なく行われたものであり無効というほかない。
3 争点2(第二次解雇の有効性)について
被告は,第二次解雇の解雇事由として,本件解雇につき追加で主張した解雇事由を挙げるが,これらの解雇事由がいずれも認められないことは,前記2(2)のとおりであるから,第二次解雇についても客観的に合理的な理由を欠き無効であることは明らかである。
4 争点3(賞与請求の可否)について
賞与は,使用者の決定や労使間の合意がある場合又は労働協約,就業規則若しくは労働契約の各定め若しくは労働慣行などにより支給時期及び額若しくは計算方法が定められているなど賞与の支給条件が明確な場合には,労働者は使用者に対し具体的な賞与請求権を有すると解されるが,上記の決定若しくは合意がなく,又は定め等がないため支給条件が明確でない場合には,労働者は,具体的な賞与請求権を有しないと解するのが相当である。
原告主張に係る原告に対する賞与の支給実績について被告は明白に争わないが,賞与に関する被告の賃金規定14条は,「業績,職員の勤務成績等を勘案して支 給する。」,「業績の低下その他やむを得ない事由がある場合には,支給日を変
更し,又は支給しないことがある。」と定めるのみで,賞与の支給条件を明確に定めておらず,他にこれを具体的に取り決めたものが存するとも認められない。この点,原告は,被告は非営利団体であり収益性を追求する必要がないから,毎年2回,各基本給2か月分の賞与が支給されていた旨主張するが,非営利団体であっても年によって収支に増減は生じ得るのであり(乙209,210),上記賃金規定上も「支給しないことがある」旨定められ,現に平成21年6月にP4らに賞与が支給されなかった事実も存するのであるから,原告が入所以来毎年6月及び12月に各基本給2か月分の賞与の支給を受けていた実績があったとしても,それが,労働慣行と評価することができる程度に長期間反復継続され,かつ,当事者間において法的拘束力を有するに至ったとまで認めることはできない。
そうすると,本件においては,賞与の支給条件が明確な場合にも当たらないといわざるを得ないから,原告が賞与請求権を有するものと認めることはできない。よって,本件における賞与請求は,理由がない。
5 争点4(賃金請求の範囲)について
被告が原告に対し,平成24年6月分の給与全額,平成24年6月16日分の勤務手当1万2500円,解雇予告手当25万4000円及び退職金相当額52万8000円を支払ったことは当事者間に争いがないところ,前記2及び3のとおり,本件解雇及び第二次解雇はいずれも無効であると認められるから,原告は,被告に対し,本件解雇が行われた平成24年6月16日以降も月額基本給25万円の支払を請求する権利を有する。なお,原告は,被告から支給を受けた上記勤務手当1万2500円,解雇予告手当25万4000円,退職金相当額52万8
000円の合計78万7300円を平成24年7月分以降の給与(1か月分25万円)に充当する旨の意思表示をしているから,平成24年7月分,同年8月分及び同年9月分についてはいずれも全額,同年10月分については3万7300円がそれぞれ支払済みであると認められる。
したがって,原告は,被告に対し,本件解雇及び第二次解雇が無効であること
に伴う,本件解雇後の未払給与請求として,平成24年10月25日限り21万
2700円(25万円-3万7300円)及び同年11月25日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額25万円並びに各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める権利を有する。
6 争点5(原告の債務不履行又は不法行為の成否及び被告の損害の有無)
被告は,原告が競業避止義務違反,秘密保持義務違反,職務専念義務違反等の行為を繰り返し,これらの債務不履行又は不法行為により被告に損害を与えた旨主張する。
しかし,競業避止義務違反として被告が主張する,別組織の設立行為及び独断の行為が原告につき認められないことは,前記2(1)ア及びウのとおりであり,また,秘密保持義務違反として被告が主張する情報漏洩行為が原告につき認められないことは,前記2(1)イのとおりである。
さらに,職務専念義務違反として被告が主張する別表のメールの送受信についても,前記2(2)イにおいて述べたとおり,被告の指摘する原告によるメールの送受信が直ちに原告の職務遂行を妨げているとは認められず,また,原告が就業時間中に業務と無関係なメールを送受信したことがあるとの事実のみをもって直ちに原告に職務専念義務違反を認めるのも相当でない。なお,仮に,業務と無関係なメールを送受信したことをもって職務専念義務違反と評価し得るとしたとしても,当該行為と因果関係のある損害の発生は,本件全証拠によっても認められない。
以上のほか,被告は,原告による被告内部秩序壊乱行為により被告の社会的評価を低下させられ損害を被った旨主張する。しかし,被告が具体的な行為として指摘する第9号公益通報及び第10号公益通報については,そもそも原告は通報者でなく,これらの公益通報に具体的に関与していた事実も認められない(前記
1(6))。また,文科省への通報については,前記2(2)アのとおり,原告がその一部につきP5らと協力して行った事実は認められるものの,不当な目的による
ものとは認められないのであり,文科省への通報により被告の社会的評価が低下したとの事実を認めるに足りる証拠もない。さらに,P24長あての書面及びxx家ボクサーからの義捐物資が未処分である旨の報道に関連する被告指摘のメールについては,いずれも当該書面又はメールの作成に原告が関与したとの事実は認められず,これらの書面やメールにより被告の社会的評価が低下したことをうかがわせる事情も認められない。
以上に検討したところによれば,原告につき,被告主張に係る債務不履行又は不法行為の事実を認めることはできないから,被告の主張は,いずれも理由がないというほかない。
第4 結論
以上によれば,原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
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