Contract
論 文 「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性
特集●民法と労働法の交錯
「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性
xx xx
(東洋大学教授)
人の役務の提供を債務の内容とする契約(役務提供契約)は,古代ローマ法以来行われてきた契約である。我が民法典における「雇用」「請負」「委任」という契約類型は,ローマ法以来の歴史的発展の中で,役務提供の多様化に伴い分化してきたものであるが,その区別は必然的なものではない。民法起草過程においても,その区別基準については様々な議論があり,とりわけ委任の扱いについては二転三転していた。立法者は,雇用規定を役務提供契約の総則的規定として考えていたが,それは,対等で平等な契約当事者を念頭においたものであり,社会の発展により社会的強者と弱者が生まれ,立法者の前提が崩れてきたことなどから,第二次世界大戦後の民法学説においては,解釈上「使用従属性」概念が雇用に組み込まれ,雇用規定の適用範囲が限定的なものとされ,その後の民法学説を形成した。2017 年の債権法改正の際には,役務提供契約について各契約の定義的規定の変更は行われていないが,それまでの解釈を取り入れる一方で,それぞれに共通する考え方に基づく規定も新設されており,各契約の関係と共に,それぞれの規定の有用性を検討し直す必要性も出てきたといえる。特に,雇用規定については,裁判例においても「雇用類似」あるいは「雇用的色彩」という表現により問題となる契約の法的性質を判断し,条文適用の可否が検討されることもあり,その有用性を改めて検討する必要があろう。
目 次
Ⅰ はじめに
Ⅱ 改正後民法における役務提供契約
Ⅲ 現行民法起草過程における役務提供契約
Ⅳ 現行法起草後の役務提供契約の異同
Ⅴ 裁判例における雇用類似契約
Ⅵ おわりに
Ⅰ は じ め に
我が民法典は,契約目的達成のために人の役務が利用される契約について,雇用・請負・委任・寄託の 4 種類を規定している 1)。このうち,雇用・請負・委任の三つを役務提供契約と総称することが多い。各契約は,相互において類似する性格を
有し,裁判例などの具体的場面でも,ある具体的な契約がいずれの契約に属するのかが問題となることは少なくない。
また,社会を取り巻く環境が変化するにつれ,サービスがより対価的価値のあるものとして認められ,様々な場面での社会生活の分業化によりサービスそのものが目的とされる種々の取引が行われるようになり,このようなサービス取引の進展とともに,とりわけ 1990 年代以降,民法学においても役務提供契約について研究されるようになり,民法(債権法)改正論議でも活発な議論が行われた 2)。
本稿では,これら役務提供契約について,改正法を確認し,境界に関し歴史的経緯を振り返った上で,雇用規定の有用性について私見を述べる。
Ⅱ 改正後民法における役務提供契約
1 民法改正の概要
今回の民法改正において,役務提供契約に関して様々な議論があったが,最終的には現行の「雇用」「請負」「委任」の枠組みを変えず(それぞれ定義規定に変更はない),各内部における問題点について,現行法下の解釈を明文化したいくつかの規定が挿入されたにすぎない 3)。以下,報酬請求権を中心として改正法について概観する。
2 雇用契約
労務を中途で履行できなくなった場合の報酬について,現行法ではxx規定はなく,解釈上,履行が中途で終了した場合には,労働者に帰責事由がある場合でも,割合的な報酬が認められていた 4)。使用者に帰責事由がある場合については,危険負担等について定める改正前 536 条 2 項 5)を根拠として,対応する期間すべてについて全額の報酬請求権が判例 6)・学説上 7)認められていた。
このような解釈を受け履行割合に応じた報酬に関する 624 条の 2 が新設され 8),「使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき」(同条 1 号),「雇用が履行の中途で終了したとき」(同条 2 号)には,労働者は既履行の割合に応じて報酬請求が認められるようになった。使用者に帰責事由がある場合にも新規定をおくことが提案されたが,雇用に関してのみそのような規定をおくことは請負や委任との間で均衡を失し,請負・委任における報酬請求権に関する解釈を不明確にする恐れがあり,
「役務提供契約が多様化し,請負,委任,雇用の区別が不明確な場合もあり得ることからすれば,これらの契約における報酬に関する規律はできる限り統一的であるべきであり,雇用についてのみ報酬請求権の発生根拠となる規定を設けるという考え方は必ずしも望ましい方向性ではない」9)との理由から見送られ,前述の解釈が改正後も受け継がれることになった。
3 請負契約
請負人が仕事を完成しなかった場合の報酬請求権については規定がなく,解釈によっていた。判例は,注文者の帰責事由により仕事が完成できなかった場合には,雇用と同様に 536 条 2 項を適用し,請負人は報酬代金全額を請求することができるとしていた 10)。また,仕事が未完成の間に請負人の債務不履行を理由に契約が解除される場合でも,仕事が過分であり,注文者が既履行部分について利益を有するときは,特段の事情のない限り既履行部分については契約の解除はできず,既
履行部分に応じた報酬請求が認められるとしていた 11)。
このような判例を踏まえ,請負人の仕事が完成に至らなかった場合の報酬請求権についての規定が新設された。すなわち,注文者に帰責性なく仕事の完成が不能となった場合(634 条 1 号),または,請負が仕事完成前に解除された場合(同条 2号)に,既履行部分が過分でありそれにより注文者が利益を受けるならば,その部分については仕事が完成したとみなされ,請負人は注文者が受ける利益の割合に応じて報酬請求することができるとされた。仕事完成が注文者の帰責事由により不能となった場合については,当初は,実質的に 536 条 2 項の規律を維持しつつ,同項とは別に報酬請求権の発生根拠となる規定を設けることが提案されていたが,請負人に報酬全額の請求を認めるべきではない事案があり得るなどの理由から反対意見があり,この規律によって請求することができる報酬の範囲が必ずしも明確ではないなどの
問題もあることなどから,現行法と同様に 536 条
2 項により規律されることになった 12)。
4 委任契約
委任の履行が中途で終わった場合の報酬請求権については,現行法でも,受任者に帰責事由なく履行の中途で終了したときは,受任者は既履行の割合に応じて報酬請求ができるとされていた(現 648 条 3 項)。これは,委任の報酬が一定の期間にわたる事務処理の労務に対して支払われるという方式を念頭においたものであり,このような方式
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においては,割合的な報酬請求を認めることがその性質に適合すると考えられることによる 13)。一方で,現行法は受任者に帰責事由がある場合には割合的な報酬の請求権を認めておらず,これに対しては,報酬支払の方式において委任と類似する雇用においては,解釈上,労働者に帰責事由がある場合であっても,既に労務に服した期間について報酬請求権が認められており,この考え方が明文化されたことに合わせ,雇用と類似する報酬支払方式の委任においても,雇用と別異に解する合理的な理由が見当たらず,受任者に帰責事由があるときであっても,既に履行した事務処理に対する割合的な報酬請求権を認めるべきであるとして,委任の終了が受任者の帰責事由によるものであるか否かにかかわらず,既履行の割合に応じた
報酬請求が認められることになった(648 条 3項)14)。
また,一定期間の事務処理の労務に対してではなく,事務処理による一定の成果に対して報酬が支払われるという請負に類似した方式の場合についてはこれまで規定はなかったが,委任事務の処理による成果に対して報酬を支払う方式が採られた委任は,仕事の完成義務を負わない点で請負契約とは異なるものの,事務処理を履行しただけでなく,成果が生じてはじめて報酬を請求することができる点で請負に類似していることから 15),そのような委任においては,請負と同様の規律をおくべきとして,報酬は成果の引渡しと同時とする規定が新設された(648 条の 2 第 1 項)。成果完
成型の委任が中途で終了した場合についても,請負と同様の規律をおくことが望ましいとして 16),前述の 634 条が準用されることになった(同条第 2 項)。
このように,2017 年改正は現行法の枠組みを大きく変えずに,一部で各役務提供契約規定の整合性を図っている。そこで次では,現行法成立の背景を概観しよう。
Ⅲ 現行民法起草過程における役務提供契約
1 大陸法における役務提供契約 17)
(1)ローマ法
ローマ法において,人の役務の提供に関する契約は,種々の法律関係を含む賃約の一類型とされた 18)。そこには,労務の賃約である雇用と仕事の賃約である請負が含まれていた 19)。雇用と請負は報酬を支払うことにより「他人の役務」を利用する契約である点で共通するが,雇用が働くこと自体を目的とし,役務提供者は債権者の指図のもとに行為し,経済的リスクは債権者側が負担するのに対し,請負は一定の成果を目的とし,役務提供者は債権者の指図を受けることなく仕事を行い,経済的なリスクは債務者側が負担する点で異なるとされていた 20)。
一方,今日では役務提供契約の一類型であるとされる委任は,賃約とは異なる独立の類型とされ,それは,一方当事者が他方当事者のために事実行為あるいは法律行為を無償で行うものとされていた 21)。その特徴としては,①無償性,②他人のための事務の処理,③人格的信頼関係,④委任は内部関係であり対外的効果を発生しない点,にあった 22)。授業教授や医師・弁護士の役務提供のような高等労務については,xxな地位にある自由人の威厳ある行為を借りることは無礼であるとされ,社会的に高貴な地位にある者はその役務を報酬によらずに任意に提供し,約束された報酬を契約の対価としてではなく,お礼として受け
取るとされ,そのような役務提供は,前述①の無償の基準により特徴付けられる委任の対象とされた 23)。
(2)賃約を承継する立法例
1804 年のフランス民法典 24)は,1708 条において「物の賃貸借」と「仕事の賃貸借」という二つの賃貸借を規定し,仕事の賃貸借については, 1710 条において,「仕事の賃貸借とは,当事者の一方が,当事者間で合意される代価と引替えに,他方のためにあることを行うことを約する契約で
ある」と規定した。この仕事の賃貸借については, 1779 条に規定があり,労働を行う者の賃貸借(同条 1 号),運送人の賃貸借(同条 2 号),建築家等の賃貸借(同条 3 号)がそれに含められた。一方委任については,1984 条 1 項において,「委任または委任状はある者が他の者に委任者のためにかつ委任者の名において何らかのことがらを行う権限を付与する行為である」と規定され,代理と結びついた行為と定義づけられた。
1811 年のオーストリア一般民法典は,1151 条
1 項において「当事者の一方が,他方のために,労務の供給について一定期間の契約を結んだときは,雇用契約が成立する。当事者の一方が報酬の対価として仕事の完成を請け負ったときは,請負契約である。」と定めた。
1865 年のイタリア王国民法典は,1588 条で「賃貸契約は物件もしくは作業をもってその標準とする」として二つの賃貸について定め,1570 条において,「作業の賃貸とは一種の契約にして,これにより結約者の一方が,約束せる賃金をもって,他の一方のためにその作業をなすところのものをいう」と定義づけた 25)。
(3)ドイツ民法典xx
役務提供契約に関するローマ法の類型方式はドイツ・パンデクテン法学にも受け継がれた 26)が, 1794 年のプロイセン一般ラント法において賃貸借概念の下で統一的に配置する類型方式から初めて断絶され,役務の賃貸借としてまとめられていた雇用と請負は,「主人と使用人の契約(雇用契約)(Ⅰ .11.869 条以下),と「請負契約」(925 条以下)に分類され 27),雇用は一定の活動を義務づけるものであり,請負は一定の活動の成果を義務づけるものであるとされた。この考え方は 1881 年のスイス債務法でも見ることができ,1896 年のドイツ民法典において貫徹された 28)。
一方委任であるが,ドイツ普通法時代になり法律行為の代理が認められるようになってからは,専ら代理との関係で論じられ,雇用・請負との関係で論じられることはなかった 29)。
(4)成立時のドイツ民法典(BGB)
BGB 制定過程において,1888 年の第一草案では,雇用と請負は一つの節の下に「雇用および請負」とまとめられ,その中に,第 1 款「雇用契約」,第 2 款「請負契約」,第 3 款「仲介契約」の三つの契約がおかれた。この構成はドレスデン草案による 30)。雇用と請負はひとつの節にまとめられたが,雇用は役務そのものに対して報酬が約束されるのに対し,請負は役務の成果に対して報酬が約束される点で異なっていた 31)。
1896 年の BGB では,役務提供に関連する契約として,第 6 節「雇用契約」(611 条以下),第 7節「請負契約」(631 条以下),第 8 節「仲介契約」
(652 条以下),第 10 節「委任」(662 条以下)が規定された。このうち,雇用と請負は対価として労務の提供を約束する有償双務諾成契約であり,一方で委任は無償片務諾成契約とされ,委任の節の中に有償の事務処理を目的とする,いわゆる「有償事務処理契約」についての規定もおかれたが
(675 条),これは委任の規定が準用される雇用または請負を指し,委任の無償原則は貫徹された。ローマ法において高等労務とされた医師等につ いては,弁護士や医師が雇用あるいは請負規定適用に反対したにもかかわらず,612 条 2 項に「雇用契約の対象はあらゆる種類の労務とすることができる」と規定し,雇用はあらゆる役務提供に関
する包括的な契約類型とされた 32)。
2 旧民法起草過程における役務提供契約 33)
(1)ボアソナード草案 34)
一方のわが国であるが,まず,いわゆる旧民法がフランス法学者ボアソナードを中心に起草され,いくつかの草案を経て 1890 年に公布された。役務提供契約に関しては,フランス民法が参照され,ローマ法の流れをくんでいた。
1886 年の民法編纂局上申案では,第21 章に「使役,労力及び工作の賃貸」の規定があった。その中に,第 1 節「使役の賃貸」,第 2 節「就業契約」,第 3 節「海陸運送の賃貸」,第 4 節「工作及び工業の賃貸」がおかれていた。「使役の賃貸」については,「使役人,番頭,手代その他主人の身に附侍し,又は家に奉仕する僕婢並びに労務者又は
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日雇人及び農業又は工作の職工は,1 年,1 月又は 1 日の極めに因り其の定期に定めたる賃銀にて各其使役を賃貸することを得」(1458 条 1 項)と定め,次条において,「前条に掲げたる人々の使役の賃貸は一定の時間に就いても約することを得」(1459 条 1 項)とされていた。すなわち,使役の賃貸借とは,一定の期間で賃金が支払われる契約であるとされた。そして,これら使役の賃貸に関する規定は,前述の者だけでなく,「俳優,音楽師,踏舞師,手術師と演劇,観物その他公衆の観覧に供する諸般の遊戯営業人との間に結びたる賃貸契約に適用」(1463 条 1 項)し,「その他撃剣,武芸,手細工又は工業の授業者又は教師及び獣医にも亦この規定を適用す」(同条 2 項)ると定められていた。一方で,高等労務については,
「医師,代言人,学術,文学,心芸又は美術の教師は其の労務を賃貸するものにあらず」とされ,第 1 節の最後に特別の規定がおかれていた(1464条)。
今日の請負については,特別の請負である運送を除き,第 4 節「工作及び工業の賃貸」が相当し,それは,「一個人工業又は手工に係る特定仕事の全部の為め若は其種々の部分又は尺度の為め請負にて即予定の代償を以て其の仕事を執行することに任ずる場合に於て仕事の注文者より重立たる材料を給するときは其合意は工作又は工業の賃貸なり又仕事を請合いたる製造人又は職工より材料及び仕事を給するときは其合意は仕事の執行に係る未必条件に従う売買なり」(1483 条)と定められていた。
一方,委任は,第 20 章「代理」に規定された 35)。すなわち,「代理とは一方の者が他の一方の者に委任者の名義を以て其の利益又は負担にて或る事を委任する契約」(1427 条)であるとされ,それは「総管代理(委任者の資産管理事務)」「限定(財産管理・処置・義務負担の集合)」「特別(限定代理の中の一つだけ)」の三つに分類された(1430条)。報酬については無償が原則であるとされたが(1429 条本文),「明瞭又暗黙なる反対の合意あるときはこの限りに在らず」(同条但書)とされた。
その後の再閲修正民法草案でも前述の区別は踏襲され,第 20 章「代理」,第 21 章「使役,労力
及び工作又は工業の賃貸」第 1 節「使役の賃貸」,
第 4 節「工作又は工業の賃貸」36)とされた。
(2)旧民法
旧民法では,財産取得編第 11 章「代理」(229 ~ 259 条),第 12 章「雇傭及ヒ仕事請負ノ契約」第
1 節「雇傭契約」,第 2 節「習業契約」,第 3 節「仕事請負契約」とされた。
委任は,委任と代理との関係(229 条),無償の原則(231 条)が規定された。
雇傭は,「使用人,番頭,手代,職工其他ノ雇傭人ハ年,月又ハ日ヲ以テ定メタル給料又ハ賃銀ヲ受ケテ労務ニ服スルコトヲ得」(260 条)と規定され,雇傭に関する規定は「角力,俳優,音曲師其他ノ芸人ト座元興行者トノ間ニ取結ヒタル雇傭契約ニ之ヲ適用」(265 条)されるが,「医師,弁護士及ヒ学芸教師ハ雇傭人ト為ラ」(266 条)ないとされ,同条において特別に規律された。
請負は,「工技又ハ労力ヲ以テスル或ル仕事ヲ其全部又ハ一分ニ付キ予定代価ニテ為スノ合意ハ注文者ヨリ主タル材料ヲ供スルトキハ仕事ノ請負ナリ若シ請負人ヨリ主タル材料ト仕事トヲ供スルトキハ仕事ヲ為ス可キ条件附ノ売買ナリ」(275 条)とされた。
3 現行法起草過程における役務提供契約 37)
現行法起草作業では,旧民法のほかにフランスを含めた多くの国々の法律・法案も参照され,同時期に立法作業にあったドイツ民法も草案段階で参照された。
(1)編成および雇用と請負の相違点
旧民法ではひとつの章にまとめて規定されていた「雇傭契約」「習業契約」「請負契約」について,
「本案ニ於キマシテハ是ヲ同種類ノ中ノ小別ケトシナイデ節ヲ並ベ」(xx 455 頁)ることとされた 38)。その際,これらの区分の仕方としては,
①区別せずに労力の賃貸借として同じ規定を適用する方式,②賃貸借の中で「物の賃貸借」と「労力の賃貸借」を区分し,雇用と請負は性質上同じものであるので労力の賃貸借の一種とするが,適用条文を区別する方式,③労力の賃貸借だけを別
立てとし,その中に雇用と請負を規定する方式,
④雇用と請負とを全く別種の契約として規定する方式があるが,本案では④の方式にならい,雇用と請負とを独立の契約とした(xx 525,526 頁)39)。その理由として,①学理上からも,実際上からも両契約は異なること,②性質上から,雇用はその仕事自身を目的としているのに対し,請負はその仕事の結果を目的としていること,③実際上からも,雇用は人の方に関係が多いのに対し,請負は人的関係ではなく仕事の出来栄えに重点があること,④それゆえ,雇用は一つの労力を賃貸したような形であり賃貸借に似通った規定が当てはまるのに対し,請負は一つの労力の結果を売ったような形であり売買の規定が当てはまるものが多いことがあげられている(xx 526 頁)。すなわち,雇用は労力と報酬とが対価的関係にある契約であるのに対し,請負は労力そのものではなく仕事の結果と報酬とが対価的関係にあるとされた。
(2)雇傭契約
「雇傭」という用語については,旧民法では含まれていなかった「代言ヲ傭フトカ教師ヲ雇フトカ云フコト決シテ然ウ云フ事ガ実際上当ラヌコトデモアリマセヌ又大ニ人ニ関係ガアツテ結果ガ同ジト思」うので「雇傭」という字を当て(xx 456 頁),これには各種の労務が含まれることにな
り(xx 458 頁),旧民法では含まれないとされていた高等労務については,工業等が発達して労力が大変世の中で貴ばれるようになるまではこれらは民法に規定されないことが栄誉とされていたが,近世に至ってはこの考え方が一変していることから,単に「労務」と書きこの中に含むこととされた(xx 457 頁)。
「労務に服する」という表現については,雇用と請負の区分を明確にするため,「労務ニ服スルコトヲ約シ」と規定し,「雇用ト云フモノハ其労務自身ガ即チ其契約ノ目的デアル」ことを示したと説明された(xx 458 頁)40)。
旧民法の「時間で給料が定まる」という要素については,「歴史上奴隷等ヲ厭ヒマスルヨウナ感情カラ時ガ極ツテ居ラヌト雇傭ハ成立タヌト云フ説カラ」規定されたものであろうと考え,本案で
は要素としないとされた(xx 460 頁)。
(3)請負契約
雇用との区別を明らかにするため,仕事の完成を目的とする契約として定義づけられた請負であるが,旧民法のような「注文者による材料提供」という限定はなく,その対象を物の製作請負に限定せず,物の修繕のほか,人や荷物の運搬,マッサージなども請負に含まれるとされた(xx 527頁以下)。
(4)委任契約
従来は雇用・請負との関連で論じられることのなかった委任であるが,高等労務が雇用に含まれることになり,また,代理関係に限定されることなく,さらには有償委任も認めることにより,他の役務提供契約,とりわけ雇用との境界が問題となった。そこで,委任についてはその対象を「法律行為」に限定することにより雇用との区別を図る提案がなされた(xx 584 頁)。この点について
は,ドイツは第 1 草案から第 2 草案への流れの中で委任を無償と変更したことにより「雇用トノ分界ハ立派ニ」説明できることになったが,しかしそれでは「普通ノ観念ニ悖ル」ので我が国ではそのような主義を採用せず,雇用と委任との区別を学問上明らかにするために委任を法律行為に限定することに同意したとの説明があった(xx 588, 589 頁)。法律行為でない行為を無報酬で委任した場合にはどうなるかという問いに対し,xxは
「夫レハ無形契約ト言フカ何シロ雇傭ニモ委任ニモ這入ラヌ……」と答えに窮したが,最終的には
「法律行為」に限定する本案が可決された。しかしその後の整理会において「本節ノ規定ハ法律行為ニ非サル事務ヲ委任シタル場合ニ之ヲ準用ス」
(現行 656 条に相当)との規定が提案された。その理由として,雇用の対象が広くなった結果,雇用と委任との分界がはっきりたたなくなることから委任は法律行為に限定したが,法律行為でないことにも委任の規定が一般に当てはまらなければならず,法律行為でない委任でも一方の意思で解釈することができるあるいは報酬のないものと推定するということが当てはまってよいと考え,ま
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た,対象を法律行為としたところで弁護士などは雇用と委任との二つの性質を持っており分界ははっきりたたないから,原則として雇用と区別するためにその対象を法律行為としておいて,法律行為でない事務の委託も認める規定をおけば,
「私ノ気使フ所ノ心配ハナクナルト思フテ此條ヲ入レマシタ」と説明された 41)。
(5)現行法起草時の役務提供契約の境界
雇用は「労務に服する」という表現により労務そのものが報酬と対価的関係にあり,請負は「仕事の完成」という表現により仕事の結果が対価的関係にあるとされ,仕事の完成を目的としない有償役務提供は雇用の対象となった。一方で,それまでは代理との関係で論じられ,「雇用」「請負」とは関連づけられることのなかった「委任」が同類型として組み込まれることにより,各契約の区分とりわけ雇用と委任との区分に立法者は苦悩することになり,一度は「法律行為」に限定する区分をおいたが,準委任規定をおいたことにより,委任の性質も不明確となり,その結果,各契約の境界が不明確となった。さらに,報酬との対価的関係により境界づけられた「雇用」と「請負」であったが,委任の必要性がますます高まってきている社会においては事実と異なる(xx 625 頁)として有償委任も認めることになり,そして無償委任にも当てはまる受任者の「善管注意義務」が受任者(債務者)の義務とされ,有償委任において報酬と対価的関係に立つものが何かということ
が必ずしも明らかにされないまま,「雇用」「請負」と並列的に規定されてしまったことも委任と他の契約との境界を不明確にした要因であろう 42)。次には立法後の代表的な学説をみてみよう。
Ⅳ 現行法起草後の役務提供契約の異同 43)
1 第二次世界大戦前の学説
(1)xx説
xxは以下のように説明する。人の労務を目的とする契約には「雇傭」「請負」「委任」があり,これらは「労務者ヲシテ作為ノ債務ヲ負担スル」
契約であり,財産権の移転を目的とする契約とも物の使用収益を目的とする契約とも異なる 44)。そして,有償委任,準委任を認める我が民法の下では,とりわけ雇傭と委任との区別は困難であるが,当事者が相互の労務と報酬とを交換することを主たる目的としたときは雇用であり,当事者の一方が相手方を信頼し事務の処理を行わせることを主たる目的としたときは委任である 45)。雇用契約の「労務」はあらゆる労力を指し 46),労務者は使用者に対して契約の本旨に従い労務に服する義務を負う 47)。また,雇用契約では労務者をしてその身体に拘束(「覊絆」と表現されている)を受ける結果を生じるから,労務の性質が公序良俗に反しないかを審査する必要がある 48)。
き はん
請負は仕事の完成を約することに特質があり,民法は仕事の範囲を限定していないことから,人の労務によって達せられるべき結果はすべて請負の目的となる 49)。
(2)xx説
xxは「労務供給ヲ目的トスル契約」の節の中に,第 1 款「雇傭」,第 2 款「請負」,第 4 款「委任」をおき 50),それらの分類については,雇用は「有償で単純な労務供給を目的とする契約」であり,請負は「労務供給の方法によりその結果たる仕事を給付することを目的とする契約」であり,委任は「事務の処理を目的とする契約」であるとする 51)。労務に服するとは使用者のために労力そのものを供給することをいい,労務についてはすべてのものが含まれ 52),労務者は,「契約の主旨,取引の慣習および誠実の要求するところに従い」労務を供給する義務を負うとする 53)。
一方,請負は労務による結果を作出することを目的とする点で雇用と区別されるが,実際上は両者の区別は困難な場合も少なくないと指摘する 54)。委任との関係では,一定の法律行為その他の事務の処理を委託する場合において報酬が一定の事務の結果を作出した場合にのみ支払われる約束があったとしても,それは請負ではなく委任または準委任である 55)。
委任の目的である事務が何であるかは困難な問題であり,学説には①無制限説(委任は当事者相
互の信任を基礎として事務を委託する契約である),
②行為の種類に制限を求める説(それは,法律的行為説,経済的行為説,に分けられる),③行為の目的を標準とする説(事務とは労務の供給によって到達されるべき一定の目的を有する事件をいい,その目的の種類および目的到達のために必要な労務の
種類如何を問わない)があるが,③の行為の目的を標準とする説が正当であるとする 56)。理由として,事務とその処理のためにする受任者の労務とは別個の観念であり,労務そのものの供給を目的とする契約(雇用)と他人をして事務を処理させることを目的とする契約(委任)とは別種の契約であることなどをあげる 57)。
(3)鳩山説
鳩山は以下のように述べる。雇用はxxの労務供給契約に属するが,労務に服すること,すなわち労務を供することを目的とする点で,仕事の完成を目的とする請負,事務の処理を目的とする委任(準委任)とは異なる。雇用と請負はこのような差異があることから,雇用は労務者が労務を供するときは結果が生じなくとも報酬を支払うことが必要であるのに対し,請負は仕事が完成しないときすなわち結果が生じないときは報酬を支払う必要がない。そして,雇用においては労務者は使用者の指揮を受けるのに対し,請負においては請負人は注文者の指揮を受けないことが多いが,こ
れは常態であるにとどまり,これをもって両者の区別の標準することは誤りである 58)。
雇用の労務の種類を問わないことについて,日本はドイツのようなxxの規定をおいていないが,解釈上,明らかである 59)。労務者の義務は,労務に服することすなわち労務を提供することであり,労務の内容および供給の方法は契約で定めるところによる。労務供給の方法については使用者の指揮に従うことを要するのが常であるが,いわゆる高等労務については必ずしも使用者の指揮に従うことは必要でない 60)。
請負は仕事の完成を目的とする契約であり,仕事には有形の結果も無形の結果も含み,仕事の完成とは労務によって結果を発生させることをいうから,雇用とは異なり,労務は直接の契約の目的
ではない 61)。
委任は「他人の事務を処理する債務」を生じるところにその特色があり,その目的は委任者が決定するが,目的達成のために事務を処理するにあたっては受任者が多少の決定権を有し,これは委任が特に信任関係に基づくものであるからであり,この点において雇用と異なり,労務の供給はただ事務処理の手段であるにとどまり,また,仕事の完成それ自身を目的とするものではない点で,請負とは異なる 62)。
(4)xx説
xxは,xxがあげる受任者の決定権という委任の特色をさらに進めて,「受任者は其委託された事務につき自己の裁量を以て之を處理することが出来る」が,これに対して,雇用においては「使用者の指揮命令に服して労務を給付しなければならぬ」とする。すなわち,現代における労務契約を理解するためには,民法所定の雇用の定義のみでは不十分であり,「雇傭契約から使用者に指揮命令権の発生する所に現代労務契約の特質があり」,請負,委任との区別の一標準があるとする 63)64)。そして,雇用契約の効力として,被用者にはxx義務があり,「被用者は使用者の指揮命令に従つて労務を供給しなければならぬ」とする 65)。すなわち,契約成立にあたり労働者は「労務ニ服スルコト」を約するが,雇用契約が成立した結果,使用者には指揮監督命令権(支配権)が発生すると指摘している。
2 人的従属性概念の出現(雇用契約の限定)と委任契約の拡張 66)
第二次世界大戦後になり,労働基準法が制定されると,そこでの労働契約概念が民法の雇用概念にも影響を与え 67),前述のxx見解がより進められることになる。
xxは「人格的従属性」が雇用の特質であると指摘した 68)。
xxは,雇用では「特定の仕事を完成することが契約の内容とされるのではなく(請負との差),またその仕事が統一した事務としての契約の内容とされるのでもない(委任との差)。その結果,労
論 文 「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性
務者の労働を適宜に配置・按排し一定の目的を達成させることは,その労働を利用する者(使用者)の権限とされ,そこに使用者の指揮命令の権限を生ずる。そしてこの點が雇傭の重要な特色となる」69)とし,請負・委任では,労務者がその債務として負担した労務の給付について自主性を有するが,雇用では,その債務の目的が労務自体であるために,「必然的に使用者の指揮命令の権能を伴う」70)ことを指摘した。そして,民法の規定が「労務ニ服スル」としているのは,労務自体の給付を目的とする結果として使用者に労務についての指揮命令権を生じ,その意味において従属
的関係を生ずることを示す趣旨であろうとして 71),起草者とは異なる見解を示した。
一方で,雇用に従属性概念を組み入れた結果,従属性のない(低い)高等労務の多くは委任(まれに請負)と位置づけられることになり 72),さらに「民法の委任の規定は,他人の事務を處理する法律関係の通則ともいうべきものであ」り,「他人に信頼されてその者の事務を処理する地位にある者の関係については,法律が特に準用する旨を定めない場合にも,委任の規定を適用すべきであり,その際その関係を強いて委任契約関係として構成する─ないしは委任契約が合軆して併存するという─必要はないであろう」73)とした。
「要するに,委任は他の典型的な契約または契約以外の法律関係の存在を排斥して別個の存在を主張するほどの独自性を有するものではない。他人を信頼して事務の処理を委託する関係の存在する限りにおいて,他の法律関係にも浸透していく。その意味で,委任の規定は普遍性を有する」74)と指摘した。
このように,xxは雇用を限定的に(その結果として委任を拡張して)考える結果,「民法が雇傭とするものはすべて労働契約として考えてよ」く,「今や民法の雇傭はすべて労働法原理によって規律されるべきものであり,従つて労働基準法の適用外とされている雇傭にも……,一定の規定は,少なくともその精神においてこれを類推適用すべし」とする 75)。このようなxx説は,その後,民法学において通説化した 76)。
3 近時の民法体系書における雇用の扱いと債権法改正での議論 77)
近時の体系書・教科書は,雇用に関しては条文内容を概観するにとどまるものが多い。さらに,雇用に関する民法の規定は「時代的な意味しかな」く,民法の規定を廃止して労基法に一切任せてもよいと述べるものすらある 78)。このような態度について,民法学者であるxxは,「契約法はほかに解説すべきことが増えている一方ですので,このあたりは労働法の解説におまかせしましょう。実際上の理由はそのあたりにあると予想しますが,やはり雇用契約に関する民法の規定が適用される場面が実際には乏しくなっているのが決定的だろう」79)と推測する。
現行法(前三編)は制定から 100 年以上が過ぎた 2004 年に表記が現代語化され,雇用契約では,
「雇傭」が「雇用」に,「労務」が「労働」に,「服スル」が「従事する」に変更されたが,これは内容の変更を伴うものではなく,現在一般には用いられていなくなっている古めかしい表現を一般かつ平易な表現に改められたものであるとされた 80)。
社会が変容するにつれ,役務提供契約がより盛んになり,当事者の属性,当事者関係,役務の多様化といった立法時には想定していなかった要因が契約解釈に入り込むことにより,役務提供契約は拡張し,典型的役務提供契約の境界線も不明確になる一方で,いずれの契約にもきちんと組み入れることのできない契約も生み出されてきた。そこで,債権法改正の議論の際には,役務提供契約に関する総則規定の立法が学者から提案され 81),法制審議会民法(債権関係)部会においても,「準委任に代わる役務提供契約の受皿規定」新設の要
否が当初検討され,同時に,「将来的には民法典から『雇用』の規定を切り離して『労働契約法』に統合する」ことも提案された 82)が,この「受皿規定の創設」はxxxxの段階で断念された。代わって,受任者の知識,経験,技能その他の属性が主要な考慮要素となっていない事務処理の委任には,当事者の信頼関係を背景とする 651 条, 653 条を準用しないとして,準委任には様々な事務処理が広く含まれるとする規定を 656 条に付
け加えることにより準委任に受皿的な機能を持たせることが検討されたが 83),この提案も要綱仮案の段階で見送られることになり,結局,前述の通り各定義規定も変更されていない。
4 ドイツ法の状況
役務提供契約の多様化が進み,法がその対応を迫られていることは我が国固有の問題ではない。ドイツ民法は,委任を無償とし,労務によりもたらされる労働給付の概念基準が雇用に何らおかれていないことから,請負とはならない役務給付に関する契約の基礎を雇用の規定が形成する 84)。それゆえ様々な契約が雇用として問題となり, 2013 年に診療契約が雇用類似の契約として雇用の節の中に挿入された。
請負についても,1990 年の EC 指令(90/314/ EEC)を受け請負類似の契約として旅行契約が挿入され,さらに,2017 年には請負契約を細分化し,
「建築契約」 と「消費者建築契約」 を規定すると共に,請負契約類似の契約として「設計士契約および技術者契約」「建築業者契約」 を規定した。
また,労働者派遣の場面での請負契約の濫用を阻止するために,2017 年の労働者派遣法改正の際に,それまでの判例を考慮して新たに 611a 条に労働契約に関する規定がおかれた(「労働契約により労働者は,人的従属性において相手方の指揮に基づいて決定された労働の提供を義務づけられる。」)85)。このように,ドイツ民法は役務提供契約の細分 化により役務提供契約の多様化に対応しようとし
ているが,十分に対応し切れていない 86)。
Ⅴ 裁判例における雇用類似契約 87)
1 契約の性質決定と法適用
雇用契約に冷淡な学説の現状ではあるが,種々の要素を含む役務提供契約が問題となった場合,その解決を図るに際して,その契約が「雇用類似」のものであるかが問題となることは少なくない。実際の裁判例においては,その契約の性質を決定せずに,雇用契約あるいは労働契約との類似性から判断されることが多い。
2 請負契約における安全配慮義務
請負契約関係にある当事者間で請負人(下請負人も含む)に対する安全配慮義務が問題となった裁判例で,問題となる契約を雇用契約あるいは労働契約に類似する(それらに同視しうる)ものとして安全配慮義務を認めるものがある 88)。一方,問題となる当事者間の関係(使用従属関係あるいは指揮監督関係)から安全配慮義務を認めるものもある 89)。
安全配慮義務は,当事者間の密接な社会的接触関係にもとづきxxx上認められるものであることから,雇用との類似性をその根拠とすることは必須ではない。労務供給という過程において当事者間に使用従属関係が認められる場合には,労務受領者は労務供給者に対し安全配慮義務を負うべきだからである 90)。しかし,人的従属性概念が雇用契約の解釈の中で生み出され,安全配慮義務も雇用契約(あるいは労働契約)で問題となることが多いことからすれば,根拠として「雇用類似性」が必須ではないとしても,その概念もひとつの拠り所となり得る。
3 役務提供者からの任意解除
役務提供者からの任意解除が問題となる場合,ほとんどの裁判例では民法典の規定の適用ないしは類推適用が問題となっており,当該契約が典型契約のいずれに当てはまるのか,あるいはいずれに類似するのかの検討は不可欠である 91)。一方で,これらの契約は定義規定の要素のみで締結されるものは少なく,種々の要素・合意を含むことから,単純に当てはめることはできない。役務提供者から任意解除の主張がなされた場合には,指揮監督命令などの当事者の関係,契約で定められた権利・義務の内容,契約当事者の地位の優劣や力の強弱,具体的な役務の提供などを踏まえ,当事者の利益状況などを総合的に考慮し,具体的な条文の適否を判断すべきである。
裁判例においても,事案に現れた具体的事情から一方の当事者の主張する「契約関係の解消」を認めることが妥当であるとされる場合に,「雇用類似」という要素から,628 条を適用ないし類推
論 文 「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性
適用するものがある 92)。この点で,雇用規定に役務提供契約の総則規定的な意義が与えられているといえる。
Ⅵ お わ り に
1 役務提供契約概念の意義 93)
立法過程での議論からも明らかなように,「雇用」「請負」「委任」の各契約は,境界が明確に画定できるものではない。さらには,サービス経済化が進行し,役務の提供に関する環境が変容するにつれ,それらは交錯し合い,その境界はより不明確となり,確定は困難になっている。この点では,役務提供規定の受け皿規定の創設が検討されたことには意義があった。近時のヨーロッパでも,1992 年全面改正のオランダ民法典が「役務の提供」について章を設け(ここでの対象は,我が国における委任・準委任が中心である),2005 年にヨーロッパ民法典に関するスタディグループが公表した提案(PELSC)でも「一方当事者(役務提供者)が他方当事者(依頼人)のために有償で役務を提供する契約に適用」(1:101 条)される総則規定を提案し(委任はここには含まれない),ヨーロッパ民法の制定を目指して起草された 2009 年のヨーロッパ共通参照枠草案(DCFR)でも役務の提供に関する総則規定が創設されている
(委任は含まれない)。これらは,委任を他の役務
提供契約と同列に扱っていない。雇用についてはオランダ民法典が請負などと同列の契約として配置するのに対し,PELSC,DCFR は当事者の非対称性を生じやすい(あるいは内在している)雇用については役務提供契約の対象としていない。ここで検討対象とされた契約と解決方法については,改めて我が国への有用性を検討する必要があるが 94),今後は,解釈の場面で,役務の多様性に対応した役務提供契約全般に関係する総則的な解釈を検討する必要がある 95)。
2 雇用契約規定の有用性
一方で,典型契約とそれに関する規定は具体的な問題解決の根拠として重要であることから,そ
の有用性を改めて確認する必要がある。これまでの通説は,従属性概念を解釈で組み入れることにより民法上の雇用概念を限定し,他方で準委任規定の適用場面を拡張し,役務提供契約の受け皿的規定としてきた。しかし,対等で平等な当事者を想定して規定された役務提供契約の総則規定としての雇用規定は,当事者の信頼関係が強調される
(準)委任規定よりも総則としての機能を有するといえ,また,報酬に関する規定の整備が行われた改正後民法のもとでは,より通用性があるといえる 96)。そして,役務提供契約が問題となった場合に,「雇用類似概念」の要素を通じ,雇用規定(考え方)がより所となりうることは前述の通りである。
3 雇用契約と労働契約
雇用契約と労働契約との関係につき,①同一説,②峻別説,③新たな峻別説,が主張されていることはここで改めて述べる必要はないであろう97)。これまでの民法学説の多くは,同一説の立場から雇用規定に冷淡であった。しかし,近時では,民法典の雇用の意義を見直し,概念確定の観点から新たな峻別説を支持するものがみられる。中田は,①「刑事罰や行政監督による公法的規制である労働基準法及びその枠内の労働契約法が『規制対象』とする労働契約と,典型契約の一つとして,当事者の契約自由を支援する民法の雇用とでは,観点が異な」り,労働法の規制対象という観点のみで民法の概念区分を決定することは,典型契約の本質的性質に関する一般的検討を制約し,また,雇用や委任の概念を,その固有の意義にかかわらず,外から制約すること,②「契約の性質は,当事者の付した名称だけでなく,実質によって判断されるが,それは具体的契約の法的性質決定の問題であり,雇用・請負・委任の各典型契約の概念確定の問題とは次元が異な」り,「民法上,雇用である場合のほかに,請負や委任とされる場合
であっても,『労働契約』に該当することがある」ことから,新たな峻別説の方向を支持する 98)。
具体的問題解決にあたっては,法的性質決定は重要であるが(前述の「従属性」や「雇用類似概念」),それは契約の性質決定に影響を及ぼすもの
ではないことはこれまでみてきたとおりであり
(たとえば,従属的な請負も存在しうるし,雇用類似の性質を有する委任も存在しうる),本稿も中田と同様に新たな峻別説の立場を支持したい。
4 まとめにかえて
「雇用」「請負」「委任」という概念は歴史的発展の中で生み出されたものであるが,その境界は必ずしも明確ではなく,また,社会の発展・変容に伴い不明確な場面も増えてきている。それに対応すべく,たとえばドイツ民法は新たな契約概念を法典上に創設しているが,新たな契約現象が生まれるたびに繰り返す必要が生じ,適切ではない。それよりも,具体的問題で現れる要素を考慮した上で法的性質を決定し,その要素から適用すべき条文を解釈により導きだし,妥当な結論を導くべきである。報酬に関する規定の整備が進んだ改正法のもとでは,問題となる契約を特徴づける要素から,民法の規定の適用可能性,さらには,労働法による規律の可能性を検討する必要があろう 99)。なお,終了に関する規定も判例などの見解を取り入れる形で整備され,この点についても検討したが,紙幅の関係上削除せざるを得なかった。注 77)の拙稿を参照願いたい。
1)寄託契約は他の 3 種類の契約とは異なるとの見解も存在する。幾代・広中編『新版注釈民法(16)』〔幾代通〕(有斐閣, 1989)1 頁を参照。
2)1898 年施行の民法を現行法,2017 年に成立した民法を改正法とよぶ。 3)請負において売買規定との整合性が図られこの点は従来からの大きな転換があるが,本稿では扱わない。 4)幾代・前掲注 1)58 頁以下。
5)536 条 2 項については,履行拒絶権構成への修正に伴う文言の修正はあったが,本稿に関して解釈上の変更はない。 6)最判昭 37・7・20 民集 16 巻 8 号 1656 頁等。
7)幾代・前掲注 1)39 頁以下等。
8)『民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明』(商事法務,2013)506 頁。 9)法制審議会民法(債権関係)部会第 96 回会議資料(部会資料 83-2)「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(案)補充説明」49 頁。
10)最判昭 52・2・22 民集 31 巻 1 号 79 頁等。
11)最判昭 56・2・17 判時 996 号 61 頁等。
12)法制審議会民法(債権関係)部会第 93 回会議資料(部会資料 81-3)「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案の原案(その3)補充説明」18 頁。
13)法制審議会民法(債権関係)部会第 81 回会議資料(部会資料 72A)「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(6)」13,14 頁。
14)前掲注 13)14 頁。
15)前掲注 13)12 頁。
16)前掲注 13)14 頁。
17)この点につき,拙稿「請負契約─役務提供契約の一類型としての請負契約」円谷峻編『社会の変容と民法典』(成文堂, 2010 年)397 頁以下,同「ヨーロッパ私法における役務提供
契約」法論 84 巻 2 = 3 号(2012)1 頁以下も参照。 18)Vgl. Zimmermann, The Law of Obligations(1996)338ff. 19)Coing, Europäisches Privatrecht Bd. Ⅱ ,§96, 1989.
20)クリンゲンベルク(瀧澤栄治訳)『ローマ債権法講義』(大学教育出版,2001)240,241 頁。
21)Coing, aaO.(Fn.19), S. 487ff. 22)クリンゲンベルク・前掲注 20)256 頁。 23)Kaiser/Stoffels/Staudinger/Ruchardi, Eckpfeiler des
Zivilrechts, 6. Aufl. 2018, S. 1010.
24)条文訳は法務大臣官房司法法制調査部編(稲本洋之助監訳)
『フランス民法典─物権・債権関係』(法曹会,1982)による。また,フランスにおける役務提供契約に関する論文として,後藤元伸「役務提供契約における典型契約としての請負契約・委任契約」潮見佳男ほか編『民法学の軌跡と展望』(日本評論社,2002)233 頁以下が,性質決定の観点からフランスの請負契約法を検討する論文として,都築満雄「フランスにおける請負契約の性質決定と再定位の議論に見る各種契約の一般理論と新たな契約の分類(1)(2・完)」南山法学 37巻 3 = 4 号 149 頁以下,38 巻 1 号 135 頁以下( 共に 2014)がある。
25)条文訳については,ヲルシエ(光妙寺三郎訳)『伊太利王國民法完』(司法省版,1882)を参照し,修正した。
26)Windscheid, Lehrbuch des Pandektenrechts Bd.2, 6.Aufl., 1887, §399.
27)Kaiser/Stoffels/Staudinger/Ruchardi, aaO.(Fn. 23). 28)Coing,aaO.(Fn.19).
29)Coing,aaO.(Fn.19).
30)Jakobbs/Schubert, Die Beratung des BGB, Recht der Schuldverhältnisse, Bd Ⅱ , 1980, S. 533ff.
31)Kaiser/Stoffels/Staudinger/Ruchardi,aaO.(Fn. 23). 32)なお,高等労務に関しては,627 条にのみ規定がおかれた。
33)以下については,623 条を中心に水町勇一郎「民法 623 条」土田道夫編『債権法改正と労働法』(商事法務,2012)2 頁以下にも検討がある。本稿でも参照した。
34)ボアソナード草案については複数のものが存在することが知られている。その位置づけについては,大久保泰甫 = 高橋良彰『ボワソナード民法典の編纂』(雄松堂出版 , 1999)8頁を参照。条文については適宜常用漢字ひらがな化した。
35)その位置づけであるが,第 19 章「寄託及び監守」の次におかれた。
36)『ボアソナード氏起稿 再閲修正民法草案註釈』では「工作及び工業の賃貸」とある。
37)現行法起草過程の審議資料は,商事法務版『法典調査会民法議事速記録四』(商事法務研究会,1984)を用いた。本文において(発言者頁)として示しているのは本資料による。また,民法起草過程の議論については,鎌田耕一「雇傭・請負・委任契約と労働契約」横井芳弘等編『市民社会の変容と労働法』(信山社,2005)157 頁以下,坂本武憲「役務提供契約」(特集「債権法改正の基本方針」を読む)法時 81 巻 10 号(2009)62 頁,拙稿・前掲注 17)「請負契約」403 頁以下,水町・前掲注 33)4 頁以下も参照。
38)習業契約については,「仮議定になった目録」には記載されていたようであるが,雇用に含まれることになるので削除したとの説明がある(穂積 456 頁以下)。
39)なお,この区分は請負に際しての説明であるが,雇用の際
論 文 「雇用」「請負」「委任」の境界と雇用契約規定の有用性
の説明とは異なっている。穂積 455,456 頁,坂本・前掲注 37)63 頁も参照。
40)起草者は,「労務ニ服スル」という表現に従属的な意味を含めていなかった。この点につき,鎌田・前掲注 37)159 頁以下,水町・前掲注 33)6 頁を参照。
41)廣中俊雄編『民法修正案(前三編)の理由書』〔富井〕(有斐閣,1987)735,736 頁。
42)鎌田・前掲注 37)159,160 頁,坂本・前掲注 37)63 頁,拙稿・前掲注 17)「請負」 406 頁も参照。
43)水町・前掲注 33)も参照。
44)横田秀雄『債権各論』(清水書店,1912)544 頁。
45)横田・前掲注 44)545,546 頁。ただし,高等労務については,雇用に含まれるが(543 頁),観念においてローマ法以来の思想が残存するとする(544,545 頁)。
46)横田・前掲注 44)542 頁。
47)横田・前掲注 44)557 頁。
48)横田・前掲注 44)551 頁。
49)横田・前掲注 44)571 頁。
50)第 3 款には,請負に類似するとして「懸賞契約」をおいている。末弘厳太郎『債権各論』(有斐閣,1918)656 頁。
51)末弘・前掲注 50)655,656 頁。
52)末弘・前掲注 50)657 頁。
53)末弘・前掲注 50)675 頁。
54)末弘・前掲注 50)689 頁。
55)末弘・前掲注 50)690 頁。
56)末弘・前掲注 50)741-745 頁。
57)末弘・前掲注 50)745,746 頁。
58)鳩山秀夫『日本債権法 各論下』(岩波書店,1916)516,
517 頁。
59)鳩山・前掲注 58)518 頁。
60)鳩山・前掲注 58)530,531 頁。
61)鳩山・前掲注 58)548,549 頁。
62)鳩山・前掲注 58)600 頁。
63)石田文次郎『債権各論講義』(弘文堂書房,1937)121,
122 頁。
64)水町・前掲注 33)7 頁注 17)もこのことを指摘するが,石田の他の文献(『契約の基礎理論』(有斐閣,1940))も参照し,「もっとも,石田は同時に,『雇傭契約関係では,単に使用者に労務請求権を与え,被傭者に賃銀請求権を与える準債権関係(原文では「純債権関係(筆者注)」)にすぎない』(前掲書 30 頁)とも述べている。このことからすると,石田が指摘している支配(従属性)とは,雇傭契約に内在する性質というより,雇傭契約から機能的に発展した現代労務契約
(戦後「労働契約」と呼ばれるもの)の特徴として挙げられているものと考えられる」とするが,石田は同文献で,「被傭者は労務を給する債務を負ふに止らず,必ず使用者の命令に服して働かなければならぬ。この使用者の有する支配権は,成立した雇傭契約から生ずる基本的な効力である。」(同書 30,31 頁),「以上の如く,雇傭契約に於ては,其の基本的効力として被傭者の労働力に對する支配権が発生する。」
(同書 32 頁)と述べている。 65)石田・前掲注 63)125 頁。
66)以下については,鎌田・前掲注 37)159 頁以下,水町・前掲注 33)7 頁以下に負うところが大きい。
67)水町・前掲注 33)7 頁。
68)山中康雄「労働契約の本質」季労 7 号(1953)24 頁以下。
69)我妻栄『債権各論中巻二(民法講義Ⅴ 3)』(岩波書店,
1962)532 頁。
70)我妻・前掲注 69)534 頁。
71)我妻・前掲注 69)541 頁。
72)同上。
73)我妻・前掲注 69)666 頁。
74)我妻・前掲注 69)667 頁。
75)我妻・前掲注 69)540 頁。
76)前掲注 1)注釈民法など。
77)以下の記述については,拙稿「裁判例における役務提供型契約と《雇用類似概念》」東洋法学 61 巻 3 号(2018)119 頁以下も参照。
78)平野裕之『契約法』(信山社,第 3 版,2008)539 頁。
79)山本敬三=野川忍「労働契約法制と民法理論」季労 210 号
〔山本発言〕。近江幸治『民法Ⅴ 契約法』(成文堂,第 3 版, 2006)241 頁も参照。
80)池田真朗編『新しい民法 現代語化の経緯と解説』(有斐閣,
2005)30 頁,130 頁。
81)松本恒雄「サービス契約」山本敬三ほか『債権法改正の課題と方向(別冊 NBL51 号)』(商事法務研究会,1998)202 頁。
82)民法(債権法)改正検討委員会編『詳解 債権法改正の基本方針Ⅴ 各種の契約(2)』(商事法務,2010)244 頁。
83)前掲注 8)499-505 頁。 84)Kaiser/Stoffels/Staudinger/Ruchardi,aaO.(Fn.23). 85)Kaiser/Stoffels/Staudinger/Ruchardi,aaO.(Fn.23). 86)もちろん,ドイツは EC 指令の国内法化に対応しなければ
ならず,基本法の改正にしろ,特別法の創設にしろ,立法化は必須である。
87)詳細は,拙稿・前掲注 77)を参照。
88)山口地下関支判昭 50・5・26 判時 806 号 76 頁,東京地判昭 57・3・29 判時 2057 号 82 頁,東京高判平 18・5・17 判タ 1241 号 119 頁等。
89)浦和地判平 8・3・22 判タ 914 号 162 頁,横浜地判平 2・
11・30 判タ 764 号 194 頁,前橋地判平 14・3・7 最高裁 HP等。
90)高橋眞『安全配慮義務の研究』(成文堂,1992)144 頁。
91)問題となった裁判例については,拙稿・前掲注 77)126 頁以下を参照。
92)東京地判平 28・1・18 判時 2316 号 63 頁。
93)以下について,引用も含め詳細は拙稿・前掲注 17)「ヨーロッパ」 14 頁以下を参照。
94)我が国では,請負においても当事者の非対称性が問題となることが多いことから(安全配慮義務や報酬支払の場面など),雇用と請負の異同についても改めて検討する必要があろう。
95)改正論議での役務提供契約の横断的な検討により,改正法において報酬に関する規定の整備が進んだ(中田裕康『契約法』(有斐閣,2017)488 頁。
96)和田は,民法の雇用に関する規定は「多様性を有している実態の最大公約数的な規定となる」と指摘する(和田肇「思想としての民法と労働法」法時 82 巻 11 号 11 頁(2010)。
97)学説については,鎌田・前掲注 37),水町・前掲注 33)およびそこであげられている文献を参照。
98)中田・前掲注 95)490 頁。
99)雇用規定の意義を考えるにあたっては,その法規の性質
(強行法性)も検討する必要がある。簡単には,拙稿・前掲注 77)130 頁以下を参照。また,民法および労働法を含む民事特別法に関する判例における強行法の問題については,拙稿「判例における強行法と任意法」近江幸治=椿寿夫編『強行法・任意法の研究』(成文堂,2018)595 頁以下も参照願いたい。
あしの・のりかず 東洋大学法学部教授。最近の主な著作に「裁判例における役務提供契約と《雇用類似概念》」(鎌田耕一教授 名雪健二教授退職記念号)東洋法学 61 巻 3号(2018)。民事法学専攻。