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第3編「債権」
第2部「各種の契約」 第1章「売買」/第2章「交換」 参考資料
民法( 債権法)改正委員会 全体会議
2009年1月31日
<第1章 売買>
Ⅰ 売買契約法の編成
1.売買契約規定の配置
【Ⅱ-7-1】(売買契約の配置) 売買契約に関する規定を、典型契約の最初に置くものとする。 |
〔関連条文〕 現民法549条、555条
【提案要旨】
現民法とは異なり、財産権移転型契約類型を、売買、交換、贈与の順序で規定するものとする趣旨である。この配列の順序は立法例によって異なっているが、(1)売買が双務有償契約の最も典型的な契約類型であること、(2)売買は実際の取引においても最も重要な契約類型の1つであること、 (3)民法の一般規定の多くが売買を典型例として想定していると考えられること、(4)贈与の規定には売買の規定に対する例外規定の性格を備えるものが少なくないこと等の事情を考慮して、現民法の配列を改め、まず、売買に関する規定を置き、同じく双務有償契約である交換契約を規定した後に、贈与の規定を置くという体裁をとることとする趣旨である。
【解説】
① 現民法は、「契約」の章において、総則規定の後にまず贈与の節を置き、次いで売買・交換の節を置くという体裁を採るが、比較法的に見ると、売買と贈与のいずれを先に規定するかについて考え方が分かれている。また、わが国の代表的な基本書・体系書においても、条文の順序にしたがい、まず贈与を先に論じた後に売買を取り上げるものと、売買について先に検討した後、贈与の説明を行うものとに分かれている。
ただし、贈与が財産権の移転に限られるのか、より広く無償の財産出捐をも包含する契約であるかについては、議論の余地があるが、ここでは財産権移転型として考える場合にどうなるかを検討する。
② 贈与を、財産権移転型契約の最もシンプルな形態である片務無償契約類型として先に規定し、次いで双務有償契約として売買・交換を規定することも1つの考え方ではあるが、(1)売買が双務有償契約の最も典型的な契約類型であること、(2)売買は実際の取引においても最も重要な契約類型の
1つであること、(3)民法の一般規定の多くが売買を典型例として想定していると考えられること、 (4)贈与の規定には売買の規定に対する例外規定の性格を備えるものが少なくないこと(契約の拘束力に関する550条、担保責任に関する551条のほか、負担付贈与に関する553条も参照)等の事情を考慮すると、まず、売買に関する規定を置き、同じく双務有償契約である交換契約を規定した後に、贈与の規定を置くという体裁に改めることが、より適切ではないかと思われる。
③ 財産移転型契約類型の配列の順序を変更することは、単に財産権移転型契約の問題にとどまら
ず、有償契約と無償契約の配列の仕方にも影響が及ぶ可能性がある。もっとも、②において掲げた根拠は、売買と贈与の関係についてはそのまま妥当するものではあるが、例えば、賃貸借と使用貸借の関係について同様に考えることができるかどうかは問題となりうる。また、消費貸借のように有償契約類型と無償契約類型の双方を含む契約類型や、請負契約や雇用契約のように、無償契約型を前提としない典型契約の配列についても検討が必要と考えられる。したがって、財産権移転型契約について、現民法の配列を変更することが当然に典型契約全体の配列の変更を伴うことにはならないことに留意する必要がある。
④ また、後にも述べるように、本提案においては、売買契約の諸規定が性質に反しない限り他の有償契約類型にも準用されるものとする現民法の立場を維持するものとしているが、無償契約類型をどのように整序するか、とくに贈与契約が無償契約類型一般に対してどのような関係に立つかも問題となる。この点に関する第2準備会の検討は贈与の部分で行われることになる。
2.売買契約の冒頭規定
旧提案 → 提案【Ⅱ-7-16】に統合。
3. 売買契約の対象
旧提案 → 提案【Ⅱ-7-16】に統合。
4. 規律対象とする売買契約
(1)消費者売買
【Ⅱ-7-6】(消費者売買) 消費者売買に関する特別規定を売買の中に置くものとする。また、消費者売買に関する項を独立に設けることはせず、個別の規定ごとに特別規定を置くものとする。 |
【提案要旨】
1 消費者売買に関する規定を民法の売買規定の中に置くかどうかは、一般私法としての民法という性格をどのように理解するかという基本問題と密接不可分に関連するものであるが、本提案は、日常的に行われる売買契約の多数が消費者売買であり、これを民法典の規律対象外とすることは一般市民のための法典という性格にも反すると考え、消費者売買に関する規定を民法の中に取り込むべきものと考える。
2 この場合において、個別の規定ごとに消費者売買に関する特別規定を置くことにより、消費者売買に関して特別規定を置く必要性をより明確に提示する。
3 ただし、売買規定中に消費者売買に関する特別規定を置くかどうかは、最終的には、消費者契約に関する諸規定を民法の中に取り込むべきかどうかという一般的方針に依存する。また、売買以外の典型契約についても消費者契約に関する特別の規定を定めるかどうかは、この一般方針のほか、各契約類型によってその必要性の有無と程度に相違があることをあわせて考慮する必要があると考えられる。
【解説】
① 消費者売買契約に限らず、消費者契約に関するルールを一般私法である民法典の中に取り込むべきかどうかについては、考え方が分かれうる。民法の一般私法性を強調し、当事者の属性による相違を考慮しない規定のみを置くべきであるとする立場を貫くときは、消費者契約類型に関するルールを置くべき場所は民法典ではないということになる。このような立場を採る立法例も見られる。
② しかし、日常的に行われる多くの取引、とりわけ売買が、事業者・消費者間において締結される消費者売買であるという実態を考慮すると、この契約を規律するルールの重要部分が民法の中に含まれていないことは、実質的な見地からすると、民法の一般私法性にかえって矛盾するのではないかと考えられる。
③ 消費者契約に関わる規定を民法の中に取り込むか、また取り込むとしてもどのような範囲で取り込むかは、民法改正の基本方針に関わるものであり、消費者売買に関する規定を民法の売買規定中に置くべきかどうかもこの基本方針に依存するが、第2準備会としては、②に述べた観点を重視して、消費者売買に関する規定についても、必要なかぎりにおいて、民法の売買契約中に規定することを提案するものである。
④ 比較法的に見ると、EU各国法の多くは、消費者売買に関する規定を民法の中に取り込んでいる。もっとも、EU各国における民法と消費者私法の関係の問題は、EU指令を国内法化する必要があることにも関連しているが、これらの国々の間でも規定の仕方に相違があることからも知られるように、消費者売買の民法典への取り込みについては、民法をどのような性格の法典として位置づけるかという基本的な考え方にも大きく依存している。わが国においては、EU各国におけるとは事情が異なり、民法典の性格をどう捉えるかという後者の観点が正面から問われることになる。
⑤ なお、消費者売買に関する規定を民法に取り込むことになると、売買以外の典型契約についても、それぞれ消費者契約に関する特別規定を置くかどうかを検討することが必要となる。この点も、第4準備会の検討に委ねられることが少なくないほか、消費者契約の取り込みに関する一般的方針に依存する。
体系的な一貫性からすれば、消費者売買に関する規定を民法の売買法の中に取り込むとすれば、他の典型契約についても、同様に消費者契約に関する特則を置くことが自然であるかに見える。 しかし、現時点における実際の必要性を考慮して、売買契約については今回の改正において必要な規定を整備するとともに、他の典型契約類型についても、消費者契約に関する特則の必要性が認識されれば、その時点で特別規定を民法に取り込むとする方針を採ることも可能である。ただ、段階的に消費者契約の各則的規定を民法の典型契約に取り込んでいくとすれば、民法の部分改正が頻繁に繰り返されることになりかねない。この懸念についても、基本方針を詰めて置く際にさらに検討が必要である。
⑥ 本提案を採る場合に、特定商取引法や割賦販売法の消費者私法規定についても、同様に民法の中に取り込むべきかどうかが問題となる。しかし、これらの規定は、個々の契約類型に適用が限られないという点で、どのような方法で民法の中に取り込むことが可能であるかという法技術的な問題があるほか、特別法が私法規定と事業者規制規定との一体的なルールから構成されており、前者のみを民法典に取り込むことはルールの分断化を招くという危険が大きく、他方、事業者規制規定をも取り込むことは民法の性格を大きく変容させることになる。したがって、民法中に置くべき消費者契約規定は、個別の契約に関する特別規定に限定することが適切である。
⑦ 消費者売買に関する私法規定を民法の売買中に置く場合にも、それを一まとめにして規定するか、個々の問題毎に個別的規定を置くかを考える必要があるが、売主・買主の権利義務関係が消費者売買であることを理由としてどのように変化するかを明らかにするという趣旨から、問題となる規定ごとに消費者売買に関する特則を置くこととする。
⑧ また、消費者売買を取り込む場合に、消費者および、その相手方となる事業者の概念をどのよ
うに定義するかという問題も生じるが、これは、第1準備会における検討結果に依存し、それにさらに限定を加える必要があるかどうかについては、各問題ごとに関連する規定に即して判断すべきものである。
⑨ また、消費者売買の定義を置くべきかどうかも問題となりうるが、消費者売買について特別規定の必要性が、消費者売主と事業者買主間の契約においてもありうること、事情に応じて、消費者が買主となる場合と消費者が売主となる場合を書き分ける必要がありうること等を考慮すると、消費者売買に関する一般的な定義規定を置く必要はないと考えられる。
(2)商事売買に関する商法規定の取り扱い
【Ⅱ-7-7】(商事売買に関する特則)
商事売買に関する商人間の特則規定については、民法の性質に反しない範囲で、一定の修正を加えて、民法の一般規定として、あるいは事業者間売買等に関する規定として、民法の売買規定中に規定を置くものとする。
〔関連条文〕 現商法524条~528条
〔関連提案〕 【Ⅱ-7- 7-1 】、【Ⅱ-7- 7-2 】、【Ⅱ-7-7 -3】
【Ⅱ-7- 7-4】
【提案要旨】
1 商事売買に関する特則のうち、現商法524条~526条については、一定の修正を加えることにより、民法の売買規定として一般化することができ。あるいは事業者間の売買に関する特別規定もしくは事業者を売主とする売買に関する特別規定として、民法の売買規定中に取り込むことができるものと考えられる。
2 具体的に、どのような規定をどのように取り込むかについては、各関連提案を参照。
【解説】
① 消費者売買の規定を民法典に取り込むとする方針を採ると、商事売買に関するルールについても、可能な限り民法典に取り込むことが適切であると考えられるが、その場合、民法の一般規定として取り込むことができるのか、あるいは商人間ないし事業者間に関する特別規定とするべきか等が問題となる。ここでは、提案要旨に述べた方針を確認することにとどめ、具体的な規定内容については、個々の規定に関する具体的な提案内容の部分で検討する。
(2-1)売主による目的物の供託・競売・任意売却
【Ⅱ- 7-7-1 】(事業者間売買における売主の供託権・競売権・任意売却権)
事業者間の売買において、売主の目的物供託権・競売権・任意売却権について以下の規定を置くものとする。
(1) 事業者間の売買において、売主が民法の一般規定によって供託をすることがで
きるときは、売主は売買の目的物を供託し、又は相当の期間を定めて催告をした後に競売に付することができる。この場合において、売主がその物を供託し、又は競
売に付したときは、遅滞なく、買主に対してその旨の通知を発しなければならない。 (2) 損傷その他の事由による価格の低落のおそれがある物は、前項の催告をしないで競売に付することができる。 (3) 前2項の場合において、目的物に取引所の相場その他の市場の相場があるときは、競売に代えて、任意売却をすることができる。 (4) 第1項・第2項の規定にしたがい売買の目的物を競売に付したとき、または第3項の規定にしたがい売買の目的物を任意売却したときは、売主は、その代価を供託しなければならない。ただし、その代価の全部又は一部を代金に充当することを妨げない。 |
〔関連条文〕 現商法524条
〔関連提案〕 【Ⅴ-2- 4】
【提案要旨】
1 現商法524条は、商事売買における特則として、民法の一般原則よりも緩やかな要件の下で、売主の供託権・競売権を認めているが、本提案は、商行為法WG最終報告書(以下、 WG報告書)に基づき、商事売買の売主の権利を事業者間の売買における売主の権利として、より一般化して民法の中に規定を置くとする第5準備会提案【Ⅴ-2 -4 】の(2)・(3)を踏襲するとともに、WG報告書で示唆されている自助売却権を強化するための手段として、(3)に定める要件の下で任意売却権を新たに認めようとするものである。
2 本提案に係る規定をどこに置くかが問題となりうる。第5準備会の関連提案との調整が問題となるが、事業者売買に限られた特則であることからすると、供託の一般規定に続けて規定を置くよりも、売買契約中に規定を置くことが適当であると考えられ、第5準備会においてもこの方針について異論がないと思われる。
【解説】
① 現商法524条は、民法の一般原則による供託・競売権に比して、一定の範囲で売主により有利な立場を認めている。具体的には、供託物の競売について現民法497条は裁判所の許可を得ることを要件とするのに対して、一般的には相当期間の催告を経ることにより、また目的物の性質等によっては相当期間の催告を経ることなく、競売を認めている。
② 第5準備会の上記提案【V- 2-4 】は、現商法524条の規定を事業者売買に拡大して、民法の中に取り込もうとするものである。もっとも、供託の要件として、現商法524条は買主の受領拒絶と受領不能のみを掲げているが、従前から、債権者不確知の場合にも類推適用されるとの解釈論が説かれてきたところであり、供託の要件を民法の原則に統一することは、従前の解釈論を確認したものにとどまる。
③ 本提案は、第5準備会提案を基本的には踏襲しつつ、現商法524条については、相当期間の催告が必要かどうか、競売による換価権を認めるのみで十分な救済手段といえるかどうかが問題とされていたこと、WG報告書においても、立法論として任意売却権を認めることが検討されていたことを考慮し、新たに任意売却権を認めようとするものである。競売手続が任意売却に対して有するメリットは、代金の決定手続が恣意的ではないことにあると考えられるが、その手続に要する時間と労力、それによって達成される売却代金の多寡を考慮すると、少なくとも、目的物について市場価格等が存在し(破産法58条参照)、任
意売却を認めても大きな問題を生じないと考えられる場合には、任意売却の可能性を認めることが実際的である。
④ このような規定を民法に取り込むとして、規定をどこに置くかが問題となる。第5準備会の提案が、供託に関する規定に続けて、その特則として規定を設けるべきであるとする趣旨を含むかどうかは定かではないが、事業者売買に限られた特則であることからすると、売買契約中に規定を置くことが適当ではないかと考えられる。
⑤ この場合において、1つの可能性として、買主の受領義務と関係づけて特則を定めることが考えられる。しかし、第1に、債権者不確知の場合を含めて考えると、受領義務の問題と必ずしも関連しない場合があり得る。第2に、売主の履行の提供が必要かについては、これを肯定する判例と否定する通説の間で対立がある。後者の立場によるときは、受領義務の個所で供託に関する規定を置くことはかえって混乱を招きかねない。事業者売買に関する一定のルールをまとめて規律するという方法が可能ないし適切であるかは、商事売買に関する諸規定が、― 事業者売買や買主が事業者である売買等の場合を含めて―どこまで、どのような形で民法典に取り込まれることになるかにも依存する。これらの規定の位置についてはなお留保しておきたい。
⑥ なお、競売ないし任意売却権の要件として、現民法497条と現商法524条の調整が必要かどうかという問題が残るように思われる。すなわち、現民法497条は、物の「滅失若しくは損傷のおそれ」を要件とするのに対して、現商法524条は「損傷その他の事由による価格の低落のおそれ」を要件とする。目的物の損傷がなくても、目的物の性質上、価格下落が生じやすい物については後者の要件を満たすと考えられるが、前者は物理的な劣化に着目した要件となっており、価格下落の場合を( 少なくとも文言上は)取り込むことが難しい。実質論としては、民法の一般的要件を現商法524条に併せるべきではないかと考えられるが、この点は第5準備会の検討に委ねる。
(2-2)定期売買の履行遅滞解除
【Ⅱ- 7-7-2 】(事業者間の定期売買) 現商法525条の規定を以下のように改め、事業者間売買にこれを適用するものとする。 N条 (1) 事業者間の売買において、売買の性質又は当事者の意思表示により、特定の日 時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達成することができない場合において、履行をしないでその時期を徒過した当事者は、その相手方に対して、相当の期間を定めて、履行の請求をするか解除するかを確答すべき旨の催告をすることができる。ただし、相手方が催告前にその意思を明らかにしていたときはこのかぎりでない。 (2) 前項の催告期間内に確答がなかったときは、契約は解除されたものとみなす。 |
〔関連条文〕 現商法525条
〔関連提案〕 【Ⅰ-7- 8-1】
【提案要旨】
1 現商法525条は、定期商事売買について履行期徒過後、直ちに履行請求があった場合を除いて、解除の意思表示を要することなく、当然に契約が解除されたものとする。これは、とくに目的物の価格変動について買主の投機的な行動を防止する趣旨を有すると解されているが、その反面において、買主が解除をするか履行請求をするかを考慮する猶予期間を持たず、直ちにいずれの手段を選択するかについて意思決定を強いられる面があるほか、自ら履行義務を果たしていない売主が、買主の不利益において不当に利益を受ける可能性も生ずる。
2 そこで、本提案は、規定の適用対象を事業者間売買に拡大しつつ、不履行に陥った債務者は、相手方の投機的行動を回避するため、履行請求か解除かを選択するように催告することができるものとした。催告期間内に確答があればそれにより、また、確答がなかったときは、(2)の効果として解除の意思表示があったものと擬制されるから、不履行債務者の不安定な状態は、早期に解消が可能である。
3 本提案においては、催告をするのは債務を履行しなかった当事者であるが、実際上は、債務を履行しなかった売主が買主の投機的行動を抑止するために催告する場合が問題となると考えられる。また、不履行に陥った債務者の相手方は、現民法542条の規定にしたがって催告を要することなく解除することができる。
【解説】
① 現民法542条は、いわゆる定期行為について、契約類型の如何を問わず、相当期間の催告を経ることなく解除権が発生するものと規定する。これに対し、現商法525条は、定期行為に当たる商事売買について、直ちに履行請求がなされた場合を除いて、解除権行使の意思表示を要することなく契約が解除されたものとみなしている。これは、xxすると、民法の一般規定が少なくとも契約解除の意思表示を要するのに対して、解除の意思表示を要することなく解除の効果が発生するという点で、買主により有利な規定となっているかに見える。
② しかし、解除の意思表示をすることは買主にとって大きな負担であるとはいえず、現商法525条が果たす重要な機能は、買主が履行請求と解除を選択する可能性を留保することによって買主が売主の危険において投機的行動をとることができることを防止することにあったといわれる(WG報告書20頁参照)。また、このような位置づけに関連して、季節品の売買のような例のほか、目的物の価格変動が激しいケースも「売買の性質による」確定期売買の一類型であるとする解釈論が採られてきた。
③ 第1準備会におけるxx提案は、これを受けて、以下のような一般規定を民法の中に置くとするものである。
【Ⅰ-7-8-1】 ( 定期行為における履行に代わる損害賠償)
契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達成することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したときは、履行期における目的物の価額を、履行に代わる損害の賠償額とする。
④ 同提案は、WG報告書を是とするのであれば、履行期徒過後の機会主義的(投機的) 行動を債権者に許さないとする法理は、定期売買に特有のものではなく、すべての定期行為に妥当するべきものであるとの考え方に基づき、上記【Ⅰ-7-8-1】を民法の一般準則として取り込もうとするものである。
⑤ これに対し、WG報告書は1つの可能性として、現商法525条を削除し、損害賠償に関する損害軽減義務を適切に整備することにより、現民法542条の一般規定によることを示唆していた。もっとも、同報告書は、現時点において第1準備会において検討されている損害賠償ルールによれば、現商法525条が果たしてきた損害賠償算定の基準時固定化という機能を十分実現することはできないとの指摘を行っている。
⑥ これらの議論をどのように評価すべきかが問題となる。契約当事者が定期行為を行うことの意義がどこにあるかがまず問われることになるが、売買契約に即していえば、目的物の性質や買主にとっての目的物の必要性・使用可能性等の事情を考慮して、一定の時期までに目的物の引渡しがなされなければ、買主が契約を締結した目的を達成することができないということが、定期売買の本来の趣旨といえる。
換言すれば、もともと、定期行為の規定の趣旨は、目的達成ができなくなった後に相手方から履行の提供を受けることにより、契約関係に拘束される不利益を回避することにあったといえる。債務者である売主は、あえて定期行為であることについて合意しており、あるいは契約の性質上、買主がそのような立場にあることを覚悟しているべきであることから、催告期間を経ることなく解除されてもやむをえないと考えられる。このような趣旨は、第1準備会改正提案において、定期行為に当たるとされる場合には、履行期の徒過が
「重大な不履行」に当たるとする構成によって(解除要件に関する提案【Ⅰ-8-1 -1】 (1)(イ) 参照)、基本的には維持されていると考えることができる。
⑦ 民法の議論において中心的な争点は催告期間の要否にあり、不履行後の債権者の行動が投機的性質を備えるかどうかは、それほど重視されていたとはいえないように思われる。また、実際にも、典型例と考えられてきた季節商品の取引や、一定の時期までに履行することが債権者にとって本質的に意味を持つ場合、履行期徒過後に、債権者が債務者の不利益において投機的行動をとることがどの程度現実的に起こりうるかについても、疑問ではないか。
そうだとすると、商事売買において定期行為性を備える場合に生じる投機的行動の可能性を、定期行為一般について想定することが適切かどうかについてなお慎重な検討を要する。また、上述したように、現商法525条においては、民法上の定期行為とはやや観点を異にし、目的物の価格変動が激しいケースが「定期売買」の中に含まれてきたのであり、これを民法一般のルールの中に還元することができるかどうかも問題となりうる。
⑧ 現商法525条の重要性が、買主の投機的行動からの売主の保護にあるとすれば、これを一般化することにより、債権者の履行請求か、債務不履行解除かという選択可能性を直ちに奪うことになるが、自ら定期行為上の債務を引き受けた債務者をそこまで保護する必要があるといえるかは疑問のように思われる。
⑨ 買主の投機的行動の問題性は、定期行為であるかどうかというよりも、目的物の価格変動が激しい場合に、買主が解除か履行請求かの選択権を自由に行使することができるとする点にあるのであれば、むしろ損害賠償法の問題として解決する方法を考える可能性がある。その内容をどのように定めるか、現商法525条が果たしてきた役割をそれによって代替することができるかどうかは、そのようなルールの定め方に依存する。
もっとも、定期行為の合意をあえてした以上は、債権者としても、その履行期が遵守されなかった場合、直ちに履行請求をした場合を除いて、履行請求権を失うことになってもやむをえないという判断もありえないではない。しかし、履行期の遵守をとくに重視する合意をしたことが、履行請求権・損害賠償請求権の制限につながる結果となることが、当事者の意思に適合的な事態といえるかどうかは争いの余地があろう。
⑩ これらの事情を考慮し、本提案は、規定の適用対象を事業者間売買に拡大しつつ、不履行に陥った債務者は、相手方の投機的行動を回避するため、履行請求か解除かを選択す
るように催告することができるものとした。催告期間内に確答があればそれにより、また、確答がなかったときは、(2)の効果として解除の意思表示があったものと擬制されるから、不履行債務者の不安定な状態は、早期に解消が可能である。
(2-3)買主による目的物の保管・供託・競売
【Ⅱ- 7-7-3 】(買主による目的物保管・供託・競売) 現商法527条は、商事売買に関する売主保護のための特別規定であり、民法の中にこれを取り込むことはしないものとする。 |
〔関連条文〕 現商法527条
【提案要旨】
1 現商法527条の規定の趣旨を民法の一般ルールとして取り込むことは困難であり、また、事業者間売買に関する特則としても、これを認めるべきではなく、同規定は、あくまで商事売買に関する特則にとどまるべきものとする趣旨である。
2 なお、売買契約の場合に限らず、無効な契約に基づいて他人の物を保管する場合、あるいは契約にしたがって給付されるべき物とは異なった物が引き渡された場合等におい て、目的物の占有者がどのような保管義務を負うかどうかは一般的に問題となりうる。本
提案は、そのような保管義務を否定する趣旨を含むものではなく、現商法527条のように、売買契約の売主に課された特別の義務として保管・供託・競売義務を認めることを否定する趣旨にとどまる。
【解説】
① WG報告書は、現商法527条の規定中、少なくとも第1項~第3項については一般法化することに問題がないとする立場を採り、その理由を詳しく述べていないが、これには疑問が少なくない。
② 現商法527条は同526条を受けるものであり、少なくとも直接的には、買主が物の瑕疵や数量不足を理由として売主に担保責任(改正提案では不履行責任) を問うことができる場合を前提とする。民法の一般原則によれば、買主が契約の解除をした場合、買主が売主に対して原状回復義務を負うことは明らかであり、一定の保管義務を負うことは明らかであるが、その義務の具体的内容がどうなるかは必ずしも明らかとはいえない。
③ まず、買主は瑕疵ある物であれ、数量不足の場合であれ、売主から引き渡されたその物を返還するべき義務を負うから、当事者間において買主が保管する物は一種の特定物とみることができるのではないか。そうだとすれば、従来の規定によれば、買主は一種の善管注意義務を負うと考えることができる。
かりに善管注意義務に関する規定を削除する場合においても、契約の清算関係における保管義務については、従来とは異なるルールを立てる必要があるかどうかが問われることになるが、保管義務そのものが当事者の合意に基づいて発生する場合とは異なり、ここではどこまでのリスクを引き受けたかという合意を語る余地がない以上、買主は、清算関係の性質にしたがって尽くすべき注意を尽くして保管する義務を負うことになるのではない
か。
④ 次に、目的物の返還義務の履行地が問題となる。特定物の引渡債務については、現民法では、その所在地が原則とされているが、履行地について個別の合意を考えることのできない清算関係については、一般的・客観的に見て履行地がどこであるかを考える必要がある。そうすると、実質判断として、瑕疵ある物・数量不足の物を引き渡しても売主が本旨履行をしたとはいえない以上、買主が契約を解除した場合、買主は売主に対して当該目的物の引取を求めることができると解するのが相当ではないか。第6回全体会議報告資料 76頁において、危険の移転時期に関する【Ⅱ- 8-46】もこのような考え方を前提とするものといえる。
⑤ 買主が売主の引取まで費用を負担する場合には、④の考え方を前提とし、また単純化のために、売主が先履行義務を負い、買主が代金未払の場合を想定すると、少なくとも引取を催告した後は、売主は目的物の引取について遅滞に陥っているといえる( むしろ、解除の意思表示によって引取義務の履行期が到来すると考えることもできる)。そうすると、受領遅滞の場合と同じく、引取を遅滞して以後の増加費用については、売主に支払を求めることができると考えられる。
⑥ これらを前提として、現商法527条が、買主の保管義務をどのように修正しているかを検討すると、まず、買主が目的物を保管した場合に、その費用は売主の負担とする点では、
⑤と同様の結果となる。また、一般的には、買主は目的物の保管を継続するか、供託をするかの選択権を有し、この点も、一般原則と異なるところはないといえる。
⑦ しかし、目的物について滅失・損傷のおそれがあるときは、買主は裁判所の許可を得てこれを競売に付する義務が課されている。これが、商事売買の規定として合理的なルールといえるかどうかについても疑問がないではないが、商法学者の間においてこの点を疑問視するものはないようであり、ひとまずこれを前提とする。
問題は、このような競売義務を買主一般について課することが相当かどうかである。目的物の滅失・損傷が生じやすい物を給付した売主は、引取義務にしたがって、直ちに目的物を引き取るべきことが本則であり、これを怠りながら、目的物を保管する買主に対して競売をする義務があると主張することができるとするのは、本旨にしたがった履行をしていない売主を不当に優遇するものではないか。この場合に、買主に競売権を認めることには合理性があるとしても、競売義務を課することは一般法理からは大きく乖離するものといえる。
したがって、現商法527条1項及びこれに関連する2項・3項を一般法化することには疑問を禁じ得ない。また、これを事業者間売買に限定したとしても、買主に大きな負担を負わせることが合理的かどうかは同様に疑わしい。
⑨ このような特別の義務とは別に、売買契約の場合に限らず、無効な契約に基づいて他人の物を保管する場合、あるいは契約にしたがって給付されるべき物とは異なった物が引き渡された場合等において、目的物の占有者がどのような保管義務を負うかどうかは一般的に問題となりうる。本提案は、そのような保管義務を否定する趣旨まで含むものではなく、現商法527条のように、売買契約の売主に課された特別の義務として保管・供託・競売義務を認めることを否定する趣旨にとどまることを、念のため付記する。
(2-4)異種物給付・過剰給付
【Ⅱ- 7-7-4 】(数量超過等の場合の保管義務等) 現商法528条は、商事売買に関する売主保護のための特別規定であり、民法の中にこ |
れを取り込むことはしないものとする。 |
〔関連条文〕 現商法528条
【提案要旨】
現商法528条は、同527条の効果を異種物給付や数量過剰給付の場合についても認めるとする趣旨であるが、【Ⅱ- 7-7-3】で述べたところが基本的にはそのまま当てはまり、民法の一般規定としても、また事業者間売買に限定しても、これを取り込むことはしないとするものである。
【解説】
① 現商法528条は、同527条の規定を異種物給付や数量過剰給付の場合にも認めるものであるが、より厳密に考えると、この場合の返還義務の根拠をどのように考えるかという問題がまず存在する。
② 例えば、以下の事例を考えてみよう。
〔適用事例1-1〕
商人Aは、商人Bとの間で商品甲100セットを売却する契約を締結した。Aはこの契約に基づいて甲を引き渡したが、Bが甲の受領後にセット数を確認したところ、120セットが引き渡されていたことが判明した。
この場合、100セットの引渡しという限度ではAは債務の本旨に従った履行をしており、 Bはこれを当然に保持することができる。問題は、過剰に引き渡された20セット分がどうなるかである。Bの返還義務は契約の解除などが行われるのではないから、原状回復義務に基づくものとはいえない。そうすると、考えられる返還請求の根拠は不当利得返還請求権ということになろう。
この場合、Bは本来Aに返還すべき物を保管している関係にあり、保管義務を負うことになるが(保管義務の程度については議論の余地がある)、過剰給付をした者が売主であることを考慮すると、受領した買主が保管義務を超えて、積極的に目的物の価値を維持する行為義務まで負うとすることは正当化が困難である。
5. 有償契約への準用規定
旧提案 → 【Ⅱ-7- 8】に統合。
6. 売買予約
旧提案 | → | 【Ⅱ-7- 17】に統合。 |
7. 手付 | ||
旧提案 | → | 【Ⅱ-7- 18】に統合。 |
8. 契約費用
旧提案 → 【Ⅱ-7- 19】に統合。
9.「売買の効力」の再編成
(1)売主の担保責任から売主の債務不履行へ
【Ⅱ-7-12】(担保責任の債務不履行責任への再編) 売主の担保責任に関する諸規定を、売主の債務不履行規定として再編・整理する。 |
〔関連提案〕 【Ⅰ-4- 1 】、【Ⅰ -4-4】
【提案要旨】
1 周知のとおり、現民法の下で、売主の担保責任、とりわけ物の瑕疵に対する担保責任については、法定責任説と契約責任説の長い論争の歴史があった。この論争においては、一方において、売主が瑕疵なき物を給付する義務を負うべきかどうかという一般原則の当否が問題とされるとともに、他方において、現民法の諸規定の解釈としていずれの立場が整合的な解決をもたらすかが争われてきた。
2 本提案は、第1準備会において検討された、債務者が債権者に対して負うべき債務に関する一般的な考え方を受けて、売主は買主との合意にしたがって引き受けた債務を履行する義務があるとして、売主の担保責任を売主の債務不履行責任の問題であると捉え、その観点にしたがって、現行の諸規定を修正するものである。
3 売主の義務の具体的な内容については、「Ⅲ 売主の義務」の中で各提案として検討する。
【解説】
① 現民法の売主担保責任の法的性質については、周知のように激しい論争があったが、その要点は以下のとおりである。
② 第1は、売買の節において定められる売主の担保責任を債務不履行責任とは異なった特別の法定責任として捉えるか、債務不履行責任の一場合と捉えるかであり、特定物売買について、売主に権利の瑕疵・物の瑕疵がない物の給付義務を認めるべきかどうかについて学説が対立しており、この点について判例の立場は必ずしも明確とはいえなかった。
もっとも、権利の瑕疵がない物の給付義務を認めるべきかどうかについては、民560条が他人の権利の売買について売主の権利移転義務を定めており、その限りで物の瑕疵担保責任と同一に論じることはできない面もあったが、担保責任一般の問題として性質論が論じられることが多かった。
③ 第2は、契約責任説の立場に立って、担保責任を債務不履行責任の一種として位置づける場合に、売買において規定される債務不履行責任と一般債務不履行責任との関係をどのように考えるかについて議論の対立があった。
④ 伝統的な契約責任説は、債務不履行責任については売主に帰責性があることが要件である(過失責任原則)としつつ、その特則として担保責任の規定を位置づけ、無過失でも解除や損害賠償が認められると解してきた。これに対して、無過失の売主が債務不履行責任の一般原則よりも重い担保責任を負うこと(とくに、履行利益の賠償義務を負担すること)について、体系上の不整合を指摘するものも少なくなかった。
⑤ これに答えようとする1つの有力な方向は、債務不履行責任は伝統的な意味での過失責任原則に依拠するものであるという前提を維持し、無過失の売主の担保責任の具体的内容を、通常の債務不履行の場合よりも限定的に考える立場である(とくに、無過失の売主に対する「損害賠償」責任を代金減額請求にとどめるとする考え方)。
⑥ しかし、近時においては、一般債務不履行についても、売主が債務を履行しなかったこと自体が帰責の根拠であり、瑕疵ある物を引き渡した場合、売主は一般原則によっても(一定の免責事由が認められる場合を除いて)不履行責任を負うのであり、この点で、担保責任と債務不履行責任との間に体系上の不整合がないとの主張も有力である。この場合、債務不履行責任とは別に担保責任の規定が存在する理由を新たに根拠づける必要があるが、説明の仕方に相違があるものの、目的物を受領した後の買主の権利行使期間を制限することに担保責任の意義があると解されることになる。
⑦ 第3に、これらの立場の相違は、権利または物の瑕疵ある物が引き渡された場合に、買主がどのような要件の下でどのような損害の賠償を求めうるかについて異なる結果を生ずるほか、担保責任の規定が不特定物売買にも適用されるかどうかについて、大きな相違をもたらした。
これらの理論的対立は現行規定の解釈をめぐるものであるが、担保責任規定の改正を考えるに際しては、それをひとまず離れて、売主の引き渡した物に権利・物の瑕疵があった場合に、売主がどのような責任を負うべきかという観点から、議論を見直すことが必要である。
法定責任説の一部が依拠する原始的一部不能理論は、原始的不能の給付を目的とする契約は無効であるという考え方を所与の前提として成り立つものであるが、この前提をとらないとすれば、担保責任を債務不履行責任と峻別する論拠としての意味を失うことになる。また、いわゆる特定物ドグマは、特定物については「この物」によって給付義務の対象が特定される以上、特定物の属性は給付義務の内容を構成することはないとする趣旨であるが、一定の属性を備えた物を給付する義務を観念することを論理的にあり得ないとして排除することは困難であり、特定物ドグマが正統性を備えた唯一の理論であると考えることはできない。
⑨ 今日の学説の大勢は、原始的一部不能理論や特定物xxxが普遍的に妥当する法原則であることに懐疑的であり、法定責任説をとる立場も、現行法における解釈の整合性という観点から、これに依っているものが多いと思われる。
⑩ 売主の債務がどのような内容として構成しうるかは、第1準備会における債務一般に関する議論とも不可分に関係するが、当事者が債権債務の内容として何を合意したかという観点を重視し、また原始的不能給付を目的とする契約が当然に無効となるものではないとする立場からすると、売主は合意の趣旨にしたがって権利および物の瑕疵のない物の給付義務を負いうるとすることが整合的であり、第2準備会としても、このことを前提として売主の担保責任を再編成し、不特定物売買
・特定物売買に共通するルールを明らかにし、必要に応じて目的物の性質による相違を考慮した規定を置くことが適切であると考える。
⑪ このような考え方は、比較法的に見ても広く承認されているところであり、とくに特定物売買における物の瑕疵担保責任を債務不履行責任とは区別してきたドイツ民法典においても、2002年の債務法改正により、このような立場を放棄するに至ったことも指摘に値する。
⑫ 以上によれば、債務不履行責任の一般原則と売買契約における売主の債務不履行責任の関係、とくに、その要件・効果・不履行責任の期間制限等について、両者に矛盾が生じないように調整を図ることが必要となる。また、権利の瑕疵なき義務を認める場合に、現行規定のような詳細な担保責任の内容が必要となるかどうかについても、検討が必要となる。これらについては、各論的検討において具体的な内容を提示する。
(2)売主の義務・買主の義務
【Ⅱ-7-13】(売主の義務・買主の義務)
売買の効力を、「売主の義務」と「買主の義務」に分けて、それぞれの義務の内容と義務違反の効果を定めるものとする。
【提案要旨】
売主の担保責任を債務不履行責任の問題として位置づけることに対応して、売主の義務と対置させて買主の義務を規定するものとする趣旨である。
【解説】
① 売主の最も基本的な債務である財産権移転義務と買主の最も基本的な債務である代金支払義務は、売買の節の冒頭に置かれる定義規定にも定められているが、より具体的に、売主がどのような義務を負担するか、買主がどのような義務を負担するかをそれぞれまとめて規定し、その義務違反の効果についても、あわせて規定を置くものとする趣旨である。
(3)「危険負担」規定
【Ⅱ-7-14】(目的物の滅失・損傷)
売買契約成立後に売買目的物が滅失・損傷し、売主に免責事由が認められる場合に、買主が代金支払義務を負うかどうかというルールを売買規定中に置くものとする。
〔関連提案〕 【Ⅱ-8- 45】~【Ⅱ-8- 47】
【提案要旨】
1 双務契約の効力に関して、現民法は危険負担に関する規定を置き、債務の履行が両当事者の責めに帰すべき事由によらずに不能となった場合に、他方債務の存続が認められるかどうかについて規定を置いている。解除の要件について帰責事由を必要とすると解する伝統的な立場を克服して、解除の要件を契約の重大な不履行要件に統一することになると、危険負担と解除の競合問題が生じることになり、両者の関係をどのように理解するかが問題とされてきた。
第10回全体会議において、危険負担制度を廃止することについては有力な異論も述べられたが、、解除に統一するという方針を支持する意見が多数であり、ただ、解除権が消滅するとされる場合に契約関係がどうなるか等についてなお検討することとされた。
2 しかし、双務契約における一方の債務の消滅が他方の債務の存続・消滅に影響を及ぼすかどうかという、法技術としての危険負担制度を廃止するとしても、双務契約の履行過程において生じた目的物の滅失・損傷について、その経済的リスクを負担する者は誰かという実質問題は存続していると解される。このリスクを誰が負担するかが最も鮮明に問われるのは売買契約においてであり、本提案は、売買規定中にこのような意味での「危険負担」に関するルールを定めておくことを提案するものである。
3 その具体的な内容については、【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ-8-47】参照。
【解説】
① 現民法534条~536条の危険負担規定を存置するか、これを廃止して解除制度に一本化するかについては、第1準備会で検討が行われてきたが、第10回の全体会議において、危険負担制度を廃止して、解除に統一するという原案が提示された。危険負担制度を廃止することについては有力な異論も述べられたが、、解除に統一するという方針を支持する意見が多数であり、ただ、解除権が消滅するとされる場合に契約関係がどうなるか等についてなお検討することとされた。
本提案は、危険負担制度を廃止したとしても、売買契約の履行過程において売買目的物の滅失・損傷が生じた場合に、その経済的リスクを誰が負担するかという実質問題は依然として残ることを前提として、その負担者に関するルールを売買の規定中に置くことを提案するものである。
② 例えば、以下のような適用事例を考えることができる。
[適用事例2]
建物甲の所有者Aは、2008年6月14日に買主Bとの間で売買契約を締結し、その引渡しが同年 7月末日とされたが、甲は、同月20日、第三者Xの放火によって焼失した。この場合、AはBに対して代金の支払を求めることができるか。
この設例は、現民法においては民534条1項の解釈問題であるが、危険負担制度を廃止しても、放火による焼失の経済的リスクを契約当事者のいずれが負担するかという実質問題は存続する。
すなわち、Aの債務が履行不能となり、かつAが損害賠償義務を負わないとされる場合に、Bは売買契約を解除することができるかが問題となる。Bが契約を解除できないとすれば、BはAに対して履行請求や損害賠償請求ができないまま、代金支払義務を負うことになり、反対にBの解除権行使が認められると、Bが代金支払義務を免れ、甲の焼失のリスクは売主Aが負担することになる。ここでは、従来の危険負担における対価危険の問題は、解除権行使がいつまで認められるかという問題に形を変えて存続している。
③ このような意味での「危険負担」は、契約総則レベルでも問題となるが、従来の学説において問題とされてきた引渡時や移転登記時における危険の移転、不特定物について特定の効果として直ちに危険が移転するかどうかという問題は、とりわけ売買契約の場面において頻繁に生ずるものであり、比較法的にも、売買の規定中に危険負担に関する規定を置くことが一般的である。
④ このような規定を置く場合に、売主の債務とは切り離して、危険負担の問題を独立に定める例と、売主の引渡債務等と関連付けて規定を置くという例がある。危険負担制度を存置する場合には、買主の代金支払義務が存続するかどうかという見地から、買主の債務に関する部分で規定を置くことが、また解除権構成によるときは、売主の不履行に対して買主が解除権行使ができるかという見地から、売主の債務に関する部分で規定を置くことも考えられるが、この点は具体的な効果を述べる部分で検討する。
⑤ また、危険負担制度を廃止したとしても、物の滅失・損傷に関する経済的リスクを負担するのはいずれの当事者かという実質的問題が存続するかぎり、対価危険や危険の移転という表現を用いることにとくに支障はないとも考えられる。もっとも、解除権行使が認められるかどうかという問題に関連して、契約総則的なレベルで対価危険に関するルールが一般的に定められるとすれば、売買契約中にそれに関するルールを別個に置くことが必要かどうかは、なお検討を要する。
⑥ 経済的リスク負担という意味での危険負担の具体的ルールについては、【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ
-8-47】参照。
10.売買規定の編成
【Ⅱ-7-15】(売買規定の編成) 売買は、第1款「総則」、第2款「売買の効力」、第3款「特殊の売買」の編成とし、第2款に第1目「売主の債務」、第2目「買主の債務」を設ける。 |
【提案要旨】
総論的な課題に関する検討に基づいて、売主の債務と買主の債務を対比させる形で売買の規定を再編成する趣旨である。
【解説】
① 本提案の内容は、基本的に、上述した検討結果を反映させたものであるが、第3款については、特殊の売買に関する若干のルールを新設するものとし、款のタイトルを変更している。
Ⅱ 売買総則
1.売買契約の定義
【Ⅱ-7-16】(売買の定義) 売買契約の冒頭規定として、売買契約の定義規定を置き、以下のような規定の形とする。 「売買とは、当事者の一方(売主)が相手方(買主)に財産権を移転する義務を負い、買主が売主にその代金を支払う義務を負う契約である。」 |
〔関連条文〕 現民法555条
〔関連提案〕 【Ⅱ-8- 55 】、【Ⅱ-11- 1 】、【Ⅳ- 1-1】等
【提案要旨】
1 現民法は、各契約類型における冒頭規定として、「……によって、その効力を生ずる」としているが、本提案は、これを定義規定の形に改めるとともに、売買契約の対象を「財産権」とする現民法の規定にしたがい、売買の目的が有体物に限られるものではないという立場を維持する趣旨を明らかにする趣旨である。
2 なお、各典型契約の冒頭規定をどのように規定するかについては、売買に限らない問題であり、他の典型契約の冒頭規定との調整が必要であるが、第4準備会においても本提案と同じ形で各典型契約の冒頭規定を整理することが予定されている。
【解説】
① 現民法は、各典型契約の冒頭に「……によって、その効力を生ずる」とする規定を置くスタイルで一貫し、売買についてもこれに対応した冒頭規定を設けている。これは、売買契約が有効に成立するための要件という側面と、売買契約に基づいて発生する主たる債務を規定する側面を併有するものといえるが、比較法的には、このような形式は稀であり、売買とはどのような契約であるかという定義規定を置くもの、定義規定を設けることなく、売買契約に基づいて売主・買主はそれぞれどのような債務を負担するかという効果を規定するものとに分かれている。
② 定義規定の形式によれば、本提案で提示したような定式となるのに対して、効果を直接に規定するという形式では、「売買契約に基づいて売主は……の義務を負い、買主は……の義務を負う。」という規定ぶりとなる。後者の形式も、売買とはどのような契約であるかを効果の面から定義していると見ることもでき、その意味では一種の定義規定であるとも考えられる。しかし、条文が一般市民にも理解しやすいものであるべきであるとする考え方をとるかぎり、まず売買とは何かを直接的に規定することが、より自然であると考えられる。
③ これまで、契約類型の冒頭規定は、わが国の実務において契約の成立のために当事者がどのような事実を主張・立証する必要があるかを示すものとして、重要な役割を果たしてきた。しかし、これを定義規定の形に改めたとしても、典型契約の成立要件が何かという実質問題には影響を生じないと考えられる。
④ また、定義規定形式による場合に、それが契約の効力要件を同時に示すかどうかが問題となる。売買契約においては、いずれの形式を採っても相違がないと考えられるが、例えば、要物性や書面性が契約の有効性のために必要とされる類型においては、契約類型の定義とは別に、効力要件として要物性や書面性を規定することになるのではないかと考えられる。
⑤ より基本的に、契約の効力が生ずる根拠が典型契約の冒頭規定にあるとする考え方(いわゆる冒頭規定説)自体に疑問がある。すなわち、典型契約・非典型契約を通じて、契約に基づいて履行請求ができる根拠は契約当事者の合意に求められるべきであり、このような観点からすると、現民法における典型契約の冒頭規定のように「……によって効力を生ずる」という体裁が適切といえるかどうかは疑わしい。この点を重視して、上記提案のような形式をとるべきものとした。
⑥ この場合に、売買契約の定義規定とは別に、売主の義務と買主の義務についてより詳細な規定を置くことになると、冒頭規定との一定の重複が生ずるが、冒頭規定は契約の性質決定にとって基本的な重要性を有するものであり、このような重複が生ずることは不可避的であると考えられる。
⑦ もっとも、売買契約の冒頭規定を本提案の形に改めると、他の典型契約においても同様の形式とすることが、法典としての一貫性という観点から必要となり、さらに調整が必要となる。
なお、売買契約を、売主が財産権移転義務を負い、買主が代金支払義務を負うとする契約として定義する場合、現実売買がその定義に含まれるかどうか問題となりうる。現行規定の解釈としても、議論がなされているところであるが、この場合には債務の発生と履行が同時的に行われると考えれば足りるのではないか。引き渡された物に権利や物の瑕疵がある場合に、買主が売主の債務不履行責任を追及することができるのは、売主が瑕疵なき物の給付義務を負っていたことを根拠とするものであり、現実売買においても売主・買主は相互に義務を負担していると考えることができる。
⑨ また、本提案は、現民法555条と同じく、売買の目的を「財産権」としている。この定義は、一方において「物」の売買よりも広く、他方において営業上の秘密や顧客層を対象に含まない点で売買の対象に一定の限定を加えるものと理解されるのが一般である。もっとも、後者についても非有体的利益の取得と引換えに一定の金銭を支払う場合に、売買契約と同様の規律に服するものと考えられる。「財産権」という定義が売買の対象を定める規定として狭きに失すると解する立場によれば、売買契約の対象を拡大して、例えば「財産権」を「財産権ないし財産的利益」に置き換えることなども考えられる。
⑩ 他方、比較法的には、売買の定義として物の売買であることを明らかにし、これを権利の売買やその他の客体の売買に、必要に応じて準用するという体裁が採られることが多いが、このような限定にも、それなりの理由があるように思われる。
すなわち、売主・買主の義務を考えるに際して、有体物の売買と債権等の権利その他の無体的な利益の売買の間には少なからず相違が存在し、引渡義務や目的物の受領義務、物の滅失・損傷の危険を誰が負担するか等の問題は、とくに物の売買において典型的に生ずる問題であること、日常的な取引において、有体物売買の重要性は従前と同様に認められること等を考慮すると、まず有体物について適用されるべき規定を明らかにし、これをその他の客体の場合に、性質に反しないかぎりで準用することも考えられる。
⑪ しかし、売買の定義規定において、その対象を有体物に限定することには以下の疑問が生じうる。(1)売買の客体を有体物に限定すると、例えば債権の「売買」は準売買とでも呼ぶべきことになるが、そのような呼称には違和感が強いのではないか。また、現民569条に対応する規定をどこに置くかという技術的な問題も生じる。(2)現民法の起草者が時代に先駆けて「財産権」を客体とした趣旨に逆行することになるのではないか。(3)現民法の規定が財産権を対象とすることについて、とくに大きな問題が指摘されている状況にあるといえず、これをあえて有体物に限定する必要性に乏しいのではないか。
⑫ 売買の目的が有体物である場合に、売主の担保責任の性質をめぐるこれまでの議論において、担保責任規定が不特定物売買についても適用があるか、適用があるということの意味は何かが問題とされてきた。そこにおける論争も、各規定の内容が特定物売買により適合的であったことに起因すると考えられる点が少なくない。しかし、不特定物売買がxxxに重要な位置を占める現代社会において、不特定物売買を基本として規定の整備を図ることが必要であるとする指摘がつとに
存在した。本提案は、売買における規定を、特定物と不特定物の双方を対象とすることを前提として、再整理しようとするものである。
⑬ この点は、売主の担保責任の法的性質をどのように理解するか、債権総則レベルにおける債務不履行責任と売買における売主担保責任との関係をどのように理解するかに依存するといえるが、改正提案は、提案【Ⅱ-7-12】で明らかにしているように、売主の担保責任を売主の債務不履行の一場合として考える立場を前提としている。
⑭ もっとも、有体物の売買において、特定物と不特定物の双方を対象として規定を整備するとしても、特定物売買と不特定物売買との間でつねに同一の規律に服すべきかどうかは別個の検討を要する。この点については、とくに売主の債務不履行責任を検討する部分で詳しく検討するが、ここでは、売主が買主に引き渡した物に瑕疵があった場合において、代物請求の可否を考えることができるかどうか、売主が買主に引き渡した物の数量に不足があった場合に、不足部分の追加請求ができるかどうかを考える際に、目的物の性質の相違によって、買主の救済手段に相違がありうることを指摘するにとどめる。具体的に考えられる事例は以下のようなものである。
[適用事例3-1]
売主Aは、新車甲を買主Bに引き渡したが、甲は製造過程におけるミスにより、重大な瑕疵があることが判明した。
[適用事例3-2]
売主Aは、中古車乙を買主Bに引き渡したが、乙には修補に著しい費用が必要となる重大な瑕疵があることが判明した。
[適用事例4-1]
売主Aは、土地甲を買主Bに売却し、引渡し・移転登記を終えたが、AB間の合意によれば、甲は200㎡の広さがあるとされていたところ、甲は180㎡の広さしかないことが判明した。
[適用事例4-2]
売主Aは、買主Bの注文に基づいて10ダースのワイン乙を引き渡したが、実際には9ダースのワインしか引き渡されていないことが判明した。
⑮ 売買契約締結時点において代金額が確定していない場合に、売買契約が有効となるために代金についてどのような要件が必要となるかが問題となりうる。現民法の解釈論として、売買契約時に代金額が確定している必要はなく、当事者の合意や契約の趣旨から確定可能であれば売買契約が有効に成立すると解することについては異論がない。問題は、代金額が確定されておらず、かつ、当事者の合意や契約の趣旨から確定することもできない場合であっても、なお売買契約の効力を認めて、代金の確定を客観的なルールによる補充を通じて行うことが許されるかどうかであり、この点については立法例は分かれている。
⑯ 一方において、代金を支払う義務があることについては合意が存在し、買主は代金額が確定できない場合でも契約に拘束されることを承認していることを重視すれば、売買契約が有効であるとして、代金を確定するための客観的ルールを定めておくという考え方も成り立ちうる。しかし、他方において、代金の支払は売買契約の本質的要素ともいうべき部分であり、その確定が当事者の意思や契約の趣旨とは別個の基準にしたがって他律的に行われることを認める必要があるかどうかは、疑問のように思われる。実務的に、当事者の意思や契約の趣旨にしたがって代金を確定する可能性がなくても売買契約の有効性をなお認めるべき必要性があるとすれば、その点を考慮する必要があり、最終的な判断はその必要性の存否に依存するところがあるが、これまでそのような必要性が強く指摘されていたとは思われない。このように考えると、代金については、売買契約締結時にその代金額が確定している必要はないが、確定可能性を要件とするべきである。
⑰ もっとも、代金確定に関するこのようなルールを条文として明示することが必要かどうかが問
題となりうる。外国の立法例においても、本提案と同じ立場を採る場合にも、このルールをxxで定める例と解釈論に委ねる例とに分かれている。ルールの明確化という観点からすると、代金の確定可能性を売買の有効要件として明示することが望ましいともいえるが、代金の確定可能性が要件となることを明示することにより、契約の有効な成立の範囲をかえって限定することになるのではないかとも考えられる。契約成立の要件に関する【Ⅱ-5-2】によれば、「契約は、当事者の意思およびその契約の性質に照らして定められるべき事項について合意がなされることにより成立する」ものとされており、代金に関する合意についても、この要件にしたがって判断すれば足りると解される。
したがって、ここでは、代金額の確定可能性については、契約成立に関するルールや一般的な解釈に委ねることとし、売買契約において具体的に規定することはしないこととしている。
2.売買の予約
【Ⅱ-7-17】 (売買の予約) 売買の予約に関する現民法556条を以下のように改める。 (1) 売買の予約とは、予約完結の意思表示により、当事者間であらかじめ定められた内容の売買契約を成立させる合意である。 (2) 売買は、予約完結権を有する一方当事者または双方当事者のいずれかが予約を完結させる意思を表示した時から、その効力を生じる。ただし、売買の成立につき特定の方式が必要とされているときは、売買の予約についても、その方式にしたがうことを要する。 (3) 予約完結権に期間の定めがあるときは、予約は、期間内に予約完結権が行使されなければ、その効力を失う。 (4) 予約完結権に期間の定めがないときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて予約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができ る。この場合において、相手方がその期間内に予約を完結させる意思を表示しなかったときは、予約はその効力を失う。 |
〔関連条文〕 現民法556条
〔関連提案〕 【Ⅱ-11-2】
【提案要旨】
1 現民法は、売買の一方の予約の場合に限定して規定を置いているが、本提案は、売買契約の当事者双方が予約完結権を行使しうる場合を除外する必要性に乏しいと考え、一方予約と双方予約の双方を含む規定に改めるとともに、現民法と同様に、予約に関する規定を売買総則に置いて、有償契約への準用を通じて他の契約類型にも適用されるとするものである。これにより、無償予約については、直接の適用がないことを明らかにする趣旨である。
2 (2)は、売買契約成立のために一定の方式(例えば書面)が必要とされる場合には、売買予約それ自体についても同じ方式を必要とするという趣旨である。売買予約が成立すると、予約完結権を有する者の意思表示があれば、本契約が成立するが、売買予約について方式の遵守が必要でないとすれば、本契約について方式の遵守を必要とする趣旨を潜脱することができることになり、(2)はこれを防止しようとするものである。これが有償契約へ準用される結果、例えば定期借地契約の予約をする場合においても、xx証書等の書面( 借
地借家22条)が必要である。
3 もっとも、無償予約に関する規定を直接置かないことは、その可能性を一般的に否定する趣旨ではなく、たとえば贈与契約や消費貸借契約等において、必要があれば個別に規定を置くことで対応が可能である。
【解説】
① 本契約と区別される予約のうち、どのような類型のものを民法典中に規定するか、また規定を置くとしても契約総則に置くか、売買契約の節に置くかについては考え方が分かれうる。
② 第2準備会においても、当初、予約に関する検討は契約の成立と関連付けて行われてきた。第
4回全体会議における第2準備会の提案内容は、以下のとおりであった。
提案8
(1) 予約は、その内容につき当事者間で合意された本契約が、予約完結の意思表示によって成立する旨合意することにより、その効力を生じる。
(2) 本契約は、予約完結権者が契約を完結させる意思を表示したときから、その効力を生じる。ただし、本契約の成立につき特定の方式が必要とされているときは、予約完結の意思表示は、その方式を伴わなければその効力を生じない。
(3) 予約完結権に期間を定めのあるときは、予約は、期間内に予約完結権が行使されなければ、その効力を失う。
(4) 予約完結権に期間の定めがないときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて契約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に契約を完結させる意思を表示しなかったときは、予約は、その効力を失う。
③ この提案は、予約に関する規定をどこに置くかについては留保したものではあるが、その文言は売買契約に限定することなく、契約一般についての定式となっている。
④ ②で引用した提案8と現行規定との相違はとくに以下の3点にあると考えられる。第1に、現行売買予約規定は現民法559条により有償契約に準用されうるが、無償契約類型については原則として適用がないことになるのに対して、提案8により契約総則中に予約に関する規定を置くことは、無償契約にも適用があることを前提とすることになる。第2に、現行規定は売買の一方の予約のみを規定するものであるのに対して、提案8は、少なくとも論理的には、当事者双方が予約完結権を有する場合を排除するものではないと解される。第3に、本契約について方式が必要とされる場合に、提案8は、予約完結の意思表示について方式を必要とするとともに、予約そのものについては方式の必要性を明示していない。これは、要物契約の予約の有効性を認めるとすると、予約の時点での要物性を要求することは適切でないこと、また一定の許可がなければ本契約ができないとされる場合に、その許可がない時点で予約をしても、事後にその効力を争うことができるのは不当であるとの認識に基づくものであった。
⑤ 第1の問題については、民法自身が消費貸借予約について規定を置いていることから、無償契約である消費貸借契約についてもその適用があるかどうかが議論となってきた。消費貸借契約の要物性を緩和して、諾成的消費貸借の有効性を肯定する立場を採るとしても、無償の消費貸借についても要物性が否定されるべきかどうかについては争いがある。少なくとも後者については要物性の要件を維持するのであれば、無償の消費貸借予約の効力を認める必要性に乏しい(解釈論として、無償の消費貸借予約については書面性を要件とし、あるいは口頭の予約は撤回可能であるとする等の見解がある)。それ以外の場面において、無償契約についても予約を認める必要性があるかどうかについて、実務的なニーズを調査する必要があるが、少なくともこれまでの裁判例においてそのよ
うな問題が生じた例は見あたらないのではないか。
もっとも、この点は、第4準備会において、無償の消費貸借について要物性を要件としない規定を置く可能性についてどのように判断されるかにも依存する。また、財産の贈与を考えている者が、まず特定の者に対して、その財産取得を希望するのであれば一定期間内にその意思を表示することができるとするオプションを与え、オプションの行使がなければ他の者に贈与したいと考える場合に、最初にオプションを有する者との間で贈与予約を考える余地がある。このような無償予約をも規定する必要があるとするのであれば、予約に関する規定を売買におくことは必ずしも適切とはいえない。
⑥ 第2の問題については、立法者は双方が予約完結権を有する場合には、双方が本契約締結義務を負うことから、とくに規定を置く必要がないとしたものであるが、一定期間を限って、当事者のいずれかが本契約を欲すれば契約が成立するという場合をあえて排除する必要があるかどうかは疑問ではないか。
⑦ 第3の問題については、とくに書面の方式が必要とされる場合を考慮すると、予約について書面の方式が履践されていなくても本契約が確定的に有効に成立するとすれば、本契約について書面の方式を要件とした趣旨が潜脱されることを重視すると、本提案(2)にしたがって、予約そのものについて方式の遵守が必要であると考えるべきではないかと思われる。
もっとも、④で指摘した予約に方式を要求することの問題性については、さらに検討の余地がある。まず、要物契約については、本契約における要物性とは別に予約の拘束力を認める必要があるとすれば、物自体の引渡しに代わるべき予約の要件(例、書面性の要件)を別個に考えることが必要であるほか、また、一定の許可を必要とする場合に、その許可がなければ本契約自体も効力が生じないと考えるべきか、あるいは債権的な拘束性は生じるが、それに基づく物権的な効果が生じないことにとどまるのかについて、さらに検討の余地がある。他方において、提案8における懸念が、予約完結権の意思表示について方式を必要とするという規定によって払拭されるとはいえないように思われる。
付言すると、現民法において保証契約は書面によることが必要であり、(2)によれば、保証予約についても書面による必要があることは明らかである。しかし、保証予約については、保証債務の内容が予約時点においてどのように確定しているかという内容確定性の問題を合わせて考えることが不可欠であり、書面によることは本契約の有効な成立のために必要条件ではあっても、必ずしも十分条件とはいえないことに留意する必要がある。
なお、理論的に、予約完結権行使型の「予約」はもはや本来の意味での予約ではなく、予約完結権行使を停止条件とする本契約(停止条件付売買契約)であるとする見解も有力に主張される。これによれば、現民法の規定する売買予約は予約とはいえないことになるが、考え方が分かれるところであり、ここでいずれかの立場を示すことは不要であると考えられる。
⑨ 本提案は、無償予約型の可能性を排除するものではないが、予約規定の必要性が最も大きいと考えられるのが売買契約であることからすると、現民法と同じく、売買契約の節に予約に関する規定を存置し、有償契約への準用規定を通じて、他の契約類型についても予約完結権型の「予約」規定が適用されるとすれば足りるのではないかとするものであり、また、売買の双方の予約についても、予約完結権行使を認めてよいとするものである。
3.手付
【Ⅱ-7-18】(手付) 現民法557条1項を以下のように改め、2項は現行規定を維持する。 (1) 買主が売主に手付を交付したときは、契約の相手方が契約の履行に着手するまでは、 |
買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を提供することにより、契約の解除をすることができる。 |
〔関連条文〕 現民法557条
【提案要旨】
1 現民法と同じく、手付に関する規定を売買の総則中に置き、有償契約への準用規定を通じて、有償契約一般のその適用を及ぼすという趣旨である。
2 また、本提案は、現民法557条1項において「当事者の一方」とある文言を「契約の相手方」に修正し、契約の履行に着手した者が契約を解除することは、相手方の履行着手まで可能であるとする趣旨をあわせて明らかにした。この点は、判例・学説上の対立があるところであるが、本提案は、解除権を行使しようとする者が自ら履行に着手しても、その相手方が履行に着手していない間は解除権の行使が可能であるとする判例理論を採用するものである。
3 さらに、現民法の「償還」という文言を「提供」に改めている。前者は、実際に金銭の払渡しを意味するものであるところ、解除権行使の相手方が解除権行使の可否を争って手付金倍額の受領を拒絶するような場合にも解除権を行使しうるとする判例の立場にしたがい、提供があれば解除権の行使が可能であるとするものである。
なお、判例は、「現実の提供」が必要であるとする趣旨を説き、これを提案に反映させることも考えられる。しかし、弁済の提供が現実の提供を本則とすることは現民法492条・493条から導かれるものであるとともに、解除権を行使しようとする相手方があらかじめ受領を拒絶する場合には、現民法493条ただし書にしたがって口頭の提供で足りると解すべきものと思われる。そうだとすると、そのようなルールは、弁済の提供に関する一般原則にすぎないと考えられることから、ここでも単に「提供」の用語を用いた。
4 本提案は、解約手付として推定されるというルールを維持する趣旨を含むものである。この点について、解約手付の推定規定は、契約の拘束力を弱めるものとして制限的に解するべきであるとする主張も有力であり、解約手付の推定を容易に認めることの問題点も指摘されているところであるが、わが国における不動産実務と判例は、この推定規定を前提としており、これを改めることは実務に大きな混乱をもたらすことになることが懸念される。取引の実態に応じて、推定を覆すことは可能であり、ここでは現民法の立場に変更を加えることをしなかった。
【解説】
① 手付は、理論的・抽象的には、契約一般(ないし有償契約)について問題となりうるが、手付が最も頻繁に利用されるのは不動産売買契約の事例であり、売買予約の場合と同様の趣旨で売買の節に規定を置くことが実際的である。
② 買主が契約締結時に手付を売主に交付した場合において、買主自身が履行に着手したが、売主が履行に着手しない間に、手付を放棄して売買契約を解除することができるか、あるいは反対に、売主がその債務の履行に着手したが、買主が履行に着手しない間に手付の倍額を返還して売買契約を解除できるかについては、判例・学説上の対立がみられる。
判例は、手付の倍額返還の事案で、売主の解除権を肯定し、これを支持する学説も有力であるが、相手方の履行着手によって契約の拘束力が確定的に生じたという信頼を保護する必要があることを根拠に、現民法557条の文言どおりに解すべきだとする見解も存在する。
③ 本提案は、判例およびこれを支持する有力学説の立場を条文に取り込むというものである。い
ずれの立場もありうるところであり、文言の修正を行うことなく、議論の推移を判例・学説の解釈に委ねることも考えられる。しかし、本提案の内容が実務上確立したルールであるとすれば、これを条文として明示することによって法律関係の安定した処理を優先させることにも理由があると考えられ、本提案は、後者の立場を採ろうとするものである。
もっとも、実務上は、現行の文言を維持しても、現在の判例理論をそのまま踏襲するものと解され、その点ではすでに安定した法状況にあるともいえる。しかし、本提案を採用すると、そのような解釈が条文の形で確定することになり、もはや判例変更によって、考え方を改める余地はなくなる。履行の段階に応じて契約の拘束力が高まるという履行段階論の発想からすると、現行規定を文言どおりに解釈して、いずれか一方の契約当事者について履行の着手があった場合には、もはや解約はできないとする立場もありうるところであり、議論の余地を残しておくことも考えられるとする意見もあったことを付記する。
④ 本提案の文言のうち、「履行の着手」については、裁判実務において、履行そのものだけでなく、履行の前提行為があった場合にも履行の着手に当たるとされているが、これは履行の着手がいつの時点で認められるかという解釈問題に帰着し、あえて文言を修正する必要はないのではないか。
⑤ また、現民法557条は売主の解除権発生のために「償還」が必要であるとしているが、この文言は、実際に払い渡すという意味で理解されるところ、判例は、この要件を、実際に支払うことまでは必要ではなく、提供があれば足りるとしている。手付金の放棄の場合とは異なり、倍額返還による解除権行使の場合に、買主が売主による解除の効力を争って売主の倍額返還を拒むような場合に問題が生じうる。この点について、厳密にいえば、提供で足りるか、さらに供託まで必要かという議論はありうるが、判例の立場を条文にも反映させ、「償還して」に代えて「提供して」とすることが簡明である。
なお、判例は、「現実の提供」が必要であるとする趣旨を説き、これを提案に反映させることも考えられる。しかし、弁済の提供が現実の提供を本則とすることは現民法492条・493条から導かれるものであるとともに、解除権を行使しようとする相手方があらかじめ受領を拒絶する場合には、現民法493条ただし書にしたがって口頭の提供で足りると解すべきものと思われる。そうだとすると、そのようなルールは、弁済の提供に関する一般原則にすぎないと考えられることから、ここでも単に「提供」の用語を用いた。
⑥ なお、「手付」が何を意味するかは、必ずしも明らかとはいえない。第2準備会において、「手付」を定義する可能性についても検討したが、手付の定義を試みる学説の間で、その内容に一致がないほか、今日の体系書においては、手付の最小限度の機能として、契約締結の証拠の意味があるとすることを指摘するにとどめ、手付とは何かを積極的に示していない例も少なくない。
議論の過程で、とくに問題とされたのは以下のような点である。(1)まず、現在の実務が、名目如何を問わず、売買契約締結に際して売主に交付される一定の金銭を、その多寡を問わず手付として扱い、それを前提に解約手付の推定を広く認めることの問題性が指摘された。(2)手付が不動産売買において最も重要な意義を持つことは否定できないが、それ以外の契約についても、手付が交付される場合が考えられ、解約手付の推定を一般的に認めていいかどうかについても疑問が提示された。(3)手付は、契約締結時だけでなく、段階的に支払われる場合もあり、契約締結の証拠という点だけでは説明できないところがある。
かりに、証約手付という観点から「売買契約締結に際して、締結を証する趣旨で交付される金銭その他の財産的利益」と定義したとしても、どのような金銭交付が契約締結を証する趣旨で交付されたといえるか自体が明らかではなく、一種の循環論法に陥る危険を避けることができない。
これらの点から、現時点においては、「手付」の定義規定を置くことは難しく、従前と同様に判例
・学説の解釈に委ねることとした。
⑦ また、本提案は、手付が交付された場合に、それが解約手付として推定されるというルールに変更を加えない趣旨を含むものである。この点についても、学説には異論が少なくなく、解約手付
の推定規定は、契約の拘束力を弱めるものとして制限的に解するべきであるとする主張も有力である。また、⑥に指摘した判例実務の状況からすると、解約手付の推定が容易に働くことになることの問題も存する。しかし、わが国における不動産実務と判例は、この推定規定を前提とするものであり、これを改めることは実務に大きな混乱をもたらすことになることが懸念され、また、この推定規定が、不動産取引以外にも一般的に及ぶことについても疑問の余地があるが、取引実務の実態に応じて、推定を覆す本証が容易となる場合もありうることから、現行規定と同じく一般的な推定規定を置くこととしている。
4.契約費用
【Ⅱ-7-19】(契約費用) 現民法558条を現行規定のとおりとする。 |
〔関連条文〕 現民法558条
【提案要旨】
契約に関する費用についても、予約や手付と同じく売買契約中に規定を置くこととし、また、売買契約について、契約当事者が契約費用を分担するというルールを維持する趣旨である。
【解説】
① 契約に関する費用については、売買契約に特有の問題であるとはいえず、この点では、予約や手付の場合とは異なり、売買契約の節において規定を設ける必要性はより希薄である。また、無償契約に関する費用についても原則ルールを設けるべきであるとすれば、両者を一括して、契約総則規定中に一般規定を設けることがより適切であるとも考えられる。例えば、「有償契約に関する費用は、当事者双方が等しい割合で負担し、無償契約に関する費用は、無償で給付を受ける当事者が負担する。」との規定を設けることが考えられる。
② しかし、無償契約に関する費用負担者が実際に問題とされたことはなく、有償契約について一般規定を設けることで足りるとするならば、売買契約が有償契約の典型例であることから、結論的には予約や手付と同じく、売買の節に規定を置き、準用規定を通じて有償契約にも適用されると解すれば足りる。
③ 現民法558条の規定の趣旨については、とくに大きな異論がないと考えられるが、これに関連して、登記費用が現民法558条の適用を受けるかどうかについて争いがある。古い判例は、登記移転費用を売買契約の費用と解し、これに賛成する説もあるが、売主の債務履行に必要な費用であるとして、現民法485条が原則ルールであるとする立場が有力である。
もっとも、実務的には売買契約において買主が移転登記費用を負担するのが通例であり、原則と例外が転換している状況にあるが、弁済費用の負担に関する債務者負担原則は任意規定にすぎないから、これを特約によって変更していると考えることができる。
本提案との関係において、登記費用が契約費用であると解することが困難であると考えるが、しかし、買主の登記費用負担が一般化しているとすれば、これを確立したルールとして条文上も明らかにするために特別の規定を置くことも考えられる。登記費用が弁済費用であるとしても任意規定によって債務者負担原則を修正することは可能であるが、消費者契約や約款による契約において、買主負担の約定・条項の有効性が問題となりうる。このような疑義を払拭するためにも、条文上の手当てが必要かもしれない。規定を置くとすれば、弁済費用負担ルールの例外を設けるということ
になろうか。
5.有償契約への準用規定
【Ⅱ-7-8】(有償契約への準用) 現民法559条を維持するものとする。 |
〔関連条文〕 現民法559条
【提案要旨】
1 売買契約が有償契約類型の典型例であるとして、現民法559条の考え方を維持するという提案である。現民法においても、売買契約に関する規定が実際にどこまで他の有償契約に準用されるかについては必ずしもxx的に明確とはいえず、現規定の「有償契約の性質がこれを許さない」という文言の解釈・適用によることになる。しかし、非典型契約としての有償契約についても、売買に関する諸規定が基本的には重要な意味を持つと考えられることから、適用範囲の不明確性にもかかわらず、現行規定の立場を維持するのが本提案の趣旨である。
2 これに加えて、売買の規定中に、商事売買に関する諸規定を一定の修正を加えて取り込み、あるいは消費者売買に関する特則を定めることになると、これらの規定が現民法559条を通して、どこまで適用範囲が広がることになるかについても慎重な検討が必要となる。とくに、現商法524条以下の規定は、これまでの位置づけから、他の有償の商取引への準用は認められていなかったと解されることから、他の有償契約への準用には慎重を要する。もっとも、この点は1に指摘したように、有償契約の成立がこれを許すかどうかという解釈の枠内の問題といえる。
【解説】
① 売買契約の有償契約への準用については、実際に売買のどの規定がどのような形で他の有償契約類型に準用されるかが明確ではないという問題点が存在した。このような不明確性を排除するために、民法典中に規定のある有償契約類型については、準用の可否が問題となるケースについて、可能なかぎり個別的な規定を整備しておくことが必要と考えられる。
② しかし、売買契約の規定が、典型契約には含まれていない有償無名契約一般についても適用が可能であることを明らかにする意味では、現民法559条の規定を存置することには重要な意義が認められる。契約の性質が準用を許すかどうかは、個別的な解釈に委ねられざるを得ないところがあり、したがって不明確性の問題は残るとしても、準用規定の必要性自体を否定することにはならないと解される。
③ なお、有償契約への準用という形式を採ることは、売買に関するルールの一部について、より一般的な規定として位置づける可能性を排除するものではない。
④ また、売買の規定中に、商事売買に関する諸規定を一定の修正を加えて取り込み、あるいは消費者売買に関する特則を定めることになると、これらの規定が現民法559条を通して、どこまで適用範囲が広がることになるかについても慎重な検討が必要となる。とくに、現商法524条以下の規定は、これまでの位置づけから、他の有償の商取引への準用は認められていなかったと解されることから、他の有償契約への準用には慎重を要する。もっとも、この点は1に指摘したように、有償契約の成立がこれを許すかどうかという解釈の枠内の問題といえる。
Ⅲ 売主の義務
1.財産権移転義務
(1)売買の対象(目的)
【
特
Ⅱ-8-1】(売買の対象)
売主の義務として、財産権移転義務を規定し、有体物や不動産・動産等について必要な別規定があれば、適宜、個別規定を置くこととする。
〔関連規定〕 現民法555条
【提案要旨】
売買の対象を財産権一般とする場合にも、まず有体物の売買に関する諸規定を整備して、非有体物への準用規定を置くとする立法例もみられるが、本提案は、現行規定と同じく、有体物売買とそれ以外の財産権の売買を截然と区別することなく、必要に応じて個別規定を設けるものとする趣旨である。
【解説】
① 売買契約の対象を財産権とする方針を採る場合においても、所有権を移転する義務を負う売買
(=有体物売買)と、その他の財産権の移転義務を負う売買とでは、売主が負担する具体的な義務の内容に相違がありうることから、物の売買に関する売主の義務を定め、これを必要に応じて所有権以外の財産権にも準用するという体裁を選択することも考えられる。すでに触れたように、比較法的には売買の定義自体を有体物に限定し、これを非有体物に準用するという例が多いが、定義を広く設定しながら、実際には有体物を前提として売主の義務を定めている例も見られる。
② これに対して、現民法560条では他人の「物」の売買ではなく、他人の「権利」の売買として規定するように、有体物に限定して規定するという方針を採らず、必要に応じて、物の売買について
(民565条、570条等参照)、あるいは不動産の売買(民566条、567条等参照)について規定を置くものとしている。これまで、このような規定の仕方について特に大きな問題が指摘されていたとはいえないことから、改正にあたっても、このようなスタイルをそのまま承継するものとしている。
もっとも、具体的に、非有体物についてどのような規定がどの程度必要であるかに依存する面もあり、本提案の方針に不都合が生じる点があれば、規定の仕方について再検討する余地は残されている。
(2)財産権移転義務に関する一般規定
【Ⅱ-8-2】 売主は財産権を移転する義務を負うとする規定を置く。 |
【Ⅱ-8-3】 買主が財産権を確定的に取得するために対抗要件を備えることが必要である場合には、売主は対抗要件を備えさせる義務を負うとする規定を設けるものとする。 |
【Ⅱ-8-4】 権利の移転時期や所有権の移転時期について、売買契約中に規定を設けることはしない |
ものとする。 |
〔関連条文〕 現民法555条、177条、178条、467条等
【提案要旨】
1 売買の定義規定とは別に、売主が財産権移転義務を負うことをあらためて規定する。売主の最も主要な義務であり、定義規定との重複を厭わず、売主の義務として規定を設けることが適切である。
2 また、財産権を第三者に主張するために対抗要件の具備が必要となる場合、売主は、原則として、買主が対抗要件を具備するために必要な行為を行う義務を負うものとする。とくに有体物である不動産・動産や、非有体物である債権については、一般的に対抗要件制度が認められており、財産権を取得した買主がその権利を第三者に対して行使することができるためには、対抗要件の具備が必要となるところ、売主は財産権移転義務のコロラリーとして、対抗要件を具備させる義務を負うのが原則であると解される。
もっとも、移転されるべき財産権の性質や売買契約の趣旨に照らして、対抗要件を具備させる義務について相違がありうることを排除する趣旨ではない。たとえば、債権売買において、第三者対抗要件の具備がつねに必要であるかどうかは当該債権売買契約の趣旨に依存し、単に取立権を授与するための債権譲渡や、譲渡後の短期間内に譲受人の債権行使が前提となっているような場合にまで、第三者対抗要件を具備させる義務があるとはいえない。もっとも、この場合でも譲受人の債権行使が前提とされているかぎりは、債務者対抗要件を具備させる義務を負うのが原則と解される。
3 対抗要件を取得させる義務は、売買契約に限られた問題とはいえないが、そのような義務がどのような場合に認められるか、またその根拠が何かについては、議論の余地がありうる。たとえば、対抗要件としての登記を具備させる義務は抵当権や地上xxの物権の設定の場合に問題となるが、【Ⅱ -8-3 】は、対抗要件を具備させる義務が売買契約ないしその準用からのみ生ずるとする趣旨を含むものではない。他方、たとえば賃借権の設定等について対抗要件を取得させる義務があるかどうかは、賃貸借契約の性質に反しないかどうかという解釈に依存する問題であるが、財産権移転義務の延長として対抗要件を具備させる義務を位置づけるとすれば、賃貸借契約についても同様の義務があるとする解釈を導くことは困難であろう。
4 不動産売買については売主が売買契約に基づいて登記移転義務を負うことになるが、これと関連して、対抗要件を具備させる義務を認めることの反面において、買主が登記引取義務を負うかどうかが問われることになるが、この点については、後掲【Ⅱ-8-44
-7】の部分で合わせて言及する。
5 売主の義務の内容について一覧性を確保するため、財産権移転義務、対抗要件を具備させる義務のほか、引渡義務等についてもあわせて規定するという方法も考えられる。対抗要件を具備させる義務だけをここで取り上げることには異論もありうる。しかし、本提案の趣旨は、財産権移転義務のコロラリーとして対抗要件を具備させる義務があるという点に主眼があり、この点で、引渡義務が目的物の実際の使用収益を実現するのに必要であることとは性質を異にするのではないかと考える。
6 立法例によっては、所有権移転時期についても売買契約中に規定を置くものもある。しかし、現民法の下で、判例・学説において、所有権移転時期について一致した考え方が確立しているとはいえない状況にあるのみならず、この問題は現民法176条の解釈に関連した、より一般的なものであって、売買契約に特有の問題とはいえない。したがって、売買契約中に所有権移転時期について何らかの規定を設けることは必要でも適当でもないと考えられる。
【解説】
①権利移転義務
売買契約の定義規定から、売主が財産権移転義務を負うことは契約の性質上当然であり、売主の義務の部分で重ねて規定を置くことは不要であるとする考え方も成り立ちうるが、売主がどのような義務を負うかについて一覧性を確保することができること、また、売主の義務として最も本質的な義務であることから、売主の義務の冒頭部分に財産権移転義務を規定することが適当であると考えられる。
なお、「権利を移転する」という義務が売主から買主への権利移転義務を意味するのか、端的に、買主に「権利を取得させる」義務を意味するのかが問題とされた。この点は、他人の権利の売買において、所有権その他の権利が売主を経由して買主に移転することが必ず必要なのか、また、後述するような処分授権合意のような制度を民法に取り込む必要があるかどうかに関わるが、この点は後述する。
②対抗要件を具備させる義務
現民法は、動産・不動産の物権変動や債権譲渡において、権利の帰属の変更は当事者間の意思表示によって生じるものとしつつ、この帰属変更を第三者に対抗するためには、所定の対抗要件の具備が必要であるとするシステムを採用している。この結果、対抗要件制度が存在する財産権の売買について、買主が財産権を確定的に取得し、他の第三者からの権利主張を排除するためには、対抗要件の具備が必要である。したがって、売主としても、買主に売却した財産権について第三者による権利主張の可能性を排除するため、買主に対抗要件を備えさせる義務を負い、具体的には、不動産の売主について移転登記義務、動産の売主について引渡義務、債権の売主について確定日付を備えた通知義務(ないし債務者から確定日付ある承諾を得る義務等)等を認めることが原則として必要と考えられる。
対抗要件の具体的内容については、目的物の性質によって種々のものがあるが、ここでは、具体的な対抗要件(不動産における登記、動産における引渡等)を個別に掲げるものとする趣旨ではなく、一般的な義務として規定するにとどめている。また、動産の対抗要件については、引渡義務の内容としての引渡しと対抗要件としての引渡しとの間に齟齬が生じうるが、それぞれの義務の問題として分けて考えることでよいのではないか。
対抗要件を具備させる義務を売買契約において規定することの意味について、いくつかの問題点を考慮する必要がある。
まず、一方において、売買契約が有償契約であることからすると、売買契約に関する規定は無償契約に直接準用されないが、例えば不動産の贈与契約について贈与者が受贈者に登記を移転する義務があるかどうかが問題となる。しかし、対抗要件を具備させる義務が、財産権を確定的に移転する義務の現れにすぎないとすれば、贈与者についても原則として同様の義務が認められるべきことになると解される。他方、有償契約への準用という観点からは、賃貸人が賃借人に賃借権を設定した場合にも、対抗要件を備えさせる義務があるかどうかも問題となりうる。この点は第4準備会の検討事項に関わる問題であるが、例えば建物所有を目的としない土地賃貸借(例、駐車場として使用する目的での土地賃貸借契約)において、賃貸人が賃借権設定登記義務を負うとすることは、これまでの賃借権の対抗力に関する理解とは整合的といえない。また、現民法605条の規定から一般的に対抗要件を具備させる義務を導くことも困難であろう(ただし、賃貸借契約のうち、賃借権としての借地権設定については、対抗要件を具備させる義務を負うと解するのが自然ではないか)。売買契約における所有権その他の権利移転義務の場合と、それ以外の場合の相違を個別に考慮し、有償契約への準用がその性質に反しないかどうかを判断することが不可欠である。
つぎに、抵当権設定契約や地上権設定契約については、その法的性質が何か(債権的合意であり、
その効果として物権が発生すると解するか、物権を発生させる物権的合意であるとするか)にも関連するが、これらの場合に、原則として、設定者が相手方に対して対抗要件を備えさせる義務があることは否定できないと考えられる。そうすると、対抗要件を備えさせる義務は、売買契約の問題というよりも、物権の取得が問題となる場合について一般的に問題となるものといえる。しかし、この問題が財産権移転義務ないし所有権移転義務と不可分に現れることは確かであり、対抗要件具備に関する一般規定が必要であるとしても、少なくとも過渡的に、売買契約における財産権移転義務を定める部分で、これとあわせて対抗要件を備えさせる義務を規定することが認められてよいのではないか。
さらに、この義務を当事者の合意によって排除することができるかについても議論がありうる。物権取得に関わる点で、第三者の利害にも影響が生じうるが、物権的請求権の性質を有する移転登記請求権とは異なり、ここでは、売買契約に基づく義務としての対抗要件を具備させる義務=移転登記義務が問題となっており、提案【Ⅱ-8-3】は、対抗要件を具備させる義務が任意規定にすぎないことを明示している。もっとも、売買契約において、売主が財産権移転義務を負いながら、対抗要件を具備させる義務をおよそ排除できるとするのは、売買契約における前者の趣旨に反することにもなりかねず、通常は、その義務の履行期の解釈問題にすぎないのではないか。
なお、不動産売買において、登記の引取義務を買主に負わせるべきかどうかが問題となるが、この点については、【Ⅱ-8-44-7】の提案要旨2および解説⑤参照。
③ 売主の義務の内容について一覧性を確保するため、財産権移転義務、対抗要件を具備させる義務のほか、引渡義務等についてもあわせて規定するという方法も考えられる。対抗要件を具備させる義務だけをここで取り上げることには異論もありうる。しかし、本提案の趣旨は、財産権移転義務のコロラリーとして対抗要件を具備させる義務があるという点に主眼があり、この点で、引渡義務が目的物の実際の使用収益を実現するのに必要であることとは性質を異にするのではないかと考える。
④所有権移転時期
売主が財産権移転義務を負うことから、有体物の売主は所有権移転義務を負うが、この場合に、所有権がいつ買主に移転するかが問題となる。立法例によっては、所有権移転時期についても売買契約中に規定を置くものもあるが、判例・学説において、所有権移転時期について一致した考え方が確立しているとはいえない状況にあるのみならず、この問題は現民法176条の解釈に関連した、より一般的なものであって、売買契約に特有の問題とはいえない。したがって、売買契約中に所有権移転時期について何らかの規定を設けることは必要でも適当でもないと考えられる。
(3)他人の権利の移転義務
【Ⅱ-8-5】(他人の権利売買の有効性) 他人の権利の売買について、契約が有効である(契約の効力が妨げられない)とする趣旨を明らかにする。たとえば、現民法560条の文言を以下のように一部修正する。 他人の権利を売買の目的としたときにおいても、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。 |
〔関連条文〕 現民法560条
〔関連提案〕 【Ⅰ-2- 5】
【提案要旨】
他人の権利を売買の客体とした場合において、他人の権利を移転する義務があるのは、売主が財産権移転義務を負う以上当然であり、とくにこれを規定するまでもないと解する余地もないではない。しかし、本提案は、現民法560条を、そのような契約の有効性を確認するという趣旨で維持することが適当であると考え、他人の権利の売買契約も有効であるとする確認規定として存置するものである。
【解説】
① 他人の権利の売買が債権契約として有効であるかどうかにつき、立法例は分かれているが、現民法560条は、そのような売買契約が有効であることを明らかにし、売主は売買の目的とされた権利を取得して、買主に移転する義務を負うものとしている。また、同条は、権利者が、売買契約締結の時点において売主に対して権利の移転を拒絶している場合にも適用されるとする点で判例・学説が一致しているが、かつての通説のように、原始的不能の給付を目的とする契約は無効であるとする考え方を採るとすれば、同条はその重要な例外をなすものといえる。
② 改正提案において、このような規定を存置することが必要かどうかが問題となりうる。売主は財産権移転義務を負うことから、売買の目的とされた権利が売主に帰属する権利か、売主以外の第三者に帰属する権利か、あるいは、たとえばメーカーが生産を終えていない(将来の)種類物や、未完成の分譲マンションの売買のように、売買の対象とされた目的物がいまだ存在していないものであるか等は、売主の義務の存否には影響を及ぼさないものと解される。このように考えると、他人の権利の売買に関する売主の義務は財産権移転義務の中に包含され、その下位類型の1つにすぎないものとみることができ、これについて独立の規定を設けて、他人の権利の売買に関する特別の義務を規定することは不要であるとも考えられる。
また、原始的不能の給付を目的とする契約が当然に無効となるかどうかは現行法の解釈としても争いがあるが、これを否定するのが近時の有力な傾向であり、債権法改正の方針としても、これにしたがうとすれば(第5回全体会議・第1準備会提案【Ⅰ-2-5】参照)、その点でも、現民法 560条と同趣旨の規定を存置する必要性は乏しいともいえる。
しかし、現民法560条は、権利移転義務の全部又は一部を履行しなかった売主の責任を規定する同 561条以下の効果と対応関係にあるものといえ、これらの効果を規定するとすれば、その前提となるのみならず、他人の権利の売買の有効性について立法例が分かれているところであり、売主が権利の帰属者であることは売買契約が有効であるための要件ではないことを明示することにも一定の意味がありうる。
そこで、財産権移転義務との重複を避けつつ、現民法560条の存在意義を認めるとすれば、同条を他人の権利を売買目的とすることによって、契約の効力が妨げられないとする趣旨の規定として、存置させることが適切であると考えられる。
③ なお、現行規定の解釈として、売主が現民法561条以下の責任を負うべき他人の権利の売買が、どのような場合を指すかについては争いがある。判例・多数説は、売主が買主に対して売買の目的が売主に帰属する権利であることを示して売買契約を締結した場合のみならず、他人に帰属する権利であることを明らかにしている場合でも、他人の権利の売買にあたるとするのに対して、前者のみが現民法561条以下の意味での他人の権利の売買にあたるとする有力説も存在する。しかし、後者の場合にも、売主が財産権移転義務を負うこと、したがって、その義務に違反した場合には債務不履行に当たることは同様であり、問題は、このような事例の相違が売主の義務違反の効果に相違を生じるかどうかにすぎないと解される。この点は、売主の義務違反の効果の個所で検討する。
(4)他人の権利の売主と権利者の地位の同一化
【Ⅱ-8-6】(他人の権利の売買と相続) 他人の権利の売買について、権利者と売主の地位が同一人に帰属する場合のルールを規定する。具体的に、たとえば次のような規定を置くものとする。 N条 (1) 売主が、他人の権利を目的とする売買契約を締結した後に死亡し、権利者が売主の地位を相続したときは、権利者はその権利の移転を拒絶することができる。権利者が権利の移転を拒絶したときは、権利者は、死亡した売主が負うべきであった責任を負う。 (2) 売主が、他人の権利を目的とする売買契約を締結した後に、権利者が死亡して、売主が相続により売買の目的たる権利を取得したときは、売主はその権利の移転を拒絶することができない。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅱ-3- 27】
【提案要旨】
1 本提案(1)は、他人の権利の売主が死亡し、所有者その他の権利者がその地位を相続した場合について、所有者は権利移転についての諾否の自由を失わないとする判例・学説の考え方を、他人の権利の売買について一般化して条文に採り入れる趣旨である。また、(1)の後段は、権利者が権利移転を拒絶する場合に、他人の権利の売主が負うべきであった不履行責任を免れる趣旨ではなく、この責任を相続の一般原則にしたがって承継することを合わせて明らかにするものである。
2 本提案(2)は、(1)とのバランスを図る趣旨で、売主が権利者を相続した場合に関する規定を置くものである。この場合に、売主が相続によって取得した権利が売買の目的とされた権利の一部にすぎないときに、売買契約全体の効力がどうなるかについては議論の余地がある。
これに類似する無権代理と相続に関して、【Ⅱ-3-27】(1)は、無権代理人の追認拒絶ができないとしても、他の共同相続人が追認拒絶権を行使した場合に、代理行為が全体として無効となるか、あるいは追認拒絶ができない無権代理人については代理行為が有効となるかについての判断を明らかにしないこととされた。
これに対し、本提案(2)においては、売主と相手方との間での売買契約はすでに有効に成立しており、他の共同相続人が権利移転を拒絶するかどうかは、権利の移転がどの範囲で生ずるかどうかの問題に帰着するものと解される。他の相続人が権利移転を拒絶することによって買主が権利の一部を取得できない場合には、買主は売主の債務不履行を理由として、一般原則(【Ⅱ-8-9】および
【Ⅱ-8-15】・【Ⅱ-8-16】参照)にしたがって契約を解除するか、契約を維持しつつ、その他の救済手段を行使するかを選択することができる。
【解説】
① 他人物売買が行われた後に、所有者が他人物売主の地位を相続により承継した場合について、判例(最大判昭和49年9月4日民集28巻6号1169頁)は、所有者は、権利移転を拒絶しえた地位を売主を相続したことによっても奪われることはないとし、学説も基本的に判例の考え方を支持している。これとは反対のケースについてどうなるかを明示的に論じた判例は見あたらないが、自ら権利移転義務を負う売主が、相続その他の事由によってその権利を取得した場合に、これを買主に移転するべき義務を負うことは、性質上当然であると考えられる。
② 本提案は、判例・学説によって承認されたルールを、他人の権利について一般的に、条文の形で取り込もうとするものである。N条の(2)の規定は、上述したところからすれば、本来不要の規定とも思われるが、(1)とのバランスを考慮して、このような規定を確認的に置くことにも意味があるのではないか。
③ このようなルールを解釈論に委ねるとする考え方もありうるが、この問題は無権代理と相続の問題と密接不可分に関連する。第2準備会における代理法の検討において、無権代理と相続に関して判例・学説によって形成されたルールを条文に取り込むという方針が提案され(【Ⅱ-3-2
7】)、全体会議において了承されたところであり、これとの権衡からも、他人の権利の売買における相続についても、xxの規定を設けることが適切と考えられる。
④ もっとも、無権代理と相続に関する一連の判例は、共同相続事例を含めて、問題となりうる多くのケースについて現れているのに対して、他人の権利の売主については、この点の判例法理の形成が十分とはいえず、無権代理と相続に関するルールをどこまで、この場合にも応用することができるかを検討することが必要となる。とくに、共同相続型の場合にどうなるかについて、問題は残されている。そこで、以下、売主の地位を共同相続する場合(前掲昭和49年判決は、このタイプに属する事案)および権利者の地位を共同相続する場合を想定して、検討する。
〔適用事例5-1〕
夫A、妻B、A・B間の子をCとする。Aが不動産甲を所有していたところ、Bが甲の名義を Aに無断でB名義に移転し、Bが甲を自己の物として第三者Xに売却した。その後、Xが死亡し、 A、CがBを共同相続した。
〔適用事例5-2〕
〔適用事例5-1〕と同様の当事者関係において、BDの売買契約締結後に、Aが死亡し、Aの地位をB、Cが共同相続した。
⑤ 〔適用事例5-1〕において、Bの死亡によりA、Cが共同相続すると、売主Bの地位は相続人に承継されるから、Aも売主Bの債務を承継する。Aは、甲の所有者であるから、甲の所有権を Dに移転する債務を履行することは可能な状況にあるが、N条(1)の規定にしたがって、甲の移転を拒絶することを選択することができる。この場合、Aは、他の相続人Cとともに、BがDに対して負うべきであった売主の責任(原状回復義務や損害賠償義務)を負担することになると解される。
⑥ 〔適用事例5-2〕において、Aの死亡により、B、Cが共同相続すると、Bは相続により取得した持分の限度において、その債務を履行することが可能となる。しかし、Aの地位を承継する Cは、Aと同様にその持分について権利移転を承諾するかどうかの自由を有するから、Cがこれを承諾しないかぎり、Dは甲の完全な所有権を取得することができない。この場合、Dは、権利の一部を移転することができない場合に売主が負うべき責任をBに追及することができる。
⑦ ここで、各設例において、AとBがともに死亡し、Dがその相続人であるCに対して売買契約に基づく権利を行使しようとする場合にはどうなるか。
まず、〔適用事例5-1〕において、Bの死亡後に、AがN条(1)の選択をすることなくAが死亡した場合、Cは一方において、Bの相続人としてAの生前に売主Bの債務を承継しており、その後にAの死亡により甲の所有権を取得している。これによれば、Cは、B自身がAを単独相続した場合と同じく、甲の所有権移転を拒絶することができないことになる。
〔適用事例5-2〕において、Aの死亡後に、さらにBが死亡し、Cが相続した場合にどう考えるべきか。1つの考え方は、Aが死亡した時点で、BはAの相続人として甲について2分の1の持分を取得しており、すでにこの時点で、Bはその限度においてDに対する債務を履行することが可能である。そうすると、Bの死亡によって、Cは一方において所有者であるAの地位を承継しているとはいえ、他方において2分の1の持分について履行する義務を負うBの地位を承継するので
あるから、少なくともその限度においてはDに対する履行義務を免れることができないとするものである。
これに対し、Aの死亡によって売主であるBがAの権利を取得したとしても、その限度で売買契約が当然に有効となるのではなく、自ら売主であったBが、Aが有していた地位を主張して権利移転を拒絶することがxxx上制限されると考えることも可能ではないか。そうすると、Bの死亡によってCが相続をした場合、CがAから承継した立場に基づいて権利移転を拒絶することはできることになる。これによれば、無権代理と相続の場合と同様の関係と考えることができ、ここでもAとBの死亡の先後という偶然的な事情によって結論が異なるという事態を回避することができる。 N条(2)は、この趣旨を示すために、「売主はその権利の移転を拒絶することができない」との定式を用いているが、これは、当然に有効となるのではなく、売主がxxx上権利移転を拒絶できないというにとどまり、その相続人は、固有の立場で権利移転を拒絶しうるとするものである。
もっとも、BがAを相続した後、DがBの生前に履行請求をしていた場合には、Bが権利移転を拒絶できないことが確定し、その後に、Bが死亡したとしても、CはそのBの地位を承継することになると思われる。
⑨ に述べたように、N条(2)を前提とするとしても、権利移転を拒絶することができない売主を相続した者が、一般的に権利移転拒絶権を行使できるのか、あるいは、権利者の地位をも相続する相続人についてのみ例外が認められるのかについて、議論が分かれうる。本提案は、この点を明らかにしてはいない。判例・学説が十分に固まっているとはいえない状況にあることから、今後の解釈に委ねることが相当と思われる。
(5)いわゆる処分権の追完
旧提案 → 【Ⅱ-3- 33】に統合。
2.財産権移転義務の不履行
(1)財産権移転義務の不履行と債務不履行責任
【Ⅱ-8-8】(他人の権利移転義務の不履行) 売主が他人の権利を移転することができなかった場合、売主は買主に対して債務不履行責任を負うものとする。 |
【提案要旨】
現民法の下で、現民法561条以下の規定による売主の責任の性質をどのように理解するかについて、見解の対立があったが、本提案は、これを財産権移転義務の不履行の問題として捉えるとする趣旨である。
【解説】
① 現民法561条以下の担保責任の法的性質について、法定責任説と契約責任説の対立が存在したが、物の瑕疵担保責任において売主が瑕疵なき物の給付義務を負うかどうかという議論の対立とはやや様相を異にし、現民法560条は売主に権利取得・移転義務を課しており、売主が買主へ権利を移転することができなかった場合、客観的な意味において売主の債務が履行されていないと見ること
が自然であった。
② したがって、法定責任説の実践的な主張は、売主がその義務を履行することができない場合に、無過失の売主の損害賠償義務の範囲は信頼利益の賠償に限られるべきであり、履行利益の賠償は認められないという点にあったといえる。また、売主に帰責事由がある場合には、債務不履行の一般原則による責任が生じうるとする判例(最判昭和41年9月8日民集20巻7号1325頁)および従来の通説の立場は、法定責任説の立場からもとくに違和感なく受け入れられていた。売主は権利を移転する義務を負っているのであるから、帰責事由があれば(より正確には、帰責事由がなかった場合を除いて)、売主が買主に対して債務不履行責任の一般原則にしたがって損害賠償義務を負うことは当然であると考えられた。
③ 伝統的な契約責任説の立場からすると、他人の権利の売主は、無過失でも履行利益の賠償義務を負うと解することになるが、この場合、一般原則との関係をどのように理解するかについて問題が残る。とくに、現民法561条の担保責任は短期の期間制限に服するものではないから、買主は売主が無過失であっても、一般の債務不履行責任とまったく同一の責任を問うことができることになる。
④ もっとも、物の瑕疵担保責任に関する一部の有力説と同じく、現民法561条の損害賠償責任についても、売主は無過失を証明することにより損害賠償義務を免れることができるとする主張も見られる。現民法570条・566条については、「損害賠償」を危険負担的代金減額請求権と読み替えることが可能であったが、現民法561条については善意の買主の損害賠償請求権は意味を失うことになる。契約解除の場合の代金返還請求権は原状回復請求権にほかならず、これ以外の損害賠償を問題とする余地がないからである。この結果、同条は悪意の買主の損害賠償請求権を否定するところに意味があることになる。
⑤ 債務不履行責任に関する第1準備会の検討を踏まえ、かつ、他人の権利の売主の財産権移転義務を一般的に規定する場合に、債務不履行責任の一般原則のほかに個別的な規定を置くことが必要なのか、また、個別的な規定を置くとしても、売主の債務不履行責任をどのように規定するかが問題となる。以下、他人の権利の売主は、売買契約に基づく一般的な義務として権利移転義務を負うこと、したがって、買主への権利移転がなされなかった場合には、客観的な意味で債務不履行があること(このこと自体は、現行法の解釈としても同様であると解される)を前提として、どのような要件の下でどのような効果が認められるべきかを検討する。
(2)権利移転義務の不履行の効果 (2-1)解除および損害賠償
【Ⅱ-8-9】(他人の権利移転義務の不履行) 他人の権利を売買契約の目的とした場合において、売主が権利を移転することができないとき、または、履行期の到来後、履行の催告をしても履行がないときは、買主は売買契約を解除することができる。 |
【Ⅱ-8-10】(解除の効果-一般原則にしたがった損害賠償義務) 買主が契約を解除した場合において、買主は債務不履行の一般原則にしたがって損害賠償を請求することができる。 |
〔関連条文〕 現民法561条
〔関連提案〕 【Ⅰ-8-1-1】、【Ⅰ-8-2】(2)
【提案要旨】
1 現民法は、他人の権利の売買において、売主がその権利を移転することができない場合に、買主の解除が可能であるとする。しかし、権利者が権利の移転を承諾していない場合においても、その不承諾が確定的な拒絶といえるかどうかは必ずしも明らかではなく、現行規定における「移転することができないとき」という要件の充足については、判断の曖昧さが残る。
2 また、他人の権利の売買においても履行期の定めがあることが通常であるが、履行期が到来しても権利の移転が行われない場合には、一般原則にしたがって履行遅滞を理由とする解除が認められることになる。これを新たに規定することにより、権利移転不能の状態が生じているかどうか不明確な場合や権利移転不能が確定していない場合でも、売主から権利の移転を受けない買主は【Ⅱ
-8-9】の後段にしたがって、契約を解除することができる。
3 権利移転不能と、権利移転の遅滞と催告期間の経過は、いずれもそれ自体として契約の重大な不履行に当たると解されることから、【Ⅱ-8-9】の提案は、解除の一般原則である【Ⅰ-8-1
-1】を売買契約に即して具体化するものである。したがって、本提案のような特別規定を設けなくとも、一般原則にしたがって解除権を根拠づけることは可能である。しかし、売買契約に即して具体的に解除権が発生する場合を示すことが、法律関係の明確化にとって望ましいという趣旨から、本提案を行うものである。
4 また、【Ⅱ-8-10】は、買主が契約を解除した場合においても、債務不履行責任の一般原則にしたがって損害賠償請求が可能であることを確認的に明らかにする趣旨である。現民法において、他人の権利の売買における売主の責任の法的性質と関連して、売主が無過失の場合にも損害賠償責任を負うかどうかが議論されてきたが、改正提案の趣旨にしたがったものである。
【解説】
① 現民法561条は、権利の移転不要を要件として、買主の契約解除権を規定している。これは、現行法における履行障碍法の体系からすれば2つの点で特徴的である。
第1に、両当事者の帰責事由なき履行不能の場合には、一般原則によれば、現民法536条の債務者主義の原則によって反対債務も消滅し、債権債務関係の自動消滅が認められるのに対して、本条は、それとは異なり、解除権の行使があってはじめて契約関係が消滅するとする(また、売主に帰責事由がない場合でも売主に損害賠償義務が生じうる点でも現民法536条による解決とは異なるが、この点の問題は後述する)。
第2に、第1と関連して、買主の解除権は現民法543条の場合と異なり、売主の帰責事由を要件としない。この点で、債務不履行解除の要件として帰責事由を一般的に不要とする考え方(第1準備会提案【Ⅰ-8-1】参照)の立場を先取りするという面があった。すなわち、現民法561条は、かりに売主に帰責事由がなかったとしても、危険負担規定によらずに、契約解除権の発生を認め、その行使によって契約関係が消滅すること、解除権発生について売主の帰責事由は不要であるとするものであった(少なくとも、そのように解されていた)からである。
②権利移転不能の要件
しかし、解除権の発生のために「権利の移転不能」を要件とすることが必要かつ十分であるかについては、再検討の余地があると思われる。
第1に、権利者が権利の移転を承諾していない場合においても、その不承諾が確定的な拒絶といえるかどうかは必ずしも明らかではなく、現行規定における「移転することができないとき」という要件の充足については、判断の曖昧さが残る。権利者が一旦権利移転を拒絶しても、交渉によって翻意の可能性が残るかぎり、確定的な権利移転不能とはいえないからである。
第2に、他人の権利の売買においても、履行期の定めがあることが通常であるが、履行期が到来しても権利の移転が行われない場合には、一般原則にしたがって履行遅滞を理由とする解除が認め
られることになる。なお、この点に関して、債務不履行の一般原則と同じかどうかが問題となりうる。すなわち、一般原則によれば、履行の催告があり、その期間が徒過した場合であっても、必ずしも契約の重大な不履行に当たらないことがありうるからである。しかし、本提案においては権利移転義務の不履行が問題となっており、かつ催告期間が徒過された場合であるから、これが契約の重大な不履行に当たらないとする可能性はないと考えられる。
③ 他人の権利の売買において、事実上、引渡しや登記の移転等がなされた後に、買主が権利者からの追奪を受ける(本来の意味での追奪担保責任の)場合には、権利者からの追奪によって権利の移転不能が確定するが、財産権移転義務の不履行という一般化した形で捉えると、②に見たように、権利移転の不能という要件を他人の権利の売買一般について定めることでは不十分であり、履行遅滞による解除の場合を併せて規定することが必要と考えられる。
この点は、とりわけ、種類物売買において、売主がこれから入荷する商品を買主に売却したり、あるいは特定物売買において他人の物であることを契約時に明らかにして売買契約が締結された場合に妥当する。この場合、権利移転の不能の不明確性を排除する意味で、履行催告による解除権のみを規定すれば足りると解する余地もあるが、履行期前に権利移転拒絶が確定的に生じる場合もありうることを考慮し、権利移転不能による解除権の発生の可能性を排除しないものとした。また実際には、権利移転不能を理由とする解除権が発生したかどうかが買主にとって不明確である場合には、履行遅滞による解除権行使を選択することになるのではないかと推測される。
④特別規定の必要性
もっとも、このように考えると、【Ⅱ-8-9】は、権利の移転義務について債務不履行の一般原則を適用することを示すものにすぎないから、売買契約において、このような規定を確認的に置く必要性があるかどうかについて疑問の余地もないではない、しかし、売買契約に即して具体的にどのような場合に解除権が発生するかを示すことが法律関係の明確化のために望ましいと考えられる。
⑤損害賠償の要件
権利の移転不能による解除の場合に、従前は、売主が無過失であっても買主は損害賠償請求が可能であるとされ、ただ、その損害賠償の認められる範囲については、法定責任説と契約責任説の立場の相違とも関連して争いがあった。また、そのような議論の対立は、債務不履行の一般原則との関係でも問題とされてきたが、法定責任説においても、対価的制限説の立場を採らず、無過失の売主に信頼利益の賠償を認めるとするかぎりにおいては、無過失でも損害賠償責任が認められるとする点では、債務不履行責任の一般原則と抵触するところがあった。
⑥ 【Ⅱ-8-10】は、債務不履行責任における損害賠償の要件が、従来とは異なる形で検討されていること(第1準備会提案【Ⅰ-7-1】参照。以下、この提案を免責事由説と略称する。)に対応して、その一般原則によるとするものであり、これによって、他人の権利の売主が負う損害賠償義務を定める規定は、債務不履行責任の一般原則の特則としての意味を失うことになる。
⑦ これは、従来の解釈によってほぼ確立していたと考えられる他人の権利の売主の損害賠償義務を一定の範囲で軽減することになると考えられるが、実質論としてそれでよいかどうかを検討することが不可欠である。
〔適用事例7-1〕
Aは不動産甲の所有者であったが、Bは甲をAから取得して、これをCに転売することとし、 AからBへの所有権移転が生ずる前にCとの間で甲の売買契約を締結した。この後、AがBへの甲の所有権移転を拒絶した。
〔適用事例7-2〕
Aは登記簿上、不動産甲の所有者として登記されており、BはAが甲の正当な所有者であると信じて甲を買い受け、引渡しと移転登記を得た。Bは甲をCに転売し、Cへの移転登記もなされ
たが、その後に、Dが、AとDとの売買契約をAの強迫を理由として取り消し、Cに対して甲の返還を求めた。
〔適用事例7-1〕において、BはCに甲の所有権移転を約束した以上、この売買契約の趣旨から、BC間に特別の約定が存在する場合を除いて、Cへの所有権移転が実現できない場合、Bは一般原則にしたがって損害賠償義務を負うと考えられる。この場合、売主Bは、Aからの権利取得が可能であるかどうかというリスクを引き受けていると考えることができる。
⑨ これに対し、〔適用事例7-2〕において、Dから甲の追奪を受けたCがBに対して損害賠償請求をすることができるかが問題となる。この設例において、Aが正当な所有者であると信じたことについてBに過失がない場合、Bは、Cに対して所有権を移転することができなかったことについて(従来の意味で)帰責性がないと考えられる。しかし、現民法561条の損害賠償責任は、買主が善意であるかぎり、売主が無過失の場合でも認められるとしてきた従来の一般的な考え方によれば、少なくとも信頼利益の賠償が、また考え方によっては履行利益の賠償が認められることになる。
⑩ ここで、債務不履行による損害賠償責任について免責事由説の立場を採ると、〔適用事例7-
2〕について、BはAが無権利者である場合のリスクを引き受けているかどうかが問題となる。当事者間において明確な合意がない場合に、契約において債務者が引き受けた事由に当たるか、引き受けていなかった事由に当たるかの判断は、必ずしも容易ではないが、第1準備会提案【Ⅰ-7-
1】の適用事例2において損害賠償義務の免責事由が認められるとするならば、〔適用事例7-2〕においても、B自身が、Aが権利者であることを疑っていない以上、Aが権利者でなかった場合のリスクを引き受けていたと考えることは困難ではないか。
この理解を前提とすると、〔適用事例7-2〕において、BはCに対して損害賠償責任を負わない。そうすると、例えば、BC間の契約締結によってCが一定の費用を出捐した場合においても、この費用賠償をBに請求することはできないことになる。この場合、一般原則に対する特則として売主の損害賠償責任を規定するとすれば、従前の解釈と類似の結果となるが、この場合には、他人の権利の売主が債務不履行責任の一般原則よりも加重された責任を負うことの根拠があらためて問われることになる。【Ⅱ-8-10】は、このような特則を置くことを排除する趣旨を含むものであり、この点で、第1準備会の免責事由説との間に齟齬は生じない。また、それ自体は、他人の権利の売買に特有の効果ではなく、権利移転義務という売主の債務不履行の問題にほかならないから、売買契約中にこの趣旨の規定を置くことが必要かどうか問題となるが、ここでも確認的に規定を置くこととした。
⑪ なお、現行規定における解釈論として、売主が担保責任を負うべき場合には、売主は無過失であっても価値補償的損害賠償義務を負うとする見解が主張されている。契約責任説に立ちつつ、売主が無過失の場合の履行利益賠償義務を、売買契約当事者が合意した等価性の範囲に限定するという考え方といえる。これによれば、例えば〔適用事例7-2〕において、BC間の売買契約において代金が2,000万円とされ、甲の客観的価額が2,200万円であったという場合、売主Bに過失がなくても、買主Cは差額利益200万円の損害賠償請求が可能であるとされる。
しかし、免責事由説の枠組みの下では、一方において、免責事由が認められる場合には、債務不履行による損失を売主に転嫁することができず、このような差額的利益の賠償義務も否定されることになり、他方において、免責事由が認められない場合には、売主は一般原則にしたがって損害賠償義務が負うことになる。そうすると、中間的な損害賠償義務として価値補償的損害賠償義務を認めるという考え方をとることも困難である。
(2-2)「悪意」の買主の損害賠償請求の可否
【Ⅱ-8-11】(買主悪意の場合) |
買主が悪意の場合にも、権利移転義務の不履行による一般的効果が生ずるものとし、現民法5 61条後段に対応する規定を置かないものとする。 |
〔関連条文〕 現民法561条後段
〔関連提案〕 【Ⅰ-4- 4 】、【Ⅰ -7-1 】、【Ⅰ-7- 1-1】
【提案要旨】
1 現民法561条後段は、悪意の買主について損害賠償請求権を否定している。その趣旨は、悪意である以上、権利の取得ができない可能性を認識しているのであるから、買主はこれを覚悟しておくべきであり、損害賠償請求権の保護を認める必要性に乏しいという点にあった。
2 しかし、売買の目的が他人の権利であることについて買主が悪意であっても、売買契約の合意内容にしたがって売主が権利移転義務を負うかぎりは、その不履行について義務違反があれば、売主は債務不履行責任の一般原則によって責任を負うものと考えられる。言い換えれば、買主が悪意であるというだけで売主の債務不履行責任が当然に排除されることにはならず、売主の責任は、売主がどこまで他人から権利を取得して買主に移転する義務を引き受けたかに依存する。本提案は、この趣旨を明らかにするものである。
3 もっとも、本提案は、現民法561条後段のような規定をとくに設けないとするところに主眼があり、買主が悪意の場合であっても売主が債務不履行責任を特別に規定することは必要ではなく、かえって不必要な混乱を招くものと考えられる。
【解説】
① 現民法561条後段は、悪意の買主について損害賠償請求権を否定する。その趣旨は、悪意である以上、権利の取得ができない可能性を認識しているのであるから、買主はこれを覚悟しておくべきであり、損害賠償請求権の保護を認める必要性に乏しいという点にある。しかし、買主が悪意であっても、売主は権利移転義務を負っているから、その不履行について帰責事由がある場合には、債務不履行責任の一般原則によって損害賠償請求権を行使することは妨げられないとするのが判例であり、これを支持するのが従前の通説であった。
② しかし、現民法561条後段の「悪意」の意義をどのように理解すべきか、また、同条の責任と債務不履行の一般原則による責任との関係をどのように理解すべきかについては、従来においてもすでに問題提起がなされていた。
第1に、権利移転を約束した売主が権利を移転することができない場合に、売主が帰責事由のなかったことを証明することができたときを除いて、売主が債務不履行責任を負うとすれば、現民法 561条後段において悪意の買主の損害賠償請求を排除した趣旨が、実質的には空洞化することになる。例外的な場合を除いて、売主が帰責事由のないことを証明することは困難だからである。
第2に、売買契約において、売主が他人の権利であることを契約時に明らかにしつつ、権利移転を約束している場合に、買主がそのことを知っているだけで売主の責任を軽減するべき理由に乏しい。この観点から、一部の学説は、現民法561条の規定の適用を、売主が自己の権利として売買契約を締結した場合に限定し、また、①にも述べたとおり、判例・従来の通説は現民法561条の責任が否定されるとしても、債務不履行責任の一般原則による損害賠償請求の可能性を肯定した。
第3に、買主が悪意であることが、売主からの権利移転ができないという可能性を認識していることを意味する場合には、契約の趣旨から、売主が結果保証的な意味での権利移転義務を負うとは考えられないとして、現民法561条によって認められない損害賠償請求が債務不履行責任の一般原則であれば認められるとすること自体について疑問が提起されている。
③ 売主が権利移転を約束している場合には、売主が、権利が他人に帰属していることを明らかにし、したがって買主が、売主が権利者ではないことについて悪意であったとしても、買主は権利取得を期待することに合理的な理由がある。種類物売買においては、これがむしろ原則であり、特定物売買の場合についても、売主が権利移転ができない可能性があることを留保せずに、権利移転を約束した場合には、買主はその履行を期待することが許される。
そうすると、買主の損害賠償請求の可否は、買主が売主の無権利について悪意であったかどうかではなく、権利移転不能のリスクを買主が考慮すべきであったか、換言すれば、売主がどの範囲で権利移転義務を履行すべきかという、売買契約の意思解釈に帰着するといえる。また、このように考えれば、他人の権利の売買の意義を、自己の権利として売った場合に限定する必要性も失われることになる。さらに、このような意味で、売主の損害賠償責任が否定されることは、現民法561条の担保責任に特有の問題ではなく、債務不履行責任の一般原則そのものの問題であると考えられる。
④ ③によれば、悪意の買主の損害賠償請求の可否について、特別の規定を置く必要がないと考えられる。もっとも、第2準備会の議論の過程において、趣旨をより明確に確認するという観点から、例えば以下のような条文を設けることも考慮された。
<A案>
買主が、契約の時においてその権利が売主に属さないことを知り、かつ、売主による権利移転が不能となる可能性を認識していたときは、損害賠償の請求をすることができない。
<B案>
買主が契約の時においてその権利が売主に属さないことを知っていたときは、売主が権利の移転を確約した場合にかぎり、損害賠償の請求をすることができる。
しかし、いずれの案についても、損害賠償義務発生の有無を決するのに必要十分な要件となっているかどうかは疑問であり、結論的には、このような規定を設けることはしないとすることでよいのではないか(⑤も参照)。
⑤ 第2準備会において、悪意の要件との関係でいくつかの問題点について議論があった。
第1は、他人の物を自己の物として売る場合と、他人の物であることを明らかにして売る場合の相違をどう見るかである。一方で、後者の場合と前者の場合では、買主が売主から権利を取得できるかどうかについて定型的な相違があるのではないかとの意見があった。すなわち、自己の物として売っている場合には、権利を移転できるという趣旨を当然含むと考えられるのに対して、他人の物であることを明らかにしている場合には、権利の移転ができない可能性を残しているのではないかという考え方(α説)である。他方、種類物売買を含めて、売主がどこまで調達する義務を引き受けているかの問題であり、種類物の場合には、売主が現時点で在庫品を持っていなかったとしても、当然に調達・権利移転義務を負うと考えられるが、特定物の場合でも調達可能性には相違がありうるから、他人の所有物であることを明らかにしている場合でも、売主の調達・権利移転義務が定型的に異なると考える必要はなく、どこまで売主が調達義務を負うかを判断する場合の重要な要素の1つにすぎないとする考え方(β説)も述べられた。
〔適用事例7-3〕
メーカーAが所有する商品甲について、売主BはCと売買契約を締結し、BがAから甲を入荷すれば、Cに直ちに引き渡すことを合意した。
〔適用事例7-4〕
Aが所有する絵画乙について、美術商Bは買い受けの交渉を始めるとともに、BはCとの間で乙の売買契約を締結した。
この事例において、Bはいずれの場合においても、現時点で甲・乙の所有者ではない。BがCに対して、Bに所有権が帰属していないことを明らかにしていた場合にどうなるか。α説によると、
〔適用事例7-3〕のような種類物売買については、一般的に調達義務が認められており、売主の義務は権利取得・移転義務として考えることができるが、〔適用事例7-4〕においては、Bが特別に権利を移転することを引き受けていなければ、Cは権利を取得できない可能性を覚悟していたと考えることになろう。これに対し、β説では、いずれについてもBは原則として権利取得義務が認められるとし、そのような義務を負わない例外にあたるかどうかを判断することになると思われる。したがって、同じ特定物売買でも絵画のような場合であれば、調達義務が否定されやすいとしても、中古車売買のようなケースであれば、他人の物であることを明らかにしていても、それだけで買主の期待に質的な相違はないと考えることになる。
第2は、かりに④の<A案>ないし<B案>のような規定を特別に置くと、権利移転義務について一般的要件とは異なる特別のルールを定める趣旨として解釈されることになるのではないかという懸念である。<A案>、<B案>ともに、売主がどこまで権利移転という結果を保証する必要があるか、どのような場合には権利移転がなくても不履行責任を負わないかを具体化する趣旨で考えられているが、このような規定を置く場合には、無用の誤解を生じないように規定の仕方に注意が必要となる。
第3は、<A案>、<B案>の文言に関する問題点に関する。<A案>の定式では、買主が悪意の場合、権利移転不能の可能性を認識していると解する余地がある。単なる可能性の認識ではなく、買主が権利を取得できないというリスクを引き受けているかどうかが重要であり、その趣旨をより明確にすることが必要となる。また、<B案>では、他人の権利であることを明らかにしていれば、損害賠償義務を負わないことが原則ルールとなるかにみえるが、他人の権利であっても権利移転を約束したのであり、それとは矛盾するのではないかとの疑問が生じうる。したがって、<B案>の定式についても、規定の仕方にはさらに工夫が必要となる。
以上の検討からも、最終的には、<A案>、<B案>のいずれも必ずしも十分な内容となっておらず、端的に本提案のとおりとすることで足りる。
(2-3)買主の義務違反による権利移転不能
【Ⅱ-8-12】(買主の義務違反による権利移転不能) 権利移転の不能について、買主に契約上の義務違反がある場合には、買主は解除権を行使することができないものとする。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-8- 1-2】(2)
【提案要旨】
買主の契約上の義務違反によって売主の権利移転不能が生じた場合に、現行法の解釈として認められている判例・学説のルールを条文に取り込むという趣旨である。もっとも、重大な契約不履行が債権者の契約上の義務違反によるものである場合には、【Ⅰ-8-1-2】の一般原則によって債権者が解除権を行使できないことから、本提案は、【Ⅰ-8-1-2】の提案と同一の内容となっている。他の提案においては、一般原則の具体化であっても、売買契約に即してその内容を明らかにすることが望ましいと考えられることが少なくないが、本提案を条文化することの必要性については、なお検討の余地がある。
【解説】
① 現民法561条の文言からは明らかでないが、現在の判例・学説によれば、売主の権利移転不能が買主の帰責事由に基づくものである場合には、買主は解除権を行使することができないとされる。
〔適用事例8〕
甲の所有者A、売主B、買主Cとする。Bは、Cとの間で甲の売買契約を締結したが、その後、 CはAとの間で直接売買契約を締結し、Aへの代金支払と引換えに甲の所有権を取得した。Bの代金支払請求に対して、Cは、Bの権利移転義務の不能を理由として契約を解除したから、Cは Bに対して代金支払義務を負わないと主張した。
② 〔適用事例8〕において、Cがどのような事情で所有者から直接甲を取得したかという事情を考慮する必要があると考えられる。Bが履行義務を尽くさなかったために、Cが自らAと交渉する必要が生じたような場合には、Bが不履行責任を免れるべき理由がなく、CはBとの契約を解除して代金支払義務を免れるとともに、Bの不履行を理由とする損害賠償請求をすることが可能である。
しかし、Bの努力を無視する形で、例えば、Cが、Aと直接取引をすることによって、より有利な価格で甲を買い受け、Bに対する代金債務を免れようとする目的でAと売買契約を締結する等により、Bの権利移転義務の履行不能を生じさせた場合には、Cは、Bに対して不履行責任を問うことができないだけでなく、Bの履行不能について責められるべき事情があったと解することができる。
③ 現行規定における履行不能の一般法理によれば、Bの債務の履行不能について債権者であるCに帰責事由がある場合には、現民法536条2項によりBは反対給付請求権(代金債権)を失わないはずである。現民法561条は、権利移転不能の場合に解除構成を採っていることから、危険負担に関する現民法536条2項が直接適用されるべき場面とはいえないが、実質的な判断としてこれと別異に考えるべき理由に乏しい。そうすると、この場合のCは、解除権を行使して自己の代金債務を免れることができないと解され、その趣旨を条文として明示することが考えられる。
④ もっとも、このように解すると、CはAとの契約に基づいて代金の二重払いを強いられるように見える。しかし、現民法536条2項後段の趣旨を推及すると、BはCに対して権利移転義務を免れることにより、Aから甲を取得するに必要な代価を支払う必要がなくなるから、Bに対して代金債務を負担するCは、Bに対して利益償還請求をすることが可能である。
これらの検討結果を〔適用事例8〕に即してまとめると、以下のとおりである。Bは、AC間の売買契約の成立と、これによるCへの所有権移転の結果、Bが負っていた所有権移転義務を履行することができない。しかし、Bは免責事由の存在を証明することによって、損害賠償義務を負わず、履行請求にも応ずる必要がない。他方、Cが契約解除権を行使できないとすると、Cは代金支払義務を免れない。Bの代金支払請求に対して、Cが同時履行の抗弁を主張することもできない。Cは、 Bに対する履行請求権を持たないからである。Bの側から契約を解除すれば、Bの不利益は損害賠償の問題として処理され、Bが契約を解除せずに代金支払請求をする場合には、Cの側においてBの利益償還義務を主張して、BC間の利益調整を行うことになる。
⑤ 債務不履行解除に関する第1準備会の提案においても、Bの不履行がCの義務違反によって生じた場合には、解除権が行使できないとされており(提案【1-8-1-2】(2)参照)、本提案はこれに対応するものとなっている。もっとも、そうだとすれば、ここでも売買契約に特化した形でxxの規定を置くべきかどうかが問題となる。確認的に規定を置くことも考えられるが、他の場合とは異なって、本提案は【Ⅰ-8-1-2】(2)の提案そのものに等しいとも考えられることから、
条文化の必要性についてはなお検討の余地がある。
さらに、危険負担制度を廃止することになると、現民法536条1項・2項についても、その規定内容がどうなるかが問題となるが、第1準備会提案【Ⅰ-8-5】によれば、債務者の救済手段として利益償還請求ないし実質的にこれに代わるべき損害賠償請求が認められており、④と同様の結果を実現することができると解される。
⑥ また、売主であるBの側からの解除権行使の可否も問題となるが、重大な不履行について帰責性の有無を問わないとする一般原則によれば、Bはその一般原則にしたがってCとの売買契約を解除することができる。この場合、BはCに対する代金請求権を失うことになるが、契約が履行されていれば得られたであろう利益を損害賠償請求として回復することができるから、この場合にも実質的には、④と同様の結果が実現される。
⑦ これを前提として、売主の解除権行使が可能である趣旨を条文で明示することが必要かどうかが問題となるが、ここでも、他人の権利の売買に関する他の効果と同じく、一般原則によって認められるべき効果を売買契約中に置くことが必要かどうかも問題となるが、買主の義務違反があるかどうかを問わず、一般原則にしたがって売主が解除できることは当然であり、買主の義務違反がある場合について特別の規定を置くことは不要ではないか。
なお、一点付言すると、従来の議論においては、買主に「帰責事由」がある場合に解除権を行使することができないとされていたが、改正にあたって、「帰責事由」の概念がどのような意味を持つか問題となることから、「契約上の義務違反」に改めている。
(2-4)売主の解除権
【Ⅱ-8-13】(売主の解除権) 売主からの解除の可否については一般原則に委ね、現民法562条を削除する。 |
〔関連条文〕 現民法562条
〔関連提案〕 【Ⅰ-8- 1】
【提案要旨】
1 現民法562条は、善意の売主に契約の解除権を認めているが、それ自体は担保責任の問題とはいえず、売主に固有の解除権を認めるものであるとする点で理解は共通する。しかし、売主の権利取得が不能となった場合に、改正提案の下で、善意の売主からの解除を認めることが適切かどうかが問題となる。
すなわち、【Ⅰ-8-1】によれば、売主が権利移転義務を負い、その不履行が重大な契約違反に当たる場合に、契約解除権を有するのはその相手方であって、不履行をした債務者ではない。この原則とは異なって、善意の売主についてだけ自ら引き受けた契約的拘束から離脱することができるとすることを正当化する理由はないのではないか。
2 本提案は、このような趣旨から、売買契約における善意売主について特別の解除権を認めるべき必要性はないとして、現民法562条を削除するものである。
【解説】
① 現民法562条は、善意の売主に契約の解除権を認めているが、それ自体は担保責任の問題とはいえない。しかし、売主の権利取得が不能となった場合に、売主側からの解除を認めることが適切かどうか、契約解除に関する一般原則との関係が問題となる。売主が権利移転義務を負い、その不履行が重大な契約の不履行に当たる場合には、解除の一般原則(【Ⅰ-8-1】)にしたがうと、解除
権を行使することができるのは、不履行の相手方であり、売主側からの解除は認められないと考えられる。
② この場合に、現民法562条による善意売主の解除権を存置することになると、一般原則に対する例外を認めることになるが、売主が債務不履行責任を負うかぎり、この場合についてのみ売主の契約からの解放を認めるべき理由がないのではないか。もっとも、解除権を行使することができる買主が解除の意思表示をしない場合には契約関係は存続し、しかし、売主はその債務を履行できず、したがってまた、代金支払請求をすることもできないという状態に陥るが、これは、この場合に限らず、債務不履行責任の一般的問題として解決されるべき問題と思われる。
③ また、売主の解除を前提とする損害賠償義務については、売主の債務不履行の一般的問題に帰着し、とくに売主の解除権と結びつけて規定を置くべき必然性はないと解される。したがって、この点でも、現民法562条のような特別規定は不要であると考えられる。
(2-5)錯誤との関係
【Ⅱ-8-14】(他人の権利の売買と錯誤) 他人の権利の売買であることを知らなかった売主ないし買主が、要素の錯誤に当たることを理由として契約の無効を主張することができるかどうかについては、とくに規定を設けないものとする。 |
【提案要旨】
従来、とくに物の瑕疵担保責任と錯誤の関係については、判例・学説において議論が対立しているところであるが、例えば、売主が権利者であると信じた買主が、権利者が誰であるかについて錯誤に陥っていたことを理由に無効を主張できるかどうかについても議論が生じうる。本提案は、これを解釈に委ねるとする趣旨である。
【解説】
① 売主が他人の所有に属する種類物について売買契約を締結する場合、売買契約の当事者においては、通常、種類物の所有者が誰であるかについて注意を払っておらず、権利の帰属主体が誰であるかについて、錯誤に陥っているという事態を想定しにくい。かりに、買主がそのような錯誤に陥っていたとしても、契約の性質から、その点に関する錯誤は要素性を欠くと考えられ、現民法95条の適用は排除されると考えられる。
② これに対し、特定した他人の物や特定の他人の権利の売買においては、買主が、当該権利が売主に帰属していると信じていたところ、実際には売主が権利者ではなかったという場合、買主の錯誤を考慮する余地がある。この場合にも、他人の権利の売買の有効性を認める以上は、権利の帰属についての錯誤は要素性を欠くとする考え方が成り立ちうる。これによれば、買主の救済手段は、売主の権利移転義務の不履行に基づいて認められるものに限られる。
③ しかし、売主が権利者であるか、本来の権利者から権利を取得する必要があるかどうかは、買主にとっては、売主の履行可能性という点で重要な相違を生じることが考えられる。この点を考慮すると、売主が権利者であるかどうかは契約にとって重要な事項であり、要素の錯誤に当たりうると考える可能性もある。錯誤取消し(改正提案を前提)が認められないとすれば、買主は、債務不履行責任の一般原則にしたがって、権利移転の不能が確定した時点で、あるいは、履行期が到来した後に履行遅滞を理由として契約を解除するほかないが、先履行義務を負っている買主がすでに代
金を支払っており、代金の回収を早期に図る必要がある場合、あるいは契約関係からの早期離脱を欲する場合に、錯誤主張を認めることには実際上の意義があるとも考えられる。
④ この点は、第2準備会において議論が分かれたところであり、また、一般的に議論が十分に熟しているとはいえない問題であることから、現時点で一定の立場を条文の形で示すことは適切ではなく、今後の解釈論に委ねるべきものと思われる。
3.財産権移転義務の一部不履行
(3-1)権利の一部が他人に属する場合
【Ⅱ-8-15】(権利移転義務の一部不履行) 売買契約の対象とされた権利の一部が他人に属する場合において、売主がその部分を移転することができないとき、または、履行期の到来後、履行の催告をしても履行がないときは、買主には、以下の救済手段が認められる。ただし、権利の一部の移転がなされないことが買主の契約上の義務違反に基づく場合には、このかぎりでない。 (1)代金減額請求 (2)契約解除 (3)損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-16】(救済手段相互の関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)は、売主に免責事由がある場合でも、また履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。 (b) (2)は、権利の一部を移転することができないこと、または催告があっても権利の一部を移転しないことが、契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (c) 売主が免責事由を証明した場合には、(3)の救済手段は認められない。 (d) (2)と(3)は同時に主張できる。 (e) (1)の権利を行使した場合、(2)の救済手段は認められない。また、(1)の権利と相容れない(3)の救済手段は認められない。 |
〔関連条文〕 現民法563条
〔関連提案〕 【Ⅰ-4- 4 】、【Ⅰ -7-1- 1 】、【Ⅰ- 8-1】
【提案要旨】
1 売買の対象とされた権利の一部が他人に属しており、売主がこれを買主に移転することができない場合、あるいは移転することを遅滞している場合に、財産権移転義務の一部不履行があると捉え、現民法563条の規定を一部修正して、買主に一定の救済手段を認めるとともに、その救済手段の要件と相互関係を明らかにする趣旨である。
2 これらの救済手段のうち、損害賠償や解除については、債務不履行責任に関する一般原則の適用であると考えることができる。したがって、損害賠償や解除については、債務不履行に関する一般原則にしたがってそれぞれ要件を充足することが必要である。
したがって、権利の一部の移転不能が契約の重大な不履行に当たらない場合には、契約の解除が認められない。また、権利の一部の移転を遅滞し、催告期間が経過してもその履行を行わないことが契約の重大な不履行に当たれば、契約を解除することができる。同様に、事業者間売買において事業の範囲内でなされた売買契約における権利移転義務の一部の不履行については、催告期間が経過すると、解除権が発生する。
3 これに対して、独自の救済手段として意味を持つのが代金減額請求である。一般に、契約上の債務を引き受けた債務者は、一定の場合には履行義務そのものを免れ、また不履行が生じた場合においても、免責事由が認められるときには損害賠償義務を負わない。しかし、これらの事情が認められる場合であっても、売買契約当事者が売買代金を決定するに際して、目的物の一定の性質・状態等を前提として対価を決定したときは、何らかの事情に基づいて目的物がそのような性質・状態等を備えることができず、かつ、そのことについて売主が履行責任を負わず、また損害賠償義務を免れるとしても、売主が合意された対価全額を保持することが合意された等価性に反するものと考えられる。買主は、少なくとも、その等価性が失われ、過剰に支払った、ないし過剰に支払うべき代金の限度において、その減額を求めることができるものと考えられる。
4 この意味での代金減額請求は、引き受けられた債務の履行がないことに対する売主の責任とは異なる性質のものであり、等価性原理から生ずる最低限度の買主の救済手段といえる。また、このような独自の性質を備えた救済手段であることから、債務不履行に基づく一般的な救済手段との関係が問題となり、その関係を整理したものが提案【Ⅱ-8-1
6】である。
5 【Ⅱ-8- 15】のただし書は、権利移転不能に関する提案【Ⅱ-8-12】に対応するものである。
【解説】
① 財産権移転義務の全部不履行の場合と同じく、売買の対象とされた権利の一部が他人に属し、売主がこの権利を移転することができない場合、あるいは権利の移転が遅滞する場合、売主は債務の一部不履行に対する責任を負うと考えられる。
② まず、以下のようなケースを想定する。
〔適用事例9-1〕
Aは登記簿上、不動産甲の単独所有者であり、Bは甲をAから取得して、これをCに転売することとし、AからBへの所有権移転が生ずる前にCとの間で売買契約を締結した。この後、実際にはAは甲を共同相続人Dとともに共同相続していたが、Dの知らない間にAが勝手に単独相続をしたとして自己の名義にしていたことが判明した。
③ 〔適用事例9-1〕において、Aは自己の持分を超える部分についてBに権利を移転することができず、したがってBもCに対して権利の一部を移転することができない。BがCに対する債務を履行することができるかどうかは、Dが持分について権利を移転することを承諾するかどうかに依存する。この場合に、現民法563条は、権利の一部の移転不能を要件として、買主に代金額請求、解除、損害賠償請求の各救済手段を認めている。
④ まず、権利の移転不能の場合に加えて、権利の移転が遅滞する場合についても、催告期間が徒過した場合には、権利移転不能の場合と同様の救済手段を認めるべきものとすることは、他人の権利の移転義務不履行の場合と同様に考えることができる(【Ⅱ-8-9】、【Ⅱ-8-10】の解説参照)。
⑤代金減額請求
代金減額請求権をどのような性格のものとして位置づけるかについては、議論がありうる(詳細な検討として、xxx「契約総則上の制度としての代金減額――債権法改正作業の文脈化のために
――」東大社研DP J-163/法学協会雑誌に掲載予定)。ここでは、基本的に次のように考えてはどうか。
〔適用事例9-1〕において、甲の客観的価額が2,000万円であり、BC間の売買契約において代金1,800万円とされたところ、Bが甲の2分の1のみを移転するにとどまったために、Cの取得した甲の持分価格が1,000万円であったという場合(実際には、価格が2分の1とならない可能性が高いが、単純化している)、買主は移転すべきであった権利と移転された権利の価額比率に対応する限度で、対価を支払えば足りるとして、代金について900万円の減額を主張することができ、この権利を現在の理解と同じく形成権として構成することができる。
⑥ 代金減額請求権は、Bに免責事由が認められるか、さらには、Cの履行請求権が認められるかどうかに依存しない。すなわち、BがCに対して、Dの持分に関する権利移転を引き受けていなかったと考えられる場合であっても、Cの減額請求が認められる。この場合、BCは、甲の完全な所有権が移転されることを前提として対価を決定しており、Bが権利の一部を移転しない以上、Bが免責事由を証明することができたとしても、また、Bが履行義務を免れるとしても、当初に約定された対価全額を請求できることを正当化することができない。
⑦ 現民法の売買規定は、現民法563条の効果と同566条の効果を区別し、前者については代金減額請求権を認め、後者については損害賠償請求のみを認めた。これは、後者については、代金減額請求の前提となる減額の算定が困難であると考えられたことによるが、権利の一部の移転不能や特定物売買における数量不足の場合に、単純計算で減額分を算出できることが容易であるとはいえない場合も少なくない。他方、現民法566条の適用・準用の場合においても、権利制限がある場合、目的物に瑕疵がある場合における物の価額算定は可能であり、代金減額請求は、売主が買主に対して給付することを約束した権利を、その本旨に従って履行したとはいえない場合の一般的救済手段として認めることが考えられる。
代金減額請求が認められる場合を「一部解除」として説明することは一種の比喩を超えるものではなく、また、解除の要件とされる契約の重大な不履行との関係で無用な混乱を招くことにもなりかねない。買主は、契約の解除が可能である場合でも、これを選択せずに、代金減額請求のみを主張することは可能であるが、この権利が最も重要な機能を発揮するのは、解除権の行使が認められない場合であると考えられる。
代金減額請求が、売買契約当事者の当初の合意を変更するものとして、一種の契約改訂機能を持つことは否定できないが、そのような改訂権を認める根拠は、有償契約における等価的均衡の維持にあるといえるのではないか。このような考え方を採ると、代金減額請求権という救済手段は、双務有償契約において一方当事者の履行が本来なすべき履行のレベルに到達していない場合にも、一般的に認められる制度であり、売買契約の規定が有償契約に準用されるとする規定を通じて、他の有償契約類型においても認められるべき救済手段といえるのではないか。同時に、等価的均衡という観点からすると、契約一般について認められるべき救済手段ではないから、契約総則中に代金減額請求に関する規定を置くことは適切でないと考えられる。
⑨契約解除の要件
契約解除の要件については、現民法563条2項の要件を修正している。
同項は買主の善意を要件とする。これは、買主が権利の一部が売主に帰属していなかったことを知っていた場合、その移転ができない可能性を認識しており、あえて契約を締結した以上、そのリスクを引き受けていることを理由とする。しかし、Bが甲の完全な所有権を移転する義務を負い、その不履行(ないし履行催告後の催告期間の徒過)が契約の重大な不履行に当たる場合に、Cが権利の一部がBに帰属していないことを知っていたとしても、解除権の行使を排除するべき理由がな
いのではないか。また、「残存する部分のみであれば……」という文言は、買主の善意要件と関連するものであるが、買主が悪意であっても解除権行使を認めるとする立場からは、契約解除の要件を債務不履行の一般原則の場合と区別するべき必要性がないと考えられる。
⑩ 損害賠償請求の要件・効果は、権利移転義務の全部不履行の場合と同じく、債務不履行責任の一般原則にしたがうべきものと考えられる。この結果、価値補償的な損害賠償という考え方はここでも容れる余地がない。
⑪代金減額請求と損害賠償請求の関係
問題となるのは、代金減額請求と損害賠償請求の関係である。現民法563条3項は両者の併存可能性を肯定する。しかし、売主に免責事由が認められないために売主が損害賠償義務を負う場合に、買主が履行がなされていれば得られたであろう利益の喪失を損害賠償として請求することは、売主が本来の履行をした場合に得られるべき利益を追求することを意味する。代金減額請求は、これとは救済の方向を異にし、一部の履行がないことを前提に、それに対応する対価の減額を求めるものであるから、両者の併存は、買主に矛盾する権利主張を認めることを意味する。したがって、売主に免責事由が認められない場合においても、買主は代金減額請求を選択した場合、このような趣旨の損害賠償請求をすることができないと解される。これに対して、代金減額請求と矛盾しない損害賠償請求については、代金減額請求との併存が可能と考えられる。
⑫ 以下、これを具体的な設例に即して検討する。
〔適用事例9-2〕
Aは、土地甲を所有し、甲を2,000万円でBに売却した。その後、甲の一部分とされた乙については、Cが正当な所有者であることが判明し、Bは乙の部分をCに返還した。乙部分の移転不能により、甲の減価分は200万円であった。Bは、甲が乙を含むとすれば甲を2,400万円で転売することが可能であり、債務不履行の一般原則によってこの転売利益は賠償請求可能な範囲に含まれていた。また、Bは甲の土地が乙を含むと考えていたために、乙部分についても費用を支出して手入れを行っており、その費用が50万円であった。
〔適用事例9-3〕
〔適用事例9-2〕において、甲の減価分は300万円であり、甲が乙を含むとすれば、Bは甲を 2,200万円で転売することが可能であり、これは賠償請求可能な範囲に含まれていた。
〔適用事例9-2〕において、Aに免責事由が認められない場合において、BがAの債務不履行を理由として、転売の逸失利益について損害賠償請求をしようとする場合、Bは乙を含む土地甲を取得するためには、2,000万円の代金をAに支払う必要があったのであるから、2,400万円と2,000万円の差額利益を損害賠償として請求する以上、乙の不足による減価分についての代金減額請求を問題とする余地がない。代金減額請求は、乙部分が不足している甲の権利取得を前提として、払いすぎた代金の減額を求めるものだからである。この場合、Bは代金額請求権を行使するよりも、転売利益の喪失に対する損害賠償請求をする方が有利である。
しかし、後者の損害賠償請求が、買主にとって代金減額請求よりも常に有利となるものとはいえない。〔適用事例9-3〕において、Bが転売利益の喪失を理由とする損害賠償請求をする場合、 200万円の損害賠償請求にとどまるが、代金減額請求権を行使すれば、300万円の支払を求めることができる。したがって、買主Bは、いずれの権利を行使することが有利であるかを判断して、両者の選択を行うことになると考えられる。
また、上記の事例において、Bが自己の所有とはならなかった乙部分について無駄に支出することになった費用は、乙部分の履行がなされていなければ被らなかった損害といえるが、このような損害賠償請求は、代金減額請求の前提と併存するものであり、Aが免責事由の存在を証明することができないかぎり、Bは代金減額請求とともに、この費用支出による損害の賠償を求めることがで
きる。
(3-2)短期の期間制限
【Ⅱ-8-17】(期間制限) 現民法564条の短期期間制限規定を削除し、一般原則に委ねるものとする。 |
〔関連条文〕 現民法564条
【提案要旨】
1 現民法564条の規定については、権利全部の移転不能の場合(民561条)と一部の移転不能の場合(民563条)を区別することの合理性に対して疑問が提起されているが、いずれの場合も売主の債務不履行の問題であり、一般の債務不履行責任について認められる期間よりも短期間に売主の責任を消滅させる根拠に乏しいと考えられる。本提案は、このような考え方に立って、現民法564条を削除し、売主が責任を負うべき期間を一般原則に委ねるとする趣旨である。
2 この立場を採る場合に、物の瑕疵に対する売主の責任について、後掲【Ⅱ-8-34】にしたがい、買主の通知義務を一般的に認め、この義務が履行されなかった場合に買主の救済手段が認められなくなるとすることとの権衡が問題となるが、この点については【Ⅱ-8-34】の提案要旨および解説を参照。
【解説】
① 民法の起草者は、現民法561条の責任と同563条の責任存続期間を意識的に区別し、後者についてのみ短期の期間制限を定めた。前者については、権利が売主に帰属していたかどうかを明らかにすれば足りるのに対して、後者については代金減額請求について減額の割合を明らかにする必要があり、また解除が問題となる場合に、残存する部分であれば買主が買い受けなかったといえるかどうかを明らかにする必要があるが、これらの事情について契約当時の事情を調査して証拠を得ることが困難であるとするのがその理由である。
② しかし、現民法563条の場合について、このような証明困難が一般的に生ずるかどうかが疑問となるのみならず、例えば売主が権利を移転して9年を経過した後に、善意の買主が権利の一部について追奪を受けた場合に、買主がその後1年間権利行使が認められるとすることとも相容れない面がある。
また、履行を終えたと信じた売主の信頼を保護するという観点を考慮するのであれば、この点は、現民法561条の場合でも同様であり、権利の一部移転不能の場合に限られる問題ではない。
③ このように考えると、現民法561条と同563条の間で期間制限について異なったルールを定めることの合理性は疑わしい。問題は、両者について統一的に短期の期間制限規定を置くべきか、あるいは特別の期間制限を設けないとするかであるが、証明の困難という問題を重視する必要がないとすれば、債務不履行責任の一般原則にしたがって認められる期間制限に服すると考えることで十分ではないか。
(3-3)数量不足の場合
(3-4)物の一部滅失の場合
これらについては、広い意味で「物の瑕疵」の問題として整理する方針を採ることから、瑕疵な
き物を給付する義務の問題として、まとめて検討する。
(3-5)目的物の利用を妨げる権利の存在;目的物の利用に必要な権利の不存在
【Ⅱ-8-18】 現民法566条1項・2項を以下のように整理する。 (1) 売主が他人の権利による制限のない状態で権利を移転すべき場合において、売買の目的物が地上権、対抗力を備えた賃借権、永xxx、地役権、留置権又は質権の目的であるときは、買主には以下の救済手段が認められる。 一 代金減額請求二 契約解除 三 損害賠償請求 (2) 売買の目的である不動産のために存在するとされた借地権又は地役権が存在しなかった場合、不動産の買主には以下の救済手段が認められる。 一 代金減額請求二 契約解除 三 損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-19】 (1)および(2)で認められる各救済手段の要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) 一号の代金減額請求は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。 (b) 二号の契約解除は、(1)において買主の権利を制限する権利の存在が、また(2)において買主のために存在するべき権利の不存在が、売主の契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (c) 売主が免責事由を証明した場合には、三号の損害賠償請求は認められない。 (d) 二号と三号は同時に主張できる。 (e) 一号の権利を行使した場合、二号の救済手段は認められない。また、一号の権利と相容れない三号の救済手段は認められない。 |
【Ⅱ-8-20】 (1)(2)の各救済手段に先だって、売主が権利を制限する権利を除去する義務、権利の利用を助ける権利を取得する義務を定めることも考えられるが、財産権移転義務の一般的問題として特別の規定を設けないこととする。 |
【Ⅱ-8-21】 現民法566条3項の短期期間制限規定を削除し、一般原則に委ねるものとする。 |
〔関連条文〕 現民法566条
【提案要旨】
1 現民法566条1項は、買主が、目的物の利用を制限する権利がないと信じて目的物を買い受けた
ところ、実際には利用を制限する権利が存在したという場合に関する規定である。買主がこのような権利の制限を認識しながら目的物の売買契約を締結する場合には、売主も権利の制限が付着した目的物を売却しているから、売主には債務の不履行がなく、利用を制限する権利が付着していても、売主の責任が生ずる余地がないとして、買主の善意が要件とされたものである。
2 しかし、買主が善意であることが必要かどうかは、売買契約において売主がどのような権利移転義務を負っているかに帰着する問題であり、たとえ、買主が目的物の利用を制限する権利の存在について認識していても、売主がそのような権利を消滅させたうえで権利を移転することを約束していたのであれば、売主はそのような権利の存在しない状態で権利を移転する義務を負うというべきである。このような趣旨から、提案【Ⅱ-8-18】は、現民法566条とは異なって、代金減額請求やその他の救済手段について、買主の善意を要件としていない。
3 また、現民法566条2項は、2つの異なるケースを含むと解される。すなわち、地役権については、目的物の所有権移転義務を負う売主が、その利用のために必要ないし有益な権利をあわせて移転するべき債務を負担している場合に、後者の債務を履行していない場合と考えることができる。これに対し、登記をした賃貸借については、それによって目的物の利用制限が生ずる場合であるから、後者については、むしろ1項の中で規定することが整合的である。さらに、地上建物の売買において、建物の存続のために存在すべき土地利用権は、地役権の場合と同様、売買目的物の利用に必要な権利であるが、現行規定にはこの場合に関する規定がなく、新2項の中で規定を追加する必要がある。提案【Ⅱ-8-18】および【Ⅱ-8-19】はこれらを整理したものである。
4 これらは、売主がどのような義務を負うかが前提となるものであり、【Ⅱ-8-20】はこれを確認的に規定する可能性を考慮しつつ、財産権移転義務の問題として処理すれば足りるとするものである。
5 なお、権利行使の期間制限の問題については、【Ⅱ-8-34】参照。
【解説】
① 現民法566条1項は、買主が、目的物の利用を制限する権利がないと信じて目的物を買い受けたところ、実際には利用を制限する権利が存在したという場合に関する規定である。買主がこのような権利の制限を認識しながら目的物の売買契約を締結する場合には、売主も権利の制限が付着した目的物を売却しているから、売主には債務の不履行がなく、利用を制限する権利が付着していても、売主の責任が生ずる余地がない。買主の善意は、このような意味で要件となっていると解される。そうであるとすれば、買主の善意要件は、売買契約において売主がどのような権利移転義務を負っているかに帰着するのではないか。たとえ、買主が目的物の利用を制限する権利の存在について認識していても、売主がそのような権利を消滅させたうえで権利を移転することを約束していたのであれば、売主はそのような権利の存在しない状態で権利を移転する義務を負うというべきである。このような趣旨から、【Ⅱ-8-18】は、現民法566条とは異なって、代金減額請求やその他の救済手段について、買主の善意を要件としていない。
② 現民法566条2項は、2つの異なるケースを含むように思われる。すなわち、地役権については、目的物の所有権移転義務を負う売主が、その利用のために必要ないし有益な権利をあわせて移転するべき債務を負担している場合に、後者の債務を履行していない場合と考えることができる。これに対し、登記をした賃貸借については、それによって目的物の利用制限が生ずる場合であるから、後者については、むしろ1項の中で規定することが整合的である。さらに、地上建物の売買において、建物の存続のために存在すべき土地利用権は、地役権の場合と同様、売買目的物の利用に必要な権利であるが、現行規定にはこの場合に関する規定がなく、新2項の中で規定を追加する必要がある。
③ 売主が、(1)(2)において債務を履行していないことにより、買主がその契約目的を達成することができない場合、解除の一般的要件である契約の重大な不履行に当たると考えることができ、こ
れまでの検討におけると同様に、ここでも契約の重大な不履行を要件として解除を認めるものとしている。
④ すでに述べたとおり、民法起草者は権利の一部移転不能の場合と異なって、現民法566条の場合については、権利行使を制限する権利の存在や必要な権利の不存在の場合に、価格の割合的な算定が困難であるとして、代金減額請求権を規定することなく、損害賠償請求のみを規定した。しかし、権利の一部移転不能や数量不足等の場合においても、割合的算定が必ずしも容易とは限らず、この区別に合理性があるとはいえない。また、売主が免責事由を証明できる場合であっても、代金減額請求権による救済手段を認める必要があることから、ここでは代金減額請求を損害賠償請求とは別に新たに認めることとした。
もっとも、現民法566条の各項において、売主が第三者の権利の不存在を約束し、あるいは目的物の利用を助ける権利の存在を約束した場合に、売主に免責事由が認められることはきわめて例外的な場合に限られるのではないか。
⑤ 売主が第三者による権利制限のない権利を移転する義務を負うとすれば、順序は先後するが、買主は、まずその債務の履行請求をすることが考えられる。現民法566条は、買主の権利を制限する権利が存在し、これを除去できない場合、買主の権利の利用を助ける権利の設定が不可能である場合を前提とするように見えるが、売主が履行義務を負っていることを明らかにする趣旨を示すことも考えられる。しかし、これは財産権移転義務の内容そのものの問題と考えることができ、【Ⅱ-8
-20】はそれに委ねてはどうかという趣旨である。
⑥ なお、第2準備会においては、本提案の前提として、売主がデフォールト・ルールとしてどのような状態で権利を移転する義務があるかを明らかにする必要があるのではないかが議論された。本提案で「……権利を移転すべき場合」としているが、これによれば買主が、そのような合意があったことを証明する必要があるように読めるが、それでよいかどうかが問題となる。多くの場合には、売買代金の多寡からいずれであるかを決することができると考えられるが、権利の性質によっては、この点が明確とはいえない場合もありうる。
また、留置権による権利の制限について代金減額請求が具体的にどうなるか、算定の困難性が生じるのではないかとの指摘もなされている。これらの点は、解釈に委ねられることになる。
⑦ 【Ⅱ-8-21】は、現民法564条を廃止するとする提案【Ⅱ-8-17】と同じ趣旨であり、その問題点についても【Ⅱ-8-34】参照。
(3-6)抵当xxが付着する不動産
【Ⅱ-8-22】(担保権が存在する目的物の売買) 現民法567条1項・2項を以下のように改める。 (1) 担保物権が設定された不動産、動産またはその他の権利の売買において、担保物権の存在を考慮することなく売買代金が決定された場合、担保物権が行使されたことにより買主がその所有権その他の権利を失ったとき、または所有権その他の権利の移転を求めることができなくなったときは、買主は契約を解除することができる。 (2) 前項の場合において、買主が費用を支出してその所有権その他の権利、または所有権その他の権利の移転を求める権利を保存したときは、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。 |
〔関連条文〕 現民法567条
【提案要旨】
現民法567条は、抵当権・先取特権の付着した不動産の売買において、これらの担保物権の実行により買主が所有権を失った場合の担保責任を規定しているが、実際にはこのような場合、担保権の存在を前提として売買代金が定められていることが通常であり、このような取引実態を考慮して、規定を改めるものとした。また、これまで解釈論として認められてきた場合を現民法567条に取り込むために、文言の修正を行った。
【解説】
① 現民法567条は、抵当xxが付着した不動産の売買において、売買代金がこの抵当xxが存在しないことを前提として定められた場合に、抵当xxの実行により所有権を失った買主の権利を規定するものである。この場合、売主は売買代金に対応して、本来抵当xxの負担のない不動産を移転する義務を負うと解されるから、抵当xxの実行によりその所有権を失った場合、他人の権利の売買における追奪の場合と同じく、売主は結果的に所有権を移転できなかったことについて責任を負うものとされる。
また、この場合、現民法561条とは異なって、悪意の買主であっても損害賠償請求が認められているが、売主が債務を弁済して抵当xxを消滅させるべきである以上、買主が抵当xxの付着していることを認識していたとしても、売主が損害賠償義務を免れるべき理由がないと解されている。
② しかし、実際の取引においては、抵当xxが付着している不動産については、被担保債権額を考慮して売買代金を決定しているのがむしろ通常であり、この場合、売買契約の合意の趣旨から。売主は被担保債権の弁済義務を負わず、したがって、抵当xxの実行によって買主がその所有権を喪失することとなり、あるいは抵当xxの実行を阻止するために費用を支出したとしても、これらは買主が自ら引き受けた負担であるといえ、この場合、現民法567条を適用すべき根拠がないことについては異論がない。このように、現行規定は、実際上は例外的な場合にのみ適用される可能性があるにとどまり、改正提案は、この原則と例外を転換させ、売買代金が被担保債権額を考慮することなく決定されたという場合に限って、売主の責任を規定しようとするものである。
③ また、現民法567条は、その制定の当初から、規定の趣旨にしたがえばカバーされるべき場合を含んでいないという問題点が存在した。例えば、地上権や永xxxの売買において、これらの物権の上に抵当権が設定された場合、あるいは、目的不動産上に不動産質権や仮登記担保権が存在する場合について、これらの権利による負担を考慮することなく売買代金が決定されていた場合、民5 67条の場合と同様に売主が担保責任を負うべきものと考えられているが、現行規定の文言はこれらを含むものとはなっていないことから、文言を修正することが必要である。
④ さらに、担保責任の要件とされる「所有権を失ったとき」についても、所有権の移転時期の合意によっては、抵当xxの実行時期に買主がいまだ所有権を取得していない場合がありうるが、この場合でも、所有権を取得しうる地位が失われることになれば、買主は売主に担保責任を問うことができると考えられる。この点でも、規定の文言を修正することが必要である。
4.瑕疵なき物の給付義務
(1)物の売主が物の「瑕疵」に対して負う責任
【Ⅱ-8-23】(目的物の瑕疵に対する不履行責任) 買主に給付された目的物に瑕疵があった場合、売主は買主に対して債務不履行責任を負うものとする。 |
【Ⅱ-8-24】(瑕疵の意義) |
目的物の瑕疵について、以下のような定義規定を置くものとする。 「目的物の瑕疵とは、目的物が備えるべき性能・品質・数量を備えていない場合等、目的物が、契約当事者の合意または契約の趣旨に照らしてあるべき状態と一致していない状態にあることをいう。」 |
【Ⅱ-8-25】(瑕疵の判断時期) 瑕疵の存否に関する判断については「危険移転時」を基準時点とする。 |
〔関連条文〕 現民法570条
【提案要旨】
1 売主が買主に引き渡した目的物が、当事者の合意や契約の趣旨に照らして必要な性能・品質・数量等を備えていない場合、目的物が特定物であるか、不特定物であるかを問わず、売主は買主に対して債務不履行に基づいて責任を負うとするものである(【Ⅱ-8-23】。
この場合に、売主の義務として「瑕疵なき物」を給付する義務を負うことを規定するかどうかが問題となる。瑕疵担保責任の性質をめぐる論争に対する1つの立場を明示するという意味では、そのような義務を規定することに歴史的な意義が認められる。しかし、売主が瑕疵なき物の給付義務を負うことは、売主が、売買契約にしたがって買主に給付すべき物を給付する義務を負うということに等しく、ことさらにこのような義務を定めることは、売主がそのような義務とは異なる特別の義務を負うかのような誤解を生じる恐れがないとはいえない。
ここでは、単に、瑕疵ある物を給付した売主は、債務不履行の一般原則にしたがって責任を負うとする趣旨を明らかにすることで足りるものとしている。
2 この場合に、目的物の「瑕疵」とは何を意味するか、瑕疵の存否はいつの時点を基準として判断されるべきか等が問題となる。
瑕疵については、質的な瑕疵のほか量的な瑕疵を含むかどうかについて、考え方が必ずしも一致していないが、【Ⅱ-8-24】は、売買契約当事者の合意にしたがって給付されるべき物を基準として、それに適合しない物の給付を広く含めるとする考え方を採るものである。
3 また、瑕疵の判断時期については、物の瑕疵担保責任の法的性質論に関連して、契約締結時に存在していた原始的瑕疵に限るか、後発的な瑕疵を含むかどうかが争われてきた。売主が給付すべき物を給付していないことが責任の根拠であると解するかぎり、契約締結時に存在する瑕疵に限定する必然性は失われるが、いつまでに生じた瑕疵について売主が責任を負うかという問題は残る。
【Ⅱ-8-25】は、「危険移転時」を基準時点とするものであるが、これについては若干の補足が必要となる。
まず、危険負担制度を廃止することになると、危険移転という概念自体を用いることが適切かどうかが問題となるが、この点は、【Ⅱ-7-14】の提案要旨でも述べたとおり、目的物の滅失・損傷に関する経済的リスクを誰が負担するかという実質問題は残っており、売主が負担していた経済的リスクが買主に移転するという意味で危険移転を語ることは依然として可能であると思われる。次に、では具体的にいつの時点で「危険移転」が生ずるかであるが、現在の危険負担に関して基
準時とされるのと同様に、動産については引渡し、不動産については登記ないし引渡しの時期を標準とすることになると思われる。この点については、【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ-8-47】を参照。
【解説】
① 現行規定の解釈として、現民法570条の瑕疵担保責任の法的性質を、債務不履行責任とは区別される法定責任として捉えるか、債務不履行責任の一種にすぎないとするかについては、考え方が分かれているが、【Ⅱ-7-12】の解説でも述べたとおり、売主は権利移転義務を負うとともに、目的物に瑕疵がないことについても債務として引き受けることが可能であり、これが債務内容とされるかぎり、売主は債務不履行責任を負うとすることを提案するものである。
②瑕疵の意義
目的物の「瑕疵」をどのように定義するかについては、種々の考え方がありうる。現行規定は単に「隠れた瑕疵」とするのみであり、(1)どのような場合に瑕疵にあたるか、また(2)「隠れた」とはどのような意味か、(3)瑕疵の存否はどの時点を基準として判断するか等は、いずれも判例・学説の解釈に委ねられてきた。
③ まず、(1)の問題について、「瑕疵」が主観的瑕疵と客観的瑕疵の双方を含みうることについては、現在、基本的に異論がないと考えられる。すなわち、契約の当事者が一定の性能・品質等を備えていることを前提として契約を締結した場合には、たとえ通常であれば当該目的物が備えるべき性能・品質等を備えていたとしても、当該契約において給付すべき目的物としては主観的瑕疵があるといえる。例えば、車の売買において、契約当事者が時速200㎞以上の速度を出すことができる車であることを前提として契約を締結した場合、その車の最大速度が時速180㎞にとどまる場合には、通常の車の速度性能を満たしていたとしても、瑕疵がある。
また、契約当事者が具体的な性能・品質等について合意をしていなかった場合においても、目的物の性質上、当然備わるべき性能・品質等を欠いている場合には、客観的瑕疵が認められる。車の売買において、当事者が速度性能について特別の合意をしていなかったとしても、車の最大速度が時速60㎞である場合には、車として一般に必要とされる速度性能を備えていないと解される。
ここで、主観的瑕疵と客観的瑕疵に抵触が生ずる場合には、主観的瑕疵が優先すると考えられる。車の売買契約において、当事者が当該車が時速60㎞が最大速度であることを前提として、契約を締結していた場合、売主が引き渡すべき車がその最大速度を備えているかぎり、通常であれば瑕疵にあたる場合であったとしても、買主が売主に不履行責任を問うことができないと解される。売主は合意にしたがった目的物を給付していると考えられるからである。
④数量不足
数量不足が目的物の瑕疵に当たるかについては、議論が分かれる。現民法565条は、権利の一部移転不能に続けて、数量不足に関する担保責任の規定を置いており、従前においては、権利の瑕疵(権利の原始的な一部不存在。ただし、この理解は特定物売買であることが前提となる。)の一場合であるとする理解が一般的であった。しかし、近時においては、数量不足売買を物の量的瑕疵として捉える立場も有力である。
第2準備会の検討においても、この点についての議論は一様ではなかった。不動産売買を念頭に置くと、売買の対象とされた不動産所有権の移転はあるが、その広さという属性について、備えるべき広さを備えていなかったとみることができ、この点からすると、質的瑕疵の場合と同一の問題として捉え、数量不足の問題を物の瑕疵の中に解消することが自然なように思われる。他方、現民法565条においては十分に考慮されていなかった種類物売買における数量不足の例を考えると、売買契約に基づいて移転すべき所有権のうち、移転されていない所有権があると見ることも可能であ
り、この場合、権利移転義務の一部不履行と見る余地がある。
しかし、物をあるべき状態で引き渡し、所有権を移転することが売主の義務であるとすれば、数量不足売買は、売主が物のあるべき状態を実現していないという点で、やはり物の瑕疵の問題として考えることが可能なように思われる。本報告において、数量不足の問題は、これまでの議論との連続性や数量超過の場合と対比して検討する必要があることを考慮し、項目を分けて検討を行っているが、実際に規定を整理する場合には、物の瑕疵の下位類型の問題として再編をすることを予定している。
なお、数量不足を権利の瑕疵として位置づけるか、物の瑕疵として位置づけるかは、現行規定において、とくに強制競売における担保責任の成否と関連する。強制競売における区別を廃止するのであれば、理論的な整理はともかく、実践的には、その振り分けは大きな意味を持たないともいえる。ただし、権利行使の期間制限の問題が残ることについて、【Ⅱ-8-34】参照。
⑤ 数量不足の場合を除いて、瑕疵を本提案のように捉えることは、従来の判例・学説においても基本的に前提とされてきたといえる。【Ⅱ-8-24】は、これまで解釈論としてほぼ確立していた瑕疵の定義を条文において明らかにしようとするものである。
⑥ これに対し、近時の立法動向や立法提案においては、より具体的に瑕疵概念を定義しようとするものも見られる。とくに、例えばメーカーが商品の性能・品質等をカタログやマスメディアにおける広告等を通じて公表し、販売ルートを通じて市場に供給する場合に、最終消費者と売主の間での売買契約においても、公表された性能・品質等が瑕疵の存否の判断基準となることを規定する例がある。これらの事例の少なくとも相当部分は、【Ⅱ-8-24】の定義によってもカバーされうるものであるとともに、個々の売買契約の解釈問題として考えることが可能であり、瑕疵についてのみ、きわめて詳細な定義規定を置くことは必ずしも必要ではなく、また、民法典の他の規定との整合性にも欠ける結果となると考えられる。
また、売主の説明が不十分であったり、適切な説明書を交付しなかったために物を期待した目的のとおり利用することができなかった場合についても、物の瑕疵に含めるとする立法例が少なくないが、この場合、むしろ売主が付随的に行うべき役務に瑕疵があるとみることができ、これについても、物の瑕疵の定義に含めることが適切かどうか、疑問の余地がある。同様の点は、物の組み立てや取り付けに瑕疵がある場合についても当てはまる。
したがって、本提案による定義は、従来から安定して認められてきた瑕疵概念を数量不足の場合を含めるという限度で拡張するにとどめることとした。
⑦瑕疵と契約適合性
物の「瑕疵」の定義の問題と関連して、そもそも物の瑕疵という概念を維持するのか、あるいは近時の立法動向のように「物の契約適合性」に置き換えるかどうかも問題となりうる。第2準備会においても、そのような方向もありうるのではないかとの意見もあった。もっとも、瑕疵概念はこれまでの規定およびその解釈を通じて確立した概念であるとともに、契約適合性は、かえって概念を不明確にするのではないかとの懸念も述べられた。本提案は、さしあたり、物の瑕疵概念を維持することでよいのではないかと考えている。
異種物給付
特定物の売買において特定物に瑕疵があった場合や、種類物売買において合意された種類に属する物を給付したところ、その物に瑕疵があった場合に、売主がこの瑕疵について債務不履行責任を負うとすることは、本提案の趣旨から明らかである。
しかし、以下の〔適用事例10-1〕、〔適用事例10-2〕におけるように、売買契約で合意されたとは異なる種類に属する物(以下、異種物)が給付された場合に、従来においても、買主がもっぱら瑕疵担保責任のみを追及することができるのか、本来の履行請求権が存続し、受領物を不当利得に基づいて返還すれば足りるのかどうかについて、議論の余地があった。瑕疵担保責任を債務不履行責任の問題として整理する場合には、このような異種物給付についても、契約の対象とされた目的物の瑕疵の場合と同様に、売主の債務不履行責任が問題となると解されるが、物の瑕疵に対して買主に認められる救済手段が異種物給付の場合にも同様に適用されるかどうかという問題が生じうる。
提案【Ⅱ-8-24】は、異種物が給付された場合であっても、その物は当該契約にとっては瑕疵ある物として取り扱われることを意味し、異種物給付も物の瑕疵として取り扱おうとするものである。以下の各設例において、Aは、「カミュXO エレガンス」を引き渡していないかぎり、物の瑕疵に対する責任を負うと解することになる。
〔適用事例10-1〕
洋酒販売業者Aは、Bに対してブランデーの高級品「カミュXO エレガンス」を売却した。後日、AはBに商品を配送したが、送られてきた商品は同じメーカーの製品ではあるが、ランクの劣る「カミュVSOP エレガンス」であった。
〔適用事例10-2〕
〔適用事例10-1〕において、後日送られてきた商品は別のメーカーのブランデー「ヘネシーXO」であった。
⑨「隠れた」瑕疵?
②の(2)で掲げた「隠れた」の問題について、提案【Ⅱ-8-24】は、これまで条文に規定されていた「隠れた」瑕疵であるという要件を掲げていない。これは以下のような考慮に基づく。
現民法570条は、瑕疵が「隠れた」ものであることを要件とし、通説・判例は、これが善意無過失と同義であると解釈してきた。もっとも、このように解すると、瑕疵担保責任を追及しようとする買主がこの要件を証明する責任を負うことになる。これに対し、隠れた瑕疵とは「不表見」の瑕疵であるとして、買主は不表見であったことを証明すれば足り、この証明があった場合、売主は買主の悪意・有過失を証明することによってはじめて責任を免れるとする立場も見られるが、実体法的には、買主が悪意または有過失の場合、売主の担保責任が否定されることになる点では共通していた。
しかし、これらの考え方は、すでに契約締結時に目的物が確定している特定物の場合、または種類物について特定が生じている場合に当てはまるとしても、通常の不特定物売買において多く見られるように、売買契約締結後に給付すべき目的物が定まる場合には、要件として適合的なものといえるかどうか疑問がないではない。
より基本的に、買主の善意・無過失という要件が、瑕疵の存否を契約当事者の合意や契約の趣旨に照らして判断することと矛盾する契機を孕むと思われる。すなわち、契約当事者の合意や契約の趣旨から一定の性能・品質等の存在が前提とされた場合、売主はその債務として一定の性能・品質等を備えた物を給付すべき義務を負っており、買主の債務不履行責任の追及に対して、売主が、買主はそのような性能・品質等の欠如に気づくことができたことを主張・立証することによって不履行責任を免れることができると解するべき理由に乏しいのではないか。売主が責任を負うべき瑕疵に当たるかどうかは、瑕疵の存否を主観的・客観的に判断することの中で考慮されているのであ り、この他に、善意無過失要件を付加することは、瑕疵概念と矛盾するものといえる。
もっとも、買主の善意無過失要件は、わが国の判例・学説において確立したものといえ、最近の立法例や立法提案においても、買主の主観的要件を付加する例は少なくない。本提案は、現民法下における判例・学説や立法例にあえて異を唱えるものといえる。
⑩受領時における瑕疵の認識
なお、売主の引渡時に、買主が目的物の瑕疵を認識しつつ、これに異議を述べることなく目的物を受領した場合には、その目的物の給付が本旨弁済に当たることを買主が認容したと考えられる場合もありうる。これに当たる場合には、買主はもはや不履行責任を問うことができないと解されるが、この点については、【Ⅱ-8-34】解説⑦参照。
⑪瑕疵の存在時期
②(3)の瑕疵の存在時期の問題については、瑕疵担保責任の性質論と関連して議論の対立があった。法定責任説は、原始的瑕疵を前提としたことから、瑕疵の存否の判断基準時は契約締結時であり、この後に瑕疵が発生した場合には、危険負担の問題として、あるいは目的物の善管注意義務違反の問題として、瑕疵担保責任とは異なる処理がなされてきた。これに対し、契約責任説の立場では、瑕疵の存在時期については危険移転時(通常は、物の引渡時)を基準時とするのが一般的な考
え方であったといえる。
提案【Ⅱ-8-25】は、契約責任説の考え方を規定の中に取り込むという趣旨である。ただし、危険負担制度を廃止するという立場を採る場合に、「危険移転時」という文言の適否が問題となるが、提案【Ⅱ-7-14】の解説でも述べているように、対価危険の実質的問題は解除権行使の可否という問題に形を変えて存続するという認識によるかぎり、この表現を用いることはなお可能であると考えられる。具体的な危険移転時がxxxについても問題となるが、引渡しや登記移転が基準時点となると解される。
⑫ 瑕疵の存在時期に関する証明の困難性を考慮すると、一定の推定規定を置くことも考えられないではない。例えば、「買主が物の引渡しを受けた後、一定期間(例、6ヵ月)内に瑕疵が生じた場合、その瑕疵は引渡時に存在したものと推定する」との規定を置くことが考えられ、消費者売買に限定して推定を認める立法提案も見られる。
しかし、このような推定規定は、救済を受けるべき買主にとってきわめて有効な手段となりうるが、他方において、推定規定を悪用しようとする買主がいる場合に、売主にとっては過大な負担となる可能性がある。あるいは、瑕疵の存在時期如何を問わず、引渡し後の一定期間については売主の責任を認めるとする方法も考えられるが、同様に悪用者に対する対応が必要となるほか、物の種類・性質によって事情は様々であり、条文の形で期間を確定することが困難となるおそれが高い。これらの点を考慮し、本提案においては、瑕疵の存在時期に関する推定規定を設けないものとし
た。
⑬法律上の制限
現民法568条、同570条但書きの規定と関連して、法律上の制限が物の瑕疵に当たるか、権利の瑕 疵に当たるかが争われてきた。目的物が当事者によって前提とされた利用に適しないものであるという点で、物の瑕疵に当たると考えられる面があり、判例はこの立場を採るが、目的物の利用について他人の権利による制約がある場合に類似する面があることから、現民法566条と同じ取り扱いをすべきであるとする見解も有力である。強制競売における取り扱いの相違を維持するかどうかと関連する問題であるが、強制競売において、物の瑕疵と権利の瑕疵の場合の区別をなくするという方向で考えてよいのではないか。
(2)物の瑕疵に対して買主に認められる救済手段
【Ⅱ-8-26】(目的物に瑕疵ある場合の救済手段) 買主に給付された目的物に瑕疵があった場合、買主には以下の救済手段が認められるものとする。 (1)瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等による追完請求) (2)代金減額請求 (3)契約解除 (4)損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-27】(救済手段の要件と相互関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)の代物請求は、目的物の性質に反する場合には認められない。 (b) (1)の修補請求は、修補に過分の費用が必要となる場合には認められない。 (c) (1)において、代物請求と修補請求のいずれも可能である場合、買主はその意思にしたがって、いずれの権利を行使するかを選択することができる。 |
この場合において、買主の修補請求に対し、売主は代物を給付することによって修補を免れることができる。 また、買主の代物請求に対し、瑕疵の程度が軽微であり、修補が容易であり、かつ、修補が相当期間内に可能である場合には、修補をこの期間内に行うことによって代物給付を免れることができる。 (d) (2)は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。ただし、買主に(1)の救済手段が認められる場合、買主が(1)の履行を催告しても売主がこれに応じない場合にかぎって認められる。 (e) (3)は、瑕疵ある物の給付、または催告があっても瑕疵のない物を給付しないことが契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (f) 売主が免責事由を証明した場合には、(4)の救済手段は認められない。 (g) (1)の追完請求が可能な場合、(4)の救済手段は、買主が相当期間を定めて(1)の追完請求をし、その期間が経過したときに行使することができる。ただし、期間が経過したときは、売主は追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞に陥るものとする。 (h) (2)の権利を行使した場合、(1)(3)の救済手段は認められない。また、(2)の権利と相容れない(4)の救済手段は認められない。 |
〔関連条文〕 現民法570条
〔関連提案〕 【Ⅰ-4- 5 】、【Ⅰ -4-6】
【提案要旨】
1 売買目的物に瑕疵がある場合に、買主に認められる救済手段を具体的に明らかにし、また、その救済手段を行使するための要件と相互の関係についても整理したものである。これらは、債務不履行責任の一般原則からは必ずしもxx的に導くことができないものであり、買主の救済手段を具体的に規定するところに重要な意味がある。その骨子は以下のとおりである。
2 まず、瑕疵ある物を受領した買主は、引き続き瑕疵なき物の給付を請求する権利を有する。もっとも、代物請求については【Ⅱ-8-27】(a)による制限、修補請求については同(b)による制限がある。また、代物請求と修補請求の関係については、原則として、買主による選択可能性を認めるとともに、売主が代物請求に対して修補をすることによってこれを拒否しうる場合を明らかにした(同(c))。
3 買主の代金減額請求権は、売主に対する履行請求権がなく、また、売主に免責事由が認められる場合においても、買主の最小限度の救済手段として認められるものとする。なお、追完請求が可能である場合には、追完請求権の行使を優先するとするのが同(d)ただし書の趣旨であり、履行請求権優先の考え方を採るものである。
4 追完請求を優先することは、損害賠償請求との関係でも同様である(同(g))。これは、
【Ⅰ-4-5】(2)において提案される債務不履行に関する一般原則に対応するものである。ただし、売主が追完請求に応じなかった場合には、期間の満了まで売主の責任発生が遅れると解することは相当ではなく、追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞責任を負うとすべきである(同(g)ただし書)。
5 救済手段の相互関係については、条文の形でまとめるよりも解釈論で弾力的に判断するべきであるという考え方もありうるが、買主がどのような救済手段をどのような場合に行使できるかを明らかにすることは重要であり、これらの関係についてもxxの規定を置くとするのが本提案の趣旨である。
【解説】
① 現行規定において、瑕疵ある物が給付された場合に、買主が代物請求ないし修補請求をなす権利(いわゆる完全履行請求権ないし追完請求権。以下、追完請求権を用いる。)は本来の履行請求の延長にほかならず、債務不履行規定においても、債権者の権利として具体的に規定されていない。また、瑕疵担保責任を法定責任と解すれば、追完請求権がないのは当然だということになるが、契約責任説の立場からは、買主の権利として認められるべき効果が売買の規定中に置かれていないことになる。
提案【Ⅱ-8-23】の立場からすれば、追完請求権を買主に認められる救済手段として、明示的に掲げることが適当と考えられる。もっとも、第1準備会提案【Ⅰ-4-5】は、追完請求権について一般規定を置くことを提案しており、これに加えて、売買契約においてそのような趣旨を規定する必要があるかどうかが問題となりうるが、売買契約に則して追完請求の内容を具体化するという点に意味があるといえるのではないか。
②代物請求と目的物の性質
従前の議論において、特定物売買と不特定物売買に関する規律を区別するべきかどうかを論ずる前提とされた「特定物」概念をどのように理解するかについては、争いがあった。【Ⅱ-8-23】の提案においては、瑕疵ある物に対する売主の責任は、そのいずれであっても同一のルールに服することになる。もっとも、(狭義の)特定物にあっては、契約当事者の合意の趣旨から、他に代わるべき物が存在しない以上、代物請求の余地がないのではないかと考えられる。提案【Ⅱ-8-27】の(a)は、この趣旨を明らかにするものである。また、特定物とはいえない場合でも、いったん給付をした目的物について瑕疵があるが、再度の調達が不可能ないしきわめて困難となる場合には、(a)の場合に該当する余地がある。
③修補請求権
修補請求権も追完請求権の1つの場合といえるが、修補に要する費用が過大なものとなる場合に、売主がどこまでその義務を履行するべきかが問題となる。すでに現行法においても、現民法6 34条1項ただし書は、修補請求権に一定の制約がありうることを認めるものといえるが、この規定の文言によるかぎり、瑕疵が重大である場合には、費用が過分になるとしても、修補請求ができるように読める。
ここでは、瑕疵が重大である場合を含めて、修補に過分の費用が必要となる場合には、売主の修補義務が否定され、買主はその他の救済手段によって満足するべきものとしている。もっとも、「過分の費用が必要となる場合」とはどのような場合を指すかを考えるについては、債権総則の問題として債務不履行の場合にどこまで追完を求めることができるか、債務者がどこまで債務の履行について責任を負うべきものかと関わるものであり、その一般規定との整合性を図ることが必要となる。第1準備会提案【Ⅰ-4-5】は追完請求権の認められる範囲についても、同提案【Ⅰ-4-
4】(1)の趣旨が及ぶとしており、提案【Ⅱ-8-27】の(b)も、基本的な考え方を共通にしている。
〔適用事例11-1〕
新車の販売業者Aは、新車甲をBに150万円で売却したが、引渡しの後に、甲のエンジン乙に重大な瑕疵のあることが発見され、甲が通常の走行性能を得るためには、乙を全部交換することが必要となることが判明した。これに要する費用は、50万円である。
〔適用事例11-2〕
中古車の販売業者Aは、中古車丙をBに150万円で売却したが、引渡しの後に、丙のエンジン丁に重大な瑕疵のあることが発見され、丙が通常の走行性能を得るためには、丁を全部交換することが必要となることが判明した。これに要する費用は、50万円である。
これらの設例において、Aが50万円の費用支出を強いられることは、Aにとって割に合わないといえるかもしれないが、少なくとも経済的不能という場合には当たらないと解される。〔適用事例1
1-1〕においては、Aが甲のトラブルについて、メーカーとの関係で救済を受けることが可能である場合、AはBが修補請求をしても、代物を提供することによって修補義務を免れることができるとすれば(提案【Ⅱ-8-27】の(c)参照)、Aは過大な費用の支出を避けることができる。
しかし、〔適用事例11-2〕においては、契約当事者間において丙の個性が重視されていたかぎり、Aは他の同等の中古車を提供する用意があっても、Bがこれに応ずる意思がなければ、債務の本旨履行には当たらない。ここで、Bが丙の修補請求を主張する場合に、Aがどのような場合にその義務を免れることができるかが重要な問題となる。第1準備会における追完請求権の限界と、本準備会における提案との間に齟齬がないかどうか、さらに調整・検討が必要であると考えられる。また、請負契約においても修補義務に一定の限界があるとする立場を採る場合に、その限界はど こにあるか、現行規定を踏襲するのかどうか、売買契約との間に相違があるとしても、請負人の債務と売主の債務の性質の相違に鑑みてその相違が是認されうるのかどうか等について、第4準備会
との調整が必要である。
④代物請求と修補請求の関係
③の中でも一部の問題点について言及したが、追完請求権の方法として、代物請求と修補請求の双方がありうる場合に、両者の関係が問題となる。不特定物売買においては、双方の請求が可能であることが原則となるが、買主の一方の請求に対して、売主が他方の義務を履行することで履行義務を尽くしたといえるか。
国外の立法提案の中には、履行の追完の方法は、原則として売主が選択できるとしつつ、消費者売買においては、原則として買主がその方法を選択できるとする例もあるが、本提案は、一般的に、買主の修補請求に対して、売主が代物給付の方法により追完することが許されるとし、また、代物請求に対しては、限定的な要件の下で、修補の方法により追完が許されるとしている。
前者については、買主にとって代物の給付は本来の給付内容が実現される点で、とくに不利益が生じる場合を考えにくいと思われる。これに反し、代物請求に対して修補で足りるかどうかが問題となりうる。修補された結果が、本来の種類物給付と同じ結果を実現できているかどうか、買主は必ずしも確認することができない。事業者については、この確認の可能性を有すると解する余地もあるが、修補請求で足りるとする場合を限定してはどうかというのが本提案の趣旨である。
また、修補請求が功を奏しなかった場合、あるいは、修補はなされたが、他の部分について瑕疵が現れた場合等について、買主がどの時点で契約を解除することができるかが問題となりうる。具体的なルールを定めて、権利関係の明確化を図る必要があるかどうか、さらに検討を要する。
⑤代金減額請求
代金減額請求については、民法の起草者は、現民法563条の場合と区別して、自覚的にこれを否定し、実質的に代金減額請求に当たる部分についても損害賠償請求の問題として処理することを前提としていた。しかし、すでに繰り返し指摘したとおり、このような区別が適切かどうかは疑問がある。さらに、提案【Ⅱ-8-16】の解説において詳しく説明したとおり、損害賠償請求と代金減額請求との機能の相違に着目すると、権利移転の一部不履行の場合と同じく、買主は売主に免責事由が認められる場合であっても、また履行請求権を有しない場合であっても、代金に相応する価値を備えた物の給付が得られない場合の最小限度の救済手段として、代金減額請求を行使できるものとするべきである。
〔適用事例12-1〕
Aは、10年前に家屋甲を所有者Xから買い受けて居住してきたが、甲をBに1,000万円で売却することとした。甲には、Xの所有する当時から構造部分に重大な欠陥が存在したが、Aはこの事
実をまったく知らないまま、居住を続け、Bとの売買契約がなされた際にも、ABとも、この事実をまったく認識していなかった。Bが甲を買い受けた後、甲を増築するために調査をしたところ、甲の構造部分に欠陥のあることが発見された。
〔適用事例12-2〕
Aは、10年前に家屋甲を所有者Xから買い受けて居住してきたが、甲をBに1,000万円で売却することとした。平成2008年5月21日に売買契約が締結され、同年7月21日に代金の支払と引換えに移転登記・引渡しが行われることとされていたが、同年7月15日に発生した大地震のため、甲に損傷が生じた。
〔適用事例12-1〕において、AB間で締結された売買契約の目的物に瑕疵がある場合に、免責事由説によれば、Aが一般原則にしたがって債務不履行責任を負うべきかどうかは、Aに免責事由が認められるかどうかに依存する。この設例において、Aに伝統的な意味における帰責事由がないとしても、Aが、甲がその代金に見合う性能・品質を備えていることをBに約束していたと考えられるかぎり、Aは免責事由を主張することができないと解される。したがって、この場合、Bは代金減額請求にとどまらず、修補請求や損害賠償請求が可能であり、代金減額請求を独自に認める必要性に乏しいといえる。
しかし、〔適用事例12-2〕の場合において、大地震による滅失・損傷までAが履行を引き受けていたと考えることは困難であり、この場合には免責事由が認められるものと思われる。ここで、甲の損傷が著しい場合には、「危険移転」前であるかぎり、買主Bは契約を解除することによって代金債務を免れることができる。しかし、その損傷の程度が契約の重大な不履行にあたるとはいえない場合に、BはAに対して損害賠償請求をなすことができず、また、追完請求についても、免責事由が認められるような損傷について修補を請求することができないと解される。
この場合に、Bが損傷によって価値の下落した甲を取得するにとどまりながら、合意された代金全額の支払義務を負うことは、Aに免責事由の認められる損傷の経済的リスクをBが負担することを意味するが、これは、甲の滅失ないしこれと同視される著しい損傷の場合に、Bは解除権を行使することによってその経済的リスクを免れることができるとすることと矛盾する結果となる。このように考えれば、売主に免責事由が認められる場合であっても、〔適用事例12-2〕のようなケースにおいて、買主の最小限度の救済手段として代金減額請求権を認めるべきものと解される。
なお、〔適用事例12-1〕のような原始的瑕疵については、売主が代金に見合うだけの性能・品質を常に約束しているといえるのかどうかも問題となりうる。原始的瑕疵が存在していることについておよそ知りうる立場になかったAが、履行義務を負わないと主張しうる場合があるとすれば、これについても代金減額請求を考える余地がある。
⑥代金減額請求と追完請求
代金減額請求権を認めることを前提として、買主が追完請求をすることなく、目的物を保持しつつ、代金の減額請求をすることができるかどうかが問題となりうる。判例は、瑕疵ある不特定物について、買主が履行として認容する場合には、瑕疵担保責任の追及が可能であるとする立場を明らかにしているが、物の瑕疵に対する売主の責任を債務不履行責任として位置づける場合にも、同様の問題が生じうる。すなわち、特定物売買であれ、不特定物売買であれ、瑕疵ある物が給付された場合において、買主が、瑕疵ある物の給付を「履行として認容」しつつ、直ちに代金減額請求権を行使しうるとすれば、売主は追完を選択することによってこれを排除することができない。しかし、売主の追完があれば、買主は本来の契約目的を達成することができ、売主の追完を認めても特段の不利益が生じることがない場合には、これを否定するべき理由には乏しいのではないか。
すでに現行規定の解釈論としても、これを認めるのが多数であり、比較法的にもこのような追完権を認めることが多い。第1準備会提案【Ⅰ-4-6】も、同様の見地から、一般規定として追完権を規定するという提案を行っている。この場合に、買主の救済手段の選択を認めて、代金減額請
求の行使を認めつつ、売主が追完をすることによりこれを阻止することができるとする方法(追完権を認める構成)と、本提案のように、追完請求が可能である場合には、代金減額請求権を補充的手段として規定する方法とが考えられる。
この点は、救済手段を認めるための実践的方法の相違という面があるだけでなく、履行請求権とその他の救済手段との関係をどう考えるかという問題に関わっている。すなわち、代金減額請求権を行使するために、まず追完請求権の行使を求めるとする立場は、他の救済手段に対する履行請求権の優位性を認めるものといえる。これに対し、追完請求権としての履行請求権も、売主の債務不履行の場合に認められる複数の救済手段の1つにすぎないとすれば、追完請求権を優先させる必然性には乏しい。
いずれのアプローチも可能であると考えるが、本提案は、救済手段の行使に順位を付し、追完請求権の優位性を定めることによるとするものである。これによるかぎり、売主の「追完権」という発想をとる必要性はないといえる。
⑦解除の要件
物の瑕疵を理由とする解除について、現行法においては現民法566条が準用され、解除の要件は契約目的の達成不能となっている。この要件と、債務不履行の一般原則による解除の要件である契約の重大な不履行との異同が問題となりうるが、権利移転義務の一部不履行の場合と同じく、契約の重大な不履行による解除を具体化したものとして考えれば足りるのではないか。
また、追完請求が可能である場合に、直ちに解除できるかどうかが問題となるが、現在の解釈論として、給付された目的物に重大な瑕疵があったとしても、追完が可能である場合には、解除権は当然には発生しないと解するのが一般であるが、改正提案の下で、同様に考えることができるかどうかが問題となりうる。本提案は、従来の解釈論を変更する意図を持つものではないが、一般原則として、催告期間を必要とすることなく契約の重大な不履行であることを理由に解除ができる場合と、催告期間の徒過によって契約の重大な不履行となる場合を区別することになると、従前の解釈が当然に維持されるかどうかは必ずしも明確とはいえない。
損害賠償請求
損害賠償請求については、権利移転義務の不履行の場合と同様に、債務不履行に関する一般原則の適用問題であると考えられる。これまで、とくに瑕疵担保責任を契約責任として位置づける立場から、売主が無過失の場合にどこまで損害賠償責任を負うかが争われてきた。とりわけ、履行利益賠償が当然に認められるか、またいわゆる拡大損害について、売主の過失を要件とするかどうかについては議論が激しく対立していた。免責事由説にしたがって、債務不履行の一般原則自体において、債務者は免責事由を証明できないかぎり、債務者は損害賠償責任を免れることができず、この場合に拡大損害についてどのように考えるかについても、一般原則における考え方に依存することになる。
〔適用事例13-1〕
Aは、自己の生産した食品甲をBに販売したが、Bが甲を摂取したところ、甲に含まれていたサルモネラ菌のため食中毒となり、2週間の入院が必要となった。
〔適用事例13-2〕
Aは、Cから買い受けた密閉された食品乙をBに販売したが、Cの製造過程のミスにより、乙にサルモネラ菌が混入しており、Bが乙を摂取したことにより食中毒となり、2週間の入院が必要となった。
〔適用事例13-1〕において、Aは自ら生産した食品甲を販売しており、売主に対して、その食品が安全性を備える物であることを引き受けていると考えることができる。これに対して、〔適用事例13-2〕においても、Aが販売する商品が食品であることから、安全性を備えている物であ
ることを前提に売買契約を締結しているとしても、〔適用事例13-1〕と同じ意味でその安全性についてすべてのリスクを引き受けているといえるかどうかが問題となりうる。この点について、第
1準備会が免責事由をどのように考えているかを踏まえて、検討が必要である。
⑨損害賠償義務の遅滞
損害賠償についても、相当期間の催告を必要とすることになると、売主が結局、催告に応じなかった場合に、催告期間徒過の時点で損害賠償請求権が発生するかに見える。しかし、提案【Ⅱ-8
-27】の(g)は、本来、損害賠償請求権が発生しているが、売主が一定の期間内であれば追完することができるという趣旨から、その行使を制限したものにとどまる。したがって、売主が追完請求に応じない場合、損害賠償請求義務についてはその発生時から遅滞に陥ると考えられる。(g)のただし書は、この点について疑義が生じることを避ける趣旨である。
(3)数量不足の場合
【Ⅱ-8-28】(数量不足の場合の救済手段) 買主に給付された目的物が契約で合意された数量に満たなかった場合、買主には以下の救済手段が認められるものとする。 (1)不足する数量の追加請求(追完請求) (2)代金減額請求 (3)契約解除 (4)損害賠償 |
【Ⅱ-8-29】(救済手段の要件と相互関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)は、目的物の性質に反する場合には認められない。 (b) (2)は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。ただし、買主に(1)の救済手段が認められる場合、買主が(1)の履行を催告しても売主がこれに応じない場合にかぎって認められる。 (c) (3)は、数量の不足、または催告があっても追加履行をしないことが契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (d) 売主が免責事由を証明した場合には、(4)の救済手段は認められない。 (e) (1)の追完請求が可能な場合、(4)の救済手段は、買主が相当期間を定めて(1)の追完請求をし、その期間が経過したときに行使することができる。ただし、期間が徒過したときは、売主は追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞に陥るものとする。 (f) (2)の権利を行使した場合、(1)および(3)の救済手段は認められない。また、(2)の権利と相容れない(4)の救済手段は認められない。 |
〔関連条文〕 現民法565条
【提案要旨】
1 売主が給付すべき数量に不足がある場合に、これを物の瑕疵の一種であると捉え、物の瑕疵について認められる買主の救済手段を、数量不足に特化して定めたものである。実質的には、提案【Ⅱ
-8-26】、【Ⅱ-8-27】のルールの中に吸収されることになり、救済手段相互の関係についても、問題は同一である。
2 したがって、物の瑕疵に対する救済ルールとは別に、本提案を条文の形で存置する必要があるかどうかは疑問である。最終的には削除することも考えられるが、数量超過に関する特別規定を置くとすれば、その前提として数量不足に関するルールがどのようなものであるかを明らかにしておくという意味も考えられる。規定の要否については、なお検討したい。
【解説】
① 売買契約の当事者が、売買目的物が一定の数量を備えるべきことを合意し、かつその数量を基礎として代金を決定した場合において、売主の給付した物が合意された数量に不足する場合の効果が問題となる。現民法565条は、数量不足の場合における売主の担保責任を規定しているが、提案【Ⅱ
-8-24】の解説④にも述べたように、これをどのような責任として位置づけるべきかについては、考え方が分かれうる。
② まず、数量不足が問題となるいくつかの事例を想定する。
〔適用事例14-1〕
売主Aと買主Bは、ワイン甲を10ダースについて売買契約を締結し、代金を24万円とした。Aは、約定期日に甲をBに引き渡したが、Bが受領後に検査したところ、甲は9ダースしかなかった。
〔適用事例14-2〕
土地甲の所有者Cは買主Dとの間で甲の売買契約を締結したが、その際、CはDに対して甲の実測面積が200㎡であることを伝え、CDは、平米当たりの単価が10万円であることを基礎として、代金を2,000万円とすることを合意した。Dが甲の引渡しを受けた後、甲を実測したところ、甲の実測面積は180㎡であることが判明した。
〔適用事例14-3〕
分譲マンション乙の所有者Eは、買主Fとの間で乙の売買契約を締結したが、その際、EはFに対して乙の専有面積は100㎡であることを伝え、EFはこの広さを基礎として代金を2,000万円とすることを合意した。Fが乙の引渡しを受けた後、乙の専有面積をあらためて確認したところ、乙の専有面積は90㎡にすぎないことが判明した。
③ 〔適用事例14-1〕においては、契約の性質上、Aが給付すべき数量に応じてBの支払うべき代金が算定されていることが明らかであるが(ただし、大量販売の場合に値引率が異なるような場合には、単純に単価×数量という計算式で代金が算定されるとはいえない)、この場合、BはAに対して1ダースの追加履行を請求することができると考えられる。Aは債務の一部について遅滞に陥っているにすぎないから、売買契約中に特別の規定を置く必要がないとも考えられる。しかし、 Bの履行催告に対して、Aがこれに応じようとしない場合、Bの救済手段の1つとして、代金減額請求権を行使することを認めてもよいのではないか。とくに、Bが代金未払の場合、Bは給付された数量の目的物を保持しつつ、それに対応する代金だけを支払えば足りる。
④ この場合において、Bが直ちに代金減額請求権を行使することを認めることも考えられるが、 Aが履行を追完する権利を認めるかどうかとの関係が問題となる。BはAから追加履行を受けることができれば、履行の遅延によって給付を受ける利益が失われるような例外的な場合を除いて、Bは当初の期待どおりの利益を得ることができるのであり、Aの追完を排除するべき理由がないと考えられる。この点は、提案【Ⅱ-8-27】に関する解説⑥と同一の問題であり、その説明に譲る。
⑤ 〔適用事例14-2〕や〔適用事例14-3〕におけるように、特定物売買において数量不足が問題となる場合には、目的物の性質上、Aによる追加的履行は不可能であり、Aが引き受けた債
務の履行が一部不能となっている。現民法565条が典型的に想定していたのは、このような場合であると考えられる。ここでは、現行法の解釈として、まず数量不足による売主の責任を問う前提として、数量指示売買に当たるかどうかが問題とされてきた。数量指示売買の定義については、判例・通説がほぼ一致しており、これを条文の中に取り込むことも考えられるが、「数量を確保するため、その一定の面積……(等)のあることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買」という定義を必要とするか、端的に「目的物が備えるべき数量を備えていない場合」かどうかを判断すれば足りるとするか、検討の余地がある。
⑥ 〔適用事例14-2〕におけるように、土地の売買において一定の面積があることが表示され、かつその代金がこの面積に一定の広さ当たりの単価を掛けて算出された場合に、数量指示売買に当たることに大きな問題はない。ここでは、一定の面積表示が、その数量があることを確保するためになされたかどうかが問題として残るのみである。しかし、〔適用事例14-3〕のように、単純に単価×数量では価格が決定されない場合でも、100㎡の広さがあることを前提に価格が決定されていることから、面積に不足があった場合、買主の救済が必要と考えられるが、この場合が判例のいう
「数量を基礎として」という定式に該当するかどうかは明確とはいえない。むしろ、売買契約において、目的物が一定の数量を備えるべきことが合意され、かつ、代金がその数量のあることを前提として決定されているかぎり、物の瑕疵に当たる数量不足があるとすれば足りるのではないか。なお、〔適用事例14-3〕の事例は、代金減額請求を認めるとしても、単純な比例計算によることが困難となる場合があることを示すものといえる。
⑦ 代金減額請求については、免責事由が認められる場合であっても買主に認められる救済手段と考えることは、他の場合において買主に認められる救済手段と同様であるが、〔適用事例14-2〕や〔適用事例14-3〕において、売主に免責事由が認められるという場合を想定することは困難ではないか。売主が、自己の売却しようとする目的物について一定の広さ・数量があることを表示し、その広さ・数量を備えた物の所有権移転を約束した以上、これが不足していた場合に、売主が引き受けていなかった事由があるとして、免責事由が認められることは考えられないからである。 買主の善意?
現民法565条は、代金減額請求についても買主の善意を要件とする。買主が悪意である場合には、その数量不足を前提として代価を決定しているはずであるから、現民法563条とは異なって買主に代金減額請求権を認める必要がないとするのがその理由である。
しかし、この点は、売買において一定の数量が備わっているべきことの合意があったか、その数量があることを前提として代金が決定されたといえるかという点に関連する。たとえば、〔適用事例
14-2〕において、Dが契約の時点で土地甲が180㎡の面積しかないことを認識しており、なおかつ、代金を2,000万円とする合意をした場合に、「売買契約によればCは200㎡の広さを備えた土地甲を引き渡す義務を負うが、Dが悪意であるから、その義務を免れる」と考えるべきだろうか。むしろ、Dが180㎡の広さであることを認識しながら、そのような合意に応ずる場合、Cは、180㎡の広さを備えた土地甲の移転義務を負うにすぎないと考える余地もあるのではないか。このように考えることができるとすれば、買主の善意要件の問題は、隠れた瑕疵の要件を不要としたのと同じ理由から、当事者の合意や契約の趣旨にしたがって瑕疵があったといえるかどうかという判断の中に吸収されることになり、買主の救済手段の行使要件としての意味を失うことになる。
⑨解除の要件
解除権の要件のうち、善意が要件となるかどうかについては、代金減額請求の要件と同様の問題がある。また、現民法565条は同563条2項を準用しているが、ここでも、契約の重大な不履行という一般的要件と異なった要件を立てるべき必要はないと解される。
⑩ 損害賠償請求については、これまでに検討した損害賠償責任と同様に考えることができる。もっとも、現民法565条の解釈に関連して、判例は、契約当事者の合意内容如何により、数量が契約目的を達成するうえで特段の意味がある場合に限って履行利益の賠償義務が認められるとする一般論
を明らかにしているが、債務不履行に基づく損害賠償の一般的ルールの中で、このような枠組みを採り入れることは困難である。
⑪短期の期間制限
現民法565条においては、同564条の準用により短期の期間制限が認められているが、数量不足の問題を物の瑕疵の問題として位置づけることから、物の瑕疵についての期間制限と同様に扱われることになる。この点については、【Ⅱ-8-34】参照。
(4)数量超過の場合
【Ⅱ-8-30】(数量超過) 売主が、契約で合意された数量を超過する給付をした場合、売主が買主に対して有する権利について規定を設けることとする。 * 売主の給付が数量超過となる場合に、(α)特別の規定を設けることなく、現民法におけると同様に解釈に委ねるとする考え方、(β)売主の保護を認めるべきではないとする考え方もありうる。 |
【Ⅱ-8-31】(売主の救済手段) 数量超過の場合に、売主は買主に対して以下の権利を有する。 <A案> (1) 超過する数量部分について、返還請求権を有する。 (2) 売主が、目的物の性質に照らして(1)の権利を行使することができないときは、売主は、買主に対して、催告期間を定めて超過部分に相当する価額の支払に応ずるか、契約を解除するかを選択するよう求めることができる。ただし、超過部分が軽微なものである場合にはこのかぎりではない。 (3) 買主が前項の催告期間内に選択権を行使しなかった場合、売主は超過部分に相当する価額の支払を請求するか、契約を解除するかを選択することができる。 <B案> <A案>の(2)(3)のみを規定する。 * 売買契約の目的物が数量超過であったことについて、売主が錯誤に陥っており、売主が【Ⅱ- 1-11】にしたがって錯誤取消しの要件を満たしているときは、売主は錯誤を理由として取消権を行使することができるとし、これに対して、買主は数量超過部分に相当する価額を提供することによって、売主の取消権行使を阻止することができるとする規定を置くとする考え方もありうる。 |
【Ⅱ-8-32】(売主の通知義務) 数量超過の場合に、売主が有する権利について、売主は以下にしたがって通知義務を負うものとする。 (1) 売主が、売買契約を締結した後に、目的物の数量が契約で合意された数量を超過していたことを知ったときは、契約の性質にしたがい合理的な期間内にその数量の超過を |
買主に通知する義務を負う。 (2) 売主が、前項の通知義務に違反したときは、売主は目的物の数量の超過を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしないことが売主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。 (3) 買主が目的物の数量の超過について悪意であったときは、前2項の規定を適用しない。 * 【Ⅱ-8-31】の<A案>または<B案>を前提とする。この場合にも、売主に通知義務を課する必要はないとする考え方もありうる。 |
〔関連条文〕 新設
【提案要旨】
1 数量超過の場合に、売主が買主に対してどのような権利を行使できるかについて、現民法の下で判例・学説が対立している。第2準備会においても、幹事会においてもこの点に関する考え方は分かれており、統一した成案を得るに至っていない。そこで、本提案においては、数量超過の場合の売主の救済の可能性について、複数の選択肢を提示し、全体会議における意見を踏まえて第2読会までにさらに案を整理・検討することとした。
2 まず、このような場合、売主が自ら売買の目的とした物について数量超過があったとしても、原則として売主がそのリスクを負担すべきであって、これを買主に何らかの形で転嫁することを認めるべきではないとする考え方が成り立ちうる。【Ⅱ-8-30】の*(β)案は、このような立場を採るものである。しかし、明示的にそのような立場を採らないとしても、特別の規定を設けることは必要ではなく、これまでと同様に、解釈の問題に委ねるとする考え方も成り立ちうる。これが
*(α)案の立場である。
3 しかし、すでに現民法の下で実質的な問題が争われ、かつその結論についても見解の対立がある問題について、改正提案の中で考慮しないとすることは必ずしも適当ではないと考えられる。*
(β)案によるとしても、その趣旨を示す具体的な規定を置くことが望ましいように思われる。
4 他方において、数量指示売買において、価格算定の基礎とされた数量に誤りがある場合には、買主に救済が認められるだけでなく、売主についても同様に救済が認められるべきであるとする考え方も成り立ちうる。【Ⅱ-8-31】はそのような立場を採ろうとする提案であるが、そのうち、
<A案>と<B案>の相違は、目的物の性質上、超過部分の返還が可能である場合に、売主はその超過部分の返還請求をなしうるとするルールを置く必要があるかどうかにある。<A案>は、まずこの場合を規定し、それが性質上できない場合に、特別の利益調整規定を置くとするものである。これに対し、<B案>は、<A案>による(1)の場合は、一般原則からして当然の規定であり、あえて特別の規定を置く必要はないとし、むしろ性質上、そのような一般原則によることができない場合について、一定の特別規定を置くことで足りるとするものである。
5 さらに、【Ⅱ-8-31】の*案は、数量超過売買を売主の錯誤の問題として捉え、ただ、取消権行使が可能かどうかという二者択一的な解決に対して、買主が超過部分に相当する価額を提供することによって、売主の取消権行使を阻止できるとするものである。この考え方は、買主による価額提供によって、売主は当初に期待したとおりの価額を得ることができるのであるから、もはや錯誤取消しを認める必要はないとする点で、錯誤の一般法理とも調和するものといえるかもしれない。
6 目的物の数量不足の場合には、【Ⅱ-8-34】にしたがって、瑕疵を知った買主は一定期間内に売主に通知する義務を負うこととされているが、目的物の数量超過を事後に認識した売主が、そ
れと同様に買主に通知する義務を負うかどうかも問題となる。この点に関する考え方は、数量超過売買において売主の保護必要性が認められるか、認めるとしてもどのような根拠に基づいて売主の保護を認めるかによって異なりうる。【Ⅱ-8-32】は、その1つの可能性を提示したものであるが、これについても、第2準備会、幹事会の意見は分かれている状況にある。
【解説】
① 数量指示売買において、売主が数量を超過して権利を移転した場合は、売主の履行義務の不履行の問題ではないが、数量不足の場合との関係をどのように考えるかが重要であることから、便宜上、ここであわせて検討する。
② 立法例によっては、数量超過の場合に特別の規定を置くものも見られるが、現民法には特別の規定がなく、判例・学説において考え方の対立があった。判例は売主の増額請求権を原則として否定し、これを支持する学説も多いが、近時においてはこれを肯定的に解する説も増えており、とくに、一種の契約改訂の問題として捉え、売主の増額請求と買主の解除ないし売主の解除の組み合わせを提唱する考え方も有力である。これらは、土地の面積超過のような、特定物売買事例を念頭に置いた議論であると思われるが、出発点として、以下のような事例を想定する。
〔適用事例15-1〕
売主Aと買主Bは、ワイン甲を10ダースについて売買契約を締結し、代金を24万円とした。Aは、約定期日に甲をBに引き渡したが、Bが受領後に検査したところ、11ダースが引き渡されていた。
〔適用事例15-2〕
土地甲の所有者Cは買主Dとの間で甲の売買契約を締結したが、その際、CはDに対して甲の実測面積が200㎡であることを伝え、CDは、平米当たりの単価が10万円であることを基礎として、代金を2,000万円とすることを合意した。Dが甲の引渡しを受けた後、甲を実測したところ、甲の実測面積は220㎡であることが判明した。
〔適用事例15-3〕
分譲マンション乙の所有者Eは、買主Fとの間で乙の売買契約を締結したが、その際、EはFに対して乙の専有面積は100㎡であることを伝え、EFはこの広さを基礎として代金を2,000万円とすることを合意した。Fが乙の引渡しを受けた後、乙の専有面積をあらためて確認したところ、乙の専有面積は110㎡であることが判明した。
③ まず、〔適用事例15-1〕においては、Aは1ダース分過剰に給付しているが、Bは契約に基づいて10ダースを受領する権利があるにとどまる。甲は可分給付であり、Aは過剰給付分について Bに返還請求をすることが可能である。したがって、AのBに対する返還請求を認めれば、Aの救済としてはそれで必要十分であるともいえる。これが、提案【Ⅱ-8-31】<A案>(1)の趣旨である。
④ これに対し、〔適用事例15-2〕や〔適用事例15-3〕のように、単一の物について数量が超過する場合には、目的物の性質上、超過部分のみを返還することは不可能である。土地については、超過した面積部分を返還することもありえないではないが、一筆の土地のどの部分を返還するかが問題となるほか、返還請求を受ける売主にとって、当該超過部分のみの返還を受けることは経済的に意味がないと考えられる場合が通常である。また、建物については、このような可能性は物理的に存在しない。
⑤ これらの場合においても、数量を基礎として代金を決定した当事者の合意の趣旨からすれば、買主が、約定代金を支払うだけで超過数量を保持することができるとすることには疑問が生じう
る。目的物が可分である場合とのバランスも問題となりうる。しかし、単純に増額請求を認めるとすれば、そのような価格であれば買わなかった可能性のある買主の意思を無視することになり、自己決定に反した契約内容を押しつけることにもなりかねない。また、売主は自ら売却する目的物の数量について、より正確な情報を有しうる立場にあることから、軽微な数量超過について、売主に救済を認める必要がないともいえる。これらの点を考慮し、提案【Ⅱ-8-31】(2)(3)は、買主に選択権を与え、買主がこの選択権を行使しようとしない場合に、売主に選択権が移転することを定める趣旨である。
⑥ しかし、〔適用事例15-2〕において、Dが甲地上に建物丙を建てているような場合には、Dは甲の売買契約の解除を選択する自由が事実上奪われており、売主Cの増額請求があればこれに応ずるほかはないと考えられる。むしろ、売主は自己の売却しようとする目的物の数量超過について、自らそのリスクを負担すべきであり、これを買主に転嫁することは原則としてできないと考える余地がある。
これらの提案は、原則として超過分の返還請求ができることを前提に、例外的に、目的物の性質がこれを許さない場合に、その調整を図るとするものであるが、第2準備会の議論においても、これとは反対に、売主は自ら売却する目的物の数量が超過しても、そのリスクを負担するのが原則であり、目的物が過分であるために返還請求ができるのは、例外であるとする意見も述べられた。売買契約当事者の前提とした主観的等価性の不均衡が、買主に不利益な方向で生じた場合と、売主に不利益な方向で生じた場合とを同じように考えるべきかどうかについて異論はあり得るところであり、幹事会においてもこれと同様の意見も見られた。
【Ⅱ-8-31】<A案>や<B案>は、当事者が合意した等価関係をより重視したものといえるのに対して、【Ⅱ-8-30】の*案は、これには消極的であり、特別の規定を置かずに解釈に委ねるとするか、さらには、積極的に売主の救済の必要性を否定するものといえる。
⑦ 数量超過における売主の権利と関係して、売主が数量の超過に関する錯誤を理由として契約の効力を争うことができるかが問われる。売主に重過失があるとはいえない場合がとくに問題となるが、売主が錯誤の一般的要件を満たしているかぎり、数量超過の場合についてだけ錯誤取消しの主張を排除することの根拠付けは困難である。
【Ⅱ-8-31】*案は、錯誤取消しの可能性を一般的要件にしたがって肯定しつつ、買主が追加払いをすることによって錯誤取消しによる遡及的無効を阻止することができるとするものであり、錯誤の一般理論からもその結論を正当化することが可能かもしれない。
【Ⅱ-8-32】は、売主が契約締結後に数量超過を認識したときは、後述する提案【Ⅱ-8
-34】に類する売主の通知義務を認めるものである。もっとも、売主が、契約締結の時点で数量超過を認識していたときは、売主はこれを前提に対価を決定することが可能であったのであり、特別の救済を認める必要はないと解される。この点については、【Ⅱ-8-34】解説⑪も参照。
また、このような通知義務は、売主に救済の必要性を認める立場を前提とするものである。
(5)目的物の一部滅失の場合
【Ⅱ-8-33】(目的物の原始的一部滅失) 物の原始的一部滅失に関する現民法565条の規定を削除し、物の瑕疵に関する売主の責任の問題として処理するものとする。 |
〔関連条文〕 現民法565条
【提案要旨】
現民法565条のうち、物の原始的一部滅失の規定を削除し、物の瑕疵に対する売主の不履行責任の問題として処理するという趣旨である。
【解説】
① 現民法565条の文言上、そこで規定されている一部滅失は、すでに契約締結時において生じていた場合に限定されていることが明らかであり、またこの趣旨から、少なくともこの部分に関するかぎり、同条は特定物のみに関する規定であると解されている。後発的な一部滅失については、法定責任説によるかぎり、特定物の善管注意義務に違反する場合にはこの義務の不履行として処理され、売主に帰責事由なき滅失の場合には、危険負担規定の適用を受けると解されてきた。
しかし、売買契約の合意によれば、滅失を生じていない状態で物を引き渡す義務を認めるものであるとすると、一部滅失が原始的に生じていたか、後発的に生じたかを問わず、売主がその債務を履行していないという点では同様であると考えられる。
② 問題は、一部滅失が物の瑕疵と捉えられるか、権利移転義務の一部不履行とみるべきかである。
〔適用事例16-1〕
Aは、別荘甲を附属建物乙とともにBに売却する契約を締結したが、契約締結の時点において、乙は焼失していた。
〔適用事例16-2〕
〔適用事例16-1〕において、乙が契約締結後に焼失した。
〔適用事例16-3〕
Cは、代々伝えられてきた洋食器セット丙を所有していたが、丙をDに売却することとした。しかし、契約締結前に生じた事由によって、お皿の一部が破損していた。
〔適用事例16-4〕
〔適用事例16-3〕において、お皿の破損が契約締結後、Dへの引渡し前に生じた。
〔適用事例16-1〕は、原始的一部滅失の典型例としてあげられるものであるが、この場合、甲と乙がそれぞれ独立の物であり、売買の対象とされた2つの目的物のうち、1つが滅失したと考えると、これは原始的一部不能の場合に当たる。しかし、原始的一部不能であっても売買契約の有効性に変わりがなく、売主は甲・乙について権利移転義務を負っているとすれば、権利移転義務の一部不履行の問題として捉えることも可能である。また、〔適用事例16-2〕は、後発的な一部滅失の例であるが、この場合においても売主は契約に基づいて甲・乙の権利移転義務を負っているから、乙の焼失による履行不能は、同様に権利移転義務の一部不履行の問題と考えることが可能である。
〔適用事例16-3〕、〔適用事例16-4〕においては、特定物である洋食器セット丙が売買の対象とされているところ、そのセットを構成するお皿に破損が生じた場合、物の一部滅失というよりも、丙という物の一部に瑕疵が存在した場合と見ることがより自然であり、両者の設例は、いずれも物の瑕疵に対する売主の責任として処理することが可能ではないか。この趣旨をさらに拡張して、〔適用事例16-1〕、〔適用事例16-2〕においても、甲・乙の双方をまとめて売買の対象とすると考えることができれば、この場合も物の瑕疵に対する責任の問題として捉えることも可能であるように思われる。
③ 近時において、数量不足の場合と同じく、物の一部滅失の場合についても、これを権利の瑕疵として整理することに疑問が提起されているが、提案【Ⅱ-8-33】は、上記各設例を同じ問題として位置づけ、いずれも物の瑕疵の問題として処理しようとするものである。
④ なお、不特定物売買について物の一部滅失が意味を持つかどうかが問題となるが、市場において調達できる数量が、買主に対して給付すべき数量を下回る場合を除いて、原始的な滅失を考えることはできない。売主が準備した特定物の後発的一部滅失については、特定の効果が生じていなければ売買目的物の一部滅失とはいえず、特別の規定を必要としない。また、特定が生じた後に一部滅失が生じたのであれば、特定物であった場合と同じように考えることができる。そうすると、不特定物売買について一部滅失の問題をとくに規定する意味はないと考えられるのではないか。
(6)瑕疵の通知義務
【Ⅱ-8-34】(瑕疵の通知義務) 現民法570条で準用される同566条3項に代えて、以下の規定を置くものとする。 (1) 買主が、目的物の受領時、または受領後に瑕疵を知ったときは、契約の性質にしたがい合理的な期間内にその瑕疵の存在を売主に通知しなければならない。ただし、売主が目的物の瑕疵について悪意であるときは、このかぎりでない。 (2) 買主が、前項の通知をしなかったときは、買主は目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしなかったことが買主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。 |
〔関連条文〕 現民法566条3項、570条
【提案要旨】
1 本提案は、物の瑕疵を理由とする債務不履行責任について、買主は、目的物の受領時に瑕疵を知っていたとき、または受領後に瑕疵を発見したときは、それ以後、契約の性質にしたがって合理的と判断される期間内に瑕疵があったことを通知する義務を一般的に負い、その義務に違反したときは、原則として債務不履行責任を問うことができなくなること、しかしその例外として、買主が通知しなかったことがやむを得ない事情に基づく場合、および売主が瑕疵の存在について悪意であった場合には、売主は債務不履行責任を免れないことを定めるものである。
2 また、目的物の「受領」という概念は、物理的な目的物の受け取りという意味で用いられる場合と、履行として受け入れるという意思的認容を伴う法的な意味で用いられる場合とがあるが、本提案における用語は、第1準備会の考え方にしたがい、物理的な受け取りという意味で用いている。
【解説】
① 第6回全体会議における報告においては、目的物を受領した買主が、その瑕疵を認識した場合に、それ以後においても一般的な債務不履行の期間内であれば権利行使ができるかどうかを検討 し、結論的には、目的物の引渡しにより、すでに履行を終えたと信じたことに対する売主の期待を保護する必要性は大きいとはいえず、むしろ、買主において、瑕疵を認識したことによってその権利行使期間が短縮されることによる不利益が大きいことを考慮して、債務不履行責任に関する一般的な期間制限の範囲内において買主は債務不履行に基づく救済手段を行使することができるとしていた。
② しかし、この点は、現民法566条3項に比して、買主の利益において売主の責任をより厳格なものとする点で大きな変更を生ずるだけでなく、瑕疵を知りながら、なお権利行使を行わない買主を、一般原則にしたがった期間の範囲で保護する必要があるかどうかについては、疑問も指摘されてい
た。また、第4準備会において、請負契約において、瑕疵を認識した注文者に、一般原則による保護を与えることは適当ではないという考え方が採られており、これとの調整を図ることが必要となった。
③ 合同準備会における検討の結果、買主が瑕疵を知ったときは、買主が事業者であるか消費者であるかを問わず、それ以後一定の期間内に買主が売主に対して瑕疵を通知することが期待でき、それを怠った場合には、権利を行使することができなくなったとしてもやむをえないのではないかという点で意見が一致した。
ただし、どのような事情があれば「瑕疵を知ったとき」といえるかについては、目的物の種類・性質や契約の態様等によって判断は流動的でありうる。とくに、消費者である買主については、目的物の使用に支障が生じることを認識した場合にも、それが一時的なものにすぎないかどうか、あるいは、その支障の結果、目的物の使用価値や交換価値にどのような影響が生ずるかについて、必ずしも明確に認識しているとはいえない場合が多い。したがって、「瑕疵を知った」とする判断は、当該契約における事情や当事者の属性等を考慮しながら、慎重に行う必要があると考えられる。
④ 受領時点であれ、受領後であれ、瑕疵を知った後の通知義務に関する期間制限については、現民法566条3項とは異なり、固定的な期間とはせずに、契約の性質にしたがった「合理的な期間」としている。売買の目的物の性質や取引の態様が多様であり、例えば、不動産売買と日常用品の売買とで一律に同一の期間を定めることが適当とはいえないことから、固定的な期間の定めを置くことを避けたものであり、また、期間の合理性判断に際しては、目的物の種類・性質や契約当事者の属性等、契約に関連する諸般の事情を考慮する必要があることを示すために、「契約の性質にしたがい」という文言が用いられている。
このような定め方は、裁判所の裁量判断に委ねられる結果となることが少なくなく、固定的な期間に比して安定性・画一性という点では劣る面もないではない。しかし、③で指摘したとおり、「瑕疵を知ったとき」という時点の判断についても、すでに評価的要素が含まれており、期間の合理性判断を含めて、柔軟な解釈・適用が可能となる規定とする方が、より適切であると考える。
なお、「合理的」な期間が具体的にどの程度の幅を有するかについては、意見が分かれるところであるが、合同準備会においては、現民法566条3項の場合よりも期間が短縮されることになるのではないかとの意見が多数であった。しかし、契約の性質によっては、必ずしもそうはいえないとする立場も主張されており、この点の判断は、本提案の具体的な適用・解釈に委ねられるべきものといえる。
また、権利行使に関する期間の流動化は、第5準備会が目指そうとしている期間の単一化方針とは一致しないところがあるが、債権行使に関する一般的な期間制限と、通知義務に関わる期間制限とはその趣旨を異にするということになろうか。
⑤ 合理的な期間内における「通知」で足りるとすることは、現行規定における判例の立場とは異なって、明確な権利行使の意思を表示することを要件とはしないという趣旨である。判例のような厳格な要件を不要とする点は、すでに第6回全体会議報告資料の採る立場でもあったが、合同準備会においても、通知で足りるとする点で異論がなかった。
⑥ 債務不履行責任の一般的期間制限とは別に短期の期間制限を設ける根拠の一つは、買主の通知義務違反の場合に、すでに履行を終えたという期待を抱いた売主を保護することににある。したがって、売主が瑕疵の存在について悪意であった場合にまで、短期の期間制限による保護を与えるべき理由がなく、この場合には、たとえ買主において通知義務の違反があったとしても、売主は一般原則にしたがって責任を負うべきものと解される。これが、提案【Ⅱ-8-34】(1)ただし書の趣旨である。
また、売主の期待の保護必要性とともに、買主が売主の債務不履行責任を追及できなくなるという不利益を受けるのは、買主による通知義務の懈怠の効果であると考えることができる。したがって、通知をしなかったことについて、買主の懈怠を問うことができないやむを得ない事情があると
きは、売主の期待のみを一方的に保護することは適当とはいえない。これが提案【Ⅱ-8-34】 (2)但書きの趣旨である。
⑦ 目的物を受領する時点で買主が目的物の瑕疵を発見していたときに、買主がその後に売主の責任を追及することができるかどうかが問題となりうるが、これについては、以下のように場合を分けて考えることができる。
〔適用事例17-1〕 買主が目的物の瑕疵を理由にその受領を拒絶した場合
この場合、売主が瑕疵ある目的物の受領を買主に求めても、買主はこの受領を拒絶することができる。売主はその債務を履行しておらず、かつ、買主が目的物を受領していない以上、履行を終えたという期待を売主が抱く余地はない。したがって、この場合には、債務不履行責任の一般原則によって問題が処理されることになる。
〔適用事例17-2〕 買主が受取時に目的物の瑕疵を知りつつ、これを受領した場合
これはさらに2つのサブケースに分けることができる。
〔適用事例17-2-1〕 買主が瑕疵について異議をとどめて、目的物を受領した場合
〔適用事例17-2-2〕 買主が瑕疵について異議をとどめずに、目的物を受領した場合
〔適用事例17-2-1〕の場合、買主は異議をとどめることにより、瑕疵を理由とする救済手段の行使を留保しているのであり、かつ、この異議は提案【Ⅱ-8-34】(1)における通知と同じ意味を有すると考えることができるから、売主は、もはや短期の期間制限を主張する余地はないと解される。
これに対し、〔適用事例17-2-2〕の場合、異議をとどめずに目的物をあえて受領したことを重視して、買主はもはや瑕疵を理由とする救済手段を行使することができないとする余地もないではない。しかし、単に異議をとどめなかったことによって、権利放棄の意思を認めることができるか、あるいは、買主にそのような意思がなかった場合において、買主の権利不行使に対する売主の期待を強く保護する必要があるといえるかは疑問である。したがって、買主が異議をとどめずに目的物を受領した行為の中に、買主の権利放棄の意思が含まれる場合を別とすれば、買主は、目的物の受領後に、事後に瑕疵を知ったときと同様に、合理的な期間内に瑕疵について売主に通知をする義務を負うと解することで足りるというべきである。
また、瑕疵を知った後に、通知する前であるか後であるかを問わず、買主が瑕疵を理由とする救済手段を行使することと矛盾するような行為をした場合に、それが買主の救済手段にどのような影響を及ぼすかは、提案【Ⅱ- 8-34】における通知義務の懈怠による権利喪失とは区別されるべき問題である。
〔適用事例18-1〕 買主Aは、売主Bから大学ノート甲を購入した。甲の一部には汚損個所があったが、Aはこれを認識しつつ、大学の授業に出席して甲を用いてノートを取った。
〔適用事例18-2〕 買主Cは、売主Dから新製品のテレビ乙を購入した。乙のディスプレイの端の部分に損傷があり、Cは乙の交換をDに要求するとともに、乙の交換がなされるまで、乙の使用を継続した。
〔適用事例18-1〕においては、本来交換を求めることができる甲について、Aがあえて使用を開始して、その価値を積極的に減少させており、瑕疵を知りながらこのような行為をした以上、瑕疵を認容し、それに対する救済手段を行使しない意思を有するものと
解するのが自然である。かりに、Aにそのような意思がなかったとしても、瑕疵を理由とする救済手段とは相容れない行為を意図的に行ったものであり、Aが権利行使ができなくなったとしてもやむをえないと考えられる。
これに対し、〔適用事例18- 2 〕において、Cが乙の使用を継続するとしても、これは乙の価値を積極的に減少させるものではなく、Cは、乙の使用継続にかかわらず、Dに対する救済手段の行使を妨げられないと考えられる。
むしろこの場合に、Cが乙を使用できないことになれば、Cにはこの間、乙を使用できなかったことによる損害が拡大する結果となる。問題は、この場合に、Dが事後に完全な新製品をCに引き渡した場合に、Cが瑕疵ある乙を使用したことによって得た利益を返還する義務を負うかどうかである。この点は、合同準備会においても意見が分かれた。本来、 Dは履行期に瑕疵なき乙を引き渡すべきであったのであるから、瑕疵ある乙を使用したとしても、特別の利益を得ておらず、むしろ瑕疵ある物の使用利益が瑕疵なき物の使用利益を下回る場合には、その限度で損害が発生していると考えることができる。しかし、他方、瑕疵なき乙の引渡しが遅れた場合、その全使用利益は使用可能な期間を通じて得られる利益であり、そうすると、引渡しが遅延した期間があっても、履行期に引渡しがあった場合に比し、使用可能期間に変わりがあるわけではなく、単に遅延期間の分だけ遅れるにすぎないとも考えられる。後者の見地からすると、瑕疵ある乙の使用利益をCが保持すべき理由はないことになる。
一定の履行期を定めて、その時期における履行を求めていることからすると、使用可能期間が後にずれるだけであると解することには疑問があるが、わが国においてこれまで十分な議論の蓄積がなく、今後の解釈に委ねられるべき問題といえる。
⑨ 目的物の瑕疵について買主に一般的な通知義務を認め、これに従わなかった場合には、一般原則によれば買主に認められるべき救済手段の行使ができなくなるとして、その意味において権利行使について短期の期間制限を設ける場合に、これが権利の瑕疵に対する売主の責任の期間制限にどのような影響を及ぼすかを考える必要がある。
権利移転義務の不履行については、第6回全体会議報告資料45頁の【Ⅱ-8 -17 】は、現民法564条の短期期間制限を廃止するという考え方を提示していた。同資料は、同時に、現民法566条3項の短期期間制限廃止の方向を提示し、売主は権利移転義務の不履行の場合についても、物の瑕疵を理由とする債務不履行についても短期の期間制限による買主の権利喪失を主張できないとしていた。
しかし、本提案は、目的物の瑕疵については、瑕疵発見後については合理的な期間内における通知義務を認め、これを怠ったときには買主が売主の債務不履行責任を問えなくなるとしており、これと、権利移転義務の不履行に関する期間制限の問題との整合性を検討する必要がある。
⑩ 目的物の瑕疵について通知義務を認めると、権利の移転義務の不履行についても、権利の移転がなかった場合には、買主は一定の合理的な期間内に通知をすべきであり、それを怠ったときには、もはや権利行使ができないとすることが、整合的であるかに見える。しかし、このような義務を認めることになると、問題は売買にとどまらず、債務不履行について一般的に、債権者が債務者の債務不履行を知ったときには、通知をする必要があり、これを怠ったときには債務不履行責任を問うことはできないとすることになる。
自らの義務を履行していない債務者が、債権者の通知義務の不履行を理由として短期間で責任を免れることは、債権者の権利を不当に制限するものである。
翻って、目的物の瑕疵がある場合について、買主の権利行使が制限されるべき理由があるかどうかが問われることになるが、この点については次のように考えることができる。他人の権利の売買や、権利の一部が他人に属する場合のように、売主が権利の移転義務
を全部または一部履行していない場合には、不履行状態が生じていることが客観的に明らかであり、かりに、売主が、自己の売却した物が自己の所有に帰属していると誤信していたとしても、履行を終えたという期待を保護する必要性に乏しいように思われる。したがって、買主が権利の全部または一部不履行を認識した後に、これを売主に通知しなかったとしても、売主が責任を負うべき期間が一般原則よりも短縮されると解すべき理由がないと考えられる。これに対して、目的物の瑕疵については、目的物の瑕疵の存否が買主の主観的判断に依存する面があること、期間の経過によって目的物の状態が変化することが少なくなく、瑕疵の存否の判断自体が困難となる場合もあること等を考慮する必要があり、この点で、同じく売主の債務不履行に当たるとしても、権利移転義務の不履行型と物の瑕疵型の間では、大きな相違があり、これによって、買主の権利行使期間の相違も実質的に根拠づけることができると思われる。
もっとも、権利移転義務の一部不履行型においても、売買の目的物である土地の一部が他人に属するとされ、その境界線がどこかが問題となる場合には、不履行状態が客観的に明らかといえるかどうかは必ずしも明確ではなく、他方、数量不足の場合のような量的瑕疵については、質的瑕疵の場合に比して瑕疵の存否は客観的に明確であるという場合もありうる。しかし、これらの事例は、両者の類型の原則的区別を否定するものとはいえず、両類型の相違による権利行使期間の区別を維持することができるものと解される。
⑪ なお、多くの立法例においては、現民法とは異なり、権利行使可能な期間の起算点を瑕疵発見時ではなく引渡時としており、目的物の瑕疵が存在したかどうか、目的物の使用によって生じた性質の劣化にすぎないかについての証明の困難性を考慮すると、一定の合理性がある規定といえる。しかし、このような期間設定については、売買目的物が買主が引渡しを受けた後に通常使用するような動産であった場合にはよいとしても、不動産について発見が困難な瑕疵が存在していた場合、あるいは動産にあっても、目的物の性質上実際の利用は引渡しを受けて相当期間が経過して後に行われることが通常である場合(例、非常食用の缶詰、消火器)には、瑕疵が発見された時点で買主の権利行使可能期間が経過しており、買主の権利行使が認められないという問題点も指摘されている。したがって、本提案においても、短期の期間制限については瑕疵を発見した場合に買主の通知義務を認めるという方法によるものとした。
現民法においては、この起算点の考え方について、売買契約と請負契約の間で不一致が生じているが、第4準備会の検討においては、売買の場合と同様の方向で考えるものとされている。
⑫ なお、短期の期間制限を設けるかどうかにかかわらず、売主の責任が債務不履行責任であるかぎり、その一般的制限に服すると考えられる。現行規定においても判例・学説はこれを認めているが、判例による起算点は「引渡時」とされている。これは瑕疵の発見可能性を考慮したものと考えられるが、買主が売主に履行請求をすることができる時点という観点からすれば、起算点は「履行期」とすることが適切ではないか。この点は、第5準備会の一般方針に依存する。これによるときは、追完請求、損害賠償請求等については、履行請求権の延長という意味で長期の期間制限が適用されるとともに、瑕疵が発見されて現実の行使が可能となる時点から短期の期間制限が適用されることになると考えられる。これらの救済手段(解除を含む)について、短期の期間制限の起算点が統一的なものとなるかどうかはなお検討を要する。
⑬ 債務不履行責任の問題ではないが、数量超過の場合に、売主に一定の救済を認めることを前提として(【Ⅱ -8-30 】、【Ⅱ -8-31】参照)、売主が数量超過を知ったときについても、買主に対する通知義務を認めることが必要かどうかが問題となる。提案【Ⅱ
-8-34】の趣旨を推及すると、売主においても、数量超過であったことを知ったときから合理的な期間内に数量超過であったことを買主に通知する義務を負うとすること、しかし、買主が数量超過であることを認識している場合には、通知義務違反による権利の喪失が生じないこと等の規定を置くことも考えられる。【Ⅱ- 8-32】は、売主について本
提案と類似の通知義務を認めるものとしているが、考え方は分かれうる。
(7)買主が事業者である売買における検査・通知義務と権利行使の期間制限
【Ⅱ-8-35】(事業者買主の検査・通知義務) 買主が事業者である場合について、以下の規定を置くものとする。 (1) 事業者である買主が、その事業に関して行った売買契約に基づいて目的物を受領したときは、相当な期間内に瑕疵の有無について検査しなければならない。ただし、売主が目的物の瑕疵について悪意であったときは、このかぎりでない。 (2) 事業者である買主は、目的物の瑕疵を発見し、または発見すべきであったときから遅滞なく売主に対して瑕疵を通知しなければならない。 (3) 事業者である買主が、(2)に規定する通知をしなかったときは、目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしなかったことが買主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。 |
【Ⅱ-8-36】(発見できない瑕疵) 事業者である買主が検査義務を履行しても瑕疵を発見することができない場合については、特別の規定を設けないものとする。 |
〔関連条文〕 現商法526条
【提案要旨】
1 現商法526条は、商事売買について目的物の検査・通知義務を規定し、またこの義務を目的物の瑕疵の場合のみならず数量不足の場合についても認めている。
2 本提案は、買主が、事業者であり、その事業に関連する売買契約を締結した場合に限定して、現商法と同様の検査義務を認めるものとした(【Ⅱ-8-35】)。
3 しかし、現商法526条2項の規定とは異なり、検査義務を尽くしても発見することができなかった瑕疵に基づく売主の責任については、特別の規定を設けないものとした。この場合、売主は一般原則にしたがって責任を負うとする趣旨である(【Ⅱ-8-36】)。
4 事業者間売買に限らず、買主が事業者である場合について検査義務を認めるのは、消費者である売主と事業者である買主との間で締結された売買契約について、消費者売主が長期間事業者買主からの責任追及の可能性を考慮しなければならないことによる不利益を回避しようとするものである。
5 検査・通知義務以外に、事業者間売買に関する特則については、【Ⅱ-7-7-1】以下を参照。これらの規定の配置については、なお検討が必要である。
【解説】
① 本提案【Ⅱ-8-35】は、第6回全体会議報告資料において示されていた立場をより明確に提示し、買主が事業者である場合には、目的物の瑕疵について検査・通知義務を負うことを明らかにするとともに、現商法526条2項に対応する規定を置かないことにより、事業者買主が検査義務を履行しても発見することができなかった瑕疵については、一般原則にした
がって売主に対する責任を追及することが可能であることを含意するものである。
これまで、現商法526条に規定される商人間売買における買主の検査・通知義務は、商人間における取引関係の迅速な処理の必要性という観点から説明され、また、これにより、6ヵ月以内に発見することができなかった瑕疵についても、売主の責任を追及することができなくなるとの結論が正当化されていたといえる。
しかし、検査・通知義務を買主が事業者である場合に拡大することになると、その義務の正当化根拠も異なってくる。すなわち、事業者は必ずしも商人には当たらず、売買契約関係の迅速な処理という観点のみをもって検査・通知義務を根拠づけることは困難であるほか、とくに消費者売主・事業者買主間の売買においては、消費者売主が売買目的物を売り渡して相当期間経過した後に、売主としての責任を追及される可能性を限定することが可能となる。そのような義務を介して、消費者売主の責任が長期間に及ぶことを回避する結果が実現されることになる。
また、検査・通知義務の根拠付けが異なる結果として、検査義務を履行しても発見できなかった瑕疵については、買主は一般原則にしたがって責任を負うべきものと考えるべきである。商事売買に限定しても、現商法526条2項がつねに妥当な結果をもたらすといえるかどうかについては異論の余地があるが、少なくとも、商事売買におけるような迅速な売買契約関係の処理を前提としない民法の一般原則において、検査義務を尽くした事業者買主が、発見できなかった瑕疵について、売主に対する責任追及を短期間で遮断されるとすることは正当化が困難である。
② 検査を実施すべき期間として、本提案は「相当な期間」としている。【Ⅱ-8- 34】において認められる通知義務の期間と事業者が検査を実施すべき期間とはその趣旨・性質を異にするものであることから、同一の表現を用いることは避けるべきであり、ここでは両者の期間の性質が異なるものであるという趣旨を明確にする意味で「相当な」期間という表現を用いたものである。
③ 検査義務を履行した結果、瑕疵を実際に発見した場合には、一般原則にしたがって、その時点から「合理的な期間」に通知すれば足りるとするのは、事業者買主に検査義務を課して、早期に法律関係の確定を図ろうとする趣旨に背馳すると考えられる。したがって、この場合の通知は「遅滞なく」行われることが必要であり、(2)はこの趣旨を明らかにしたものである。
また、検査義務を適切に履行していれば発見することが可能であった瑕疵についても、同様に遅滞なき通知義務が課されるから、不適切な検査によって瑕疵を発見しなかったときは、買主は通知をすることができないが、発見した場合と同じく売主の責任を追及することができないことになる。
もっとも、検査義務の内容は、目的物の種類・性質等に応じて異なりうる。例えば転売目的で購入した新製品については、開封をしてその中身を検査することなどは原則として期待されていないと解される。また、検査義務の内容は当該契約の趣旨を考慮することも必要となる。たとえば通常は小売商として消費者に転売することが想定され、したがって、引き渡された商品の個数については、個別に確認をすることが期待されるところ、当該買主がさらに他の小売商に転売し、そのために個数についての確認を行えなかったというような場合、当該契約の趣旨から、売主として買主が最終消費者に転売する立場にあることを合理的に期待できるときは、個数確認をすることなく転売をした買主は、検査義務を適切に履行したとはいえないと解されることになる。
④ さらに、事業者買主が、検査義務を尽くしても発見できなかった瑕疵について、その後に瑕疵を発見したときは、一般原則によれば、瑕疵を知ったときから契約の性質に照らして合理的な期間内に通知すれば足りることになるが、(2)の趣旨はこのような場合をも包
含するものである。
⑤ 以上のように、現商法526条2項の趣旨は、事業者買主の場合の検査・通知義務の中には含まれていないが、商人間の売買について、同項の規定を維持するかどうかは、商法分野の問題として検討されるべきものといえる。
⑥ 本提案は事業者間売買に限定されないものであるが、事業者間売買における特別ルールとして、【Ⅱ- 7-7-1 】( 目的物の供託・競売・任意売却)、【Ⅱ-7 -7-2 】(定期売買の履行遅滞解除)等については、該当部分を参照。これらの規定の配置については、なお検討が必要である。
(8)強制競売における担保責任
【Ⅱ-8-36-1】(強制競売等における買受人の救済手段)
「強制競売」における買受人の権利については、権利の移転義務に関する不履行の場合と物の瑕疵を理由とする不履行の場合を区別することなく、統一的な救済手段を定めるものとしてはどうか。
具体的な効果について、現民法568条の内容でよいかどうかについては、さらに検討する。
〔関連条文〕 現民法568条、570条ただし書
【提案要旨】
1 現民法は、強制競売における担保責任について、権利の瑕疵型と物の瑕疵型を区別し、後者については、買受人の権利行使を否定し( 現民法570条ただし書)、前者について債務者に対する関係のほか、債務者が無資力の場合の配当を受けた債権者との関係(現民法56 8条2項)、物又は権利の不存在について債務者は競売を請求した債権者が悪意の場合の責任を規定している。
2 改正提案の下で、権利の瑕疵型と物の瑕疵型の間で現民法のような区別を維持するべきかどうか、また、買受人の救済手段が現民法と同一でよいかどうかについては、競売手続の実情も考慮してさらに検討が必要である。
【解説】
① 提案要旨のとおり。
(9)物の瑕疵に関する債務不履行責任と錯誤の関係
【Ⅱ-8-37】(物の瑕疵に関する錯誤)
売買の目的物に瑕疵があることを知らなかった買主が、要素の錯誤に当たることを理由として契約の無効を主張することができるかどうかについては、とくに規定を設けないものとする。
【提案要旨】
これまで、瑕疵担保責任と錯誤の関係については、判例・学説上、議論があったが、見解の一致を見ていない問題でもあり、従前と同様に解釈に委ねるものとする趣旨である。
【解説】
① 瑕疵担保責任と錯誤の関係はすでに古くから争われてきた問題であり、判例・学説において見解が対立しているが、物の瑕疵に関する売主の責任を債務不履行責任として捉えることと関連して、まず、どのような場合に物の瑕疵に関する売主の債務不履行責任と買主の錯誤が競合しうるかを検討する。
② 売買契約の締結後に買主が受領した不特定物に瑕疵があったという場合に、錯誤との競合が生ずるかについて、あまり意識して議論されてこなかった。この場合、売買契約締結の意思表示には何ら錯誤がなく、たまたま給付された目的物に瑕疵があったというにとどまり、買主はもっぱら債務不履行に基づく権利を行使することができるとともに、契約締結時における意思表示の効力を否定するべき事情は存在しないのではないか。このようにいえるとすれば、物の瑕疵を理由として売主の責任が問題とされる多数の事例においては、そもそも売主の責任と買主の錯誤の競合関係が生じないことになるのではないか。ただし、不特定物の場合についても、一定の種類に属する不特定物がすべて瑕疵を帯びている場合、そのような性能しか備えていない物であれば、当該売買契約を締結しなかったと考えられ、特定物売買におけると同様に、錯誤無効の主張を考える余地がある。
③ これまで主として念頭に置かれていた特定物売買における目的物の原始的瑕疵については、錯誤との競合関係が一般的に問題となる。もっとも、この場合において、どのような錯誤が問題となるかを検討することが必要である。法定責任説を採り、特定物ドグマを肯定する立場では、特定物についての性質部分は債務内容とならないから、性質に関する錯誤はいわゆる動機錯誤の問題として位置づけられ、動機が表示され意思表示の内容となるという二元論的構成を通じて、要素の錯誤に高められると解されてきた。
これに対し、改正提案は特定物ドグマを否定し、性質部分も債務内容となることを肯定するものであるから、例えば、実際には金メッキである指輪の売買において、契約当事者が純金製の指輪であることを前提として対価を決定した場合、売主の債務は「純金の指輪を引き渡す」ことを内容とするものであり、かつ、契約当事者はこの契約内容について合意しており、意思と表示の不一致は存在せず、売主は合意にしたがった債務を履行する義務を負う。したがって、不特定物売買において目的物に瑕疵があった場合と同様の関係と見ることもできる。もっとも、原始的に存在した瑕疵について、これを認識せずに契約を締結した買主にとっては、合意された内容と実際に給付される物の性質との間に不一致があると考えられ、このような不一致について、契約責任とは別に契約の効力を争うことが考えられる。これを内容の錯誤と解する立場もあるが、少なくとも従来の意味での内容の錯誤とは意味を異にするものであり、錯誤に関する理論との関係を考えておく必要がある。
④ これらに関する理解は、錯誤をどのような制度として理解するかに依存し、またそれとも関連して、売主の債務不履行責任と買主の錯誤の関係も流動的である。したがって、この点について、現時点で一定のルールを条文化することは困難であり、これを今後の判例・学説の発展に委ねることが適切である。
(10)売主の責任に関する特則等 (10-1)新築住宅の売主の責任
【Ⅱ-8-38】(新築住宅の売主の責任) |
新築住宅の売主に関する特別法上の規定を、民法の売買の中に取り入れるものとする。
【提案要旨】
現行規定における瑕疵担保責任の重要な例外の1つとして、住宅品質確保促進法に基づいて売主が負担する責任があるが、売主の責任に関する私法規定を民法の中に取り込むこととする趣旨である。
【解説】
① 住宅品質確保促進法は、住宅の性能に関する表示基準や評価制度について詳細な規定を設けるとともに、新築住宅の請負契約又は売買契約における瑕疵担保責任について私法上の特別規定を定めている。住宅のうち、一定の部分に関する隠れた瑕疵について、瑕疵修補請求権を明示的に規定するとともに、責任の存続期間を強行的に少なくとも10年間としている。現行法の枠内においては、請負契約の規定を準用することにより、売主が修補義務を負うことを明示する点にも重要な意義が認められたが、物の瑕疵に対する民法上の一般的救済手段として修補請求権を認めることになる と、同法の担保責任規定は、権利行使可能期間を強行規定として定めるとする点で大きな意味を持つことになる。
② もっとも、民法の改正規定との調整についてはさらに検討が必要である。まず、隠れた瑕疵概念を採用しないとすれば、同法を取り込む際にも、その点の修正が必要となるほか、特別法において売主の責任を生ずる瑕疵の部分が限定的であることを、維持するべきかどうかが問題となる。また、同法は、新築住宅の建築請負人と売主との責任を等しく取り扱うものとしているが、この点から、第4準備会において請負契約の規定中に同法の規定を取り込むかどうかが売買にも直接に影響する。
③ したがって、条文案をどうするかは今後の検討課題である。また、これらの私法規定を民法中に置く場合に、同法の規定のごく一部が同法から削除されるにすぎないから、同法は特別法としてそのまま存続させることができるのではないか。
④ 第2準備会において、新築建物の売主の責任についてだけ売買契約中に規定を置くことは、突出した印象を与えることになるとして、消極的な意見も述べられた。請負契約規定は、もともと仕事の目的物について多様な場合を想定しており、この点での違和感が少ないことと対照的であるが、将来的には、目的物の性質に特徴がある場合を民法に取り込んでいくことをどう考えるかにも依存するところがある。
(10-2)債権の売主の責任
【Ⅱ-8-39】(債権の売主の担保責任)現民法569条1項・2項の規定を維持する。
〔関連条文〕 現民法569条
【提案要旨】
現民法569条は、債権の売主が債務者の資力を担保した場合に、一定の時期における資力を担保したものと推定するにとどまり、売主が債務者の資力を担保することについて契約当事者間において
特別の合意をしていないかぎり、売主は債務者の資力に関して何ら責任を負うことはないと解される。そのような規定の意味があるかは疑問の余地もないではないが、現行規定は、債権の売主が債務者の資力を担保しないことが原則ルールであること、および資力を担保した場合の意思解釈規定としての意味を有するものであり、これを維持するものとした。
【解説】
① 提案要旨のとおり。
(10-3)売主の担保責任に関する特約
【Ⅱ-8-40】(担保責任に関する特約) 売主の債務不履行責任に関する一般規定として、現民法572条を維持する。 |
【Ⅱ- 8-41 】( 消費者契約についての特則) 消費者契約である売買契約において、消費者買主の権利を制限し、あるいは消費者売主の責任を加重する条項の効力について、特別規定を設けるものとする。 |
〔関連条文〕 現民法572条
【提案要旨】
1 現民法572条は、一般的に、売主が悪意であった場合、あるいは売主が自ら設定し、または第三者に譲り渡した場合を除いて、売主の担保責任を免除する合意は有効であるとする。本提案は、売主の債務不履行責任に関する一般原則としてこれを維持するとする趣旨である。もっとも、改正提案によれば、このような免責合意は、債務不履行責任に関する特約にほかならないから、売買契約の規定中に特別規定を設けるだけでよいかどうか、また、債務不履行責任一般についてのルールとして考える必要がないかどうか、さらに検討の余地がある。
2 消費者売買については、一般原則と異なる特則を設けることが必要かどうか、また、消費者契約や約款による不当条項規制との関係が問題となる。この点については、両者の調整を図る必要があり、さらに検討することとしたい。
【解説】
① 現民法572条は、任意規定であり、原則として当事者の合意によって排除されうるものではあるが、同条は、売主が悪意の場合、または売主が自ら第三者のために設定し、または第三者に譲渡した権利について責任を負うものとする。これによれば、例えば物の瑕疵について、売主が悪意である場合を除いて、合意によって売主の責任を免除することができる。
改正提案の下で、現民法572条の特約は売主の債務不履行責任に関する免責合意にすぎないとすれば、売買についてこのような特別規定を設けるべきか、債務不履行責任に関する免責合意一般の問題に解消されることになるかどうかが問われることになる。
② また、現行法の下で、消費者契約法8条1項5号によれば、消費者売買において、隠れた瑕疵を理由とする事業者売主の損害賠償義務を免除する条項は無効であるとされる。
民法の売買規定中に、事業者や消費者に関する特別規定を取り込むことになれば、売主の免責に
関する条項についても、民法の中でこれを規制するルールを明らかにする必要があるが、この点で、約款規制の一般原則との関係についても調整を図る必要がある。
③ また、消費者が売主となる消費者契約において、売主の責任を加重する特約の効力についても、それが消費者契約ないし約款規制の観点から有効であるかどうかを検討することが必要となる。
(10-4)売主の責任と同時履行の抗弁
【Ⅱ-8-41-1】(売主の責任と同時履行)
現民法571条の定める同時履行の抗弁については、売主の責任に応じて準用の必要があるかどうかをさらに検討する。
〔関連条文〕 現民法571条
【提案要旨】
1 現民法571条は、買主が担保責任に基づいて解除、代金減額、損害賠償請求をする場合について、一方において買主が売主に対して代金の全部ないし一部や損害賠償請求をすることができるとともに、他方においてすでに受領した物の返還義務を負うことがあることから、両者の履行上の牽連関係を認めて、現民法533条の準用を認めるものであるが、現規定の準用が必要・十分であるかどうかについては疑問も少なくない。
2 同時履行関係を認める必要があるのはどのような場合か、解除権行使に基づく一般的効果としての原状回復関係とどのように異なるか等、さらに検討が必要と考えられる。
5.売主の引渡義務等
【Ⅱ-8-42】(売主の引渡義務)
物の売主は、買主に対して物を引き渡す義務を負うとする規定を設けることとする。
〔関連条文〕 新設
【提案要旨】
現行売買規定中には引渡義務を定めるxxの規定はないが、物の売主が引渡義務を負うことについては異論がなく、これを売主の義務であることを規定上も明らかにするという趣旨である。
【解説】
① 有体物を目的とする売買契約においては、目的物の占有を買主に移転することが重要であり、売主が占有を移転する義務を負うことには異論がない。この場合において、どのような占有をいつの時点で取得させるかは売買契約の合意によって決せられる。例えば、買主が売買契約に基づいて目的物を自ら利用しようとする場合には、現実の引渡しが必要となるのに対して、買い受けた目的物を売主に利用させる場合(例、売主が賃借人として
直接占有を保持)には、引渡義務は間接占有の移転にとどまることになる。
このように見ると、売主の義務として引渡義務の具体的な内容まで規定することは不要であり、本提案のように、原則規定を設けることで足りるのではないか。
② この他、目的物の引渡義務に関連して目的物に関する書類交付義務や説明書交付義務等を売主の義務として掲げるかどうかも問題となるが、これらについては、売主の付随義務の問題として、解釈に委ねればたりると解される。
Ⅳ 買主の義務
1.買主の義務(1)-代金支払義務
(1)代金支払義務規定の新設
【Ⅱ-8-43】(代金支払義務)
買主は、代金支払義務を負うとする規定を置くこととする。
〔関連条文〕 現民法555条
【提案要旨】
買主の一般的、かつ主要な義務の一つとして代金支払義務を負うことを、冒頭規定とは別個に定めるとする趣旨である。
【解説】
① 現民法は、売買契約の冒頭規定において、代金の支払義務を定めるほか、代金の支払時期について現民法573条、代金の支払場所について同574条等の若干の規定を置くにとどまる。売主の担保責任に関する諸規定を売主の債務不履行に関する規定として整理することに対応して、買主についても、買主がどのような義務を負うかをまず明らかにすることが適切であると考えられる。
② とりわけ、代金支払義務は、売買契約において買主の最も主要な義務であり、また、代金支払に関する個別的な規定の前提となるものであるから、定義規定との重複をいとわずにこの義務を定めることが適切である。
(2)代金支払時期に関する推定
【Ⅱ- 8-43- 1 】(代金支払時期)
現民法573条の規定を次のように改めるものとする。
(1) 売買目的物の引渡しについて履行期の定めがあるときは、代金の支払について
も同一の履行期を付したものと推定する。
(2) 前項の規定にかかわらず、売買目的物が不動産である場合において登記移転時期の定めがあるときは、代金の支払についても同一の履行期を付したものと推定する。
〔関連条文〕 現民法573条
【提案要旨】
目的物の引渡時期について定めがあるときは、代金の支払についても同一の履行期を定めたものと推定する現民法573条を原則として維持しつつ、不動産売買については、登記移転時期の定めがある場合、登記移転時と代金支払時期が同一であると推定する趣旨である。
【解説】
① 現民法573条は、目的物の引渡時期(xxは「期限」)が定められている場合、代金支払も同一時期であると推定している。このこと自体については、広く認められているといえるが、不動産売買については移転登記の重要性に鑑みると、引渡しだけを基準として考えてよいかどうか問題がある。
② 引渡しと移転登記が同時に行われる場合には、移転登記と代金支払の履行期も同一となり、とくに問題はない。疑義が生じるのは、引渡時期と移転登記の時期が食い違う場合である。
③ 上記提案は、不動産売買において登記移転時期について履行期の定めがある場合には、引渡時期についての定めがあるかどうかを問わず、登記移転時期と代金支払時期とが同一であると推定するものである。登記の移転時期のみが定められているときには、このように解するのが自然であるが、引渡時期と登記移転時期について異なる定めをした場合にも、後者の重要性が前者を上回り、代金支払義務と引換給付関係に立つのは登記移転義務であると考えて問題がないように思われる。
④ また、登記移転時期についての定めがなく、引渡時期についてのみ定めがあった場合には、(1)の原則に立ち返って、引渡しと代金支払の履行期が同一であると推定されることになる。登記移転時期について定めることなく、引渡時期だけを定めるという状況がどのような場合に生ずるかも問題となりうるが、代金について先履行義務を負うと解するのは不自然であり、このような推定規定を設けてよいのではないか。本提案はこれらの考え方をxxに取り込もうとするものである。
⑤ これとは反対に、代金の支払時期のみについて定めが存在する場合に、目的物の引渡時期についても同一時期と推定すべきかどうかについて争いがある。有力な反対説もあるが、通説は現民法573条を推及して、この場合にも履行期が同一であるとの推定を認めている。しかし、第2準備会において、この点に関する評価は分かれた。
一般的に考えると、かりに代金支払時期の合意のみがなされた場合に、履行時期の同一性の推定が及ばないとすれば、売主は原則として契約締結時に目的物を引き渡す義務を負うと解することになる。しかし、双務契約上の相対立する債務は同時履行関係にあることが原則であると考えられ、通説の認めるように、代金の支払時期が定められている場合、売主の引渡義務の履行期も同一であると推定することも可能なである。不動産売買については、登記移転義務と引渡義務の履行期双方について代金支払義務との同時履行の推定が及ぶと考えることができよう。
これに対して、代金の支払時期のみを定めるのがどのような場合か、また、消費者売買においてこのような推定を認めることは実態に適合しないのではないか等の疑問も提起された。すなわち、消費者売買においては、消費者買主が代金を分割で支払い、あるいは自らの債務履行に先だって目的物の引渡しを受けることが通例であり、代金支払と目的物の引渡が同時履行関係にあるのは、むしろ例外的といえる。この場合、現民法573条の類推適用によって働くべき推定が、買主が消費者である売買の性質を考慮して排除されるものと考える余地もあるが、目的物の引渡時期が定められている場合に比して、代金支払時期のみの定めについて、必ずしも安定したルールがあるといえるかは疑問であり、この点については、現民法におけると同様に、条文の解釈・適用にゆだねるものとしてはどうか。
(3)代金の支払場所
【Ⅱ- 8-43- 2 】(代金支払場所)
現民法574条の規定を次のように改めるものとする。
(1) 売買の目的物の引渡しと同時に代金を支払うべきときは、代金の支払場所は引
渡しの場所と同一であるものと推定する。
(2) 前項の規定にかかわらず、代金の支払がなされる前に目的物の引渡しがなされたときは、代金の支払場所は民法484条の原則にしたがう。
〔関連条文〕 現民法574条
【提案要旨】
目的物の引渡しと代金支払が同一の時期になされるべきときは、その履行地についても、引渡しの場所であるという推定を現民法574条と同様に認めつつ、すでに目的物の引渡がなされた場合には、もはやその推定が及ばないことを明らかにする趣旨である。
【解説】
① 現民574条は、その文言上、強行規定であるかのような規定ぶりとなっているが、本条が意思の推定規定として任意規定に過ぎないことに異論がなく、まず、この点をxx上も明確にすることとした。
② また、(1)の推定は双方の債務が未履行である限りにおいて合理性を有するものであるとしても、目的物がすでに引き渡されている場合にも、なお引き渡した場所で代金の支払をなすべきであるとする必然性に乏しい。すでに現民法の解釈としてほぼ一般的に認められているところであり、これをxxの形で取り込むこととした。
(4)利息と果実
【Ⅱ- 8-43- 3 】(代金の利息と果実収取権)
現民法575条の規定を改め、果実の帰属に関するルールと代金の利息に関するルールをそれぞれ独自に規定するものとする。具体的には、以下のようなルールを置くものとする。
(1) 売買目的物の果実収取権は売主が買主に対して引渡しをなすべき時に買主に移
転する。
(2) 買主は、代金支払義務の履行期から利息を支払う義務がある。
〔関連条文〕 現民法575条
【提案要旨】
果実と代金利息を等価的な関係にあると見ることを前提とした現民法575条を修正し、そ
れぞれ独自のルールを定めようとするものである。
【解説】
① 現民法575条の趣旨をどのように説明するかについては、所有権移転時期の問題と関連して考え方が対立する。しかし、売買改正提案においては、所有権移転時期に関する規定を売買契約中に置くとする立場を採らないことから、現民法575条の内容を実質的に維持するべきかどうかを中心に検討する。
② 現民法575条は、目的物の引渡しの有無を基準として、引渡前に果実が生じた場合には売主が果実を取得するとともに、買主は代金について利息支払義務を負わず、引渡後に果実が生じた場合には、買主が果実を取得するとともに、代金について(履行期が未到来の場合を除いて) 利息支払義務を負うものとし、果実と利息を等価であるとみなしている。しかし、例えば不動産における果実(例、法定果実である賃料)と売買代金の「利息」とが等価値とみてよいかどうかは疑問であり、むしろ、両者の等価性が原則として認められないとの認識に基づき、果実については引渡しをなすべき時を基準時点として果実収取権の帰属を決定し、代金についての利息は端的に遅延利息と考えて、履行期を徒過した時点以後に発生すると考えることができるのではないか。
③ 現民法の解釈として、売主が引渡しを遅滞しているが、実際の引渡しは行われていないという場合に買主が果実収取権を有するかどうかについて見解の対立がある。現民法57 5条の解釈としては、売主に遅滞があっても果実収取権は失われないものと解されているが、本提案によれば、果実収取権は買主に帰属することになる。
④ また、現民法575条の解釈として、売主が代金の支払を受けた後は売主の果実収取権を否定すべきかどうかが争われ、判例・通説は、売主の二重の利得を認めるべきではないとして、これを否定する。しかし、代金の利息と果実収取を同時に認めるかどうかは、当事者が代金支払義務、目的物の引渡義務の履行期をそれぞれどのように定めたかに依存するものであり、両者の等価性を否定し、これらの利益がいわば交換的に売主・買主に帰属すべきであるという前提をとらないとすれば、とくに不xxというべき必然性はないと考えられる。
⑤ 細部の解釈論として、本条にいう「果実」が使用利益を含むものと解されていることを前提に、「果実」の文言を改めてはどうかという指摘も見られる。しかし、使用利益と果実の関係はこの個所に限らず、一般的に問題となりうるところであり、ここでだけとくに
「果実」の文言を改めることは、かえって他の規定において異なる解釈を生じる可能性もある。果実が使用利益を含むと解される場合に、すべて「果実」の文言を改めるのであれば格別、本提案についてだけ、使用利益を含む趣旨を明示することは不要と考えられる。また、「利息」についても、遅延利息であるという趣旨を明確にするために文言を改める べきであるとする指摘がある。遅延利息と見るべきかどうかについても一部に異論があるが、これを肯定する場合に、民法改正に際して、「利息」の文言全般について見直しをする
べきかどうかに依存する問題といえる。
(5)代金支払拒絶権
(5-1)第三者からの権利主張
【Ⅱ- 8-43- 4 】(代金支払拒絶権) 現民法576条を以下のような趣旨に改めるものとする。 |
売買契約の目的について、買主の権利取得と相容れない主張がなされ、買主が権利の取得を疑うべき相当の理由がある場合には、買主は売主に対して、その危険の程度に応じて代金の全部または一部の支払いを拒絶することができる。ただし、売主が買主に対して相当の担保を提供したときは、この限りでない。 |
〔関連条文〕 現民法576条
【提案要旨】
現民法576条は、買主が取得した権利を追奪される場合を想定した規定ぶりとなっているが、担保責任を債務不履行責任に再編成し、売主がその債務の履行をしていないと疑うべき相当の理由がある場合に、不安の抗弁権に類似する代金支払拒絶権を認めようとするものである。もっとも、不安の抗弁が先履行義務を負う債務者に限られないとする提案【Ⅰ
-6-2】によって、本提案の事態も包含されるのであれば、それとは別個に本提案を条文化することは不要である。
【解説】
① 売主がその負担した債務の全部または一部を履行しない場合には、債権者たる買主は債務不履行の一般原則に従い、同時履行関係にあり、あるいは売主が千履行義務を負う限り、代金の支払を拒絶することができる。このような場合について、売買契約中に原則規定を置くことは不要と考えられる。
② これに対し、現民法576条は、権利の瑕疵が問題となる場合について、権利の瑕疵があることが確定できないときでも、第三者が買主に対して自己の権利を主張し、買主が権利の全部または一部を失うおそれがあるときには、履行拒絶権を認めるものである。
このような特別の履行拒絶権は、債務不履行の一般原則による同時履行の抗弁権とは別個の権利として認められるものであり、担保責任を債務不履行責任として位置づける場合にも、独自の存在意義が認められる。
③ もっとも、双務契約において相手方が本旨に従った履行をしたといえるかどうかについて、債権者が確信を抱くことができないケースは一般的に存在する。したがって、第三者による権利主張等の場合に、なぜ買主にそのような特別の履行拒絶権を認めることができるかが問題となりうる。
④ 歴史的には、追奪担保責任は、買主の所有権取得というよりも事実上の占有状態を確保させることに主眼があり、平穏な占有を脅かす権利主張があった場合に、買主に特別の権利を認めることにも合理性があったと考えられる。しかし、売主の義務は単に占有の移転ではなく、完全な所有権ないし財産権を移転する義務であるとし、第三者の権利主張が認められることになる場合には、売主は一般原則に従った債務不履行責任を負うことになると、第三者の権利主張が正当なものであるかどうか不確実である場合についてのみ、買主に特別の履行拒絶権を正当化することは困難ではないか。
⑤ このような考え方を徹底すると、1つの方向は、第三者の権利主張があっても、それだけでは買主の代金支払義務に変化は生じないとするものである。しかし、もう1つの方向は、買主が自己の権利取得を疑うべき相当の理由がある場合に、一般的に特別の履行拒絶権を認めるとするものであり、有償契約への準用可能性を介して、他の有償契約においても認められる汎用的な履行拒絶権を認めることが考えられる。
もっとも、このように考えると、いわゆる不安の抗弁権に関する原則との間に齟齬が生じないか、より一般的に検討が必要と考えられ、売買契約中にこのような特別規定を置くことの当否も問題となりうる。いわゆる不安の抗弁権について第1準備会提案【Ⅰ-6-
2】は、抗弁権を行使しようとする債務者は、先履行義務を負う場合に限られず、相手方からの履行が得られない具体的な危険が生じたときにこれを認めることができるとしているが、文言上は、このルールによって、本提案の想定する場合もカバーされることになるのではないか。
⑥ かりに、買主の履行拒絶権を認めるとすれば、このような抗弁は、買主が権利を確定的に取得したかどうかについて不安を抱くことを根拠とするものであるから、それを解消する手段が講じられた場合には、もはや認める必要がない。したがって、現民法576条ただし書の趣旨は、履行拒絶権を認める場合においてもこれを維持することが適切である。
(5-2)抵当権の場合の特則
【Ⅱ- 8-43- 5 】(抵当権が存する場合)
現民法577条1項を以下のような趣旨に改めるものとする。
買い受けた不動産について抵当権の登記があり、かつ、売買契約において抵当権の
存在を考慮することなく代金が決定されていたときは、買主は、抵当権消滅請求の手続が終わるまで、その代金の支払を拒むことができる。( 以下、現行規定と同文)
〔関連条文〕 現民法577条
【提案要旨】
抵当権が付着している不動産売買の実態に即して、提案【Ⅱー8- 22】に対応させて規定を改め、抵当権の付着した不動産の売買において、とくに抵当権の存在を考慮しないで代金を決定したという例外的な場合について、現民法577条の適用を認めるという趣旨である。
【解説】
① 提案要旨のとおり。
(6)代金供託請求権
【Ⅱ- 8-43- 6 】(代金供託請求権) 現民法578条を維持する。
〔関連条文〕 現民法578条
【提案要旨】
2. 買主の義務(2)-受領義務
【Ⅱ- 8-44 】( 目的物の受領義務) 物の買主は、目的物の受領義務を負うとする規定を置くものとする。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-9- 2 】、【Ⅰ -9-2】
【提案要旨】
1 第1準備会提案【Ⅰ- 9-2】は、債権者が受領義務を負う場合に、その義務違反について債務不履行に基づく損害賠償や解除の効果が生じる旨の一般規定を置いているが、具体的にどのような場合に受領義務が生じるかを直接規定するものではない。本提案は、売買契約において、目的物を受領することが買主の主たる義務の一つであることを明示し、その義務違反の効果については、債権一般に関する受領義務違反の問題にゆだねるものとする趣旨である。
2 目的物の受領義務を認めることと関連して、とくに登記の引取義務を認めるべきかどうかが問題となる。【Ⅱ- 8-3 】は、売主が買主に対抗要件を具備させる義務を負うものとしているが、買主が目的物を受領しないことが義務違反に当たるとすれば、登記の引取を拒絶することも義務違反に当たると解する余地がある。しかし、対抗要件制度の趣旨が、対抗要件を取得すれば第三者にも権利を対抗することができるという点にあることからすると、そのような有利な地位を望まない買主に対抗要件を具備することを一般的に義務として課することは疑問である。当事者の合意や契約の趣旨にしたがって個別にそのような義務を負わせることはもちろん可能であるが、原則として引取義務を負うとすることは不要であると考えられる。
【解説】
① 売買契約における買主の義務として、目的物の受領義務に関する規定を置くかどうかが問題となる。現行法の解釈として、受領義務を債権総則レベルで一般的に認めるべきかどうかについては、学説・判例上争いがある。とくに、役務提供型の契約類型において、受領義務を一般的に認めることには異論が強い。
判例は、継続的な供給契約の事案において、xxx上の引取義務を肯定しているが、個別的な事情を吟味した上で、当該事案において引取義務を認めるという論旨からすると、売買契約において一般的な受領義務を認めることには消極的であり、債権総則レベルでこれを認めることは考えにくい。
② この点について、第1準備会の検討に基づき、受領遅滞に関する提案【Ⅰ-9-1】に続けて、
【Ⅰ-9-2】において、債権者の誠実行為義務を規定し、その具体的な義務として受領義務が認められる場合があるとする(同提案【Ⅰ-4-2】でも同趣旨が提案されている。)。これは、受領遅滞に伴う効果は、客観的な不受領という事実に基づいて生ずるものとする理解に立脚し、一般的な受領義務を否定しつつ、具体的・個別的な事情に応じて、受領義務が認められるとする趣旨であ
ると解される。
③ 本提案は、これを踏まえつつ、物の売買契約については、買主に一般的に受領義務を認めようとする趣旨である。
④ 買主が目的物の受領義務に違反した場合の効果に関連して、債権総則レベルにおいては、受領遅滞・受領拒絶に関する一般的効果(【Ⅰ -9-1 】)のほか、具体的な効果として【Ⅰ-9- 2 】による損害賠償・解除、【Ⅰ -9-3】による受領強制等が認められており、これらに加えて、売買契約について独自の効果を規定する必要性は乏しいと思われる。もっとも、法律関係の明確性という観点から、売主の債務不履行責任の具体化と同様に、受領義務違反についても、売買に即して具体的な効果を規定するとする立場もありうるかもしれない。
⑤ なお、目的物の受領義務を認めることと関連して、とくに登記の引取義務を認めるべきかどうかが問題となる。【Ⅱ -8- 3 】は、売主が買主に対抗要件を具備させる義務を負うものとしているが、買主が目的物を受領しないことが義務違反に当たるとすれば、登記の引取を拒絶することも義務違反に当たると解する余地がある。しかし、対抗要件制度の趣旨が、対抗要件を取得すれば第三者にも権利を対抗することができるという点にあることからすると、そのような有利な地位を望まない買主に対抗要件を具備することを一般的に義務として課することは疑問である。当事者の合意や契約の趣旨にしたがって個別にそのような義務を負わせることはもちろん可能であるが、原則として引取義務を負うとすることは不要であると考えられる。
Ⅴ 危険の移転
1.危険の移転時期
【Ⅱ-8-45】(危険の移転) 売買契約において、目的物の滅失・損傷が生じた場合に、買主が契約を解除することができるかどうかについて以下のような規定を置くものとする。 (1) 売主が目的物を買主に引き渡す前に目的物が滅失・損傷したときは、買主は 契約の重大な不履行を理由として契約を解除することにより、代金支払義務を免れることができる。ただし、当事者が別段の定めをしたときはこのかぎりでない。 (2) 売主が目的物を買主に引き渡した後に目的物が滅失・損傷したときは、それが売主の契約の重大な不履行に当たる場合でも、買主は契約を解除することができない。ただし、当事者が別段の定めをしたとき、または、目的物の滅失・損傷が目 的物の瑕疵を原因とするとき、もしくは売主の義務違反によるときはこのかぎりでない。 |
【Ⅱ-8-46】(瑕疵ある目的物の滅失・損傷) 売買契約に基づいて引き渡された目的物に瑕疵があり、当該目的物の滅失・損傷が生じた場合について、以下のような規定を置くものとする。 (1) 買主に引き渡された物に瑕疵があったときは、それ以後に目的物に滅失・損傷が生じた場合においても、買主は履行請求権を失わない。ただし、目的物の性質上、買主が他の目的物の引渡を請求することができないときは、このかぎりでない。 (2) 買主が、(1)本文にしたがい履行請求権を行使する場合、買主は瑕疵ある目的物の滅失 ・損傷によって生じた減価について、価額返還義務を負う。ただし、目的物の滅失・損傷が物の瑕疵に基づく場合、または、買主が目的物の瑕疵を発見し、その引取を催告したにかかわらず、売主がこれに応じなかった場合において、買主の義務違反に基づかずに滅失 ・損傷が生じたときは、このかぎりでない。 (3) 買主は、履行請求権を放棄することにより、(2)の価額賠償義務を免れることができる。 |
【Ⅱ-8-47】(瑕疵を理由とする救済手段) 【Ⅱ-8-46】(1)但書きの場合、または同(3)にしたがって、買主が履行請求権を放棄する場合、買主は瑕疵を理由として代金減額請求または損害賠償請求をすることを妨げられない。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-8- 4】
【提案要旨】
【Ⅱ-8-45】は、売買契約において、目的物の引渡時を基準として、それ以後に目的物が滅失・損傷した場合、買主は原則として契約を解除することができないとするものである。
また、【Ⅱ-8-46】及び【Ⅱ-8-47】は、瑕疵ある物が引き渡され、その物が買主の下で
滅失・損傷した場合について、買主が有する履行請求権には原則として影響がないこと、しかし、瑕疵ある目的物の滅失・損傷について価額返還義務を負う買主は、履行請求権を放棄することにより価額返還義務を免れること、この場合において、代金減額請求権や損害賠償請求権の行使が可能であることを明らかにするものである。
【解説】
① 売買契約における危険負担の問題を考えるについては、まず現民法の規定する危険負担規定を維持するかどうかが問われることになる。これは、危険負担規定を廃止するかどうかに依存しない。対価危険の負担者に関する双務契約の一般ルールがどうなるかによって、売買契約中に危険移転
に関する具体的ルールを置く必要があるかどうかも決まることになるが、ここでは、ひとまず売買契約中に、原則として引渡時を基準として危険が買主に移転すること、危険移転は物に瑕疵があった場合でも同様であることを示すこととした。
〔適用事例19-1〕
Aは、特定物である動産甲をBに100万円で売却したが、甲をBに引き渡す前に、甲が不可抗力によって滅失した。
〔適用事例19-2〕
〔適用事例19-1〕において、甲は契約締結時点で瑕疵があり、甲の価値は80万円であった。 Bが甲の引渡しを受けた後、甲が不可抗力によって損傷したが、これにより甲に瑕疵があることが発見された。
〔適用事例19-3〕
〔適用事例19-2〕において、甲は不特定物であった。
〔適用事例19-4〕
〔適用事例19-2〕において、Bは甲の引渡しを受けて後、甲に瑕疵があることを発見し、その引取と修補を請求したが、Aがこれに応じないでいるうちに、甲が不可抗力によって滅失した。
〔適用事例19-1〕において、AB間に別段の合意がある場合を除いて、危険の移転時は引渡時であり、引渡しの前に甲が不可抗力で滅失したときは、Aは免責事由を主張することができるが、 Bは契約を解除して代金支払義務を免れることができる。しかし、引渡しの後であれば、Bはもはや解除することができない。
② 問題が生ずるのは、目的物に瑕疵があった場合である。〔適用事例19-2〕において、特定物である甲がBへの引渡後に滅失したときに、Bは甲に瑕疵があったことを理由に甲の滅失・損傷のリスクを負担しないといえるか。この点は、物の滅失・損傷が瑕疵に起因するものでないかぎり、自己の支配下に置いた物の滅失・損傷の危険は買主が負担するべきものと考えられる。しかし、〔適用事例19-4〕のように、BがAに対して引き取って修補することを求め、これにAが応じない場合、Aは債権者の受領遅滞と類似の関係に立ち、本来であれば、Aが引き取ることによって、Bの下における滅失・損傷の危険を回避することができたのであるから、Aに物の滅失・損傷の危険が復帰すると考えることができるのではないか。
③ 目的物が不特定物であった場合には、別個の考慮を要する。〔適用事例19-3〕において、瑕疵ある甲を引き渡したとしても、Aはいまだ債務の履行を終えておらず、甲がBの下で滅失したかどうかにかかわらず、BはAに対する履行請求権を失わないと解される。この場合、Bの履行請求権とAの代金請求権が存続することになる。しかし、Bが瑕疵を認識することなく甲を自己の支配下に置いた以上は、②におけると同様に、その滅失・損傷が物の瑕疵に起因するものでないかぎり、
Bが甲の滅失・損傷のリスクを負担すべきである。もっとも、このリスクは甲の滅失・損傷の経済的リスクを意味するにとどまり、AB間の債権債務の存否に関わるものではない。
したがって、BはAに対して本来の履行を請求しつつ、甲について価額返還義務を負うと解される。
④ もっとも、③によるときは、買主Bは、本来の瑕疵なき物に対する対価と、瑕疵 ある物に対する価額返還義務を負うことになるから、一つの物を手に入れるために二重の支払を強いられる結果となる。財産的な総体として、Bに不利益が生じているわけではないとはいえ、価額賠償義務を負うのであれば、もはや売買契約を断念することも考えられる。【Ⅱ-8-46】(3)はこれに配慮したものであり、価額返還義務を負う買主は契約を解除することができるとして、買主の二重負担に配慮するものである。
⑤ 目的物に瑕疵があった場合、買主が契約を解除できない状態に立ち至ったとしても、売主が本来の給付に比して単に瑕疵ある物を給付したにすぎないという事実に変わりはないから、買主は解除以外の担保責任の一般的救済手段を失わないとするのが、【Ⅱ-8-47】の趣旨である。
⑥ 売主が運送人を介在させて商品を届ける場合について、特別のルールが必要かどうかについても検討を行う必要がある。基本的には、履行すべき場所がどこかに依存する問題であると考えられる。すなわち、履行地まで目的物を届ける義務を負うとすれば、その履行地までの運送中の滅失・損傷のリスクは売主が負担するべきものと考えられる。これに対して、履行地への配送までの債務を負わず、運送人への交付によって売主の債務が完了するとすれば、運送人への交付によって売主の履行が完了し、危険移転を問題とするまでもなく、買主がその後の危険を負担することは当然といえるのではないか。このように考えると、これらの問題は、売買契約上の売主の債務内容の解釈問題として処理されることになり、個別の特別規定を設ける必要性に乏しいのではないか。
⑦ また、消費者売買について、危険負担に関する特別ルールを設けることが必要かどうかも問題となる。とくに、運送人への交付によって危険が移転するというルールを認める場合、消費者買主の利益のために例外が認められるとする例がある。
なお、買主が負うべき価額返還義務については、法律行為の無効・取消しの場合と類似の問題がある。法律行為の無効・取消しに基づく給付返還義務の範囲についてのルールをまず確定する必要があるが、ここでは暫定的に、問題の所在を示すこととする。例えば、以下の〔適用事例19-
5〕において、買主が受領した目的物の価額が、契約で合意されていた目的物の価額を上回る場合に、買主の価額返還義務の範囲を限定する必要があると解される。
〔適用事例19-5〕
A・B間において一眼レフ・デジタルカメラ甲(価格10万円)について売買契約が締結され、Aはこの契約に基づいてBに物を引き渡したが、Aが引き渡した物は、甲と同一メーカー製の、甲よりも高額の種類のカメラ乙(価格15万円)であった。Xはこの事実に気づき、Aに交換を求めたが、Bが乙をAに返還する前に乙がBの下で滅失した。
上記設例において、Bは代金10万円の対価を支払うことと引き換えに、甲を取得したのであり、甲の滅失のリスクを自ら負うべきである以上、新たな物の引渡しを求める場合に、その限度で価額返還義務を負うことはやむを得ない。しかし、乙が滅失することによって、 15万円の価額返還義務をつねに負うとすることは、買主が本来引き受けることを予定していたリスク以上のリスクを負担させる結果となる。したがって、このような場合、Bが負うべきリスクは、原則として、Bが支出した、あるいは支出すべき対価を限度とすると考えるべきではないか。
もっとも、Bが乙が異種物であって、本来Aに対して返還をすべき義務があることを認識した後は、他人の物を保管する関係と同様に、乙を保管するべき義務を負うと解される。
この義務違反があることについて、Bに免責事由が認められないときは、Bはその義務違反の効果として、損害賠償義務を負うことになるのではないか。
これらについては、無効・取消しの効果に関する【Ⅱ- 4-13】参照。
2.受領遅滞による危険の移転
【Ⅱ-8-48】(受領遅滞による危険の移転) 売主が目的物を買主に提供したにかかわらず、買主がこれを受領せず、その後に目的物の滅失・損傷が生じた場合については、危険負担ないし解除の一般規定に委ねるものとしてはどうか。 |
〔関連提案〕 【Ⅰ-9- 1】
【提案要旨】
受領遅滞の効果として認められる危険の移転については、【Ⅰ-9-1】が一般原則を定めており、これに委ねるとする趣旨である。
【解説】
① 第1準備会提案【Ⅰ-9-1】は、受領遅滞の効果に関する一般規定を明文化し、受領遅滞に陥った債権者は、債務者からの履行請求を拒絶することができないとしており、ここから売買契約における買主の受領遅滞についても、その効果も導くことができる。売買において受領義務を明示的に規定することから、その義務違反の問題として特別規定を置くとする可能性もないではないが、一般原則に委ねても問題がないのではないか。
Ⅵ 特殊な売買
1. 買戻し 1-1. 総論
(1)担保目的の有無による区別
【Ⅱ- 8-49 】( 担保目的を有しない買戻特約等) 売買契約と同時に、買戻特約、再売買予約等の合意(目的物再取得特約)がなされ、売主が買主に売却した目的物を将来取り戻すことができる権利を有する場合について、担保目的を有しない特約と担保目的を有する特約を区別し、前者については一定のルールを売買中に規定するとともに、後者についてはxxの規定を適用しないものとする。 |
【提案要旨】
担保目的でなされる買戻特約や再売買予約等については、譲渡担保型のルールに一元化することとし、売買においては、担保目的を伴わない買戻特約や再売買予約について規定を置くものとしてはどうかという趣旨である。
【解説】
① 買戻特約や再売買予約等の合意(目的物再取得型特約)は。売主が買主から代金相当額の融資を受けるについて、権利移転型担保として利用されることが多いことがつとに指摘されてきた。また、再売買予約のように、約定解除権の留保とは異なる法形式を通じて、権利移転型担保を設定することも広く行われてきた。
他方において、たとえば土地の分譲などに際して、買主が一定期間内に建物を建築する義務を課し、これに違反する場合に備えて買戻特約が付されることがある。後者の買戻特約は、特別法においても規定が置かれることが少なくない(例、新都市基盤整備法52条、新住宅市街地開発法33条等)。ここでの特約の目的は、権利移転型担保の場合とはまったく異なり、一定の事情が生じた場合に、売主が買主に売却した目的物を回復すること自体にある。また、このような目的は、買戻特約とは異なる法形式によって実現することも可能であるが、現民法579条以下に定められる買戻特約については一種の強行規定として合意内容に制限があることから、買戻特約とそれ以外の法形式による目的物の再取得特約との間で調整を行う必要があることが指摘されている。
② 提案【Ⅱ- 8-49】は、売買目的物の再取得を可能とする特約ないし合意が、担保目的を有しない場合と有する場合を区別し、売買規定中には前者に関する規定のみを置き、後者の場合は売買契約の規定の適用を否定して、担保法の一般原則に委ねるという趣旨である。
譲渡担保に関する規定が整備されれば、担保目的を有する目的物再取得型特約についてはその規定を準用するという方法をとることができるが、その原則規定が存在しない現状においては、これについては解釈に委ねることになろう。
(2)買戻特約とその他の目的物再取得特約との関係
【提案内容】
【Ⅱ- 8-50 】( 返還義務の範囲に関する推定) 買戻特約における売主の返還義務の範囲に関する制限を、推定規定として置くものとする。 |
〔関連条文〕 現民法579条
【提案要旨】
現民法の買戻特約は、約定解除権の留保という形式を通じて、売主の返還義務の範囲について強行法的に制限を加えているのに対して、これを推定規定に改める形で規定を存置するという趣旨である。
【解説】
① 現民法579条以下に定められる買戻特約においては、売主が、買主が支払った代金及び契約の費用を返還する義務を伴うものであるとともに、これを超える代金支払義務を負う旨の合意は許されないと解されている(ただし、片面的強行規定であり、これより緩和された代金支払義務を合意することは妨げないとされる)。
② しかし、売買契約当事者が、解除権の留保とは異なる法形式を用いて、たとえば再売買の予約をする場合には、少なくとも直接的には、売主の支払うべき代金に制限が生ずることはない。また、実際にも、売主の代金返還義務の範囲について、より柔軟に対応することが必要である場合がありうる。買戻特約によらず、たとえば再売買予約の形式を用いて、買戻特約の規制を回避することが図られてきた。
論理的には、他の法形式を用いることによって買戻特約の制限を回避することは、一種の潜脱行為とみる余地があるが、実務的にそのような必要性が存在し、売主が目的物を再取得しようとする場合に、売主の返還義務を拡大することにも合理性があるとすれば、買戻特約に関する強行規定性を否定することがむしろ向かうべき方向といえる。
〔適用事例20〕
土地の分譲業者Aは、土地の分譲後に良好な住宅環境が確保されるよう、買主らとの間で、土地の買主は2年以内に分譲を受けた土地上に住宅を建築する義務を負い、買主がこれに違反した場合には、Aは分譲した土地を買い戻す権利があることを合意した。
Bは土地甲をAから2,000万円で購入したが、2年が経過してもBは住宅を建築しなかった。Aは、Bとの特約に基づいて甲を買い戻す権利を行使した。権利行使の時点において、甲の時価は、2,000万円/1,500万円/3,000万円であった。
〔適用事例20〕において、AB間の特約が民法の定める意味での買戻特約であれば、甲の時価に変動が生じていたとしても、これによる価格の上昇分については、売主Aが結果的に利益を受けることになる。しかし、価格が上昇した差額利益を常にAが取得するべき必然性に乏しく、再売買予約の合意をすることによって、契約当事者は現民法の買戻特約とは異なる効果を生じさせることができる。そうすると、買戻特約についてのみ、売主
の返還義務の範囲について厳格なルールを存置させることは必ずしも相当とはいえない。
③ 他方において、【Ⅱ -8-49 】解説①でも触れたとおり、特別法において、現民法の規定を前提とした買戻特約が利用されることも少なくない。これらの場合、売主の代金支払義務の範囲を(片面的に)法定した特約がなされることに合理性があるとすれば、買戻特約がそのような効果を伴いうることを一律に排除すべき理由はない。
これらを考慮すると、売買契約当事者が買戻特約をしたときは、売主の返還義務の範囲が、買主が当初に支払った売買代金と契約費用に制限されるとする推定規定を置き、当事者がこれと異なる別段の定めをすることは可能であるとすることが考えられる。
規定の具体的な体裁については、【Ⅱ -8- 51】参照。
④ また、買戻可能期間に関する現民580条の趣旨は、長期間に亘って目的物の再取得が認められる可能性が存続すると、権利関係が不安定となるという点にあると考えられるが、そうだとすれば、このような期間制限は、買戻特約の形式を用いた場合に限定されるものではないことになる。このように、買戻特約に関する一定の規定については、それ以外の法形式による目的物の再取得特約についても、同様に適用されるべきだと考えられる。
1-2. 個々の規定の修正提案
(1)買戻特約(現民法579条)
【Ⅱ- 8-51 】( 買戻特約) 現民法579条を以下のように改める。 不動産売買契約の当事者が、売買契約と同時に買戻の特約をしたときは、売主は、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買契約を解除することができる。ただし、別段の定めがある場合にはこのかぎりでない。 |
【Ⅱ- 8-51- 1 】(買戻特約以外の形式による再取得特約) 買戻特約に関する規定が、担保目的を有しない他の形式の目的物再取得特約についても適用があるとする一般規定を置く。 |
〔関連条文〕 現民法579条
【提案要旨】
1 【Ⅱ-8- 51】は、【Ⅱ-8 -50】にしたがって、現民法579条を改めるという趣旨である。
2 また、買戻特約という形式に限らず、買主が目的物の占有を取得するとともに、一定の要件の下で売主が目的物を再取得することができる特約の付された売買(例、担保目的を有しない再売買予約)については、担保目的を有するものでないかぎり、買戻特約に関する規定の適用を認めることとするのが【Ⅱ- 8-51- 1】の趣旨である。
【解説】