Contract
最近の裁判例から
⑻−契約締結義務違反−
賃借申込人が契約締結直前に一方的に交渉を破棄したことによる賃貸人からの契約締結上の過失に伴う損害賠償請求が認められた事例
(札幌高判 令元・9・3 判例タイムズ1473-33) xx x
店舗建物の所有者が、賃借申込を撤回した申込人に対し、賃貸借契約の条件について合意に達しており、契約が成立していた等として予定された違約金等の支払いを求めた事案において、契約の成立及び違約金の請求は棄却され、予備的請求の実際に支払った解体工事契約解除に伴う損害金相当額の支払い請求が認められた事例(札幌高裁 令和元年9月 3日判決 判例タイムズ1473号33頁)
1 事案の概要
平成28年4月、Y(第xx被告・賃借予定 者・小売業)は、X(第xx原告・賃貸人)がa市内に所有する建物(本件建物)への出店を希望し、媒介業者Aを通じてXに出店申込書を提出した。その際Yは、契約期間3年、 Xが内装を解体して引渡すことを条件とし、 7月の引渡しを希望した。Xは本件建物で自らが営業中の店舗(X店舗)を閉店してYに賃貸する方向で、Yと交渉を開始したものの、 X店舗が営業中であることや内装解体工事が必要とされたため、7月の引渡しは拒否した。同年6月、XはAを通じてYに対して、X
店舗の閉店や内装解体工事に費用を要することから、契約期間を5年とし、引渡後3年以内にYが退去する場合は、その間の賃料相当額を支払うこと(本件賃料保証条項)、販売する商品についてXが近隣で営業している店舗と競合しないようにXの承諾を得ること、等の条件を提示するとともに引渡しは9月以降としてほしい旨申入れた。
同年7月、Yは当初難色を示していた本件賃料保証条項について取締役会の承認が得られ、賃貸借期間も5年間とすることが可能である旨をXに連絡し、その後賃貸借開始日を同年11月1日とすることで両者が合意したことから、契約書案文のやり取りが本格化した。
同年9月末には、XとYとの間で契約書の内容が概ね合意に達し、翌月7日頃にXはB社にX店舗の内装解体工事を発注した。同月 11日、Yの社内で本件賃料保証条項を見直すべきとの意見が出たため、YはXとAに対して11月1日の引渡しを延期するよう申し入れるとともに、その後Xの求めに応じて「引渡保留に関するお願い」をXに提出した。
同年10月28日、YはXと面談し、本件賃料保証条項の見直し等を求めたが、Xはこれに応じず、交渉は決裂した。その後XはB社に対して内装解体工事の契約解除に伴う損害金として、663万円余を支払った。
Xは、Yに対して賃貸借契約解除に伴う違約金(2480万円)や内装解体工事の中止に伴う損害金等(729万円余)の支払いを求めたものの、Yはこれに応じず、その後Xはこれらの支払いを求めて本訴を提起した。
原審は、Xの請求のうち契約に定められた違約金の請求は棄却し、解体工事契約解除に伴う損害金等の請求のみを認容したため、これを不服とする両者が控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、両者の控訴
を棄却した。
(本件賃貸借契約の成否)
賃貸借契約は、賃貸人・賃借人となる者双方が締結の意思表示をすることによって法律行為として成立する。交渉経過によれば、XとYは契約書案を詰めて双方の代表者の了承を得ようと努めており、双方が契約書を取り交わすことをもって契約締結の意思表示とすることを了解し合っていたとみるべきで、本件では、結局その段階に至っていないから、賃貸借契約について意思表示の合致はなく、契約は不成立であると言わざるを得ない。
(契約締結上の過失の有無)
契約法を支配するxxxxの原則は既に契約を締結した当事者のみならず、契約締結の準備段階においても妥当するものであり、当事者間において契約締結の準備が進捗し、契約締結交渉が大詰めに至って、形式的作業を残すのみになり、相手方において契約の成立が確実なものと期待するに至った場合には、このような期待を保護する必要があり、その一方当事者としては相手方の期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべきxxx上の義務がある。正当な理由なく契約の成立を妨げる行為をして交渉の相手方に損害を生じさせた場合には、不法行為を構成するというべきである。
本件では、両者間で5か月以上契約締結に向けた協議が進められ、平成28年9月末には、最も困難な交渉課題であった本件賃料保証条項を含め認識の共通化が図られ、Xは代表者の了承を得て、Yも社内の最終決裁を得るべく準備を進めていた状況であった。よって、同年10月7日頃の段階において、Xは契約の成立が確実なものと期待するに至ったと評価でき、このような期待は法的保護に値し、また、YもXがこのような期待を抱いていることを認識していたとみることができる。
にもかかわらず、Yは同月11日になって本件建物引渡しの中止とXが合意に達したと認識していた本件賃料保証条項等の見直しを求め、同月28日まで直接交渉をすることもなく時間を経過させており、誠実に交渉を継続したとはいい難いし、これらの求めには正当な理由があったとも認められない。
そうすると、Yの同月11日以降の行為は、それまでの交渉経緯に照らし正当な理由がなく賃貸借契約の成立を妨げる行為であるといえ、これによってXが被った損害について、賠償すべき責任を負う。
(結論)
よって原判決は相当であり、X及びYの各控訴には理由がないから、いずれも棄却する。
3 まとめ
契約書面の締結が契約成立の前提とされていたのであれば、契約に定められた違約金の支払義務が生じるものではないが、相手方に契約が締結されるという強い信頼を与えて、損害を発生させ、かつその発生を予見できた場合には、契約を締結しなかった者には、これにより相手方に現実に生じた損害を賠償する責任が生じることとなる。xxxな事例の一つとして本事例を紹介するものである。
なお、事業用建物の賃貸借契約について、契約締結上の過失が認められた事例としては、 東京高判平30・10・31(RETIO115-130)や東京高判平20・1・31(RETIO73-190) が、否定された事例として、東京地判 平28・1・21
(RETIO111-84) や 東 京 地 判 平22・2・26
(RETIO84-112)が見られることから、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部xx研究員)
最近の裁判例から
⑼−定期借家契約−
借地借家法第38条2項の事前説明は、媒介業者の重要事項説明にて行っているとした貸主の主張が否定された事例
(東京地判 令 2・3・18 ウエストロー・ジャパン) xx xx
定期借家契約の契約更新がない旨の特約に関し、借地借家法38条2項所定の事前説明が行われたかが争われた事案において、説明を委任した媒介業者が重要事項説明にて事前説明をしたとする貸主の主張につき、貸主が媒介業者に事前説明の代行を委任した証拠はないなどとして、同契約の契約更新がない旨の特約は無効と判断された事例(東京地裁 令和2年3月18日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成25年2月21日、貸主X(原告・法人)と借主Y(被告・法人)は、事務所ビルの一室(本件建物)につき、賃貸借期間を平成25年3月13日〜平成30年3月12日とする、定期建物賃貸借契約(本件契約)を締結した。
本件契約に際し、媒介を行ったA(媒介業者)はYに対して「賃貸借の種類:定期建物賃貸借契約、※更新がなく,新たな賃貸借契約を締結する場合を除き期間の満了をもって契約は終了します。(借地借家法第38条)」(本件重説記載)と記載した重要事項説明書の交付・説明を行ったが、ⅩよりYへの、賃貸借は契約の更新がなく期間満了により賃貸借が終了する旨(本件特約)の、借地借家法38条 2項所定の書面(事前説明書)の交付・説明
(事前説明)はなかった。
平成29年9月、ⅩがYに、期間の満了により本件建物の賃貸借が終了する旨の通知をしたところ、Yは「事前説明がなかったことから、本件契約は法律上は定期建物賃貸借契約
でなく通常の賃貸借契約と見做されるとの見解を、複数の法律事務所から受けた。」として、本件契約の終了を拒否した。
当初Ⅹは、事前説明に瑕疵があったとして、円満解決による契約の終了をYに申し入れていたが、重要事項説明書が事前説明書を兼ねることが可能である旨の平成30年2月28日付国土交通省通知(国交省通知)の発出を知り、
「Yへの事前説明は、Xが委任したAが本件重説記載にて行っているから本件特約は有効」として、改めてYに退去を求め、しかし Yに拒否されたことから、本件契約の終了及び建物の明渡しを求める訴訟を提起した。
Yは、「Yに対して、貸主が行う事前説明をxx業者が行う場合に必要な、ⅩからAへ代理権が授与されていること、Aの重要事項説明が事前説明書を兼ねることの明示や説明はなかった。国交省通知の発出までは、重要事項説明書が事前説明書を兼ねることができないとの見解が一般的であった。」などとして、本件特約は無効と主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ 契約の更新がない旨を定める建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、その建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明し
なければならない(借地借家法38条2項)。建物の賃貸人がその説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効となる(同条3項)。
⑵ ここに、事前説明は、建物の賃貸人に課せられた義務であり、宅地建物取引業者がなすべき重要事項説明をもって当然に代替されるものではない。
そして、本件において、XはAに対し、媒介を依頼したが、XとAとの間で事前説明の代行までその準委任事務に含めていたことを示す客観的証拠資料は見当たらない。事前説明と重要事項説明の主体及び法令上の根拠の別を前提としつつも、事前説明の代行が取引慣行として媒介事務に含まれていること又は XとAとの間では含まれていたことを認めるに足りる証拠もない。
また、本件重要事項説明書をみても、Xがなすべき事前説明がAの代行により行われたことは何ら記載されていない。本件重要事項説明の際、YにおいてXからの事前説明も受けていることを認識していたことを示す客観的証拠資料は見当たらない。
XはAに対して「包括的な代理権」を授与したと主張するが、その内実についてのXの検討はそもそも説得的なものではなく、客観的裏付けもないので、採用できない。
⑶ 以上によれば、そもそもXが説明主体となっていたことを認める証拠はないことから、本件賃貸借契約において、契約の更新がないとする旨の定めは無効であり、Xの請求にはいずれも理由がないからこれを棄却する。
3 まとめ
借地借家法38条2項は、定期建物賃貸借契約を締結する借主に、契約には更新がなく期間の満了により終了することを理解させるための情報提供のみならず、更に事前説明書の
交付を要求することで、契約更新に関する紛争を未然に防止する趣旨であり、事前説明書は、借主が「賃貸借契約に更新はなく、期間の満了により終了する。」と認識しているかどうかにかかわらず、契約書と別個独立の書面であることが必要とされている。(最一判平24・9・13 裁判所ウエブサイト)
xx業者の重要事項説明書が事前説明書を兼ねることが可能かについては、国土動第 133号・国住賃第23号 平成30年2月28日付国土交通省通知において、「賃貸人から代理権を授与されたxxxは、『①当該賃貸借が、法第38条第1項の規定に基づく定期建物賃貸借で、契約の更新がなく、期間の満了により終了すること、②重説の交付が、法第38条書面の交付を兼ねること、③貸主から代理権を授与されたxxxが行う重要事項説明は、貸主の法38条第2項に基づく事前説明を兼ねること』を記載した重要事項説明を行うことにより、貸主の代理として事前説明書の交付及び事前説明を行うことが可能」である旨が示されている。
本件は、Xが説明主体として、貸主の義務である事前説明をしていないとして、本件特約は無効と判断されたものであるが、上記国交省通知に照らしても、Aの本件重説記載のみでは、その要件が不足している。(Xは控訴したが、その後、Xが立退料を支払い、Yが本件建物を明け渡すことで和解をしている。)xx業者及びxxxにおいては、貸主の代 理として、重要事項説明と兼ねて事前説明書の交付・説明を行う場合、その説明等に瑕疵があれば、定期借家契約の契約更新がない旨の特約が無効となる危険があること、そのため上記国交省通知で必要とされる手続きや記
載要件は漏らしてはならないことについて、十分認識をしておく必要がある。
(調査研究部上席xx研究員)
最近の裁判例から
⑽−転貸可能借家と民泊−
転貸可能なアパートの賃貸借における借主の民泊使用につき、用途義務違反による貸主の契約解除を認めた事例
(東京地判 平31・4・25 判例タイムズ 1476-249) xx xx
建物使用目的が住居とした転貸可能な借家において、借主が貸主の承諾なく民泊に使用したことが、賃貸借契約の使用目的に反し、貸主との間の信頼関係の破壊にあたるとして、貸主の賃貸借契約の解除及び建物の明渡しを認めた事例(東京地裁 平成31年4月25日判決 判例タイムズ1476号249頁)
1 事案の概要
平成27年4月、貸主X(原告)は、借主Y
(被告)との間で、アパートの居室1及び2
(以下、本件建物)について、本件賃貸借契約を締結した。
(主な賃貸条件)
・居室1:月額4万円
居室2:月額3万5000円
・Yは、本件建物を住居以外の使用目的で使用してはならない。
・Xは、Yが本件建物を転貸することを承諾する。
平成27年秋頃から、Yは本件建物を民泊利用するようになり、民泊利用者とアパートの他の住人や近隣住民との間で「民泊利用者が誤って別の部屋に入ろうとする、建物内で大声で話す、ゴミ出しのルールを守らない。」などのトラブルが生じるようになった。
上の階の住人から苦情が寄せられたり、清掃事務所の指導員からゴミ出しの方法について指導を受けたこともあり、XはYに対し、再三にわたり民泊利用していないか問い質したが、Yはこれを認めようとしなかった。
またXは、保健所から宿泊営業をしているのではないかとの情報確認を求められ、保健所に赴き状況を説明するなどしたが、保健所からYに連絡するも、Yは民泊について、はぐらかすなどして認めようとはしなかった。平成28年11月、XはYに対し、民泊は目的 外使用であり、他の賃借人にも迷惑をかけているとして、平成29年4月9日限りでの賃貸
借契約を終了する通知をした。
当該通知に対して、Yより、本件賃貸借契約を更新して本件建物を継続使用したいと申し出があったことから、Xは更新条件として、
「賃料の増額・転貸禁止等の条件を新たに加えること」をYに伝えた。しかし、YはXに、それらの条件変更は受け入れられないと回答した。
平成29年4月、XはYに対し、本件賃貸借契約を更新せずに終了する旨を改めて通知したが、Xはすでに民泊を中止しているとして、賃貸借契約の継続を主張した。
平成29年5月、XはYに対し、本件賃貸借契約の解除を行い、「①使用目的が住居に限定されているにもかかわらず民泊として使用し、不特定多数の者を宿泊させたことは、信頼関係の破壊にあたる。②現在民泊は中止しているとしても、破壊された信頼関係が回復することはない。」として、Yに本件建物の明渡し等を求める本件訴訟を提起した。
これに対してYは、「①賃貸借契約で転貸が認められていることから、使用目的を住居に限る理由はなく、民泊利用も可能とされて
いた。②民泊は、Xの要請を受けた後直ちに中止をしており、今後は使用目的に従って本アパートを使用する意思があるため、信頼関係の破壊は認められない。」等と主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を容認した。
本件賃貸借契約には、転貸を可能とする特約が付されているが、他方で、本件建物の使用目的は、原則としてYの住居としての使用に限られており、上記特約に従って本件建物を転貸した場合には、あくまでも住居として本件建物を使用することが基本的に想定されていたものと認められる。
これに対し、Yは、本件賃貸借契約において転貸が可能とされていた以上は、転貸後の使用目的をYの住居としての使用に限る理由はなく、民泊としての利用も可能とされていたなど主張する。
しかし、特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用の場合と、1泊単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用の場合とでは、使用者の意識等の面からみても、自ずからその使用の態様に差異が生ずることは避けがたいというべきであり、本件賃貸借契約に、転貸が可能とされていたことから直ちに民泊としての利用も可能とされていたことには繋がらない。
現に、アパートの他の住民からは苦情の声が上がっており、ゴミ出しの方法を巡ってトラブルが生ずるなどしていたのであり、民泊としての利用は、本件賃貸借契約との関係では、その使用目的に反し、賃貸人であるXとの間の信頼関係を破壊する行為であったと言わざるを得ない。
そして、本件訴訟が係属中であるにもかかわらず、Xに対する通知等もないまま、平成
30年12月に転借人から第三者に本件建物が更に転貸されていた事実が認められ、このような状況を踏まえると、民泊としての利用により一旦失われたXとYとの間の信頼関係は、なお回復するには至っていないと解するのが相当である。
以上によれば、Xの本件解除は、本件建物を民泊として供したことを理由とする債務不履行解除として有効と解すべきであり、Yは Xに対し本件賃貸借契約の終了に基づき本件建物を明け渡す義務を免れない。
3 まとめ
民泊に関する裁判例としては、区分所有建物のマンション管理組合等による、区分所有者に対する民泊営業の差止請求が認められた事例(RETIO113-146、RETIO107-114等)は
あるが、建物賃貸借において、民泊利用と用途遵守違反が争点になった事例は珍しい。
集合住宅における民泊利用は、他の住民等 の間でトラブルになることが多く、本件でも、民泊利用者が別の部屋に入ろうとした、ゴミ出し、騒音、などのトラブルが生じている。本件借主は、「転貸可能であるから民泊利 用も可能である」と主張しているが、本件裁判所の「転貸可能が直ちに民泊利用可能とされることには繋がらない。用法違反である民泊利用は、貸主との信頼関係の破壊行為に当たる。」とした判断は、実務において参考に
なると思われる。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑾−旧耐震建物の明渡請求−
特定緊急輸送道路沿いのビルと一体的に建設された旧耐震建物の貸主の、賃貸借契約の解除の申入れに立退料の支払いをもって正当事由が認められた事例
(東京地判 令元・12・5 ウエストロー・ジャパン) xx xx
特定緊急輸送道路沿いのビルと一体的に建設された旧耐震建物に係る、借主に対する貸主からの建物明渡請求について、4000万円余の立退料支払いをもって、正当事由が認められた事例(東京地裁 令和元年12月5日判決ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Y(被告・法人・美術品販売業)は、A社からaビルの1階の一部と10階の一部(本件建物)について、1階部分を平成11年から画廊として、10階部分を平成17年から事務所として、賃借していた。
X(原告・法人・不動産賃貸管理業)は、 aビルを平成26年3月に購入し、A社からYとの賃貸人の地位を承継した。
XとYは、次の通り賃貸借契約を合意更新した。(本件賃貸借契約)
1階部分
賃貸期間平成27年2月1日〜平成29年1月31日賃料 月額 388,080円(税別)
管理費 月額 44,722円(税別)
更新 特段の意思表示がない場合、2年間更新 10階部分
賃貸期間平成27年3月1日〜平成29年2月28日賃料 月額 189,000円(税別)
管理費 月額 21,000円(税別)
更新 特段の意思表示がない場合、2年間更新 Xは、老朽化したaビルについて建替えを 計画、Yに対し、平成28年7月31日限りで本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示を、内
容証明郵便でした。 Xは、Yがこれに応じないことから、3820
万円余の支払いと引替えに本件建物の明渡し等を求め、本件を提訴した。
(Xの主張) aビルとbビルは、昭和47年に一つの共同
ビルとして建築確認を受けた後、昭和48〜49年に互いに入り組んだ形で建てられた。そして、両ビルは、昭和56年に改正された耐震基準を満たしていない上、40年以上の築年数が経過して劣化が進んでいたことから、地震の際には互いに倒壊又は崩壊する危険性が高かった。また、両ビルを賃貸しながら耐震補強工事を行うことは、費用等の理由から事実上不可能であった。特に、bビルは、東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例に基づき特定緊急輸送道路として指定された道路沿いにあることから、建替えが要請されており、一体的に建てられたaビルと共に、建替えの必要性があった。
立退料は、3820万円余が相当である。
(Yの主張)
美術商は、店舗の立地によって業績が左右される業種で、Yは本件建物を唯一の拠点としてxxの客を中心に営業しているから、本件建物を使用する必要性があった。また、aビルとbビルの両方に耐震補強工事を実施すれば、建て替えの必要性はなかった。
仮に立退料の支払によって正当事由が補完されるとしても、立退料は、借家権価格約 7785万円、賃料差額補償約5086万円、営業補
償約5745万円及び内装工事費・移転費約2500万円の計21116万円とするのが相当である。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示し、4000万円余の立退料支払いをもって、Xの請求を認容した。
(認定事実) bビルは、昭和56年の建築基準法改正によ
り、aビルと共に耐震基準を満たさなくなった上、平成23年施行の耐震化推進条例により、特定緊急輸送道路として指定されたc通り沿いの特定沿道建築物として耐震診断の実施が義務付けられた。Xは、bビルにつき、築年数が40年近く経過して劣化が進んでいる上に、耐震補強工事も費用対効果が見込めないことから、建て替えることとし、平成24年、立退き交渉を開始、bビルについて耐震診断を実施したところ、平成25年、各階・各方向の構造耐震指標(Is値)が0.07〜0.16の平均約0.11となり、地震の震動及び衝撃に対して倒壊又は崩壊する危険性が高いという結果になった。
また、aビルについても耐震診断を実施したところ、平成28年、各階・各方向のIs値が 0.12〜0.46の平均約0.29となり、bビルと同様、地震の震動及び衝撃に対して倒壊又は崩壊する危険性が高いという結果になった。
(正当事由の有無) aビルは、昭和49年に建てられ、昭和56年
に改正された耐震基準を満たさない上、平成 28年には、40年以上の築年数が経過して劣化が進み、耐震診断の結果からも、地震の振動及び衝撃に対しては倒壊又は崩壊する危険性が高く、耐震補強工事も費用対効果が見込めなくなっていたのであるから、一体として建築されたbビルと共に建替える必要性があったものといえる。
さらに、①XのYに対する立退き交渉は、
平成25年頃から行われ、同じ地区で元画廊の路面物件を含む代替物件や3820万円余を上る立退料が度々提示されてきたこと、②Xは、平成28年1月までに、aビルのYを除く全賃借人とbビルの全賃借人との間で明渡しの合意か定期建物賃貸借契約のいずれかを締結することができていたこと、等を考慮すれば、本件賃貸借契約を解約することに対する相当性もあったものといえる。
他方、Yは、本件建物を拠点として好調な業績を上げてきたから本件建物を使用する営業上の必要性がある。しかしながら、Yの業績は、本件建物へ移転前の平成10年頃から連続的に増加しているから、Yの好調な業績が専ら店舗の立地によるものとは考え難く、Yが店舗環境の類似した移転先で相応の宣伝等を行えば従前と同程度の業績を上げることも不可能ではないというべきである。
これらの事情を総合すれば、XがYに対して相当な額の立退料を支払う場合、正当事由があったものと認めるのが相当である。
(立退料)
本件建物の立退料は、鑑定による借家権価格として2160万円、移転実費として619万円、営業損失として784万円他の計4047万円とするのが相当と認められる。
3 まとめ
緊急輸送道路沿いの旧耐震建物の所有者においては、耐震補強工事にて対応するか、建替えをするか、難しい判断が求められているかと思われるが、立退料支払いをもって賃貸借契約の解除にかかる正当事由が認められた事例として紹介するものである。
本件同様に緊急輸送道路沿建築物の明渡請求が認容された事例として東京地判平28・3・ 18 RETIO108-146等があるので参考にされたい。 (調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑿−貸主のxxx−
木造平屋建住宅にかかる耐震診断を含む現況調査を拒否する借主に対す る、民法第606条2項に基づく、貸主の調査妨害排除請求が認められた事例
(東京地判 令 2・5・19 ウエストロー・ジャパン) xx xx
築後60年以上経過した木造平屋建賃貸住宅
(本件建物)が老朽化しており、耐震診断を含めた現況調査を行う必要があるとした、貸主の立入り要請に関し、借主は、民法第606条2項に基づき、かかる現況調査を行うことを妨害してはならないことの請求が認められた事例(東京地裁 令和2年5月19日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
亡Aは亡Bに対し、昭和37年7月16日本件建物につき、賃貸借契約を締結し、引き渡した。
その後、貸主の地位はX(原告・個人)に、借主の地位はYら(被告・個人親子)に相続された。
本賃貸借契約は、昭和43年7月15日以降、法定更新が繰り返され、平成15年2月分以降、月額賃料は92千円となった。
Xは、本件建物の老朽化及び耐震性の程度を把握することを目的とする耐震性の診断を含む現況調査を実施するため、建物内への立入りを、Yらに求めたところ拒絶されたことから、本件を提訴した。
(Xの主張)
・貸主が、かかる現況調査を行うことは、建物の価値を保存し、現状を維持するために必要な行為であり、民法第606条2項の保存行為に当たる。この点、本件建物は、建築後60年以上が経過して老朽化し、現在の耐震基準を満たしていないと考えられ、現
況及び性能を客観的な方法で調査し、修繕又は建替の要否を認識・判断する必要がある。
・本件現況調査及びそれに付随する立入りによってXが受ける利益は僅少であるとはいえず、他方、Yらに重大な損害が生ずることもないから、本件請求は権利濫用に当たらない。
(Yらの主張)
・民法第606条2項の保存行為は、同条1項の貸主の修繕義務を前提とするものと解されるところ、Xが求める耐震診断ないし現況調査は修繕義務の内容には含まれず、貸主は借主に対して耐震診断を含む現況調査を求めることはできない。
仮にできるとしても、借主の意に反する賃貸物件内への立入りは、借主の使用収益権及びプライバシー権を制約するものであるから、立入りが認められるのは、賃貸借契約において立入りを認める旨の条項があり、かつ、緊急やむを得ない事情がある場合に限られる。
・Xが本件訴訟を提起した真の目的は、本件建物からYらを立退かせることにあり、本件現況調査自体が本件建物の使用収益権やプライバシー権を侵害することも考慮すれば、本件建物の保存行為の名を借りた本件請求は権利濫用に当たる。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を
全て認容した。
(Ⅹの現況調査を実施する権利の有無)
民法第606条2項は、貸主が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、借主はこれを拒むことができないと定めているところ、賃貸物である建物が老朽化して耐震上の疑義が生じた場合には、同建物の倒壊等を防ぐために、貸主において耐震補強の要否や程度等を調査すべく、同建物内に立入り、耐震診断を含めた現況調査を行う必要があるというべきであり、かかる調査は、賃貸物の保存に必要な行為に当たるといえる。そして、同法第607条は、貸主が借主の意思に反して保存行為をすることも許されることを前提としているから、借主の意思に反しても行うことができるのは明らかである。
これを本件についてみると、本件建物は昭和34年に建築された木造瓦葺xxxの建物であり、その建築後、60年以上が経過し相当に老朽化が進んでいると推認される上、現在の耐震基準を満たしているかは明らかでなく、本件建物を保存するために,貸主において耐震診断を含めた現況調査を行う必要があるというべきであって、本件現況調査は、民法第 606条2項にいう保存行為に当たると認められる。
これに対しYらは、民法第606条2項の保存行為は、同条1項の修繕義務を前提とするものに限られるとか、そうでないとしても、賃貸借契約書内に立入りを認める旨の条項があり、かつ、緊急やむを得ない事情がある場合に限られる旨主張するが、同条の文言上、上記の場合に限られる旨の制約は何ら付されていないし、そのように解すべき根拠もないから、上記主張は理由がない。
(本件請求が権利の濫用に当たるか) Yらは、本件現況調査の目的は、Yらを本
件建物から退去させることにあること、同調
査によってYらの使用収益権やプライバシー権が侵害されるおそれがあることからすると、本件請求は権利の濫用であって許されない旨主張する。
しかしながら、仮にYらが主張するような目的が本件現況調査に含まれていたとしても、同調査を実施すべき必要性が直ちに減ぜられるものではないし、同調査がYらの使用収益権やプライバシー権をある程度制約するものであるとしても、受忍限度を超えるものであることを認めるに足りる証拠はなく、かえって本件現況調査は、一級建築士の資格を持つ者によって行われる予定であって、3時間ないし4時間程度で済むものとされ、破壊を伴う調査はなく、Yらが本件建物から退去する必要はないし、同調査に立会うことも可能であることが認められるから、Yらの使用収益権及びプライバシーが制約される程度は社会的に相当な範囲にとどまっていると認められる。
以上によれば、本件請求が権利濫用に当たるとは認められない。
3 まとめ
本判決において、耐震診断を含む現況調査は、民法第606条2項に規定する保存行為に当たるとされた判断は、実務において参考になると思われる。
一般的な賃貸借契約書には、管理上特に必要な場合、貸主にxxxがあることが特約として明記されていることが多いが、法律的な整理としても、民法第606条、第607条は押さえておきたいところである。
また、建物修繕のための居室の調査拒否が信頼関係の破壊に当たり、貸主の契約解除が認められた事例(東京地判平26.10.20、RETIO 100-140)があるので、参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒀−連帯保証人への請求と権利濫用−
賃料不払いの拡大防止措置を講じなかった賃貸人の、連帯保証人への請求の一部が権利濫用として棄却された事例
(東京高判 令元・7・17 判例タイムズ1473-45) xx x
賃貸人が連帯保証人に滞納賃料等の支払いを請求した原審において、連帯保証人からの黙示の意思表示による連帯保証契約の解除が認められ、解除日以降の未払賃料等の支払い義務が否定され、また、解除日以降の支払請求は権利濫用として許されないと判示されたため、不服として提起された控訴において、連帯保証人の黙示の意思表示による連帯保証契約の解除は斥けられたが、賃貸人の連帯保証人に対する未払賃料等の支払い請求の一部が権利濫用にあたるとして棄却された事例
(東京高裁 令和元年7月17日判決 判例タイムズ 1473号45頁)
1 事案の概要
平成16年3月、賃貸人X(原告)は、賃借人Zと市営住宅の賃貸借契約(本件契約)を締結し、また、Zの実母Y(被告)との間で連帯保証契約を締結した。
Zは、入居後ほどなく賃料支払を怠り、滞納額は賃料3か月分10万2300円となったが、 Xは市条例に基づき可能であった明渡を請求しなかった。Zとの連絡がつかないため、Xは滞納賃料についてYに請求し、Yは、Xとの間で滞納賃料を分割で支払うことを約した誓約書を締結した。
平成17年4月分から、Yの協力を得て、賃料支払いがZ受給の生活保護から直接Xに支払う代理納付に変更された。その後Zの生活保護は平成27年4月に廃止されたが、そのことを、XはYに知らせなかった。
滞納賃料は累積していったが、一方、Yも平成26年に年金生活者となり、誓約書どおりの分割納付も履行されなくなった。
平成28年5月31日、Yは、Xに対してZを市営住宅から追い出すなどの厳しい措置を取って欲しいと要望し、以降数回、同様の要望をしたが、Xは明渡手続き等せず、Yに対し支払いを求めるだけであった。
Xは、平成29年9月時点でも依然Zと連絡がつかないため、契約締結から約14年経過した平成30年1月に、YとZに対し滞納賃料等 332万円余の支払いを求め提訴し、公示送達によるZへの請求は全部認容され確定した。しかし、Yに対する請求について、裁判所 は、Zに滞納賃料を支払う意思がないことは客観的で明らかであるのに、長期間契約解除等の措置を行わずに滞納家賃を累積させたことからすれば、Xには連帯保証契約上のxxx違反が認められ、Xに対する一方的な意思表示により、連帯保証契約を解除して保証債
務の履行を免れることができるとした上で、 YがXに対してZの退去を求めた平28年5月の時点で黙示の解除の意思表示がなされたと認めるのが相当である。また、連帯保証契約の解除の有無にかかわらず、Xが同時点以降の保証債務の支払を請求することは権利濫用にあたり許されないと判示した。
そのため、Xは、原判決を不服として控訴した。
判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、賃貸人の請求の一部を棄却した。
(黙示の意思表示による解除について)
連帯保証契約の「解除」という重要な法律効果を発生させる意思表示について、「黙示」の意思表示により、その法的効果を発生させることを許容することとなれば、契約の他方当事者にとっていつ契約の解除の意思表示がなされたのか不明になり、その予測可能性を害することになる場合があるから、「黙示の解除の意思表示」が認められるのは極めて限定的な場合に限られるというべきところ、平成28年5月31日以前のYの言動中に「黙示の解除の意思表示」と評価すべきものは認められず、Yは、XにZに対して厳しく対応することを求めていたにすぎないことから、「黙示の意思表示による解除」がされたと認めることはできず、よって、黙示の意思表示による解除の主張は理由がない。
(権利濫用について) Xは、平成27年4月にZの生活保護が廃止
されることをYに知らせなかったが、生活保護が廃止されれば、代理納付も廃止され、Zが自ら賃料を支払わなければならないところ、Zの滞納状況やXとの連絡等が困難な状況から、Xとしては、Zが滞納を続けることを予測することができたと解される。
一方で、YはZの生活保護が廃止されたことを知らずにいたのであり、実際、生活保護廃止後にZの滞納賃料は累積し、その支払について、Xから督促依頼状が送付され、Yは、連帯保証契約の解除権行使等の方策を検討する機会もないまま、Xに促されて、平成28年 4月分までの累積債務額について分納誓約書を提出していること、その頃にはYも70歳に達して年金受給者となっており、Zとも連絡
が取れず困っていたことをXも把握していたこと、平成28年5月にXから債権移管決定通知書が送付されて以降は、YもしばしばXの担当者に対して、Zを本件住宅から追い出すなどの厳しい対応をすることを要求したり、自分も年金生活者で分割払いの履行もなかなか困難であることなどを訴えていたこと等が認められ、このような経緯に照らせば、Zの生活保護が廃止された以後は、XはYの支払債務の拡大を防止すべき措置を適切に講ずべきであり、かかる措置をとることなくその後の賃料をYに請求することは、権利の濫用にあたるというべきである。
Xの請求は、滞納賃料等87万円余の限度で理由があり、その余は理由がない。
3 まとめ
控訴審である本判決においては、原審で認容された「黙示の意思表示による解除」の主張については斥ける一方、賃貸人の権利濫用については、「本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係である建物賃貸借契約においては、保証人の責任が無制限に拡大する可能性・危険性があることに鑑み、賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人にその旨を連絡することもなく、いたずらに契約を存続させているなど一定の場合には、保証債務の履行を請求することがxxxに反するとして否定されることがあり得ると解すべきである。」(最一判 平9・11・13)を引用し、賃貸人の請求の一部を棄却しており、 賃貸人が連帯保証人に対し、賃借人の債務弁済を求める際の参考とされたい。
(調査研究部調査役)