融通手形. 破産手続開始前に,破産者が金策のため,他人に依頼して融通手形を振り出してもらったが,割引に出して金銭を入手する前に破産し,手元に残った未割引の約束手形を破産管財人に引き渡した場合において,破産管財人が振出人に手形金を請求した事件がある。最高裁昭和46年2月23日第三小法廷判決(判例タイムズ260号208頁・倒産判例百選第4版38頁)の事案である。第1審は,振出人である被告は,融通手形の抗弁を破産管財人に主張できると判断して破産管財人の請求を棄却し,控訴審も第1審判決を維持して控訴を棄却した。最高裁も上告を退けた。 これは,破産管財人の側から第三者に対して権利を主張する場合であり,第三者の 側から破産管財人に対して権利を主張できるかどうかの問題ではない。この場合は, 民法94条2項や96条3項などの「第三者」の範囲に関する実体法の解釈の問題であり, 破産管財人の第三者性という形で論じられるが,本件のように,破産管財人から第三 者に対して権利を主張できるかどうかはその権利が破産財団に属するか否かという単 純な問題であり,破産管財人の第三者性の問題ではない。破産者が破産手続開始前に 第三者から受け取っていた融通手形は受取人が破産しようとしまいと振出人に請求で きない権利である。手形紙片という物理的存在を破産管財人が占有しても破産者の振 出人に対する手形金請求権は実体法上存在しないから,第1審から最高裁に至るまで,破産管財人の請求を裁判所が退けたのは当然のことである。 破産者の第三者に対する賭博料債権その他公序良俗に反する契約に基づく債権や,返還請求できない不当利得返還請求権(民法705条)なども同様であり,これらは破産財団にはならず,破産管財人は支払を請求できない。 なお,破産者が受け取っていた未使用の融通手形の手形紙片はどのように処理されるべきかについては次のように考えるべきである。すなわち,融通手形の振出人(融通者)と受取人(被融通者・破産者)との間には手形の融通契約が成立している。しかし,まだ割引に出していないときは,双方未履行の双務契約と考えられる(受取人から振出人に決済資金を交付する債務と振出人の割引手形を決済する債務とが双方未履行)。したがって,破産管財人は履行を選択して手形を割引に出すこともできるがその場合には決済資金を期日までに用意して振出人に支払わなければならないからこの方法は危険であり現実的ではない。そこで破産管財人は,手形融通契約の解除を選択して未使用の融通手形を振出人に返却すべきである。