ド イ ツ. ドイツでは、ユニバーサルバンキング制度がとられており、銀行が金融商品取引全般を 行う。判例によれば、投資仲介者には説明義務が課されるが、顧客から厚い信頼を得ている銀行は、投資助言者として、助言義務が課されている(34)。すなわち、1993年の連邦通常裁判所判決(Bond 判決)によれば、銀行と顧客との間に明示の助言契約が締結されてない場合であっても、銀行が顧客に対して特定の金融商品の推奨や助言を行うと、それが顧客の求めに応じたものであるか否かを問わず黙示の助言契約の成立が認定され、助言契約に基づいて銀行に「助言義務」が課される(35)。この助言義務は、説明義務よりもワンランク上の義務で、「投資家に適した助言義務」と「投資対象に適した助言義務」に分けられる。 投資家に適した助言義務は、顧客の知識、経験、投資目的、財産状態に適した金融商品を推奨(助言)する義務を指し、適合性原則を具体化したものと解されている。投資家に適した助言義務の前提として、銀行には顧客の知識やリスク許容度など、顧客に関する情報収集義務も課されている。 投資対象に適した助言義務には、銀行が顧客に推奨した金融商品の内容やリスク等についての説明にとどまらず、当該商品についての評価を示すことも義務の内容に含まれている。投資対象に適した助言をする義務の前提として、銀行には顧客に推奨した金融商品に関する情報を収集する義務も課されている。投資家に適した助言義務と顧客情報収集義務の組み合わせは、アメリカ法におけるノウ・ユア・カスタマーズルールと適合性原則に対応するものと解されている(36)。 1994年に制定された証券取引法(旧証券取引法)34条 2 項 1 号は、証券サービス事業者に対して、顧客の知識、経験、投資目的、財産状態について顧客に申告させる義務(顧客情報収集義務)および顧客に適したあらゆる情報を提供する義務を定めた。 1 号の義務はボンド判決で定立した公理でいう「投資家適合的」助言に対応しながら、 2 号は助言義務 ではなく情報提供義務について構成されており、概念的混乱が生じている。このことは、訴訟においては、金融機関の責任が認められるか否かが主たる関心であり、それぞれの義務の内容確定、相互関係についてあまり厳密な配慮が必要でないため、裁判上も助言義務と説明義務の区別について統一的理解が確立していなかったことと無縁ではない(37)。 証券取引法は2007年に改正され、同法31条 4 項は投資助言を行う証券投資サービス事業者は、顧客に関する情報を入手したうえで、顧客に適した投資推奨をする義務を負うとされ、証券投資サービス業者の助言義務が明確に定められた。収集の対象となる顧客情報として、証券投資サービスまたは証券投資付随サービスの対象となる取引についての顧客の知識または経験、投資目的、財産状態が挙げられる(同条同項)。申告を要求すべき事項は、財産状態に関しては、収入の種類およびその額、債務、保有財産(特に、現金、投資、不動産)の価値、投資目的に関しては、顧客の投資目的(老後の蓄え、生活費の捻出、資産形成、投機など)のほか投資期間およびリスクに対する備えについて、顧客の知識・経験に関しては、顧客が知識を有している金融商品の種類、顧客が取引を経験した金融商品の種類、量、頻度および期間、顧客の学歴ならびに現在と過去の職業である(証券サービス命令 6 条)(38)。 販売業者は顧客の申告内容が正確かつ完全であることを前提に説明、助言、推奨すれば足り、顧客の申告した情報の正確性を確認する義務は負わない(証券取引法31条 6 項)。ただし、申告内容が虚偽であることや不完全であることについて販売業者が悪意もしくは善意重過失の場合、販売業者は申告内容が正確かつ完全であることを前提にすることができない。このような場面で販売業者が顧客の申告内容に基づいて不適合な金融商品を推奨した場合、販売業者は損害賠償責任を課せられる可能性がある。 ドイツでは、90年代に入って、通常の銀行よりも 4 〜 5 割も廉価な手数料でサービスを提供するいわゆるディスカウント・ブローカーが登場した(39)。 旧証取法は、販売業者の顧客情報収集義務および情報提供義務を、顧客の利益の確保および取引の種類や範囲に関して必要な場合に限定した。これは、ディスカウント・ブローカーが安価な手数料で顧客と取引した場合、助言を提供しないことについて顧客に適切に伝えれば、取引に際して助言を提供する必要はないということを意味する(40)。 従来からの判例は、販売業者の説明義務違反に基づく損害賠償責任については契約締結上の過失が、銀行の助言義務違反に基づく損害賠償責任は助言契約上の義務違反がそれぞれ法的根拠とされる。ドイツ証券取引法31条以下で課せられた義務(説明義務、顧客情報収集義務、顧客に適した商品を推奨する義務すなわち適合性原則遵守義務)に違反した場合の効果について、明文規定はないが、従来からの判例法理により、契約締結上の過失または助言契約上の助言義務違反が認定され、販売業者は契約責任として損害賠償責任を追及されることになる。